2018年05月25日

生ゴミをまえの夜から準備する配偶者

なにごとにおいても用意周到な配偶者は、
もえるゴミをだす日(火・金)は、
そのまえの夜からゴミのつまった袋を玄関においている。
朝、新聞をいれるときに、用意していたその袋もだす。
朝から生ゴミをあつかわなくてもいいので、
だんどりがいいのだろう。
でも、5月にはいり、気温があがってくると、
ゴミ袋から生ゴミのにおいがするようになってきた。
わたしの部屋は、玄関のすぐちかくにあり、
部屋からでるたびに、生ゴミのにおいをかがされる。
いまは我慢できないほどつよいにおいではないけど、
夏になればかなりくさい存在になるだろう。
解決への道はかんたんだ。
まえの夜からもえるゴミを用意したりせず、
朝までまって ゴミ袋をとりだすようにすれば、なんの問題もない。

とはいえ、夫婦といえども、
こういう提案にはあんがい気をつかう。
配偶者は、なにかものすごい理由があって、
まえの夜からゴミ袋を用意しているのかもしれないし、
もしかしたら、わたしへの 無意識な いじわるという線はありえる。
いじわるがいいすぎだとすれば、わたしにたいする無言の圧力か。
いずれにしても、わたしの提案に 配偶者はどう反応するだろう。
やぶへびで、わたしの生活態度までがやり玉にあがったり、
生ゴミをめぐって徹底抗戦にすすむかもしれない。
まあ、配偶者が習慣をあらためるのをことわれば、
わたしがもえるゴミをだせばいいだけのはなしだ。
いろんな面から慎重に検討をかさねたのち、
わたしはおそるおそる配偶者にきりだしてみた。
あたたかい季節となり、生ゴミがにおいだしたので、
まえの夜から準備するのはやめてほしい、と。

こたえは、拍子ぬけするものだった。
鼻がわるいので、においに気づかなかったのだそうだ。
いっぺんに謎がとけてほっとする。
宣戦布告につながるいじわるでなくてよかった。
そういえばまえにも、配偶者の鼻がわるいのをついわすれ、
誕生日プレゼントとして アロマオイルをおくったことがある。
気がきかないのは、わたしのほうだった。
コミュニケーションがたりないと、このように、
ささいな問題をおおげさにとらえがちだ。

もうひとつ、配偶者とのあいだに
わたしはタンス問題をかかえている。
わたしの部屋においてある配偶者のタンスが 邪魔でしょうがない。
本棚や机がおいてある書斎ともいうべき空間に、
おおきなタンスはいかにも場ちがいだ。
でもそれは、あくまでもわたしのいいぶんであり、
配偶者としては、ほかに場所がないから
わたしの部屋においている、というだろう。
タンス問題はかなりデリケートな要素をかかえており、
かんたんにきりだせば、倍がえしされそうだ。
どんな状況なら、タンスがわたしの部屋からきえだろうか。
夫婦でいることのだいごみは、おたがいに気をつかいつつ、
自分勝手な欲求を、どうやって提案するかにある。
生ゴミのつぎは、いよいよあいての本丸へとせまりたい。

posted by カルピス at 21:49 | Comment(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

かとうちあきさんについてのつづき

かとうちあきさんは、寝袋ひとつでなんとかしてしまう。
マットがなければダンボールをしくし、
夏の夜に蚊になやまされても、
「もう刺すなら刺せ!」と達観した自分をたのしむ。
お金がとぼしくても、あるお金でなんとかするし、
すごくさむい夜は、ブルーシートを
寝袋カバーのかわりにしてしのぐ。
終電をのがしても、
宿にとまるのはもったいないから野宿をするし、
そうした「しょうがないから」の野宿でなくても、
ただたのしいから野宿をする。
自由だ。

なにかへの執着やこだわりは、自由からとおざかる。
これさえあったら大丈夫、という道具は、
ちがうみかたをすると、
それがなければどうにもならない状態をうむ。
巡礼の旅の準備として、わたしはいま
どんな靴をはくかをかんがえている。
あるきやすく、雨にもぬれない靴なら完璧だけど、
それにたよりきっていたとき、
なくしたり、とられたりしたら、
かなり気もちがへこむだろう。
はじめからそこそこの靴で手をうっておけば、
それがなくなっても、心理的な影響はすくない。
雨がふっても、あしもとがぬれないのは
とても大切なアドバンテージだけど、
完璧をもとめないで、
多少ぬれてもへっちゃらな気もちをそだてていったほうが、
いろんなアクシデントにも対応できる。
へたにこだわりをもつと、
それにたよった心理状態をうみやすい。

ビールがものすごくおいしい状況は、
ビールがなければとんでもない地獄となる。
ビールがなければスイカでもいいよ、とは
なかなかおもえない。
かとうさんは、ま、いいかと、
きっといえるひとだ。

かとうさんは、この寝袋でないと、とか、
この道具がぜったい必要、とはいわない。
自由なのだ。

posted by カルピス at 19:15 | Comment(0) | かとうちあき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月23日

朝日新聞の「リレーおぴにおん」に かとうちあきさんがとりあげられた

朝日新聞がときどきのせているコラム「リレーおぴにおん」に、
かとうちあきさんがとりあげられた。
タイトルは「予想外を楽しむ心持ち」。
さほどおおくはない文章に、
かとうさんが野宿をはじめたきっかけや、
なぜ野宿をするのかが、わかりやすくまとめられている。
きき手がじょうずにかとうさんの魅力をひきだしており、
すこしおおげさにいえば、珠玉の名文集だ。

8年まえ。
わたしは、かとうさんがはじめてだした
『野宿入門』をよみ、すっかり感心してしまった。
自由について、こんなにわかりやすくかいた本はない。
根がまじめなわたしは、『野宿入門』をよみながら、
あちこちにえんぴつで線をひいた。
どちらかというと、かるい文章なので、
一般的にはそんなよみ方をする本ではないのだろうけど、
わたしには、かとうさんがふかせている自由の風が、
とてもここちよかった。

けさの記事も、かとうさんのこころのもち方が、
とてもよくまとめられている
(寝袋にくるまったかとうさんの写真が 野宿の精にみえる)。

・はじめての野宿は高校1年生の春
・寝袋ひとつ担いで旅する行為の自由さに憧れていた
・(当時は)女子高生ブームの時代で、大人に好きに消費されるだけの
 「女子高生」に抗するようなことをしてみたかったのだと思います。
・高校3年生の夏休みに、53日かけて日本縦断。所持金は約7万円。
 前に進むには、行く先々で見知らぬ人と
 コミュニケーションをしないといけません。
・到着したときにはすごい達成感がありました。
 でも、達成感が目的になると
 「より遠く」「より早く」となっていくだけなので、
 旅の途中を楽しみたいな、と思いました。
・大学では野宿仲間もできました。ただ「学生のうち」
 「就職したらできないよ」と言われるのがイヤで、
 「ずっと楽しい旅をしながら生きていけないかなあ」
 と考えていました。
・受験勉強とか就職活動という、それを乗り越えれば
 若者を人間的に一回り成長させる、
 というような「節目感」が苦手で、
 4年生では半年、野宿の旅をしながら、将来を考えました。
・結局、就職せずに大学でバイトしていた介護の仕事をそのまま続け、
 野宿への愛をミニコミ誌の編集にも注ぎました。
・(野宿では)予想外のことはたくさん起きます。
 すべて楽しむ心持ちでないとやっていけず、
 生きていく上で何でも面白がれるようになりました。
・野宿という旅を通じて、ダメな自分を意識し、
 他人のダメさも受け入れて、愛せるようになった気もしています。
ダメな自分を意識し、他人のダメさも受け入れて、愛せるようになった気もしています。

がすばらしい。
これができないから、みんな生きるのがつらいのだ。
わかくしてこのこころもちにたどりつたかとうさんは、達人である。

posted by カルピス at 21:59 | Comment(0) | かとうちあき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月22日

レトルトカレーが ルーでつくるカレーより よくうれるらしい

けさの朝日新聞によると、レトルトカレーのうりあげが、
ルーでつくるカレーをうわまわったという。
(民間調査会社インテージは)単身世帯が増えたことでルーを使って複数人分のカレーを作る機会が減っていいることが要因とみている。

カレーといえばおおきな鍋にたくさんつくって、
2,3日たべるものだったし、意外なものをかくし味につかうとか、
2種類のルーをまぜると、コクのあるカレーにしあがるなど、
いろんな技がつかれていたのに、
それがレトルトカレーでは、ひねりをくわえようがない。
たしかにわりやすでかんたん、それにおいしいとくれば、
わざわざルーでつくるよりも、
レトルトカレーにしたくなるかもしれない。
人間って、徹底的に楽をしたくなるいきものみたいだ。

なんにちかまえには、メンツユのうりあげが
へっているという記事があった。
 そうめんなど夏の定番メニューに欠かせない万能調味料の濃縮つゆの売れ行きがふるわない。共働きの増加などで料理に手をかけない世帯が増え、つゆでさえ使うのが面倒という傾向があるという。

「つゆでさえ使うのが面倒」というのがすごい。
わたしだって和風だしやメンツユをつかうし、
クックパッドにすがって、
すぐにつくれる料理をおしえてもらったりする。
これらはむかしなかった道具であり、
ふるい世代にいわせたら、わたしは楽をしすぎかもしれない。
手ぬきなのか、ちゃんとした料理なのか、
料理の基準をどこにおくかは、意外とむつかしい。
ギョーザを例にとると、冷凍ギョーザをあたためるだけ、
というひともいるだろうし、
皮はお店でかうけど、アンは自分でつくる、というひと、
ぜんぶ自分でつくるひと、など
どれもがギョーザを料理したといれるだろうか。
そして、平均的な食事もまた はっきりとはきめにくい。
孤食・個食など、家族でくらしていてさえ
世帯により、いろんなたべ方がフツーになっている。
どれがただしいかは、いまさらきめられない。

ずいぶんまえに、いまのわかいひとは、
ミカンの皮をむくのがめんどくさいのでたべない、
というのをきいておどろいたことがある。
ミカンだけでなく、くだもの全般がめんどくささから不人気だという。
めんどくさいにはかてないと、
すこしまえの記事にかいたけど、ほんとうに
めんどくさいくらい、おそろしい影響力をおよぼすものはない。
レトルトカレーがよくうれるのも、
メンツユがうれなくなったのも、
めんどくさいからだ。
めんどくさくないようにつくられたメンツユさえ
もはやめんどくさいというのだから、
楽をもとめる人間の欲望にはキリがない。
本をよむには、手間と忍耐力が必要なので、
メンツユさえうれない時代に
本なんかがうれるわけがないとおもう。
つぎはなにがうれ、なにがうれなくなるか、
わたしにはさっぱり見当がつかない。

posted by カルピス at 21:16 | Comment(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月21日

かえり道でみかけた 子ネコとサル

仕事あと、夕ごはんの材料をかおうと
スーパーへの道をいそいでいたら、
小学生くらいの女の子がブロック塀をのぞきこんでいる。
ほそい路地で、ブロック塀のすぐむこうは一軒家だ。
わたしがとおりかかるのに気づくと、となりの家へはいっていった。
きっとそこが女の子の家なのだろう。
わたしがブロック塀にさしかかると、ネコのなき声がきこえた。
子ネコ特有の、かぼそくて、たかい声だ。

わたしがブロック塀ごしにのぞきこむと、
生後1ヶ月くらいの子ネコがみえた。
でも、ひとがこわいらしく、すんなりはでてこない。
お母さんネコをさがしているのか、
お腹がすいてたまらないのか、
ひっきりなしになき声をあげる。
そのうち、女の子がまたもどってきた。

女の子にようすをたずねると、
ゆうべからネコの声がきこえるようになったそうで、
そのときは、お母さんネコもいたという。
女の子も、子ネコが気になるけど、
家でかうわけにはいかないらしい。
ひとをおそれるので、わたしも家につれてはかえれない。
すこしかんがえてから、ちかくのコンビニへいき、
ネコのエサをかってこようときめた。
まだ固形食はたべれないかもしれないけど、
ものはためしだ。

コンビニで3種類のエサをかい、
そのうちの2つを、子ネコのいた場所においてみる。
ものすごくお腹がすいていたようで、
じきに子ネコは姿をみせ、エサをなめた。やがてたべはじめる。
あしたもまたこの道をとおり、子ネコの無事を確認しよう。
エサだけをあたえて役にたった気になるのは、
偽善的で、余計なお世話かもしれないけど、
わたしにはせいいっぱいの対応だ。
すべてのネコがしあわせであってほしい。
信念というほどつよくはないけど、ねがってはいる。
子ネコがどこかへ旅にでるにしても、そこにとどまるにしても、
お腹いっぱいになって、こころやすらかにねむってほしい。

スーパーでのかいものが、子ネコのエサやりでおそくなった。
かいものをすませ、いそいで家への道をあるいていると、
道路のまんなかで、ネコが毛づくろいしている。
とおもったら、サルだった。まだ子どものようだ。
サルがカエデの葉っぱをくわえてウロウロしている。
このところ、市内でサルをみかけると、
きょうと、なんにちかまえの2ど、新聞にものっていた。
保育園の庭にあらわれて、子どもたちをこわがらせたらしい。
わたしがであったサルも、わたしをみてもまったくにげない。
わたしが手にしている かいもの袋が気になったのか、
こっちにむかってきて ちょっかいをだそうとする。
わたしはかいもの袋をふりまわして おっぱらった。
近所のひとたちもちかくにあつまってきて、
興味ぶかそうに サルのうわさ話をしている。
ひとをおそれないサルは、わたしもこわさをかんじた。
子どもあいてだと、おそったりするかもしれない。
これまで町なかでサルをみたことなどないのに、
なぜきゅうに サルがあらわれるようになったのだろう。

子ネコへはエサをあたえ、サルにはつめたくする。
正反対の対応とはいえ、
サルにたべものをあげるわけにはいかないだろう。
だったら、なぜ子ネコだとゆるされるのか。
サルは、わたしの論理的な欠陥をみぬき、
堂々とたべものを要求したのかもしれない。
それともただあそびにさそったのか。
サルもわたしも、あいてがどううごくのか よくわかっていない。
正確な知識なしでの異文化交流は、
あまりいい結果をまねかないだろう。
おたがいの生活圏をおびやかさないいつきあい方が
いちばんおだやかに共存できる方法だろう。
サルがもうしでてきた交流のさそいを、
人間はうけとめる準備ができていない。

posted by カルピス at 21:42 | Comment(0) | ネコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月20日

「ヤバそうな猫」と「めんどくさくなった」錦織圭選手のつながりは

木村岳人さんのツイッターに、
ネコの写真がついていた。
dc05550678ca4ecd132657fba5c668de.jpeg
コメントは「ヤバそうな猫が現れた」。
ほんとうに、「ヤバそう」がぴったりのつよい視線だ。
はやく戸をあけなさい、あけてごはんをだしなさい、と
このネコはテレパシーをおくっている。
おだやかにみつめているだけのようでいて、
おおくの要求をものがたっている。
部屋にいれ、たべものをあげたら、
もうこのネコからのがれられない。
といっても、ずっと家にいりびたるというのではなく、
自分がそうしたいときだけやってきて、
またこんな視線をおくるだろう。
ネコの目にすいこまれてしまい、
魂をめちゃくちゃにされて、いいようにあやつられる。
かずある動物のなかでも、ネコにしかできない視線だ。

テニスのイタリア国際で、
錦織圭選手がジョコビッチ選手にやぶれ、
同選手に12連敗となった。
 最終セットには、相手がサービスエースを奪った判定を主審が一度は取り消しながら、ジョコビッチの抗議で紛糾。「めんどくさくなった」という錦織が相手に得点を譲る一幕もあった。(朝日新聞)

ながい選手生活では、いろんな経験をつむだろうけど、
率直に「めんどくさくなった」と
ふりかえられる試合はそうおおくないだろう。
いいたくてもいえない本音を
サラッとくちにした錦織圭選手にわたしは好感をもった。
じっさい、めんどくさくなったら、どうしようもない。
テニスだけではなく、あらゆる場面で
「めんどくさい」はすべてに優先する。
「めんどくさい」のこまったところは、
論理ではどうしようもないところだ。
「めんどくさい」が頭にうかんだら それでおわり。
すべての条件をおしのけて 最終的な決定となってしまう。
めんどくさくても、やらなければならないことがある、と、
正論をのべるのはかんたんだけど、
そうした論理とはべつのところに「めんどくさい」は存在する。

審判に抗議したジョコビッチ選手は、当然の要求を口にしたまでで、
それにたいし「めんどくさくなった」から、
得点を相手にゆずった錦織選手もまた、
自分がなにをかんじたかを、率直にかたっている。
世界で一流の選手たちは、技のたくみさだけでなく、
精神の自由さと、つよさのレベルにおいても、
別次元にたっしたひとたちだ。

ツイッターにあがった「ヤバそう」なネコと、
「めんどくさくなっ」て相手に得点をあげた錦織選手。
ふたりになにかつながりがあれば、
もっともらしい記事になるけど、いまのところおもいつかない。
両者とも、柔軟な精神状態がきわだっている、という点を
むりやりのまとめとしたい。

posted by カルピス at 21:47 | Comment(0) | ネコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月19日

内田勘太郎さんのギターにおどろく

毎週土曜日にたのしんでいる
「ラジオマンジャック」をきょうもきく。
いつもは散歩をしながらとか、移動ちゅうの車でとか、
なにかをしながらきくのだけど、
きょうはベッドにねそべって、
「ラジオマンジャック」だけにからだをあけた。
でも、集中してきけばたのしいかというと、
あなんがいそうではなく、
かえってばかばかしさがきわだってしまった。
ばかばかしくて いいのだけど、
そのばかばかしさは、なにかをしながら、
なんとなくきくくらいがちょうどいい。
じっくり腰をすえてきくと、番組のかるさが
ただうすっぺらだけにかんじられて、
いまひとつたのしめなかった。

先週の「ラジオマンジャック」には、
内田勘太郎さんがゲストにきていた。
ときどき番組によばれるそうで、
しずかに、ひとことひとこと 自分のかんがえを
できるだけ正確にあらわそうとするはなし方がいいかんじだ。
ギターのうまさにも、もちろんおどろいた。
このひとはただものではないと、あとでユーチューブをみる。
日本にこんなブルースシンガーがいたとはしらなかった。
自由自在にギターをあつかうテクニックがすごい。
ギターをひいている、というかんじはもはやしない。
からだの一部になっている。そして、魂がこもっている。

わたしはひとつも楽器がひけない。
ひけないくせに、練習すればなんとかなるような気がしている。
パソコンのタッチタイピングができるのだから、
ピアノだってコツコツつづけたら
なんとかものになるにちがいない。
ギターだって、ようするに、指をはやく移動させればいいのだろう。
でも、ユーチューブの勘太郎さんをみていると、
とてもわたしなんかがどうにかなるレベルではないのがよくわかった。
ピアニストの指つかいをうつした動画もあったけど、
これまたぜったいにわたしにはできないうごきだ。
なんねんもかけ ようやく習得できたテクニックであり、
わたしがいまから練習してたどりつける境地ではない。
いきなり達人の技をめざさなくても、
かんたんな曲から練習すればいいわけだけど、
めざしたいイメージがあまりにもたかいと
いまさらコツコツ練習するよりも、
達人たちの演奏をきいていたほうがいい、としかおもわない。

内田勘太郎さんがギターをひいているところをみると、
たのしくてしょうがない、というかんじがつたわってくる。
なにもかんがえなくても、指がかってにうごき、
気もちいい音とリズムをつくっていく。
勘太郎さんが魔法つかいにみえた。

posted by カルピス at 21:49 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

ガーナ戦にむけた27人が発表される

後任者は、往々にして前任者の路線を否定しがちだ。
なにがどうかわったかをはっきりさせるためには、
それまでのやり方はだめだった、としたほうが説得力をもつ。
あらたなポジションについたときの所信表明など、
くちさきでは、前任者の功績をたたえながら、
方針を継続していくような発言をするけど、
おおくの場合、めざしてるのは、前任者の否定だ。

トランプ氏は、オバマ前大統領の遺産を
とにかくなかったものにしようとしているし、
サッカー日本代表監督についた西野氏は、
前任者のハリルホジッチ氏の方針をひきつぐといいながら、
じっさいにはハリル氏がためしていた選手を否定したいだろう。
ガーナ戦をまえに発表された27人は、
予想どおり、ハリルホジッチ氏ならえらばなかったとおもわれる
本田・香川ありきの人選だった。
この2人をいれるのが協会の最終目標であり、
それさえできれば、あとの人選はハリル氏とかさなっても
協会のメンツはたもてる、という舞台裏がみえる。

今回の発表でいちばん目だった「犠牲者」は中島だ。
最後の遠征となったマリとウクライナとの試合でいい活躍をみせ、
あのままハリルホジッチ氏が監督をつづけていたら、
たかい確率で最終メンバーにえらばれていただろう。
いまはまだカムフラージュしているけど、
最終的なメンバーをきめるときには、
より反ハリルホジッチ色をつよめるはずだ。
ハリル氏を否定しなければ、なぜ解任したのかわからなくなるので。
そうした意味あいから、ハリルホジッチ氏の信頼をかちえていた
井手口・原口・浅野が はずされるのでは、と心配している。
コミュニケーションがすこしたりない、
というのが監督解任の原因になるぐらいだから、
えらばなかった理由はいくらでもつくれる。

実戦からはなれている香川をえらんだ理由として、
彼も間違いなく代えの利かないプレースタイルを持った選手ですから、彼がトップフォームに戻っていることを期待するところです。

岡崎については、
いま懸命にトップフォームに戻そうとしていますけれど、間違いなく、この1カ月の猶予があれば、彼は良い状態に持っていけるという予想がある。そうした想像力を働かせた上で、彼を選出しました。

経験と実績があれば、「想像力を働かせ」て選出されたり、
「トップフォームに戻っていることを期待」してもらえる。
西野色をだすのが目的なので、説明にならないような理由でも
じゅうぶん通用するようだ。

posted by カルピス at 22:01 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月17日

『サイレント・スクリーム』

『サイレント・スクリーム』
(アンジェラ=マーソンズ・高山真由美:訳・ハヤカワ・ミステリ文庫)

482ページのあつさがありながら、
さいごまでよませるのだから、
それなりにおもしろかったものの、
なにかとハードルのたかい読書だった。

かなりいりくんだはなしで、
そこにたくさんの登場人物がからんでくる。
いったいこのひとはだれだっけ?とか、
まえにこのひとはなにをやったんだっけ?と、
なんどもまえにもどってたしかめないと 頭にはいらない。

主人公のキム=ストーン警部は、
たぐい稀な勘のよさと、ときに上司の命令すら脇にのけてごりごり捜査を進める実行力で、担当した事件の解決率は非情に高い。対人スキルはいまひとつながら、少人数チームのメンバーからは絶大な信頼を寄せられている。34歳、独身、子供なし。趣味はバイク。(「訳者あとがき」より)

というキャラクターで、よんでいると、サラ=パレツキーのかく
ウォーショースキーをおもいだす。
ウォーショースキーは私立探偵、ストレートは警部と、
ちがう職業とはいえ、やってることはよくにている。
ちがっているところをいうと、
ストーン警部には女性性をかんじることがない。
いっぽうのウォーショースキーは、
男への対抗意識のつよい筋金いりのフェミニストだ。

ストーン警部は、まだわかいのに、ポジションがら
チームをひっぱっていくリーダーシップが必要となる。
責任感と正義感がつよいので、「警部」は天職ともいえるけど、
あまりユーモアのセンスはないようで、
軽口をたたいてもからまわりしてしまう。
ストーリーの展開におどろきながらも、
ストーン警部のわらえないジョークになんどかしらけてしまった。
ストーン警部が、げんきばかりがとりえの、
こまったおねーちゃんにおもえてしまう。
高山真由美さんの訳がわたしにはあわないのかもしれない。
この本のまえによんだ『そしてミランダを殺す』は、
務台夏子さんのおちついた訳がすばらしかった。
ストーン警部をおとなの女性としていかすには、
彼女のいきおいをおさえた訳のほうが むいているようにかんじた。

posted by カルピス at 22:06 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月16日

サッカー日本代表えらびの迷走

サッカーWカップにむけた選手選考の迷走がつたえられている。
 サッカー日本代表の西野朗(63)は14日、W杯ロシア大会(6月14日開幕)の予備登録メンバー35人を決めた。この日は国際サッカー連盟 (FIFA)への予備登録リスト提出の締め切り。この中から最終メンバー23人を選出するが、予備登録メンバーは日本サッカー協会の方針で公表されなかっ た。当落線上とみられる本田(パチューカ)、香川(ドルトムント)、岡崎(レスター)は選出されたもようだが、最終メンバーはいまだにアウトラインすら決 まっていないのが現状で、迷走中といわざるを得ない。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180516-00000017-ykf-spo

どんなサッカーをやるのか
はっきりした形をきめてないので、
選手をすんなりえらべるわけがない。
監督がもとめる戦術を試合でためしてみて、
それにマッチする選手をえらぶのが筋なのに、
西野氏が代表監督になってから、
いちども試合はおこなわれていない。
選手をえらべると、かんがえるほうが無理なのだ。
西野氏は、ヨーロッパのチームに所属する選手をみにいったり、
Jリーグの試合を観戦したりしてるけど、
自分の戦術をつたえているわけではないので、
いまの段階で、どの選手の調子がいいか、しかわからない。
3年間つみあげてきた成果を、2ヶ月まえに手ばなしたツケだ。

ハリルホジッチ前監督によばれていた選手が基本、
と協会はいっているけど、そんなわけがない。
きめるのは西野監督なのだから、
むかしえらばれていたからといって、
その選手たちだけで35人の予備登録メンバー、
そして最終的な23人が 構成されはしないだろう。
いまは、どの選手にインタビューしても、
代表によばれたらがんばります、といった内容の発言をする。
監督の交代によって、すべてがチャラになり、
もういちどスタートラインにたったようなものなので、
自分にもチャンスがあるとおもうのは当然だろう。
わたしもまた、もしかしたらえらばれるかもしれないので・・・、
といのがサッカーずきの鉄板ギャグだ。
可能性はゼロではないにしても、
あす太陽がもえるのをやめるくらい、きわめてひくい。
でも、おおくの「代表候補」は、わたしとにたようなものではないか。
からだがよくうごく選手、
かつてつねにハリル氏によばれていた選手、
まえはハリル氏によばれていたけど、
最近はそうでもない選手、
よばれたことはないけど、いま調子がいい選手、
ケガをしたけど、いまはなんともないよ、という選手、
歳はとったけど、からだはよくうごく、という選手、
すごく足がはやい選手、
若手だけど、フリーキックがじょうずな選手、
つまり、いきのいい選手と、
かつていきのよかった選手が、
全員えらばれる可能性にうかれ、うきあしだっている。
そんなみっともない集団にしたのは、
その気にさせたサッカー協会であり、
どんな選手を5月31日に発表しようが、
すんなり納得できる選手選考にならないことだけはたしかだ。

posted by カルピス at 21:48 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする