2012年09月10日

ピピに看板とスロープがつく

ピピの玄関に看板がつく。
いつまでも看板がないことを気にしてくださる方がおられ、
その方の奥さまがかいてくださった。
習字をならっておられるということで、
「どんな字がいいですか」と
こちらの希望をきかれる。
「元気な3歳くらいの白黒のネコ(オス)
みたいな字にしてください」
とイメージをつたえると、
おどろいたことに、ほんとうに
「元気な3歳くらいの白黒のネコ」みたいな
看板ができあがった。
120910ピピ看板.jpg
先週は、べつの方が車イス用のスロープをつくってくださった。
こちらはスタッフのだんなさまで、
なんでもいとも簡単につくってしまうという
レオナルド博士みたいなひとだ。
しばらくまえからバギーにのった方がピピを利用されており、
スロープをととのえることが必要だったのに、
わたしにはなにもできなくて、こまっていたところだ。
ひろい玄関をいかしたゆったりとしたスロープで、
いちいちとりはずしたりせずにつかうことができる。
120910スロープ.jpg
看板とスロープ、それに下駄箱のうえの作品と、
いっぺんに含蓄のある玄関さきとなった。
これならどんな方でも自信をもって利用してもらえる(ような気がする)。

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2012年09月09日

『モゴール族探検記』再読

『モゴール族探検記』(梅棹忠夫・岩波新書)

アフガニスタンにのこっているという
モンゴル人の末裔をさがしに、京都大学の探検隊がおとずれる。
1955年におこなわれた探検なので、57年もまえのはなしだ。
ときどきこの本のもつ、地理的探検の魅力にひたりたくなって、
これまでなんどもよみかえしている。
1956年に1刷りが発行され、わたしがもっている本は
1975年に発行された第25刷りのものだ。
230円という定価がかかれている。
10年で25刷りというのだから、きっとたくさんうれたのだろう。
ふるいうえになんどもひっぱりだしているので、
今回の再読でとうとうページがバラバラにわかれてしまった。

アフガニスタンにモンゴル語をはなすひとたちがいるといっても、
はっきりした場所がわかっているわけではない。
地元のひとから情報をあつめ、おおよその目ぼしをつけて、
モゴール族(モンゴル族の現地でのよび方)がいそうな村にはいる作戦をたてる。
トラックをチャーターし、車がはいれない場所までくると、
牛や馬にのりかえて、乾燥しきった山あいの村に探検隊ははいっていく。
描写が具体的なので、探検のようすを視覚的に想像する。
わたしが探検についてイメージする風景は、
この『モゴール族探検記』からおおきな影響をうけているようだ。

この探検がおこなわれたときの梅棹さんは、若干35歳のわかさなのに、
文章のはしばしからふかい教養と冷静な判断力がうかがえる。 
梅棹さんは、アフガニスタでは部族制が原理となって
社会がうごいていることを理解する。
そして、「(部族間の相互関係の)調整が、
つぎの時代のアジア史の課題になるのではないか」という予想をたてる。
日本には部族制がないのでわかりにくいけど、
アジアの国のおおくは複合民族国家であり、
それを構成する各民族の相互関係が問題となる、という指摘だ。    

わたしののすきな場面に、
探検隊の荷物をまって、ある村に滞在しているときの梅棹さんのようすがある。
わたしは、何をする気もしない。したらよいと思うことはたくさんある。日記の整理も必要だ。植物採集もしなければならない。ヌリスタンへ行った北村教授から、
数すくない野帳の一冊をあずかってきた。(中略)
やればよいことはわかっている。わたしはいま、馬力がない。いまは何もしないことにきめる。みんな後まわしだ。また機会があるだろう。

わたしはこれをよんで以来、
なにかあるたびに
「いまは何もしないことにきめる。みんな後まわしだ」
とこころのなかでとなえ、自分の怠慢を肯定するようになった。
あの梅棹さんにして、そういう状況のときがあるのだから、
わたしにも当然それはゆるされる、とすぐにひらきなおる。
事実や観察の描写はもちろん大切だけれど、
こうした心理状態についても
そのときの状況をかくさずに記録してあるのが
この本の魅力となっている。

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2012年09月08日

『エンディングノート』どこまでもとりつづける砂田監督のカメラがすごい

『エンディングノート』(砂田麻美監督・2011年)

きょうから島根映画祭がはじまる。
県民会館で上映された『エンディングノート』をみる。

定年後の生活をはじめて2年たったとき、
69歳の砂田知昭さんは胃ガンを宣告される。
ガンはステージ4で、手術ができない状態だった。
この作品は、次女である砂田麻美監督がそれからずっとカメラをまわし、
亡くなるまでの8ヶ月間、そして葬儀がおわるまで、
父親をとりつづけたドキュメンタリーだ。

砂田知昭さんのキャラクターがよかった。
69歳であれだけおしゃべりができる男性は
あまりいないのではないか。
カメラをむけられても笑顔をみせ、
ごくふつうにふるまう砂田さんでなければ
この作品は成立しなかった。
末期のガンがみつかってもとりみださずに、
自分の葬式までに必要なさまざまな段どりをとろうとする。
音楽もナレーションもあかるいし、
なによりも砂田さんが深刻ぶってしずみこまないので、
みている側はかなしみにおしつぶされることがない。
死をむかえる8ヶ月のあいだにたくさん家族とおしゃべりをし、
亡くなる直前まで家族にかこまれて、
砂田さんはしあわせだったのではないか。

なによりも、ずっとカメラをまわしつづけた砂田麻美監督の存在がおかしい。
カメラを意識しないでみんながはなしているので、
よほどじょうずに自分をけしているのか、
あまりのしつこさにまわりがあきらめているのか。
「ここはとらないで」とお父さんがオフレコをもとめても、
監督はちゃっかりカメラをまわしている。
亡くなる直前に、お母さんがお父さんだけにはなしをしようと、
「席をはずして」と部屋にいるひとたちにたのんでも
病室にのこって撮影をつづけている。
まあ、ちょっと配慮が必要かな、というときに
いちいちカメラをさげていたのでは、
あたりまえの作品にしかならないだろう。
そういえば、ひとが亡くなるまでを
こういう形で記録した映画は、
ありそうだけど、これまでみたことがない。
家族間の信頼関係がなければ、
あそこまでカメラをむけられないだろう。

5月にガンを宣告されてから、
すこしずつ知昭さんはやせていき、
12月にはいるといっきに体力をうばわれる。
それでも人間はなかなか死なないもので、
「このまま意識がもどらなくてもおかしくない」
といわれてもなお、しっかりした意識をたもっている。
ベッドにねながら携帯電話で実のお母さんにお礼をいったり、
長男と葬儀の段どりをする場面がおかしくて、
場内からたびたびわらいがおこる。
孫たちにあいたい気もちや、家族にかこまれているという安心感が
知昭さんの気もちをささえているのだろう。
お医者さんが「なんであれくらい元気でいられるかが不思議」
というほど死の直前までしっかりしている。

12月29日に知昭さんは亡くなる。
それでも映画はおわらない。
葬儀のうちあわせや式場の様子も、
砂田麻美監督はずっとカメラにおさめている。
知昭さんがエンディングノートにかいたことばが
葬儀の映像のあいだ家族にむけてかたられる。
かなしさよりも、すべてがみたされた印象のつよい、いい亡くなりかただ。
死をうけいれていた知昭と、
そしてそれをささえた家族の両方がすばらしい
(カメラをまわしつづけた監督も)。

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2012年09月07日

U20女子W杯をもりあげる「勝手連」的なうごき

U20女子W杯をもりあげるために、
勝手連的な草の根運動がおこなわれていることを、
サッカージャーナリストの宇都宮徹壱さんが紹介している。

スイス代表のシュベリー監督が先日の日本戦のあと、
試合は2-0でやぶれたにもかかわらず、
私は5歳からサッカーを始め、37年間サッカーに携わってきたが、今回の日本での経験が最も感動的で素晴らしい瞬間だった。FIFA(国際サッカー連盟)、そして日本全国の方々にお礼を申し上げたい。

というコメントをのこしている。
なんのことかピンとこなかったけど、
この発言は、勝手連がおこなった草の根交流の成果だったわけだ。

開催がせまっているのに、
大会がまったくもりあがっていないことを危惧したひとたちが、
宣伝に協力し、チラシをくばって集客をよびかけた。
せっかく日本でおおきな大会がひらかれるというのに、
このままでは、ガラガラのスタンドが世界中に配信されてしまう。
フェイスブックで仲間をつのると、9月7日の時点で
700人以上がそのグループに参加するまでにひろがりをみせた。
また、東日本大震災のときに各国がおこなってくれた支援について
感謝の意をあらわすために、
各国のことばでメッセージをかいて横断幕にかかげている。
こうした「勝手連」的なうごきで
ホスト国にふさわしい運営となるようもりあげてくれたことを
わたしはまったくしらなかった。

反対に、ビジュアルにすぐれた選手たちにマスコミが目をつけ、
「ヤングなでしこ」などともちあげるのをいやらしくかんじ、
はじめはひややかな視線でこの大会をみていた。
わたしの認識があさく、一面的でしかなかったことを
もうしわけなくおもう。

次回の女子W杯はカナダでおこなわれることがきまっている。
代表の大会になると、カナダほどとおくても
「いって応援したい」と半分本気で可能性をさぐるくせに、
これまで存在をしらなかったU20の大会は、
たとえ日本でおこなわれていても
色ものとしてとらえるわたしはいったいなんなのだ。
スイスの監督をして「最も感動的で素晴らしい瞬間」
といわしめた勝手連のうごきに敬意をひょうしたい。

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2012年09月06日

UAE(アジア首長国連邦)戦に1-0。でもすっきりしない

キリンチャレンジカップ、対UAE戦。
5日後にW杯アジア最終予選のイラク戦をひかえての親善試合だ。
イラク戦ではディフェンダーの今野と内田が欠場することがきまっており、
そのかわりをだれがつとめるかをみきわめる試合でもあった。

日本はボールをもつ時間はながいものの、
決定的なチャンスをつくりだせない。
一方のUAEは、日本よりもこまかいパスをつないで
ゴールまえにせまってくる。
完全にくずされ、相手のミスにすくわれた場面が何度かあった。
FIFAランキングが23位の日本に対し、
UAEは120位と完全に格下相手なのに、内容は五分五分だ。
ランキングがいかにあてにならないか、ということと、
日本のコンビネーションがいまひとつかみあず、
迫力をかく攻撃におわり、ゴールの可能性がかんじられない。

後半19分、本田にかわって中村がはいると
攻撃が目にみえて活性化した。
直後の24分に、憲剛のパスをうけた駒野が
絶妙のクロスをあげる。
ボールはキーパーがのばしたうでをわずかにこえ、
うしろにはしりこんだ長身のハーフナーが頭であわせる。
そのあともなんどか攻撃をくみたてるが、
ちょっとのところでかみあわず、ボールをうしなうことがおおかった。

結果は1−0のまま日本の勝利となったものの、
攻撃と守備の両方で課題をのこす試合となった。
UAEがとくにつよくプレッシャーをかけてくるわけではないのに
日本はボールを自由にできない。
パスをつなぐチームどうしのたたかいだったから
スピードにまけることはなかったが、
イラクがガチンコできたときにこんなゆるいうけかたをしたら
いっきにゴールまでもっていかれそうだ。
元代表監督のジーコがひきいるチームを相手に、
日本らしいサッカーで圧倒的なつよさをみせることができるだろうか。

親善試合なので、選手の交代は6人までみとめられる。
この試合では先発した本田・香川・長谷部が後半のとちゅうで交代した。
カメラは、ときどきベンチにさがった選手たちの姿をとらえる。
長友も足首の調子がよくないということで、
けっきょく試合には出場していない。
内容がよくない試合なので、選手たちの表情もくもりがちだ。
ヨーロッパでプレーする選手をよんだときに
チームとしてコンディションをどうあわせるかは
2006年W杯ドイツ大会の予選以来、日本の課題となっている。
この試合だけにかぎれば、あまりうまくいってないようにかんじた。

いっぽうで、きょうはハーフナーがひさしぶりに先発したし、
清武と酒井宏樹、それに酒井高徳という若手がチャンスをえている。
順列におもきをおくザッケローニ監督にしては柔軟な選手起用だった。
これからも、ひかえの選手、
若手でこれからという選手たちの気もちをかきたててほしい。
個人的にはリーグ戦で調子のいい原口元気をみたかった。

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2012年09月05日

はじめてつかってみた「ほぼ日手帳」

今年からほぼ日手帳のカズンをつかっている。
はじめに注文したのは文庫サイズのオリジナルのほうで、
でもこれは1周間をみひらきでみるページがついていなかった。
仕事術についてかかれる倉下さんの本をよみ、
1周間の予定をたてられることこそが大切におもえていたので、
オリジナルは配偶者に「プレゼント」することにして、
あらためてA5サイズのカズンを注文した。

その手帳をつかいはじめて8ヶ月がたつのに、
いまだにしっくりしたかき方がつかめない。
パソコンにもファイルメーカーで日記をかいており、
それとのすみわけができないのだ。
おなじことをほぼ日手帳にかいてもしょうがないのに、
じっさいにはにたような内容になっている。
手帳にレシートなどをはって、ライフログにするつかい方も
ちょっとためしただけでつづかなかった。

1周間をとおしての予定は、
グーグルカレンダーにかきこんで、
プリントアウトしたものを手帳にはさんむという
つかい方をへて、いまでは予定すらたてなくなってしまった。
これはもう、ほぼ日手帳がどうのこうのより、
わたしの生活がいきあたりばったりになっているという
よくない状況をあらわしている。
あたらしくはじめた事業の準備をすすめるときには、
やるべき仕事をもっともらしく手帳にかきこんでいたのに、
仕事がうごきはじめると、気がゆるんだのか
ほとんどほぼ日手帳にたよらなくなった。

9月1日から来年のほぼ日手帳がうりだされている。
つぎの手帳もほぼ日にするとして、
それがカズンでなければならない理由がいまのわたしにはない。
A5サイズをつかいこなせないのなら、
もちはこびしやすいオリジナルのほうが
わたしにはむいているかもしれない。
糸井重里さんは、ほぼ日手帳をどうぞ自由につかいまくってください、という。
それがこんなにむつかしいとはおもってもみなかった。
残念なつかい方におわらないよう、もうすこしジタバタためしてみて、
カズンとの共存をさぐっていきたい。

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2012年09月04日

U20女子W杯準決勝はドイツに完敗

U20女子W杯準決勝、日本対ドイツ。
前半20分までにミスがらみで3点をうしなう。
こうなったら、どう気もちをきりかえて
ゲームをたてなおしていくかに興味がうつる。
しかし、けっきょく試合はそのまま0−3でおわった。
後半のたちあがりは、日本がぶあついせめをみせ、
ドイツがあわてるシーンもあったけれど、
そのうちゲームがおちついてしまった。
ドイツはよくはしるうえにテクニックがあるし、
試合をくみたてる構成力ももっている。
いいチームであり、日本の完敗だった。
でもまあ、よくいわれるように
このクラスの大会は、結果だけでなく、経験をつむことが目的でもある。
3位決定戦をふくめると6試合できるわけで、
世界に名前をうりこむいい機会にもなったはずだ。

いくらW杯だからといって、U20というカテゴリーに
これだけ人気があつまったのは、
「ヤングなでしこ」たちのはつらつとしたプレーが新鮮だったことにくわえ、
彼女たちのいわゆる「ビジュアル」も話題にのぼってたからだろう。
A代表の宮間さんや阪口さんの技術と人間性をたかく評価するわたしにとって、
「ビジュアル」なんてちゃんちゃらおかしいと
反発しながらみていたら、たしかに視覚的にはえる選手がおおかった。
ドイツとの試合がおわったあと、インタビューによばれたのは田中陽子と猶本だ
(田中陽子はあまりいいところがなく、とちゅうでかわっている)。
試合中もカメラは「ビジュアル」な選手をおいかけることがおおい。
民放のテレビ局はさすがにやることが露骨だ。
ヒーロー(この場合はヒロイン)をつくりたがる
日本のスポーツ界をオシムさんは批判していた。
選手たちをビジュアルでもちげすぎて、
バレーボールみたいに足元をすくわれなければいいけど。


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2012年09月03日

パラリンピック 100m平よおぎ 中村選手が頭でタッチ

パラリンピックの競泳男子100m平およぎ決勝をみる。
日本からは中村智太郎選手が出場し、1分22秒04で2位となった。
中村さんは生まれつき両腕がないというハンディをもつ。
うでがなければ、足だけで推進力をえるしかなさそうなのに、
およいでいる姿はりっぱな平およぎであり、タイムもすばらしい。
よほどのびをいかした合理的なおよぎをしているのだろう。

中村さんだけでなく、出場している選手は、
それぞれが特有のハンディをもっているはずだ。
しかし、レースをみていると、競泳特有な波が
選手たちのまわりにできていて、
まったく障害をかんじさせない迫力がある。
中村さんのおよぎも、まさか両腕がないとはおもえない
ちからづよいのびで、ぐいぐいすすんでいく。

両腕がないと、ターンはどうするのか。
中村さんは、頭で壁にぶちあたり、
それから方向をかえて壁をけっている。
それでは、タッチをどうするか。
これも頭で壁にふれるやり方だ。
ふれる、というレベルのスピードではないので、
かなりいたいはずだ。
いたいけれど、それがいちばんタイムをだせる方法なのだろう。
つきなみなことしかいえないが、こうしたレースをみると、
なんの創意工夫もない自分のおよぎがかっこわるくおもえる。

番組では、陸上や自転車の競技もすこしうつしていた。
視覚障害者の自転車など、ルールがわからない競技もある。
障害者支援の仕事をしているのに、
これまでこうした障害者スポーツについて
無関心だったことに気づく。
パラリンピックをみたのもこれがはじめてだ。

日本からはロンドンパラリンピックに135名が参加しているという。
車いすをつかうひともおおいだろうから、
ロンドンまでの移動はたいへんだったはずだ。
飛行場まで、飛行機のなかで、飛行機をおりてから、それぞれの場面で
障害をもったひとの団体を、関係者はどうサポートしたのだろう。
そして、いまロンドンには160カ国・地域から
4200人の選手があつまっている。
善意だけでどうにかなる人数ではないので、
うけいれ体制をどうととのえたかに興味がわいてきた。
市民の意識やバリアフリーが、
日本とくらべてどうなっているのだろう。
参加した選手たちにはなしをききたい。

posted by カルピス at 22:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月02日

「スローバラード」わるい予感のかけらもなかった頃

角田光代の『これからはあるくのだ』(文春文庫)をよんでいたら、
「わたしの好きな歌」としてRCサクセションの
「スローバラード」のことがいきなりかかれていた。
角田さんはこの曲をきくとなきそうになるので、
しばらくおちついてきけなかったそうだ。
わたしはこの歌が世界でいちばんのラブソングだとおもっていて、
この文をよむとうれしくなり、おかわりのお酒をつくって
「スローバラード」をきいた。

作詞・作曲 忌野清志郎&みかん

昨日はクルマの中で寝た
あの娘と手をつないで
市営グランドの駐車場
二人で毛布にくるまって

カーラジオから スローバラード
夜霧が窓をつつんで
悪い予感のかけらもないさ
あの娘のねごとを聞いたよ
ほんとさ確かに聞いたんだ

カーラジオから スローバラード
夜霧が窓をつつんで
悪い予感のかけらもないさ
ぼくら夢を見たのさ
とってもよく似た夢を

曲のなかで、いっしょに毛布にくるまっていたのは
共作者の「みかん」さんだ。
八王子のモーテルにいくとちゅうパンクしたため、
いっしょに車のなかで夜をすごしたという。
わたしもこうやってだれかと毛布にくるまりたかったけれど、
いまのところそのチャンスにめぐまれていない。
もっとも、わかものがするから「スローバラード」なのであって、
おじさんがするとへんにナマナマしくてきまらない。

角田光代もおなじことをかんがえたそうだ。

「好きなひとができたら、
絶対車の中で毛布にくるまって寝よう」

じっさいに実行されることはなかったが、
いまでも「この歌のよさをわかってくれるひとが好み」
というから、わたしは角田さんと親密な関係になれるかもしれない。

わたしがはじめて「スローバラード」をきいたのは、25歳のときだ。
いっしょに車のなかですごせるひとはいなかったけれど、
「わるい予感のかけら」もなかった。

posted by カルピス at 21:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月01日

『なみのひとなみのいとなみ』(宮田珠己)にみる「はたらきたくない」ひとの生きかた

旅行がすきで、おもいっきり旅行したいために会社をやめたという
宮田さんの脱力系エッセイ
『なみのひとなみのいとなみ』(宮田珠己・幻冬舎文庫)をよむ。
宮田さんの本には、旅行やあそびについてのはなしがおおく、
それはそれでおもしろいけれど、
この本はとくに
「なぜわたしははたらくのがきらいか」についてほりさげてある。
「仕事をがんばらないひとの人生論」みたいなかんじで、
おなじ方向をめざすわたしにとって興味ぶかかった。
朝起きてみると、どうもおかしい。仕事する気がしないのだ。って毎度のことじゃないか。いや、そうじゃない。普段が十やる気がないとすると、この日のやる気のなさは三十七度数ぐらいあった。

はるか昔、銀河の彼方で、まだ私がサラリーマンだった頃、営業の外回りで街を歩いていると、突然、働きたくない、という天啓に打たれた。圧倒的な”働きたくない”の光が、天の啓示として、どういうわけか、営業中の私に降り注いだのである。おお、神よ、私は、働きたくない。

というから宮田さんの「はたらきたくない」は腰がすわっている。
けっきょく宮田さんは、9年3ヶ月でつとめていた会社をやめる。
冒頭にかいたように、旅行がすきでたまらず、
旅行しまくりたかったからだ。
きっとこの先、四十歳になっても、旅行したい旅行したいといい続けるだろう。そのときになって、さっさとやっときゃよかったと後悔するぐらいなら、今すぐやって後悔すべし。

とリスクをせおってユーラシア大陸横断旅行にでかけている。
わたしのすきなはなしは、
二十歳のときはじめての海外旅行に中国へでかけたときのもので、
宮田さんは、道をたずねるためにふたりづれの少女に声をかける。
彼女らは首をかしげながら、こう答えた。『シェマ(何)?』その瞬間、私の中を、かつてなく爽やかな風が吹き抜けたのだった。ああ、言葉も通じない見知らぬ場所で私は今ポツンとひとり立ち尽くしている。なんという自由!なんという開放感!こんなふうにして一生見知らぬ土地を旅して暮らしていけたら、どんなに素晴らしいことだろう。

というから、筋金いりの自由人であり、旅行者だ。
はたらきたくない、というのを会社にいてつらぬくよりも、
さきのことはわからないけど、すきなことをやるほうが
本人もまわりも、ぜったいしあわせだろう。

この本のなかで、旅行とはぜんぜん関係ないところで
「お前は島根県と鳥取県の位置もわからんのか」
という記述がでてきた。
島根県の知名度のひくさは、そんなに有名なことなのか。

posted by カルピス at 22:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする