『恋するように旅をして』(角田光代・講談社文庫)
こういう本をよむと、元バックパッカーの血がさわぐ。
効率よく旅行するには、
たとえ個人旅行のときでも
バックパッカー御用達の旅行会社に
チケットやツアーをもうしこむと、
ミニバスで現地につれていってくれたり、
駅までのピックアップトラックがあったりして
とても楽だ。
でも、それがたのしいかというと、
なんだかながれ作業にのっかっただけみたいで
味気なかったりする。
せっかく外国旅行にでているのだから、
現地にどっぷりつかった気分にひたりたい。
角田光代は、まさにそういう旅行をしているようにみえる。
目的とか日程がかたまっていないので、
そのときの気分でいきさきがきまる。
外国人旅行者がつかうルートではなく、
ローカルバスや電車でうごき、
必然的に土地々々のおあ兄さん・おあ姉さんがたとまじわる
寅さんみたいな旅行となる。
スムーズに移動できないこともおおく、
効率はわるいけれど、記憶にのこるのはきっとそういう旅行だ。
モロッコでは、マラケシュのメディナでまよったはなし。
それと、休憩所でやすんだときに、
荷物をのせたバスがさきにいってしまったはなし。
本人にしてみたらありがたくないトラブルなのに、
いい旅行をしてるなー、となんだかうらやましくなる。
「ベトナムのコーヒー屋」もよかった。
ベトナム中部にあるニャチャンという町が気にいって、
しばらく滞在していたとき、
屋台のコーヒー屋としたしくなる。
はなしている言葉をおたがいに理解していないのに、
あれこれはなしてげらげらわらう。
町をはなれるときには駅までみおくりにきてくれた。
彼らの店でのんだあまいベトナムコーヒーをときどきおもいだす。
わたしが旅行にあこがれるのは、
きっとこんな体験をしたいからだ。
角田さんがかくと、ひなびた田舎町での
のんびりした風景をおもいうかべるが、
ニャチャンはビーチリゾートの町なので、
そうぞうしい面もあるところだとおもう。
そんな町でも季節はずれの避暑地みたいに
しずかでいごこちのいい場所にしてしまうところが
角田さんの旅行スタイルだ。
ネット検索でいろんな情報がかんたんに手にはいるようになり、
できるだけいい条件で、失敗なくまわろうと
「おすすめの場所は?」とか
「どんな服装が?」とたずねるのがあたりまえになっている。
ガイドブックだっておなじようなもの、といえなくもないけど、
ふるいタイプの旅行者としては、
そんなことなら旅行するな、といいたくなってくる。
角田さんは、ぜんぜんりきまむことなく
まちがえやすい旅行をしているから、
記憶にのこる体験につながっている。
このまえわたしが外国にいったのは、
ちょうどいちねんまえに
タイのチェンマイマラソンに参加したときだ。
レースのあと5日ほど観光したけど、
角田さんの旅行のようなすごしかたではない。
なんといってもみじかい日程だし、
角田さんのスタイルにあこがれながらも
わたしはどうしてもしゃかしゃかうごきまわってしまう。
このごろおもうのは、
ほとんどのことにこたえはないということだ。
どっちをえらんでも正解であり、失敗でもある。
旅行にもこたえがない。
どんな旅行をしてもまちがいではないわけで、
それだけにそのひとの全人格があらわれる。
角田さんの本をよんで、
しらない国のしらない町にでかけたくなった。