夕方6時からのNHK-FMで
ヒロシの『とことんやさぐれ・ふてくされソング』
というのをやっていた。
「やっていた」というのは、今週から別の番組、
香山リカさんが担当する『とことんYMOとその界隈』にかわったからで、
この時間帯はよく番組がかわるから、きゅうな変更に
もしかしたらたいした意味はないかもしれない。
「ヒロシ」は、あの「ヒロシです」の「ヒロシ」で、
いったん有名になり、そしてまたしずんでしまった芸人として、
ひらきなおったコメントがときどきちりばめられる。
いまはけして陽がさしていないヒロシが、
「とことんやさぐれ」て、
「ふてくされ」た曲をえらぶというところに
おもしろみがある企画なのだろう。
『とことんやさぐれ・ふてくされソング』といったって、
べつにそう「やさぐれ」てたり
「ふてくされ」てたりする曲ばかりが紹介されるわけではなく
(おもてだって「やさぐれ」てる曲って、どんなのがあるだろう)、
ただの番組名にすぎないのだけど、
この放送をきいていると、
ヒロシがあまり音楽に「ひろく・あかるく」はないことに気づいてしまう。
曲をかけておいて、その感想に
はじめてきいたようなことをいうので、
いったいなぜこの曲をえらんだのか不思議になってくる。
いちどヒロシがむかしよくきいていた、
という曲ばかりをかけたときがあり、
あまりにもわたしのこのみとちがうので
さすがについていけなくてべつの番組にかえた。
ひかえめにいっても、きわめてマイナー路線にこのみがかたよっている。
もしかしたら、ヒロシは音楽番組にむかないのかもしれない。
『とことんやさぐれ・ふてくされソング』
のまえは『とことん同名異曲』という、
おなじ曲名のうたをあつめた番組だった。
おなじ曲名だからといって、なにか特別な意味がうまれるかというと
そういうわけでもなく、
なんだかもっともらしいそうだから、
とりあえずやってみるか、という
楽屋うらがみえるような企画だ。
さすがにヒロシもくるしそうだった。
これらの番組の、そのいいかげんさがわたしはきらいではなく、
ちからがぬけた、というか、
ぜんぜん工夫のない番組構成のぬるま湯にひたり、
それはそれでたのしんでいた。
なによりも曲のはじめからおわりまで
カットしないできかせてくれるので
たまにいい曲がかかると(そんなときは3曲ぐらいつづけてかかるので)
純粋に音楽をきける番組としての価値はたかかった。
きのうからはじまった
香山リカさんの『のとことんYMOとその界隈』は、
香山リカさんのYMOずきがつよくつたわってきて、
好感のもてる番組となっている。
わかいころYMOの音楽にであったときの興奮をおもいだしながら、
YMOの結成以前にさかのぼって彼らの音楽的ルーツを紹介している。
香山さんの気もちのはいったはなし方は
あつからず、ぬるからず、適度にバランスがたもたれていて、
こちらもはやくつぎの曲をききたくなってくる。
はやいはなし、対象へのせまり方がヒロシとぜんぜんちがうのだ。
まあ、ほとんどの番組がそういうスタイルでやってるわけで、
そうでないヒロシがめずらしいともいえる。
『とことんYMOとその界隈』をきき、
いい番組がはじまった、とおもいつつも、
まるでくらべものにならないヒロシの番組のことをおもう。
『とことんYMOとその界隈』のあとに、
またヒロシの番組がかえってくるだろうか。
いちどは「うれた」芸人として、
でもいまはずいぶん底のほうにきてしまったさみしさを、
ついぼそっとつぶやいてしまうヒロシ。
自分こそ「とことんやさぐれ・ふてくされ」たいだろうに、
諦念とでもいえるかわいた心境にたっしたヒロシ。
仕事があるだけありがたい、といわんばかりに、
こうやって番組を担当しているヒロシが
わたしはあんがいすきだ。