『まほろ駅前多田便利軒』(三浦しをん・文春文庫)
これはハードボイルドだ。
わたしのすきなススキノ探偵シリーズ(東直己)をおもいだした。
「おれ」と高田をぐっと庶民的にしたら
多田と行天のコンビができあがる。
ススキノ探偵よりも金まわりがわるく、
依頼される仕事は、ネコをあずかったり納屋のかたづけという、
みみっちい仕事がおおい。
お金も腕力もないわたしには、
こっちのほうが自分のすんでいる世界にちかい。
ただ、これほどかっこいい生き方はできない。
まほろ駅前で便利屋の事務所をかまえる多田のところに、
高校のときの同級生、行天(ぎょうてん)がころがりこむ。
行天は、仕事をやめ、ためていたお金を全部「奥さんだったひと」におくり、
ほぼ一文なし、という状況だ。
多田は迷惑がりながらも行天をおいだすことができない。
うけおった仕事をからませて、
2人はだんだんいいコンビになっていく。
行天は常識的な発想をしないひとで、
ぜんぜんこわがらずにチンピラとやりあったり、
中学生や高校生とはなしができたりする。
2人とも一般的な価値観やお金にしばられない生き方をしてる。
この本がすがすがしいのは、
多田も行天も、自分がまもらなければならない価値観を
もっともらしくいいたてることなしに大切にしているからだろう。
その価値観のなかには、自分がかかわるひとたちを
尊重する姿勢もふくまれている。
便利軒でえた数百円のお金まで
「奥さんだったひと」におくる行天が
わたしにはすごくかっこいい。
多田便利軒は1時間2000円で仕事をうけおっている。
わたしも、まえにつとめていた事業所で、
おなじ金額のサービスを提供していたことがある。
介護保険などの福祉サービスは、
おおやけのお金でまかなわれているので、
そのつかい方にはいろいろな制限がついてまわる。
庭の草とりや犬の散歩はだめ、とか、そういうことだ。
それじゃあ福祉サービスをはなれて、
利用者と事業者とのあいだで私的な契約をむすび、
どんな内容の仕事でも、自由に利用できるようにしよう、
という発想でのサービスだ。
ほんとうに多田便利軒みたいな仕事、
たとえばベランダの花への水やり、
ということもやったことがある。
1時間2000円というとたかいような気がするけど、
それくらいいただかないと
サービスをつづけることができない。
かといって、時給3000円とか5000円では
うけおう仕事の内容がちがってくるだろう。
多田便利軒の2000円という金額は、
事業所のスタイルをきめている。
2000円だからいまみたいにろくでもない仕事がはいってくるし、
でも、なんとかくいつないでいけるだけの依頼がある。
この作品は続編として『まほろ駅前番外地』が出版されている。
『ビブリオ古書堂』は1冊でいいか、とおもったのに、
この作品はつづきがよみたくなる。
ハードボイルドのかっこよさにひかれるのだろうか。
多田も行天も、タバコのすいすぎだ。
行天は酒ばかりのんで固形物をたべないのはよくない。
2人とも健康に気をくばって
ちゃんといまの仕事をつづけるように。
なんて、ぜったい無理なことをおもいながら
2人のものがたりのつづきをたのしみにしている。