2026年01月11日

エリー=グリフィスのハービンダー=カーシリーズ『小路の奥の死』がおすすめです

エリー=グリフィスの『小路の奥の死』をよむ。
ハービンダー=カーシリーズの3冊目。
本作でカーは、サセックス警察の部長刑事から、
ロンドン警視庁の警部と昇級している。
それにともない、これまで両親との同居だったのが、
女性3人でフラットをシェアしてくらすようになった。
ややこしいストーリーだし、酒をのみながらの読書なので、
なんどもまえのページをふりかえってながれを確認する。
その手間もまたたのしく、2年ぶりのシリーズを堪能する。
警部になったハービンダーは、ツボをおさえながら、
ますます小気味よく捜査をすすめていく。
ラストはみごとな大団円で、
前作の仲間がなつかしい顔をみせてくれる。

現在形でおしとおし、リズムのある文体がここちよい。
現在形ならではの臨場感が効果的につかわれている。
上條ひろみさんの訳がすばらしく、
文章の微妙なおかしさをうまくつたえてくれる。
部屋もスタイリッシュで、鮮やかな色にあふれ、ネオンサインやスポットライトを当てた流木といった、ぎょっとするようなアートがかざられている。これは精神を病んだ人がためこんだものというわけではなく、アートなのだろうということぐらいはわかる。

グリフィスの作品って、まえからこんなに現在形がおおかったっけ、
と、前作の『窓辺の愛書家』をひっぱりだす。
部長刑事時代のハービンダーは、立場にまだ責任がすくないせいか、
発言にまじる皮肉がかるく、それだけわかさをかんじる。
ドタバタのたのしさが前作にはあるけど、
だからといって3冊目の『小路の奥の死』が退屈なわけではない。
警部になったハーダンビーの続編を、これからもよみつづけたい。

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2025年12月31日

ことしよんだ本について

2月にカリン=スローターの『暗闇のサラ』(ハーバーbooks)をよむ。
ページをめくるのがこわくなるようなスリリングな読書で、
いっぺんにスローターにはまってしまった。
「このいちねんをカリン=スローターにささげたいとおもう」
なんて成瀬みたいなことをブログにかいたものだ。
でも、13冊のスローターものをよんでいるうちに、
サラとウィルがいつまでもおたがいの関係をつくれないこと、
悪役のレナが、もうすこしのところでいつものがれること、に
イライラするようになる。
スローターものをつづけてよむのは胃にもたれるので、
あいだにべつの本をいれて「読書」する年となった。

成瀬といえば、シリーズの完結編である
『成瀬は都を駆け抜ける』(新潮社)が出版された。
3冊目もじゅうぶんにおもしろく、
ひさしぶりの成瀬との再会をたのしんだ。
あいかわらず、成瀬の生きる姿勢にはエリをただされる。

ことしの10冊は以下のとおり。
順位ではなく、よんだ順にかきだしただけ。
わたしがことしよんだ本であり、
ことし出版された本でないことをおことわりしておく。

・『愛おしい骨』キャロル=オコンネル
 務台夏子:訳 創元推理文庫
http://parupisupipi.seesaa.net/article/508570087.html
 エリー=グリフィスとおなじく、読者をえらぶ作家だとおもう。 
 オコンネルのうまさがわたしのツボをいいかんじで刺激する。

・『エースくんとヨバンさん 犬とアヒルの友情物語』
 石川真衣 株式会社KADOKAWA

・『暗闇のサラ』カリン=スローター
 鈴木美穂朋(みほう): ハーバーbooks
http://parupisupipi.seesaa.net/article/514659438.html

・『酒を主食とする人々』
 高野秀行 本の雑誌社
酒だけで生きているひとたちがいる。
医学では説明できないというところがおもしろい。

・『余命一年、男をかう』
 吉川トリコ 講談社文庫

・『鉄の暴風(沖縄戦記)』
 沖縄タイムス社編 ちくま文芸文庫

・『逃亡くそたわけ』
 絲山秋子 講談社文庫

・『ロバのクサツネと歩く日本』
 高田晃太郎 河出書房新社
http://parupisupipi.seesaa.net/article/517700132.html

・『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』
 奥野克巳 亜紀書房

・『あの夏が教えてくれた』
 アレン=エスケンス
 務台夏子:訳 創元推理文庫

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2025年11月17日

神戸マラソンのゴール風景におどろく

きのうテレビをつけたらマラソン大会のゴール付近がうつった。
神戸マラソンのゴールにちがいない。
選手たちが、つぎつぎにフィニッシュしている。
その数がものすごいのに、わたしはすっかりおどろいてしまった。

今朝の新聞をみると、2万913人が参加されたという。
完走率は96%というから、ゴールしたのは2万76人。
ざっと計算してみる。
制限時間は7時間であり、とはいえ
ほとんどの選手は3時間から6時間の範囲でゴールするのでは。
この3時間内に、80%の選手がゴールするということは、
1万6000人が180分のあいだにゴールすることになる。
ということは、1分間に89人のひとがゴールする計算になる。
わたしがテレビでみたゴール付近の風景は、
まさしく、この、1分間に100人ちかく、
つまり、1秒にふたりという混雑のなか、
選手がゴールするようすをうつしていたものだった。
田舎の島根県でそだったわたしは、
都会でおこなわれるおおきな大会がイメージできなかったのだ。

スタートのようすで、何百メートルにわたって、
道路をびっしりうめつくした選手をニュースでみかける。
あの大集団だと、スタートのピストルがなってから、
選手全員がスタートラインをこえるのに、何分かかるのだろう。
集団は、しだいにほどけながら、それでもかなりの混雑をたもって、
ゴールむかうことになる。

あれだけの集団ではしるのは、
自分のペースをたもちにくくないだろうか。
それとも、にたようなスピードのひととはしり、
がんばりやすいものなのだろうか。
ゴールする選手たちはわりと元気そうで、
つかれきったひとはあまりみかけなかった。
わかいひとたちがおおそうで、たのしそうな表情でゴールしてくる。
それぞれが、けしてかんたんではない準備をかさね、
42.195キロをはしりおえた選手たち。
ひとりひとのものがたりに拍手をおくりたい。

わたしはこれまでに2どマラソン大会に参加したことがあるけど、
いずれもタイのチェンマイでおこなわれたもので、
参加者はそれほどおおくなかった。
神戸マラソンでゴールする、たのしそうな選手をみてると、
ほんのすこしだけ、もういちどフルマラソンをはしりたくなった。

posted by カルピス at 18:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年10月29日

朝ドラ『ばけばけ』を毎朝みている

9月下旬から、松江を舞台にした朝ドラ『ばけばけ』がはじまった。
これまでずっと、朝ドラにはひややかな視線をおくってきたけど
(『あまちゃん』をのぞく)、『ばけばけ』は毎朝かかさずみている。

母を介護する生活となり、あさ8時40分に家をでればよくなった。
7時半になるといそいそとBSをつけ、
8時からの地デジ放送までみることもおおい。
まさか自分が朝ドラをみる習慣を身につけるなるとはおもわなかった。
『ばけばけ』のまえの作品『あんぱん』も、
なんとなくではありながら、後半からけっこうみていた。
これも母の介護のおかげであり、なんかへんだとおもいながらも
習慣になってしまうと惰性でついテレビをつけてしまう。
『ばけばけ』は、『あんぱん』よりもあきらかにおもしろい。
まず、シンプルなオープニングがすばらしい。
ヘルンとセツ役のふたりが、とてもたのしそうに身をよせあっている。
相手へのふかい信頼と愛をかんじずにはおれない
すてきな写真がつかわれている。
バックにながれるハンバート ハンバートの歌がピッタリで、
おさないころのトキ(セツ)もすごくかわいかったし、
成長したトキをえんじる高石あかりもとても自然な演技がひかる。

いまのところ視聴者からの評判はわるくないようで、
SNSにも好意的なコメントがおおくよせられているという。
松江にすむわたしは、画面にでてくるしじみ汁や宍道湖、
松江城がごく身ぢかな存在だし、登場人物がはなす出雲弁にも
もちろんしたしみがある(ちょっと不自然ななまり方だけど)。
でも、ほかの土地にすむひとが、
『ばけばけ』のどこにひかれるのか不思議な気がする。
人気があるのだから、脚本や演出、演技がすぐれているのだろう。
これまでの朝ドラにはないかるい雰囲気が、
いまのところうまくはまっているのかもしれない。

放送がはじまって1ヶ月がたち、
とうとうヘブン(ヘルン)とトキが松江でであった。
日本語ができないヘブンと、英語ができないトキが、
どうやって関係をきづき、怪談を記録していったのだろう。
これからふたりがどんなくらしをおくるのかたのしみにしたい。

posted by カルピス at 17:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月28日

「消えゆくブログサイト」

すこしまえの朝日新聞に、「消えゆくブログサイト」
という記事がのっていた。
アクセス数が最盛期の1/3となり、運営撤退があいつぐという。
「20代、30代はブログを新たに開設することはほとんどない」そうだ。
ブログができたとき、よまれるかよまれないかはべつとして、
自分のかんがえを、自由にネットでのべられるのは
すばらしいことにおもえた。
職場でも、職員がリレーでブログをつづり、
それぞれのひととなりをしることができ、おもしろかった。
それが、いまではツイッター(現X)をはじめとするSNSに、
ネットの中心がうつってしまった。
ツイッターにまったく関心のないわたしは、
スマホをもっていても、通話とききのがし配信くらいしか用はない。

わたしはまえに10年のあいだ、毎日ブログをかきつづけたことがある。
たいへんだったけど、たのしい10年でもあった。
いまよみかえすと、かいたことをまったくおぼえてない記事もおおい。
バックアップをとっている記事は半分ほどしかないので、
お世話になっているシーサーブログが運営をやめたら、
わたしがかきつづけた歴史がうもれてしまう。
退職したら、頭をはたらかせるために、
またブログの習慣を復活させようかともおもっていた。
まさか、ブログがなくなる時代がくるとは。

posted by カルピス at 20:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月20日

『ロバのクサツネと歩く日本』最高にしあわせな旅人

『ロバのクサツネと歩く日本』
高田晃太郎・河出書房新社

タイトルがそのまま本の内容をあらわしている。
日本縦断とか、日本一周が目的ではなく、
高田さんは、ただロバといっしょにあるきたい。
まるでスナフキンのように、高田さんは由緒ただしい「旅人」だ。
日本のまえには、イランやトルコ、それにモロッコをロバとあるき、
ロバこそが、いっしょに旅をする最高の相棒だと高田さんはおもった。
モロッコの旅がおわっても、まだまだあるきつづけたいので、
ビザなど、ややこしい手つづきのない日本を、
高田さんはこんどの旅の舞台にえらんだ。

高田さんは、クサツネのうしろついてあるき、
クサツネのおしりをながめるのが
たまらなくしあわせな時間だという。
クサツネが道ばたの草をたべるのにあわせ、
まわりの景色をたのしみながらゆっくりすすむ。

ひとりであるきつづける「旅」とちがい、
クサツネがいっしょにいると、いろんなひとが
関心をよせてくるそうだ。
にんじんやモモをさしいれしてくれたり、
高田さんを食事にまねいたり、
テントをはってる高田さんを家にあげて
夕ごはんやお風呂をごちそうしたり。
車がおおくとおる道は あるいていてたのしくないので、
おのずといなか道をとおることがおおくなる。
しずかな道を、クサツネといっしょにゆっくりあるく。
いい旅をしてるなー、となんども高田さんがうらやましくなった。
だれでもできること、と高田さんはいうけど、
いちにちに平均25キロもあるきつづけたり、
お風呂にはいらないでねむることなど、
軟弱なわたしはとてもできそうにない。

高田さんは、旅をしながらこれからのことをかんがえる。
野宿しながら ながいあいだロバとあるいてきたスキルは、
いろんな場面でいかせるだろう。
クサツネといっしょにやりたいこと、できることを、
高田さんはあたまのなかであたためる。

posted by カルピス at 10:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年07月30日

退職後のくらしをさきどりしてるような介護休暇

母が脳梗塞をおこし、まえよりうごきにくくなったので、
介護休暇をとっていっしょにくらしている。
まえからいっしょにくらしていたし、うごきにくい、といっても
ひとりでトイレにいけるし、食事もできる。
わたしの役割は、食事の用意とかたづけなど、
ほんのちょっとした手つだいがほとんどだ。
それでも、母をひとりで家にのこすのは心配なので、
介護休暇をとることにした。

ずっと母につきそう必要はないので、
わたしはジョギングにでかけるし、プールへもいく。
夏やすみというか、退職後の生活をさきどりしてるみたいだ。
朝は母にあわせ、6時半におきる。
酒をのむ量もまえとかわらない。
母の用事を手つだう以外はわたしの自由時間なので、
ねっころがって本をよむことがおおい。
カリン=スローターのぶあつい(ときには700ページ)本や、
ずっとおきっぱなしだったヘディンの『さまよえる湖』、
なんとなく敷居のたかかった『鉄の暴風(沖縄戦記)』をよめたし、
つんどくだった『熱風』のバックナンバーにも目をとおしている。
一般教養だろうと、これまで手をのばしたことのなかった
クリスティーの『そして誰もいなくなった』をいまよんでいる。
たいした作品とはおもえないむかしふうの文章、
なによりも文字のちいささに手をやいており(1993年のふるい本)、
時間がたっぷりなかったら、すぐになげだしていただろう。

これこそ、わたしがねがっていた生活ではないか。
とくになにかの目標があるわけではなく、
ただ時間を消費してるだけの老後の生活。
とはいえ、このままではただ死ぬのをまつみたいで、
これでいいのか、というささやきも頭をかすめる。
やすみだして1ヶ月半がすぎ、まったりした毎日に、
これがずっとつづくのかと、あせる気もちもすこしある。
母の健康に変化がないかぎり、わたしはうごきをとれない。
状況がうごくのを、まつしかない生活が、しばらくつづきそうだ。

posted by カルピス at 10:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年06月30日

まるで介護プレイみたいな親の介護

いっしょにくらしている母親が、1ヶ月まえに脳梗塞で入院した。
さいわいおおきなマヒはのこらず、一週間で退院する。
まえから家のなかでは壁をつたってうごき、
外では杖やバギーをつかっていたけど、
脳梗塞でさらにうごきがわるくなる。
トイレにはひとりでいけるものの、3食の配膳とかたづけ、
それにお風呂でも手つだいが必要だ。

こんなふうに親の介護がはじまるんだ、とおもった。
かるい脳梗塞でも、家族の生活は一変する。
これまでのように、ひとりでの留守番はあぶないので、
わたしが介護休暇をとり、いっしょにすごすことになった。
介護休暇は3ヶ月うけられるものの、
3ヶ月たったからといって、状況がよくなるとはおもえない。
そのさきを、どうくらしていくのかがみえず、
モンモンとこの1ヶ月をすごしている。

いい面もある。
これまで親孝行らしいことをしたことがないので、
こまごまとした手つだいも、いい罪ほろぼしだ。
母は、なにごとにも感謝するいい性格で、
グチをいわず、「ありがとう」をかかさない。
介護する側にとって、気もちよく対応できる相手だ。
わたしはきゅうに親切な孝行むすことなり、
通院や銀行、かいものにつきそっている。
なんだか介護プレイをしているみたいな気がする。

posted by カルピス at 11:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年05月25日

映画『ファーストキス』のちらかった部屋に共感する

いい大人、というか、客観的には
もうすぐ前期高齢者のわたしなのに、
自分の部屋のちらかし方がコンプレックスだった。
頭のわるい中学生の部屋のように、
よみかけの本や、かったままの本たち(つんどく)。
ぬいだ服がいすの背にかけられていて、
レコードはターンテーブルののったままだ。
アイドルのポスターまではないものの、
いつまでも大人になれなかった部屋が
わたしの精神的なおさなさ、未熟さをあらわしているような。
たとえば、村上春樹の小説にでてくる「僕」たちは、
ぜったいにこんな部屋をつくらないだろう。
この年になってこんな部屋なのだから、
このさきも、おおきくはかわらないにきまっている。

ところが、このまえ映画『ファーストキス』をみていたら、
でてきた部屋が、あんがいわたしの部屋に似ているようにおもった。
松たか子がひとりでくらすマンションは、
あちこちにものがおかれ、机のうえだってごちゃごちゃだ。
そのゴチャゴチャさがなんともいえずリアルだった。
とてもよくできた作品で、おもしろかったうえに、
部屋のちらかり方に共感できたことが印象にのこっている。
これはこれでありかも、とおもわせるちらかり方だ。
そうか、おれの部屋は、これでいいんだ、と安心する。

posted by カルピス at 09:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年04月29日

2025年は、カリン=スローターにささげる年

近所の本屋さんが、きょねんの秋から改装工事にはいっていた。
4月24日に、ようやくまたお店がはじまりほっとしている。
さっそくいってみると、店内はかなりかわり、べつのお店のようだ。
「すごせる書店」をめざす、と新聞で紹介されていた。
改装まえは、雑貨のスペースがじわじわとふえ、
それにともない本棚がへっていたのが不満だった。
あたらしいお店は、蔵書が3万冊ふえ22万冊になるという。
やみあがりだったのできのうはみじかい滞在にとどめ、
シャルロッテ=リンクの『罪なくして』の上下だけをもとめた。
セルフとなったレジで2640円をしはらう。

それにしても本の値段がたかくなった。
『罪なくして』は300ページほどの作品なのに、
税別それぞれ1200円もする。
すこにまえなら1000円程度におさまっただろう。
輸送費の値あがりや、そもそも本の原料である紙がないと
『本の雑誌』にかかれていた。
これもそれも、みんなプーチンがわるのだろう。

成瀬あかり氏の活躍以来、今年の夏をなんとかにささげる、
というのは手あかのついた表現になってしまったけど、
わたしはこのいちねんをカリン=スローターにささげたいとおもう。
はじめてよんだ『暗闇のサラ』におどろいてしまい、
アマゾンであらたに7冊を注文した。
なかには700ページにたっする作品もあり、
わたしのよむスピードでは、その1冊だけでも1ヶ月かかりそうだ。
スローターの作品には、「グラント郡シリーズ」と
「ウィル・トレント」シリーズ、それにシリーズ外作品がある。
全部で20冊をこえるらしく、成瀬のように夏だけではとてもたりない。
わたしの2025年度をかけた大事業として位置づけるわけだ。
ちょうどこのいちねんは、わたしが職場ですごすさいごの年でもあり、
定年までの月日をささげるにふさわしい気がする。

posted by カルピス at 11:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする