きのうテレビをつけたらマラソン大会のゴール付近がうつった。
神戸マラソンのゴールにちがいない。
選手たちが、つぎつぎにフィニッシュしている。
その数がものすごいのに、わたしはすっかりおどろいてしまった。
今朝の新聞をみると、2万913人が参加されたという。
完走率は96%というから、ゴールしたのは2万76人。
ざっと計算してみる。
制限時間は7時間であり、とはいえ
ほとんどの選手は3時間から6時間の範囲でゴールするのでは。
この3時間内に、80%の選手がゴールするということは、
1万6000人が180分のあいだにゴールすることになる。
ということは、1分間に89人のひとがゴールする計算になる。
わたしがテレビでみたゴール付近の風景は、
まさしく、この、1分間に100人ちかく、
つまり、1秒にふたりという混雑のなか、
選手がゴールするようすをうつしていたものだった。
田舎の島根県でそだったわたしは、
都会でおこなわれるおおきな大会がイメージできなかったのだ。
スタートのようすで、何百メートルにわたって、
道路をびっしりうめつくした選手をニュースでみかける。
あの大集団だと、スタートのピストルがなってから、
選手全員がスタートラインをこえるのに、何分かかるのだろう。
集団は、しだいにほどけながら、それでもかなりの混雑をたもって、
ゴールむかうことになる。
あれだけの集団ではしるのは、
自分のペースをたもちにくくないだろうか。
それとも、にたようなスピードのひととはしり、
がんばりやすいものなのだろうか。
ゴールする選手たちはわりと元気そうで、
つかれきったひとはあまりみかけなかった。
わかいひとたちがおおそうで、たのしそうな表情でゴールしてくる。
それぞれが、けしてかんたんではない準備をかさね、
42.195キロをはしりおえた選手たち。
ひとりひとのものがたりに拍手をおくりたい。
わたしはこれまでに2どマラソン大会に参加したことがあるけど、
いずれもタイのチェンマイでおこなわれたもので、
参加者はそれほどおおくなかった。
神戸マラソンでゴールする、たのしそうな選手をみてると、
ほんのすこしだけ、もういちどフルマラソンをはしりたくなった。
2025年11月17日
2025年10月29日
朝ドラ『ばけばけ』を毎朝みている
9月下旬から、松江を舞台にした朝ドラ『ばけばけ』がはじまった。
これまでずっと、朝ドラにはひややかな視線をおくってきたけど
(『あまちゃん』をのぞく)、『ばけばけ』は毎朝かかさずみている。
母を介護する生活となり、あさ8時40分に家をでればよくなった。
7時半になるといそいそとBSをつけ、
8時からの地デジ放送までみることもおおい。
まさか自分が朝ドラをみる習慣を身につけるなるとはおもわなかった。
『ばけばけ』のまえの作品『あんぱん』も、
なんとなくではありながら、後半からけっこうみていた。
これも母の介護のおかげであり、なんかへんだとおもいながらも
習慣になってしまうと惰性でついテレビをつけてしまう。
『ばけばけ』は、『あんぱん』よりもあきらかにおもしろい。
まず、シンプルなオープニングがすばらしい。
ヘルンとセツ役のふたりが、とてもたのしそうに身をよせあっている。
相手へのふかい信頼と愛をかんじずにはおれない
すてきな写真がつかわれている。
バックにながれるハンバート ハンバートの歌がピッタリで、
おさないころのトキ(セツ)もすごくかわいかったし、
成長したトキをえんじる高石あかりもとても自然な演技がひかる。
いまのところ視聴者からの評判はわるくないようで、
SNSにも好意的なコメントがおおくよせられているという。
松江にすむわたしは、画面にでてくるしじみ汁や宍道湖、
松江城がごく身ぢかな存在だし、登場人物がはなす出雲弁にも
もちろんしたしみがある(ちょっと不自然ななまり方だけど)。
でも、ほかの土地にすむひとが、
『ばけばけ』のどこにひかれるのか不思議な気がする。
人気があるのだから、脚本や演出、演技がすぐれているのだろう。
これまでの朝ドラにはないかるい雰囲気が、
いまのところうまくはまっているのかもしれない。
放送がはじまって1ヶ月がたち、
とうとうヘブン(ヘルン)とトキが松江でであった。
日本語ができないヘブンと、英語ができないトキが、
どうやって関係をきづき、怪談を記録していったのだろう。
これからふたりがどんなくらしをおくるのかたのしみにしたい。
これまでずっと、朝ドラにはひややかな視線をおくってきたけど
(『あまちゃん』をのぞく)、『ばけばけ』は毎朝かかさずみている。
母を介護する生活となり、あさ8時40分に家をでればよくなった。
7時半になるといそいそとBSをつけ、
8時からの地デジ放送までみることもおおい。
まさか自分が朝ドラをみる習慣を身につけるなるとはおもわなかった。
『ばけばけ』のまえの作品『あんぱん』も、
なんとなくではありながら、後半からけっこうみていた。
これも母の介護のおかげであり、なんかへんだとおもいながらも
習慣になってしまうと惰性でついテレビをつけてしまう。
『ばけばけ』は、『あんぱん』よりもあきらかにおもしろい。
まず、シンプルなオープニングがすばらしい。
ヘルンとセツ役のふたりが、とてもたのしそうに身をよせあっている。
相手へのふかい信頼と愛をかんじずにはおれない
すてきな写真がつかわれている。
バックにながれるハンバート ハンバートの歌がピッタリで、
おさないころのトキ(セツ)もすごくかわいかったし、
成長したトキをえんじる高石あかりもとても自然な演技がひかる。
いまのところ視聴者からの評判はわるくないようで、
SNSにも好意的なコメントがおおくよせられているという。
松江にすむわたしは、画面にでてくるしじみ汁や宍道湖、
松江城がごく身ぢかな存在だし、登場人物がはなす出雲弁にも
もちろんしたしみがある(ちょっと不自然ななまり方だけど)。
でも、ほかの土地にすむひとが、
『ばけばけ』のどこにひかれるのか不思議な気がする。
人気があるのだから、脚本や演出、演技がすぐれているのだろう。
これまでの朝ドラにはないかるい雰囲気が、
いまのところうまくはまっているのかもしれない。
放送がはじまって1ヶ月がたち、
とうとうヘブン(ヘルン)とトキが松江でであった。
日本語ができないヘブンと、英語ができないトキが、
どうやって関係をきづき、怪談を記録していったのだろう。
これからふたりがどんなくらしをおくるのかたのしみにしたい。
2025年09月28日
「消えゆくブログサイト」
すこしまえの朝日新聞に、「消えゆくブログサイト」
という記事がのっていた。
アクセス数が最盛期の1/3となり、運営撤退があいつぐという。
「20代、30代はブログを新たに開設することはほとんどない」そうだ。
ブログができたとき、よまれるかよまれないかはべつとして、
自分のかんがえを、自由にネットでのべられるのは
すばらしいことにおもえた。
職場でも、職員がリレーでブログをつづり、
それぞれのひととなりをしることができ、おもしろかった。
それが、いまではツイッター(現X)をはじめとするSNSに、
ネットの中心がうつってしまった。
ツイッターにまったく関心のないわたしは、
スマホをもっていても、通話とききのがし配信くらいしか用はない。
わたしはまえに10年のあいだ、毎日ブログをかきつづけたことがある。
たいへんだったけど、たのしい10年でもあった。
いまよみかえすと、かいたことをまったくおぼえてない記事もおおい。
バックアップをとっている記事は半分ほどしかないので、
お世話になっているシーサーブログが運営をやめたら、
わたしがかきつづけた歴史がうもれてしまう。
退職したら、頭をはたらかせるために、
またブログの習慣を復活させようかともおもっていた。
まさか、ブログがなくなる時代がくるとは。
という記事がのっていた。
アクセス数が最盛期の1/3となり、運営撤退があいつぐという。
「20代、30代はブログを新たに開設することはほとんどない」そうだ。
ブログができたとき、よまれるかよまれないかはべつとして、
自分のかんがえを、自由にネットでのべられるのは
すばらしいことにおもえた。
職場でも、職員がリレーでブログをつづり、
それぞれのひととなりをしることができ、おもしろかった。
それが、いまではツイッター(現X)をはじめとするSNSに、
ネットの中心がうつってしまった。
ツイッターにまったく関心のないわたしは、
スマホをもっていても、通話とききのがし配信くらいしか用はない。
わたしはまえに10年のあいだ、毎日ブログをかきつづけたことがある。
たいへんだったけど、たのしい10年でもあった。
いまよみかえすと、かいたことをまったくおぼえてない記事もおおい。
バックアップをとっている記事は半分ほどしかないので、
お世話になっているシーサーブログが運営をやめたら、
わたしがかきつづけた歴史がうもれてしまう。
退職したら、頭をはたらかせるために、
またブログの習慣を復活させようかともおもっていた。
まさか、ブログがなくなる時代がくるとは。
2025年08月20日
『ロバのクサツネと歩く日本』最高にしあわせな旅人
『ロバのクサツネと歩く日本』
高田晃太郎・河出書房新社
タイトルがそのまま本の内容をあらわしている。
日本縦断とか、日本一周が目的ではなく、
高田さんは、ただロバといっしょにあるきたい。
まるでスナフキンのように、高田さんは由緒ただしい「旅人」だ。
日本のまえには、イランやトルコ、それにモロッコをロバとあるき、
ロバこそが、いっしょに旅をする最高の相棒だと高田さんはおもった。
モロッコの旅がおわっても、まだまだあるきつづけたいので、
ビザなど、ややこしい手つづきのない日本を、
高田さんはこんどの旅の舞台にえらんだ。
高田さんは、クサツネのうしろついてあるき、
クサツネのおしりをながめるのが
たまらなくしあわせな時間だという。
クサツネが道ばたの草をたべるのにあわせ、
まわりの景色をたのしみながらゆっくりすすむ。
ひとりであるきつづける「旅」とちがい、
クサツネがいっしょにいると、いろんなひとが
関心をよせてくるそうだ。
にんじんやモモをさしいれしてくれたり、
高田さんを食事にまねいたり、
テントをはってる高田さんを家にあげて
夕ごはんやお風呂をごちそうしたり。
車がおおくとおる道は あるいていてたのしくないので、
おのずといなか道をとおることがおおくなる。
しずかな道を、クサツネといっしょにゆっくりあるく。
いい旅をしてるなー、となんども高田さんがうらやましくなった。
だれでもできること、と高田さんはいうけど、
いちにちに平均25キロもあるきつづけたり、
お風呂にはいらないでねむることなど、
軟弱なわたしはとてもできそうにない。
高田さんは、旅をしながらこれからのことをかんがえる。
野宿しながら ながいあいだロバとあるいてきたスキルは、
いろんな場面でいかせるだろう。
クサツネといっしょにやりたいこと、できることを、
高田さんはあたまのなかであたためる。
高田晃太郎・河出書房新社
タイトルがそのまま本の内容をあらわしている。
日本縦断とか、日本一周が目的ではなく、
高田さんは、ただロバといっしょにあるきたい。
まるでスナフキンのように、高田さんは由緒ただしい「旅人」だ。
日本のまえには、イランやトルコ、それにモロッコをロバとあるき、
ロバこそが、いっしょに旅をする最高の相棒だと高田さんはおもった。
モロッコの旅がおわっても、まだまだあるきつづけたいので、
ビザなど、ややこしい手つづきのない日本を、
高田さんはこんどの旅の舞台にえらんだ。
高田さんは、クサツネのうしろついてあるき、
クサツネのおしりをながめるのが
たまらなくしあわせな時間だという。
クサツネが道ばたの草をたべるのにあわせ、
まわりの景色をたのしみながらゆっくりすすむ。
ひとりであるきつづける「旅」とちがい、
クサツネがいっしょにいると、いろんなひとが
関心をよせてくるそうだ。
にんじんやモモをさしいれしてくれたり、
高田さんを食事にまねいたり、
テントをはってる高田さんを家にあげて
夕ごはんやお風呂をごちそうしたり。
車がおおくとおる道は あるいていてたのしくないので、
おのずといなか道をとおることがおおくなる。
しずかな道を、クサツネといっしょにゆっくりあるく。
いい旅をしてるなー、となんども高田さんがうらやましくなった。
だれでもできること、と高田さんはいうけど、
いちにちに平均25キロもあるきつづけたり、
お風呂にはいらないでねむることなど、
軟弱なわたしはとてもできそうにない。
高田さんは、旅をしながらこれからのことをかんがえる。
野宿しながら ながいあいだロバとあるいてきたスキルは、
いろんな場面でいかせるだろう。
クサツネといっしょにやりたいこと、できることを、
高田さんはあたまのなかであたためる。
2025年07月30日
退職後のくらしをさきどりしてるような介護休暇
母が脳梗塞をおこし、まえよりうごきにくくなったので、
介護休暇をとっていっしょにくらしている。
まえからいっしょにくらしていたし、うごきにくい、といっても
ひとりでトイレにいけるし、食事もできる。
わたしの役割は、食事の用意とかたづけなど、
ほんのちょっとした手つだいがほとんどだ。
それでも、母をひとりで家にのこすのは心配なので、
介護休暇をとることにした。
ずっと母につきそう必要はないので、
わたしはジョギングにでかけるし、プールへもいく。
夏やすみというか、退職後の生活をさきどりしてるみたいだ。
朝は母にあわせ、6時半におきる。
酒をのむ量もまえとかわらない。
母の用事を手つだう以外はわたしの自由時間なので、
ねっころがって本をよむことがおおい。
カリン=スローターのぶあつい(ときには700ページ)本や、
ずっとおきっぱなしだったヘディンの『さまよえる湖』、
なんとなく敷居のたかかった『鉄の暴風(沖縄戦記)』をよめたし、
つんどくだった『熱風』のバックナンバーにも目をとおしている。
一般教養だろうと、これまで手をのばしたことのなかった
クリスティーの『そして誰もいなくなった』をいまよんでいる。
たいした作品とはおもえないむかしふうの文章、
なによりも文字のちいささに手をやいており(1993年のふるい本)、
時間がたっぷりなかったら、すぐになげだしていただろう。
これこそ、わたしがねがっていた生活ではないか。
とくになにかの目標があるわけではなく、
ただ時間を消費してるだけの老後の生活。
とはいえ、このままではただ死ぬのをまつみたいで、
これでいいのか、というささやきも頭をかすめる。
やすみだして1ヶ月半がすぎ、まったりした毎日に、
これがずっとつづくのかと、あせる気もちもすこしある。
母の健康に変化がないかぎり、わたしはうごきをとれない。
状況がうごくのを、まつしかない生活が、しばらくつづきそうだ。
介護休暇をとっていっしょにくらしている。
まえからいっしょにくらしていたし、うごきにくい、といっても
ひとりでトイレにいけるし、食事もできる。
わたしの役割は、食事の用意とかたづけなど、
ほんのちょっとした手つだいがほとんどだ。
それでも、母をひとりで家にのこすのは心配なので、
介護休暇をとることにした。
ずっと母につきそう必要はないので、
わたしはジョギングにでかけるし、プールへもいく。
夏やすみというか、退職後の生活をさきどりしてるみたいだ。
朝は母にあわせ、6時半におきる。
酒をのむ量もまえとかわらない。
母の用事を手つだう以外はわたしの自由時間なので、
ねっころがって本をよむことがおおい。
カリン=スローターのぶあつい(ときには700ページ)本や、
ずっとおきっぱなしだったヘディンの『さまよえる湖』、
なんとなく敷居のたかかった『鉄の暴風(沖縄戦記)』をよめたし、
つんどくだった『熱風』のバックナンバーにも目をとおしている。
一般教養だろうと、これまで手をのばしたことのなかった
クリスティーの『そして誰もいなくなった』をいまよんでいる。
たいした作品とはおもえないむかしふうの文章、
なによりも文字のちいささに手をやいており(1993年のふるい本)、
時間がたっぷりなかったら、すぐになげだしていただろう。
これこそ、わたしがねがっていた生活ではないか。
とくになにかの目標があるわけではなく、
ただ時間を消費してるだけの老後の生活。
とはいえ、このままではただ死ぬのをまつみたいで、
これでいいのか、というささやきも頭をかすめる。
やすみだして1ヶ月半がすぎ、まったりした毎日に、
これがずっとつづくのかと、あせる気もちもすこしある。
母の健康に変化がないかぎり、わたしはうごきをとれない。
状況がうごくのを、まつしかない生活が、しばらくつづきそうだ。
2025年06月30日
まるで介護プレイみたいな親の介護
いっしょにくらしている母親が、1ヶ月まえに脳梗塞で入院した。
さいわいおおきなマヒはのこらず、一週間で退院する。
まえから家のなかでは壁をつたってうごき、
外では杖やバギーをつかっていたけど、
脳梗塞でさらにうごきがわるくなる。
トイレにはひとりでいけるものの、3食の配膳とかたづけ、
それにお風呂でも手つだいが必要だ。
こんなふうに親の介護がはじまるんだ、とおもった。
かるい脳梗塞でも、家族の生活は一変する。
これまでのように、ひとりでの留守番はあぶないので、
わたしが介護休暇をとり、いっしょにすごすことになった。
介護休暇は3ヶ月うけられるものの、
3ヶ月たったからといって、状況がよくなるとはおもえない。
そのさきを、どうくらしていくのかがみえず、
モンモンとこの1ヶ月をすごしている。
いい面もある。
これまで親孝行らしいことをしたことがないので、
こまごまとした手つだいも、いい罪ほろぼしだ。
母は、なにごとにも感謝するいい性格で、
グチをいわず、「ありがとう」をかかさない。
介護する側にとって、気もちよく対応できる相手だ。
わたしはきゅうに親切な孝行むすことなり、
通院や銀行、かいものにつきそっている。
なんだか介護プレイをしているみたいな気がする。
さいわいおおきなマヒはのこらず、一週間で退院する。
まえから家のなかでは壁をつたってうごき、
外では杖やバギーをつかっていたけど、
脳梗塞でさらにうごきがわるくなる。
トイレにはひとりでいけるものの、3食の配膳とかたづけ、
それにお風呂でも手つだいが必要だ。
こんなふうに親の介護がはじまるんだ、とおもった。
かるい脳梗塞でも、家族の生活は一変する。
これまでのように、ひとりでの留守番はあぶないので、
わたしが介護休暇をとり、いっしょにすごすことになった。
介護休暇は3ヶ月うけられるものの、
3ヶ月たったからといって、状況がよくなるとはおもえない。
そのさきを、どうくらしていくのかがみえず、
モンモンとこの1ヶ月をすごしている。
いい面もある。
これまで親孝行らしいことをしたことがないので、
こまごまとした手つだいも、いい罪ほろぼしだ。
母は、なにごとにも感謝するいい性格で、
グチをいわず、「ありがとう」をかかさない。
介護する側にとって、気もちよく対応できる相手だ。
わたしはきゅうに親切な孝行むすことなり、
通院や銀行、かいものにつきそっている。
なんだか介護プレイをしているみたいな気がする。
2025年05月25日
映画『ファーストキス』のちらかった部屋に共感する
いい大人、というか、客観的には
もうすぐ前期高齢者のわたしなのに、
自分の部屋のちらかし方がコンプレックスだった。
頭のわるい中学生の部屋のように、
よみかけの本や、かったままの本たち(つんどく)。
ぬいだ服がいすの背にかけられていて、
レコードはターンテーブルののったままだ。
アイドルのポスターまではないものの、
いつまでも大人になれなかった部屋が
わたしの精神的なおさなさ、未熟さをあらわしているような。
たとえば、村上春樹の小説にでてくる「僕」たちは、
ぜったいにこんな部屋をつくらないだろう。
この年になってこんな部屋なのだから、
このさきも、おおきくはかわらないにきまっている。
ところが、このまえ映画『ファーストキス』をみていたら、
でてきた部屋が、あんがいわたしの部屋に似ているようにおもった。
松たか子がひとりでくらすマンションは、
あちこちにものがおかれ、机のうえだってごちゃごちゃだ。
そのゴチャゴチャさがなんともいえずリアルだった。
とてもよくできた作品で、おもしろかったうえに、
部屋のちらかり方に共感できたことが印象にのこっている。
これはこれでありかも、とおもわせるちらかり方だ。
そうか、おれの部屋は、これでいいんだ、と安心する。
もうすぐ前期高齢者のわたしなのに、
自分の部屋のちらかし方がコンプレックスだった。
頭のわるい中学生の部屋のように、
よみかけの本や、かったままの本たち(つんどく)。
ぬいだ服がいすの背にかけられていて、
レコードはターンテーブルののったままだ。
アイドルのポスターまではないものの、
いつまでも大人になれなかった部屋が
わたしの精神的なおさなさ、未熟さをあらわしているような。
たとえば、村上春樹の小説にでてくる「僕」たちは、
ぜったいにこんな部屋をつくらないだろう。
この年になってこんな部屋なのだから、
このさきも、おおきくはかわらないにきまっている。
ところが、このまえ映画『ファーストキス』をみていたら、
でてきた部屋が、あんがいわたしの部屋に似ているようにおもった。
松たか子がひとりでくらすマンションは、
あちこちにものがおかれ、机のうえだってごちゃごちゃだ。
そのゴチャゴチャさがなんともいえずリアルだった。
とてもよくできた作品で、おもしろかったうえに、
部屋のちらかり方に共感できたことが印象にのこっている。
これはこれでありかも、とおもわせるちらかり方だ。
そうか、おれの部屋は、これでいいんだ、と安心する。
2025年04月29日
2025年は、カリン=スローターにささげる年
近所の本屋さんが、きょねんの秋から改装工事にはいっていた。
4月24日に、ようやくまたお店がはじまりほっとしている。
さっそくいってみると、店内はかなりかわり、べつのお店のようだ。
「すごせる書店」をめざす、と新聞で紹介されていた。
改装まえは、雑貨のスペースがじわじわとふえ、
それにともない本棚がへっていたのが不満だった。
あたらしいお店は、蔵書が3万冊ふえ22万冊になるという。
やみあがりだったのできのうはみじかい滞在にとどめ、
シャルロッテ=リンクの『罪なくして』の上下だけをもとめた。
セルフとなったレジで2640円をしはらう。
それにしても本の値段がたかくなった。
『罪なくして』は300ページほどの作品なのに、
税別それぞれ1200円もする。
すこにまえなら1000円程度におさまっただろう。
輸送費の値あがりや、そもそも本の原料である紙がないと
『本の雑誌』にかかれていた。
これもそれも、みんなプーチンがわるのだろう。
成瀬あかり氏の活躍以来、今年の夏をなんとかにささげる、
というのは手あかのついた表現になってしまったけど、
わたしはこのいちねんをカリン=スローターにささげたいとおもう。
はじめてよんだ『暗闇のサラ』におどろいてしまい、
アマゾンであらたに7冊を注文した。
なかには700ページにたっする作品もあり、
わたしのよむスピードでは、その1冊だけでも1ヶ月かかりそうだ。
スローターの作品には、「グラント郡シリーズ」と
「ウィル・トレント」シリーズ、それにシリーズ外作品がある。
全部で20冊をこえるらしく、成瀬のように夏だけではとてもたりない。
わたしの2025年度をかけた大事業として位置づけるわけだ。
ちょうどこのいちねんは、わたしが職場ですごすさいごの年でもあり、
定年までの月日をささげるにふさわしい気がする。
4月24日に、ようやくまたお店がはじまりほっとしている。
さっそくいってみると、店内はかなりかわり、べつのお店のようだ。
「すごせる書店」をめざす、と新聞で紹介されていた。
改装まえは、雑貨のスペースがじわじわとふえ、
それにともない本棚がへっていたのが不満だった。
あたらしいお店は、蔵書が3万冊ふえ22万冊になるという。
やみあがりだったのできのうはみじかい滞在にとどめ、
シャルロッテ=リンクの『罪なくして』の上下だけをもとめた。
セルフとなったレジで2640円をしはらう。
それにしても本の値段がたかくなった。
『罪なくして』は300ページほどの作品なのに、
税別それぞれ1200円もする。
すこにまえなら1000円程度におさまっただろう。
輸送費の値あがりや、そもそも本の原料である紙がないと
『本の雑誌』にかかれていた。
これもそれも、みんなプーチンがわるのだろう。
成瀬あかり氏の活躍以来、今年の夏をなんとかにささげる、
というのは手あかのついた表現になってしまったけど、
わたしはこのいちねんをカリン=スローターにささげたいとおもう。
はじめてよんだ『暗闇のサラ』におどろいてしまい、
アマゾンであらたに7冊を注文した。
なかには700ページにたっする作品もあり、
わたしのよむスピードでは、その1冊だけでも1ヶ月かかりそうだ。
スローターの作品には、「グラント郡シリーズ」と
「ウィル・トレント」シリーズ、それにシリーズ外作品がある。
全部で20冊をこえるらしく、成瀬のように夏だけではとてもたりない。
わたしの2025年度をかけた大事業として位置づけるわけだ。
ちょうどこのいちねんは、わたしが職場ですごすさいごの年でもあり、
定年までの月日をささげるにふさわしい気がする。
2025年03月29日
iPhoneSE(第2世代)の中古品にきりかえる
5年まえにかったiPhoneSE(第2世代)のストレージが、
64ギガのうち のこり5ギガとなり、
OSをアップデートできなくなった。
そろそろかいかえの時期だけど、
あたらしい機種は10万以上するのでためらっていた。
アマゾンでしらべると、SE(第2世代)の中古が、
2万1000円ほどででている。ストレージは128ギガ。
5年まえにかったときは、5万円だったものが、
5年後に倍のストレージ品を2万1000円だから
いいかいものにおもえる。ポチッとした。
とどいたiPhoneは、よごれ・キズはないし、
バッテリーも100%まで充電できる。
ふるい機種からのデーター移行は、
新旧2つのスマホをならべると、かんてんにできるという。
じっさいにやってみると、あたらしいスマホが
ふるいスマホをなかなか認証しなくて手間どった。
でもまあ、なんとか移行をすませてつかいはじめる。
しばらくすると、Wi-Fiではネットにつながるものの、
ドコモ回線ではつながらないことがわかった。
いろいろいじってみてもうまくいかない。
一週間ほど、家だけで機能するスマホとして我慢してつかう。
けっきょく、イオンモバイルをたずね業況をはなすと、
なんとかかんとか、と、なにかのデーターをダウンロードされた。
すぐにWi-Fiでなくてもネットにつながるようになる。
わたしはいちにちに10分ほどしたスマホをみないので、
あたらしいスマホに10万円もつかいたくない。
ふるい機種でも、OSさえあたらしければ
あと5年くらいはつかえるだろう。
2万1000円で、つなぎとなるお手軽なスマホをかえて一安心する。
64ギガのうち のこり5ギガとなり、
OSをアップデートできなくなった。
そろそろかいかえの時期だけど、
あたらしい機種は10万以上するのでためらっていた。
アマゾンでしらべると、SE(第2世代)の中古が、
2万1000円ほどででている。ストレージは128ギガ。
5年まえにかったときは、5万円だったものが、
5年後に倍のストレージ品を2万1000円だから
いいかいものにおもえる。ポチッとした。
とどいたiPhoneは、よごれ・キズはないし、
バッテリーも100%まで充電できる。
ふるい機種からのデーター移行は、
新旧2つのスマホをならべると、かんてんにできるという。
じっさいにやってみると、あたらしいスマホが
ふるいスマホをなかなか認証しなくて手間どった。
でもまあ、なんとか移行をすませてつかいはじめる。
しばらくすると、Wi-Fiではネットにつながるものの、
ドコモ回線ではつながらないことがわかった。
いろいろいじってみてもうまくいかない。
一週間ほど、家だけで機能するスマホとして我慢してつかう。
けっきょく、イオンモバイルをたずね業況をはなすと、
なんとかかんとか、と、なにかのデーターをダウンロードされた。
すぐにWi-Fiでなくてもネットにつながるようになる。
わたしはいちにちに10分ほどしたスマホをみないので、
あたらしいスマホに10万円もつかいたくない。
ふるい機種でも、OSさえあたらしければ
あと5年くらいはつかえるだろう。
2万1000円で、つなぎとなるお手軽なスマホをかえて一安心する。
2025年02月28日
くちなおしにキャロル=オコンネル
『おすすめ文庫王国』ですすめられていた
『炒飯狙撃手』(張國立)をよんでみる。
あぶない場面になると、炒飯をつくって危機をのりこえる、
みたいな紹介があったけど、じっさいは、
さほど炒飯にスポットがあたっているわけではない。
わたしには、どこがおもしろいのか
理解しづらい作品だった。
こんなときには、くちなおしに
すぐれたミステリーがよみたくなる。
キャロル=オコンネルの『ルート66』を手にとった。
マロリーの通報後、20分もたってから
州警察のわかい警官がパトカーからおりてきた場面。
わたしのツボにドンピシャではまるうまさだ。
オコンネルの描写には無駄がない。
それでいて、あそびごころにみちている。
それ以外にはないとおもわせる絶妙な角度から、
人物像を的確にいいあらわす。
よんでいるだけでここちよくさせてくれ、
そのうえストーリーもまた格別にうまいのだから たまらない。
オコンネルが特別なのかとおもっていたら、
このまえよんだ『暗闇のサラ』(カリン=スローター)もすごかった。
すんなりとよみすすめるのが困難なほど、
きびしい緊張感をたもちながら読者をふりまわす。
こんな作品にであえたしあわせに感謝する。
日本の、そしてアジアのミステリーは、
欧米のレベルから、まだまだとおくはなされているのでは。
『炒飯狙撃手』(張國立)をよんでみる。
あぶない場面になると、炒飯をつくって危機をのりこえる、
みたいな紹介があったけど、じっさいは、
さほど炒飯にスポットがあたっているわけではない。
わたしには、どこがおもしろいのか
理解しづらい作品だった。
こんなときには、くちなおしに
すぐれたミステリーがよみたくなる。
キャロル=オコンネルの『ルート66』を手にとった。
マロリーの通報後、20分もたってから
州警察のわかい警官がパトカーからおりてきた場面。
彼は、何試合かで勝利を収め、独力で勝ったと思いこんでいるアスリートの自信を漂わせていた。なお悪いことに、彼はゆったりしたタイプだった。車から降り、食堂までの5、6歩の長旅にそなえて帽子をかぶる
「あのフォードのトランクを開けて欲しいの」マロリーは言った。
ホフマンは優しげな、見下すようなほほえみを見せた。まるで幼稚園を訪問して、親切なおまわりさんを演っているようだ。
わたしのツボにドンピシャではまるうまさだ。
オコンネルの描写には無駄がない。
それでいて、あそびごころにみちている。
それ以外にはないとおもわせる絶妙な角度から、
人物像を的確にいいあらわす。
よんでいるだけでここちよくさせてくれ、
そのうえストーリーもまた格別にうまいのだから たまらない。
オコンネルが特別なのかとおもっていたら、
このまえよんだ『暗闇のサラ』(カリン=スローター)もすごかった。
すんなりとよみすすめるのが困難なほど、
きびしい緊張感をたもちながら読者をふりまわす。
こんな作品にであえたしあわせに感謝する。
日本の、そしてアジアのミステリーは、
欧米のレベルから、まだまだとおくはなされているのでは。

