2013年04月03日

『トリップ』角田光代ならではの トホホな人生

『トリップ』(角田光代・光文社文庫)

角田光代の連作短編集。
連作といっても、それぞれの登場人物が
微妙にかさなっているだけで、
まえのはなしにでてきた人物が、
つぎのはなしで、かならずしも
よりふかくかたられるというわけではない。
そのかすかなかさなりが、かえって
わたしたちの生活がいかににかよっているか、
どれだけしょうもないものであるか、
でありながら生きているのもわるくないかも、
とおもわせるのが角田光代のうまいところだ。
ひどいはなしばかりよんでいるような気がするのに、
いやなかんじがしない。
だれの人生もにたりよったりでたいしたことないんだから、
おれがこんなふうにパッとしないのみしょうがないか、とおもえてくる。
小市民なりのしあわせ・2流の人間ゆえのひらきなおりとでもいおうか。

LSDの幻覚症状で、いつもぼーっとしている女性。
「自由で新しい関係」と、うまくまるめこまれて
ヒモ状態でくらしている男性。
いっしょにくらしているのに
夫との会話も、意思疎通もなく、
ただコロッケ屋の「嫁」として
店番をするだけの40歳の女性。
ふとってて、みにくくて、
35歳になってもだれも相手にしてくれず、
ハンガーのようにやせた男とおみあいをするしかない女性。
不倫のつもりが、相手の女性から子どもができたと結婚をせまられ、
あたらしくかりる家をさがしつづけるハメにおちいった男性。

それぞれうんざりする状況なのに、
それがたいしたことではなくて、
どうでもいいようにおもえてくる。
角田光代のことばえらびとリズムは絶妙で、
うまいなーと、なんどもひとりごちる。
ねる前によむことがおおく、ついよふかししてしまった。

「ねえ、そのままでいると、本当にやばいわよ?
戸越なり子はそう言った。短大のときのクラスメイトだ。(中略)
その日から数ヶ月、眠る前に戸越なり子を呪った。
男にふられろ。仕事でこけろ。友達にきらわれろ。
路頭に迷え。拒食症になれ。
しあわせという言葉から、一生遠ざかっていろ。
一日たりとも忘れずに、毎晩」

平凡なひとたちのくらしをかいていながら、
スラスラとおもしろくよませる。
角田光代のうまさ・どぎつさが遺憾なくはっきされている傑作だ。

12歳の少年が、男にだまされてうなだれている母親をまえにしておもう。

「唐突にぼくは理解した。
算数のややこしい計算式がぱっととけるみたいに。
この人におかあさんという役割は似合っていないのだ(中略)。
ぼくは突然、畳にぺたりと横座りした女の人を、
思いきり抱きしめてあげたくなる。
抱きしめて、そういうことってあるよと言ってあげたかった。
似合わないのにそこにいなくちゃいけないことって、あるよ。
ぼくだってそうだよ。
ぼくに十二歳という年齢はあってないよ。
小学校にいるぼくは場違いのきわみなんだ。
そういうことってあるよね」

おおくのひとが、にあわない場所にいる。
そういうことって、あるよね。

posted by カルピス at 23:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする