2012年06月14日

『愛してるなんていうわけないだろ』(角田光代)

『愛してるなんていうわけないだろ』(角田光代・中公文庫)

角田光代が23歳のときにかいたはじめてのエッセイ。
技術的にはきっといまのほうがうえなのだろう。
でも、わかくて、お金がなくて、かんがえがたりず、
いつでもだれかをだいすきになっていて、
すぐキズついて、さきのことがぜんぜん心配でなく、
そんな23歳の角田光代でないとこの本はかけない。

真夜中に大すきなひとにきゅうにあいたくなり、
タクシーをつかまえて
「どこそこまで、おっちゃんぶっ飛ばしてよ」
というのが角田光代の理想とする恋愛だ。
しかし「恋愛はどうしたって勝負」だから
まけずぎらいの角田光代は
いつだってつまらない勝負をしてしまい、
素直に白旗をあげることができない。

これが角田光代だ。この真剣さ、
勝負としてのかけひき、
でもほんとは相手に「タクシーをぶっ飛ばして」
きてもらおうとするよわさとずるさ。
角田光代はこういうふうにできているんだ、
とストンとふにおちる。
「愛してるなんていうわけないだろ」って
すごくいいタイトルだ。

ものわすれがひどい、
というはなしがおもしろかった。

「約束したのを忘れて、
同じ日に三つも四つも約束を入れてしまうことは日常茶飯事」
「欲しかった本を買おうと本屋に行くと、
何が欲しかったのかまるで分からなくなる」
「電話で打ち合わせ時間を決め、
受話器をおいたらもう何時に約束していたか忘れていた」

なんだか『博士の愛した数式』にでてくる
80分しか記憶がもたない博士みたいだ。

「最近はポストイットを身の回りに置き、
何か約束したらすぐ書き留める」

というところまでいっしょ。

わたしだったら認知症の恐怖におののくところを、
しかし角田光代は
「忘れることは幸せの一つである」
という。

「恐ろしいほどお金がないときも、
預金通帳の数字を私はすぐ忘れてしまうから、
へらへらと笑っていられるのである」
「歯医者の恐怖すら忘れてしまうから、
歯医者に通えるのである」

きっと角田光代は恋愛にエネルギーをかたむけすぎてしまうため、
ほかのことまで気がまわらないのだ。
ほんのちょっとさきのことを
調子よくやりくりするなんて
恋愛にくらべたらどうでもいい問題にすぎない。

もうひとつよかったのは
「すべてが無駄じゃない」というはなし。
映画のなかで、かなりなさけないシチュエーションにおちいってしまった男の子が、
おもいをよせる年上の女性にたいし
「僕はみっともないね」という。
彼女は「こんなことも、無駄じゃないわ」といったのだそうだ。

「すべてが無駄じゃない。
みっともないことも、
負けず嫌いも、でもやっぱり負けちゃうことも、
行き場のない思いも、無駄じゃない」

こういうことは、なさけなさのまっただなかにいないと、
ついわすれてしまい、
かっこつけたことをいってしまいがちだ。
わかいころしか体験できないことは
どうしたってたくさんあり、
そしてそのすべてが無駄じゃない、
というのが胸にせまる。
そういうふうに角田光代はつくられてきた。

posted by カルピス at 21:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする