『未来国家ブータン』(高野秀行・集英社)
辺境作家の高野さんがブータンへ。
きょねんブータンの国王夫妻が
新婚旅行として日本にこられてから、
ちょっとしたブータンブームだ。
前国王が、国民総生産よりGNH(国民層幸福量)がだいじ、
というかんがえ方をうちだしたことで
ブータンのことがよく話題にのぼるようになった。
ふるい生活スタイルをまもっているブータンのひとびとが、
なぜしあわせとかんじているのかを、
おおくのひとがしりたがっているようにみえる。
高野さんはしりあいにたのまれ、
生物多様性の調査という名目でブータンの僻地をたずねる。
調査はしかしたてまえにすぎず、
高野さんの本心は、未知の動物
(メインは雪男)についてしることにあった。
「ブータンにおける雪男情報のデータベースを作ろう。
将来的にはそれをもとに雪男の本格的な探索ができるような、
いわば『ブータン雪男白書』だ。(中略)
ついでにちょこちょこっと『ブータン生物資源白書』を
作って渡せばいいんじゃないか。
私が長年培ってきた『お茶を濁す技術』をもってすれば、
そんなことは簡単に思えた」
高野さんの取材力はたしかにすばらしく、
こまかな感情のゆれまで情報をひきだし、
分析し、推測をかさねる。
ちょっと現地をたずねただけでは
まずしることができないリアルなブータンを
わたしたちは高野さんの取材をとおしてしることができる。
たとえばブータンはずっとむかしからGNHを大切にしてきたわけではなく、
「仏教、近代化、国防、環境などを総合的に判断し、
三代目、四代目の国王が個別に実施した政策の集成」であるらしい。
それよりむかしのブータン人は、
「毒矢で低地インドの民族を襲い、
奴隷として連れ帰って」いた。
「『敬虔な仏教とだから殺生をしない』と、
あたかも仏教と平和とGNHが連動しているように言う人がいるが、
つい百年前は何も関係がなかった」
インドと中国という大国にはさまれた
人口70万の小国にとって、
いきのこるための選択肢は、そうおおくなかったわけだ。
こうした事実を、調査でであったブータン人から
高野さんはじょうずにききだす。
そうしたいっぽうで、
自由にうごきまわることができない政府主導の調査では、
高野さんのもちあじをじゅうぶんいかせなかった。
生物多様性も未知の動物についても、
中途半端な調査におわっていることがもどかしい。
取材をとおして高野さんがかんじたことは
「(ブータンは)伝統文化と西欧文化が丹念にブレンドされた
高度に人工的な国家だった。
国民にいかにストレスを与えず、
幸せな人生を享受してもらえるかが考え抜かれた、
ある意味ではディズニーランドみたいな国だった」
いまになって日本がブータン化をめざすわけにいかないし、
ブータンにおいつくこともできない。
高野さんはブータンにみるのは
「私たちがそうなったかもしれない未来」だ。