W杯アジア最終予選、イラクとの試合がおこなわれた。
1-0で日本がかって、グループ内1位を維持し、
ブラジルへの切符におおきくちかづくことができた。
イラクの監督は、日本でも代表監督をしていたジーコ氏で、
ドイツW杯予選での順列にこだわった選手起用や、
本大会で1勝もできず、グループリーグ敗退という
残念な結果しかのこせなかったことで、
わたしはあまりすきな監督ではなかった。
今回のイラク戦は、そのジーコ氏のまえで
日本代表のつよさをみせつける機会としてたのしみにしていた。
このおもいはすくなからぬひとが共有しているようで、
イラク戦についてのブログのどれもが、
ジーコ氏と日本のサッカーとの関係についてふれている。
しかし、「ジーコは、なぜイラク代表監督を引き受けたのだろうか?」
というブログをよむと、ジーコ氏への気もちがかわってくる。
国がまだおちつきをとりもどせないイラクにあって、
代表監督でいることがいかにたいへんなことか、
そして、サッカーがイラクのひとたちをどれだけ勇気づけるかについて
このブログは紹介している。
オシムさんが日本の代表監督をつとめていた
2007年のアジア杯でイラクは優勝しており、
今回来日したメンバーのなかにも当時の主力選手がふくまれている。
5年前もイラク国内はおちついて代表チームが練習できる状況になく、
ほかの国を拠点に活動しながらアジア杯に参加していた。
そんななか、イラク代表チームは
おおくのひとをおどろかす気迫にあふれたプレーをつづけ、
ついに優勝するという快挙をなしとげる。
選手たちは、代表チームの活躍がイラク国民をちからづけることにふれ、
優勝のよろこびをイラクのひとたちにささげていた。
今回の最終予選でも、イラクの状況は
まだじゅうぶんには改善されておらず、
イラクはホームの試合を自分の国でたたたうことができない。
そうしたなかでおこなわれた日本との試合で、
イラク代表はジーコ氏のたくみな采配もあり、
なんども決定的なチャンスをつくりだしている。
以前は固定した選手起用と、なにもしない「采配」が
トレードマークだったジーコ氏にあって、
日本戦でみせた柔軟な対応は、
監督としての変化をかんじさせるものだった。
イラクのひとたちへサッカーという希望をとどけようとする
ジーコ氏に敬意をひょうしたい。