2018年06月20日

サッカー選手はおおげさにたおれすぎだ

きのうのWカップコロンビア戦では、
相手選手とルーズボールをめぐってのプレーで
長谷部がファールをとられた。
リプレイをみると、ファールをおかしたのは
むしろコロンビアの選手のほうだ。
コロンビアへレッドカードをだしたあとなので、
主審としては バランスをとるために、
日本にファールがでやすい状況だったとはいえ、
長谷部には酷な判定だった。

Wカップをみていておもうのは、
どうやったら審判がファールをとるよう じょうずにたおれるかを、
選手たちは、まるで役者のように きそっているみたいだ。
足がかかっていなくても、ぜんぜんいたくなくても、
ものすごくおおげさにたおれ、
理不尽なプレーをうけたとうったえる。
屈強なからだつきをしたおおきな男たちなのに、
自分が有利になるよう、はでな芸をみせて主審にアピールする。
あなたたちは、はずかしくないのかと わたしはおもう。

日本が日本のサッカーを世界にうちだすときに、
プレースタイルはともかくとして、
フェアプレーと、むやみにいたがらないという線で、
世界にアピールできるのではないか。
武士道の精神からいえば(たぶん)、
いたくないのに、いたいふりをするのは、
自分にたいしてはずかしい身のふりだ。
おもいおこせば、2011年の女子Wカップでのなでしこたちは、
フェアプレーとともに、やたらとたおれないプレーが
男子サッカーをみなれた目に新鮮だった。
男子はなんであんなにおおげさな「芸」をみせたがるのか。

ついでにいえば、ポルトガルのロナウドは、
たしかにすぐれた選手なのだろうけど、
あまりにも自分がかちたいという意識がつよすぎて、
まけずぎらいのおぼっちゃまにみえる。
たかだかサッカーなのだから、
そんなにおもいつめた顔つきをしないで、
のびのびとプレーして(あそんで)ほしい。

Wカップ特集の一環で、1974年西ドイツ大会の決勝、
西ドイツ対オランダの試合をNHKが放映していた。
クライフと、ベッケンバウアーのプレーを はじめて映像でみる。
戦術は、いまのほうがすぐれているのかもしれないけど、
選手のテクニックは、当時すでにすごい。
あたりもはげしけど、審判は、めったなことでは笛をふかず、
試合をとめずにながしている。
ファールをアピールしても、どうせききいれられないので、
選手たちは、役者になることなく、プレーに専念している。

長谷部のファールがあいてにあたえたフリーキックにより、
コロンビアは同点においついた。
ジャンプした壁の下をとおるひくいシュートが、
ゴールキーパーの川島をあざわらうように、
コロコロとゴールラインをこえた。
さほど強烈なシュートではなかったのに、
おさえきれなかった川島は、ずいぶんかっこわるかった。
日本は1点をうしなってしまったけど、
このさきにある試合をかんがえると、
川島のパフォーマンスがじゅうぶんでないのを
まわりが認識できた貴重なフリーキックだった。

posted by カルピス at 22:03 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月19日

W杯グループH 日本がコロンビアに2−1と結果をだす

W杯グループH
日本対コロンビア

仕事で車にのっていたら、メーターが7777キロをさした。
日本がきびしい結果になるのをのぞんでいるわたしにとって、
この幸運は、どうでるのだろう。
7777のメーター.jpg
試合開始3分に、香川のシュートを、コロンビアの選手が
手をつかってふせぎ、日本はPKをえる。
香川がきめて、ねがってもない形での先取点となった。
そして、ハンドをおかしたサンチェス選手はレッドカードで退場に。
日本は、先取点をえたうえに、相手が10人と、人数でも優位にたつ。

とはいえ、はやい時間帯に相手が10人になると、
意外とむつかしい試合になりがちだ。
しばらくは、日本がせめこむけど、
じきにあいてがじょうずにまもるようになる。
せめなければならないコロンビアが、まえにでてこない。
日本はうしろでゆっくりボールをまわすだけで、
迫力のある攻撃がしだいに影をひそめていく。
香川もうもれてボールをさわれない。
もたもたしてると、フリーキックをコロンビアにきめられて
1−1の同点においつかれる。
人数は、あいかわらずひとりおおいのだから、
あわてる必要はないけど、ながれとしてはいやなかんじだ。

後半は、日本が気もちをきりかえたように攻撃のスイッチをいれる。
コロンビアのエース、ハメス=ロドリゲスがでてきたけど、
コンディションがじゅうぶんでないようすで、
決定的な仕事ができない。
コロンビアは、ほかにもケガをしている選手がいるそうで、
4年前とはべつのチームであり、迫力のある攻撃がつづかない。
10人ではしりまわるうちに、
コロンビアの選手たちはさすがにつかれてきて、
ボールをうばいにいけなくなった。
いっぽうの日本は、せめこみながらも、
いつものようになかなかきめきれない。
このままでは、10人のコロンビアをおいつめられない。
そんな状況の後半28分に、
大迫がようやくコーナーキックをヘディングできめて
2−1とかちこす。
ボールをよくおさめるものの、
シュートをきめきれないのが特徴ともいえる大迫が、
ようやくだいじな場面で仕事をした。
そのまま日本はなんとかにげきって、
初戦でまさかのかち点3を手にいれる。

日本はなにがよかったのだろう。
試合開始そうそうの得点と、
相手が10人になった幸運をさしひいても、
日本の選手たちは気迫のこもったプレーをみせた。
なんだかんだいっても、
さいごのところはけっきょく気迫がものをいう。
この大会は、よわいといわれている国が意外と善戦しており、
そのながれを日本がうまくいかした形だ。
格上のコロンビアは、日本をあいてに、
なかなかうまくいかないのでいらついていた。
きょうのコロンビアは、グループHでいちばんよわいチームだ。
いちばんつよいとおもわれていたコロンビアから
かち点3を手にした日本は、これでいきおいがでるだろう。
わたしとしては残念だけど、
グループリーグ突破の可能性がたかくなった。

posted by カルピス at 23:17 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

Wカップ、コロンビア戦の予想

録画しておいたWカップのグループリーグを
すこしずつみている。
これまでのところ、大会まえの予想をくつがえし、
よわいといわれていた国の善戦が印象にのこる。
エジプトがウルグアイに0−1、
オーストラリアがフランスに1−2、
そしてアイスランドがアルゼンチンに1−1でひきわけた。
メキシコは、前回の優勝国ドイツを、1−0でやぶっている。
グループリーグでの初戦が、
つよいといわれる国にとってさえ、
いかにむつかしいのかをものがたっている。
このながれでいくと、日本もコロンビアをあいてに、
あすは あんがいいい試合をするのではないか。
日本の選手が、コンディションをととのえ、
全力でぶつかる気迫をみせてくれたら、という条件つきだけど。
わたしとしては、ハリルホジッチ前監督の解任について、
日本サッカー協会に不信感をもってしまったので、
日本がボコボコにやられるのを期待している。
その一方で、どんな試合になるのか、
たのしみにする気もちもあり、
コロンビアにのぞむ11人をわたしなりに予想してみた。

      大迫
乾     香川   武藤
   長谷部  柴崎
長友  吉田  植田  酒井(ひ)
      川島

ゴールキーパーは経験をかわれて川島ではないか。
川島は、前回の大会でもコロンビア戦に出場している。
中村と東口は、パラグアイ戦でピリッとせず、
じゅうぶんなアピールにならなかった。
本田はベンチスタートで、ながれによってとちゅうからでてくる。
原口と宇佐美も、本田とおなじあつかいで、
まずはパラグアイ戦でよかった乾と香川のコンビに得点を期待する。
岡崎は、ケガをかかえているので、コロンビア戦の出場はない。

とはいえ、コロンビアはグループリーグでいちばんつよく、
へたにかとうとするよりも、ひきわけでじゅうぶん、
というかんがえ方が現実的だ。
その場合、西野監督は、かつよりも、まけない試合をめざし、
守備のできる選手(原口・山口)を先発におくりだすだろう。
コロンビア戦にもしひきわけたら、
グループリーグ突破の可能性が すこしみえてくる。

わたしなんかがない知恵をしぼらなくても、
専門の監督・コーチがチームのベストをかんがえて、
適切な11人をえらぶのはわかっている。
わかっていながら、なんだかんだいいたくなるのが
生半可な知識しかない なんちゃってファンならではの心理だ。

posted by カルピス at 22:21 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月17日

藤井聡太七段に、クリームソーダの のみ方を「指導」しましたという師匠の杉本七段がいいかんじ

朝日新聞に藤井聡太七段のおさなかったころのようすが
連載で紹介されている。
きょうの記事は、藤井七段が、
師匠の杉本七段に弟子いりをもうしこむ場面だ。
藤井さん(当時小学4年生)は、
母親といっしょにコメダ珈琲店のテーブルにすわっている。
クリームソーダを注文した藤井さんは、
うまくのめないで、ソーダ水をテーブルにこぼしてしまった。
藤井にあまり指導した記憶は無いんですが、この時は、「こうやって飲むもんだよ」と先にソーダを飲むことを指導しました。

と杉本さんが当時をふりかえっている。
本職の将棋では、すでにおしえることがなくなっているけど、
ソーダ水の のみ方は「指導」しましたという、
これは杉本七段のジョークだろう。
記事にのっているクリームソーダの写真をみると、
たしかにクリームの部分がすごくおおきくて、
適切な「指導」がなければ、うまくあつかえないかもしれない。
この記事の論旨は、ソーダ水ののみ方ぐらいしか、
藤井七段にはおしえることがなかった点にある。
そして、弟子と師匠との関係であっても、
あまりていねいにおしえすぎないのが、将棋の世界では一般的だ。
おしえるのは、ソーダ水の のみ方ぐらい。
未熟な指導者は、ついあれこれおしえたがるけど、
自分でかんがえるちからをやしなうためには、
あまり「指導」しないほうがいいというのが最近の風潮だ。

すこしまえの新聞記事に、
観客席のないサッカー場をつくろうとしている
埼玉県サッカー協会のとりくみがのっていた。
大事にしなければならない存在だとはわかっているが、口を出しすぎる親が多すぎて、すぐ近くで見ていてくださいとは言えない状況が現実にある。

わたしはまえに、少年野球の練習風景をみて、
子どもたちにむかい罵声をあびせる指導者がいておどろいた。
きびしい指導と、口ぎたなくののしることを、ごちゃまぜにしている。
指導者がそんなふうだと、おしえられる子どもたちが不幸だ。
そして、練習や試合をみまもる親たちもまた、
熱心であればあるほど、やっかいな存在らしい。
みればいろんなことをいいたくなるだろうし、
結果をともなわなければ、指導者を批判する親がでてくるのだろう。
「保護者の観覧はご遠慮ください」といってもきかないのであれば、
観客席をなくすのが いちばんてっとりばやいのだろう。

将棋は、たとえ弟子と師匠の関係でも、対局すれば全力でたたかう。
順位に年齢は関係なくて、いい成績をのこせば上のクラスへあがるし、
まければ下にさがり、年下の棋士と対戦しなければならない。
ただ、師匠は師匠であり、将棋だけでなく
あらゆる面で自分をそだててくれる存在として、
藤井七段と杉本七段の関係はかわらない。
棋力ではすでにさきをいかれたけど、
ソーダ水の のみ方は「指導」しましたと、
やわらかいジョークで藤井七段とのであいをかたれる
杉本七段のふところのおおきさがいいかんじだ。

posted by カルピス at 21:29 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月16日

田んぼのみまわり。稲らしい植物をみかける。

田んぼが草だらけになっていたので、
稲の成長をたすけるため水をはる。
肝心の、稲はそだっているのか?
粘土団子をばらまいただけなので、
どこに種がおちたのか まったくわからない。
種の量だけは、ちゃんと10アール分の2.5キロをまいているので、
うまく芽がでれば、かなりの数の苗がそだっているはずだ。
ところどころ稲らしい植物をみかけるけど、
あまりにもまばらで、まともな収穫をのぞめそうにない。
ことしもまただめなのか、と田んぼの奥のほうに目をむけると、
稲らしい草がたくさんはえている。
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もしこれが稲だとすると、わたしがねがっているそのままの
自然農法による米つくりの姿だ。
どうか、これがヒエではなく、稲でありますように。
ことしの稲かりは、有給をつかわないと対応できないかも。

かえりに畑にもよる。
いいかげんだったきょねんにくらべ、
ことしはこころをいれかえて、毎週のぞいている。
草をとったり、間びきをしたり。
きょうはモロヘイヤをはじめて収穫した。
チンゲンサイも順調にそだっているし、
インゲン豆もげんきに芽をだしている。
先週うえたサツマイモの苗も、
どうやらかれずに根づいたようだ。
梅雨にはいり、ちょっと目をはなすと、
すぐに草だらけになってしまうので、
毎週なんだかんだと世話をやいている。
自然農法なので、できるだけ手をだしたくないけど、
草にまけると どうしようもないので、
そこだけはひとの手だすけがいる。
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田んぼと畑を毎週みまわるといっても、
ほんの1時間か、1時間半ほどだ。
それでも、いかないのと、
いって、どれだけそだっているかを
じっさいに目でみるのではだいぶちがう。
田畑の状態がわかっていると、
つぎの週にやるべき仕事もみえてくる。
自然農法といっても、まったくまるなげでは
うまくいかないのが、さすがにわかってきた。
このままなまけずに手をかければ、
ことしの秋はあるていどの収穫がたのしめそうだ。

posted by カルピス at 21:04 | Comment(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月15日

子ネコのココがきてから2週間

子ネコのココとくらすようになって2週間がすぎた。
子ネコらしくよくたべ、よくあそび、
なにをしても ものすごくかわいい。
体重が、850グラムから、1200グラムにふえ、
まえはネズミがおおきくなったような体型だったのが、
いまでは、いくらかネコらしいスタイルだ。
あんまりはやくおおきくならないで、とおもうようになった。
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ココのあたまのなかは、とにかくあそぶことでいっぱいのようで、
じっとしているときはほとんどなく、
いろんなものをおもちゃに はげしくうごきまわる。
兄弟がいれば、いっしょにあそぶのだろうけど、
ココはひとりなので、わたしたちがあそぶあいてをする。
ココのお気にいりは、わたしの手のひらとのたたかいで、
耳をふせ、獲物にとびかかるように、
本気でわたしの手のひらにたたかいをいどんでくる。
ツメをたて、ひっかき、ガジガジとかじりつくので、
わたしの手はキズだらけだ。

ずっとあいてをしてやらなくても、
ひとりでじょうずにあそんでいる。
ただ、そばにいるのがだいじみたいで、
わたしのからだにふれながら、はでにあそび、
わたしのからだを基地にして、でかけては またかえってくる。
わたしをたよる、そんなうごきをみると、
ココはわたしをお母さんとおもっているのかもしれない。

お母さんネコがいたら、シッポであそんでもらうところだろう。
子ネコを相手にしてさえ、キズだらけになるのに、
ライオンのエルザをそだてたジョイ=アダムソンさんは、
どうやっておさないころのエルザとあそんだのだろう。
エルザが本気でじゃれてきたら、ライオンなので、
ものすごいちからだろう。
ちからをおさえて人間とあそぶのをエルザにおぼえさせるため、
アダムソンさんは、エルザがまだちくて、
自分のほうがちからでかつときでも、
ちからずくでエルザのうごきをおさえないよう、
注意してあそんだ、と『野生のエルザ』にかいてある。
本をよんだときは、なるほどなー、と感心したけど、
ココのはげしいうごきをみると、ちからをおさえてあそぶって、
どうやるのか、ほんとにできるのか、不思議におもう。

ココはテレビ、とくにサッカーの試合がすきで、
選手のうごきに反応して画面を手でおさえようとする。
Wカップがおわるころには、
傷だらけのディスプレイになっているかもしれない。
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posted by カルピス at 20:51 | Comment(0) | ネコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月14日

日本は食事がやすくておいしい国、というのはほんとうか

しりあいとの雑談で、
世界のなかで日本は、やすくておいしい食事ができる国らしい、
というはなしになった。
朝日新聞に、そんな内容の記事がのっていたのだそうだ。
きいていると、わたしもその記事をよんだような気がする。
ただ、はなしの大筋はあっているものの、
ところどころ会話がかみあわない。
しりあいがわたしにはなす内容は、
わたしがよんだ記事よりも、具体的な説明がおおい。
わたしのよみかたがあさかったのかと、すこしひっかかった。

家にもどって最近の新聞をひっぱりだし、たしかめてみる。
わたしたちがはなしていたのは、
べつのひとがかいた ふたつのコラムだった。
わたしがよんでいたのは、後藤正文さんによる連載のコラムで、
しりあいがはなしていた記事は、小熊英二さんの論壇時評だ。
どちらの記事にも、日本は
やすくておいしい外食ができるとかいてある。
後藤さんは、欧米の国とくらべ、
小熊さんは欧米の大都市、さらに香港やバンコクでさえ、
ランチが千円するのがあたりまえになっている、と紹介している。
ふたりの著述家が、ほぼおなじ時期に話題としてとりあげるほど、
日本の食事はやすくておいしいというのが、
いまや世界の常識になっているらしい。
香港やバンコクでもランチ千円が当然になりつつある。だが東京では、その3分の1で牛丼が食べられる。それでも味はおいしく、店はきれいでサービスはよい。(小熊英二・「安くておいしい国」の限界)

小熊氏の論旨は、
私は、もう「安くておいしい日本」はやめるべきだと思う。

にあるけれど、ここでは食事の値段だけにはなしをしぼる。

日本の食事がやすいといわれて、わたしは意外な気がした。
全国展開のチェーン店はともかくとして、
外食がやすくすむのは大都市にかぎったはなしではないか。
わたしがすんでいる町では、
ランチに千円ちかくかかるのがふつうだ。
需要がすくないので、価格競争がおきないのだろう。
そして、わたしがバンコクで食事をすると、
安食堂にしかはいらないので、500円もかからない。

でも、おそらくわたしの感覚がずれているのだろう。
こじゃれた「ランチ」を香港やバンコクでたべれば、
1000円ぐらいするのは よくわかる。
そういうお店が、旅行者だけでなく、
一般市民にも人気があるのだろう。
アジアの国々から日本にきた旅行者が、
値段を気にしながら食事やかいものをするのではなく、
あたりまえのようにお店にはいり、
ためらいなくお金をつかうのをみると、
世界はずいぶん均一になったものだとおもう。
アジアを旅行している日本人が、円のちからをたよりに、
やすいやすいといい気になっていた時代より、よほど健全な姿だ。

わたしがフィリピンではいった、
10代のわかものがよくいく喫茶店では、
コーヒー一杯をのんでも、日本よりすこしやすい程度の値段、
つまりかなりたかい価格設定だった。
ケンタッキーフライドチキンだって、それなりの値段がする。
そうしたお店に ふつうの感覚ではいれる市民層が
いまやぶあつく存在するようだ。
もちろんそんなお店にはいれない
まずしいひとたちもいるのだろうけど、
わたしがおもっている以上に
世界の同質化がすすんでいるのではないか。
日本が値段をあげないで我慢しているうちに、
アジアの国々がおいついてきたのかもしれない。
旅行していいると、日本よりすこしやすいくらいの物価の国が
気らくにすごせてちょうどいい。

posted by カルピス at 22:41 | Comment(0) | 食事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

日本代表が、パラグアイに4−2でかってしまった

Wカップまでにくまれたさいごの試合で
日本がパラグアイに4−2でかってしまった。
ハリルホジッチ前代表監督の解任をめぐる
日本サッカー協会のやり方にがっかりしたわたしは、
かったとはいえ、すなおによろこべない。
ひねくれた心境でWカップをむかえるのが とても残念だ。

2006年のドイツ大会のまえにも、
日本代表はドイツをあいてにいい試合をした。
でも本番では、2敗1わけと、グループリーグ敗退でおわっている。
Wカップまえに、どれだけいい試合をしても、
本番での対戦とは まったく関係がない。
これまでがひどすぎたので、ようやくまとまりがみえたチームに
ひと安心するのはわからないでもないけど、
だからといってコロンビアにかてる道筋がみえてきたわけではない。
日本代表として 4年半ぶりの逆転勝利をおさめてしまい、
しかも相手は格上のパラグアイだ。
たのみのつなである運を つかいきったのでは、と心配する。

えらばれた選手たちのちからを、どうやって最大限にひきだすのか、
わたしはハリルホジッチ氏の分析と作戦に期待していた。
Wカップ本番のために、スッキリしない試合をくりかえしながら、
選手たちのくみあわせをためしてきた3年間が、
2ヶ月まえに突然の解任でチャラとなる。
Wカップ観戦のたのしみをうばわれたわたしは、
まっすぐな気もちで、日本代表を応援できなくなった。

西野監督は、スイス戦から10人をいれかえて
パラグアイ戦にのぞんでいる。
ひかえ選手中心のメンバーがいい結果をだしたために、
本番では どの11人をおくりだすのかがたのしみになった。
たのしみとはいえ、いい結果をのこしたら残念という、
ややこしい気もちでの観戦となる。
こうした状況をまねきながら、日本サッカー協会は、
どんな結果におわっても まともに反省なんかしないだろう。
もやもやした気もちのまま、
Wカップ本番が一週間後にせまってきた。

posted by カルピス at 22:26 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

三森すずこさんがひきだす畑亜貴さんのはなしがおもしろかった

火曜日のゆうがたパラダイスは、三森すずこさんが担当している。
きょうは、ゲストに畑亜貴(はた あき)さんが登場した。
わたしは畑亜貴さんをまったくしらなかったけど、
おちついたはなし方・ことばのえらび方をきいて、
ただものではないとすぐみやぶった。
おだやかで、ふかみのある声は、いつまでもきいていたくなる。
そのうえ、はなしている内容がすばらしかった。
アニソンの作詞家として有名な方らしい。

畑亜貴さんのいちにちのすごし方が円グラフで紹介された。

・12時から8時まで睡眠
・9時におきるけど、10時までベッドでボーっとする
・10時からメールをかく
・そのあと朝ごはんをたべながら、夕ごはんをつくる
・12時から1時までダラダラすごす(ゲームなど)
・午後1時から5時まで、集中して仕事にとりくむ
・5時から7時までビールタイム
・9時までダラダラ。気がむけば、作曲することも。
・9時から12時まで、ベッドにねっころがり、iPadで本をよむ。
 iPadが顔になんどかおちてくるほどねむくなったら、
 それがねる時間になったということ。ねる。

なんてクリエイティブな時間のつかい方だろう。
のんびりしているようでいて、
みもりんがいうように、メリハリがきいている。
畑さんは、ネコといっしょにくらしているそうで、
そのネコの世話にも なんやかやと時間がかかるという。
わたしもよくわかるので、さらに畑さんがすきになる。
いちにち8時間しっかりねて、
さらに1時間ぐずぐずするぐらいでないと、
創造的な仕事はできないのだ。

番組のおわりでは、畑亜貴さんが作詞した
「だってだって噫無情」がながれた。
『ああ無情』をやりたかったけど、
アイドルに『ああ無情』はすこしおもい。
だったら「だって、だって」といいわけしたら、
とおもいついたのだそうだ。
スルスルと企画がとおり、「だってだって噫無情」ができあがる。
古典の『ああ無情』に、「だって」と
いいわけをつけるセンスがひかる。
いい曲だった。

三森さんは、畑さんのような達人をまねいても、
どうどうと もてなせるだけのちからがある。
ただ はなしをあわせるのではなく、
相手とふかいところで共感しあえているのが
ラジオをきいていてもつたわってくる。
ほかの担当者が、「またきてください」といっても、
社交辞令にしかきこえないのに、
三森さんは、ほんとうにまたはなしをしたいから
「またきてください」といっているのがわかる。
きょうの畑亜貴さんにかぎらず、どのゲストとはなしても、
そのひとの本音をひきだせるうまさが三森さんにはある。
26歳と、まだわかいのに、すでに自分のスタイルを確立している。
よほど頭のいいひとなのだろう。
畑亜貴さんは、わたしがしらないだけで、
アニソン界では超有名な作詞家らしい。
こうしたすぐれた人材を、サラッとわたしにおしえてくれるので、
三森すずこさんの番組を 毎週たのしみにしている。

posted by カルピス at 21:36 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

梅ぼしをつける

1キロ580円の梅を4キロかってきて、梅ぼし用につけた。
きょねんは梅をかうのがおそくなり、
1キロ1280円もする南高梅しか スーパーの棚になくてこまった。
そんなりっぱな梅である必要はないのに、
梅がなければつけられないので、しぶしぶ3キロかった。
その教訓から、ことしははやめに梅を確保する。
15年くらいまえから梅ぼしをつけるようになった。
梅ぼしをしこんでいる自分、というのがわたしはすきで、
いかにも勤勉に、ていねいに、
手をぬかないで生きているような気がしてくる。

梅をひとばん水につけ、朝になったらザルにあけておく。
梅酒づくりじゃないので、ヘタをとったり、
つまようじで穴をあけたりはしない。
おおきめの容器に梅をいれながら、塩をくわえる。
塩は、梅のおもさの20%にすると、カビがはえにくい。
さいごにおもしをのせ、ほこりがこないように
ビニール袋をかぶせて部屋のすみにおいておく。
おもしは梅の倍のおもさにすると、
はやく水がでてきてカビがきにくくなる。

一週間たったら梅をザルにあけ、いちにち日にあてる。
梅からでた水でシソの葉をあらい、
梅をしまうときにいっしょに容器にいれる。
そのまま一ヶ月おき、さいごに3日間 梅をほしたらできあがり。
魚柄仁之助さんの『元気食実践マニュアル』(文春文庫PLUS)
にのっているやり方だ。
以下の3点さえおさえておけば、まず失敗しない。

・容器をあらってからよく消毒する
・塩は梅のおもさの20%
・おもしは梅の2倍くらいあったほうが
 はやく水があがってカビがきにくい。

わたしは料理をつくるとき、レシピをまもれずに、
いいかげんなできあがりにしてしまう。
めんどくさい下準備は省略したり、
材料もあるものだけですませるので、
味とみかけがずいぶんちがう(たぶん)ものしかできない。
ただ、梅ぼしだけは、塩分とおもしくらいしか、
おさえるところがないので、わたしでもまちがえずにつくれる。

もうひとつ、めんどくさそうにみえるけど、
やってみたらかんたんなのが、ミソづくりだ。
大豆と塩とコウジをまぜればできあがり。
そのわりあいによって、あまくちだったり、
しょっぱかったりするけど、ひどい失敗作にはならず、
どうつくっても、それなりにおいしいミソができあがる。

今夜しこんだ梅は、5週間たてばたべられる。
梅ぼしは、もちろんスーパーでかえるけど、
へんにあまかったり、いろんなかくし味がはいっていたりで、
塩につけただけのふつうの梅ぼしは意外とみつからない。
自分でつけた梅ぼしがわたしはいちばんすきなので、
めんどくさがりながらも、なんとかつづけている。

posted by カルピス at 22:20 | Comment(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする