『ザ・万字固め』(万城目学・ミシマ社)
万城目学のエッセイ集で、いつもながらめちゃくちゃおもしろい。
ひょうたんにのめりこむうちに、
自分の奥さんが「ひょうたん未亡人」
(旦那がひょうたんにのめりこんでしまい、
未亡人みたいになってしまうこと)
になってしまったはなしにはわらわされた。
もうひとつおもしろかったのが、
戦国の武将でサッカーチームをつくるとしたら、というはなし。
万城目さんは戦国武将とサッカーの両方にくわしいようで、
サッカーがすきなわたしにはとてもおもしろい話題だ。
もともとありえないはなしなのだけど、
そこをいかにも「もし××がボランチだったら」
なんておもわせるあたりがすごくうまい。
選手、つづいて監督がきまり、
それではこのメンバーをひきいて
どこのチームと対戦するか、なんてことまではなしをふくらませる。
気になったのは、このエッセイを、
サッカーにぜんぜん興味のないひとがよんでたのしいか、ということだ。
日本におけるサッカーの人気は、野球ほどたかくないし、
性別や年齢によってもファン層はまちまちだ。
サッカーは、それほど一般性のあるたとえではないかもしれない。
わたしは、戦国武将についての知識はかなりとぼしいけど、
サッカーがすきなのでとてもおもしろくよめた。
4−3−3というフォーメーションを想定し、
それぞれのポジションにもとめられる能力と
各武将がもっているイメージとをてらしあわせ、
ありえないけど、もしそうだったら、という
リアリティがいかされている。
それが細部にわたればわたるほど、
サッカーずきにとってはたまらないが、
そうでないひとがよんだときにどうかんじるのか。
サッカーを話題にすることで、万城目さんは
わざと読者の対象をせまくしぼり、
一部のひとにしかたのしめないものにした。
話題をあつかう自由さと、
ありえないばかばかしさがわかってもらえたら、
このはなしの場合は成功なのだろう。
かかれている対象が身ぢかであればあるほど
よんでいるものにはたまらなくおもしろいが、
反対に、関心がはなれればはなれるだけ
どうでもいい他人事になってしまう。
なにかをかいて、おおくのひとに興味をもってもらうには、
だれもがしっていることをテーマにしたほうがいい。
しかし、あるひとのツボにふかくささるには、
マイナーで、せまい範囲を対象にするほうが効果的だ。
「鷹の爪」の人気は、自分にしかこの魅力はわからない、
とおもわせるうまさだ。
作品のなかで島根をよく話題にするのは、
お客さんを島根県人にかぎったわけではなく、
こんなマイナーな話題を平気でふりかざす「鷹の爪」という作品の
コンセプトを主張しているからである。
島根にはあまり関心のないひとも
そのはなしのせまさをたのしむことになる。
一般うけしそうにないから支持する、というのも
ファンの心理にはある。
万城目さんのエッセイは、
かかなければいけない原稿にむかえないうちに、
たのまれもしない戦国武将のサッカーチームについて、
ものすごくリアルに想像をふくらませたものだ。
ハッとして意識をとりもどすと、すでに夜があけようとしている。
本来すすめるべき原稿が一文字もうまっていない、
というかなしい状況がオチだ。
つぎの妄想では、この侍ジャパンをローマ代表と
ぜひたたかわせてもらいたい。
2013年09月30日
2013年09月29日
『探検家36歳の憂鬱』(角幡唯介) かるいエッセからはいった、よみごたえのある冒険論
『探検家36歳の憂鬱』(角幡唯介・文藝春秋)
よみはじめてしばらくは、かるいエッセイだったのに、
べつの章にはいると冒険論や雪崩にあった体験記となる。
「富士山登頂記」では、とくに登山をしそうにない若者が
なぜ富士山をのぼるようになっているのかという、
社会現象をとりあげる。
そのどれもがおもしろかった。
これまでよんだ角幡さんの本は、
『空白の5マイル』は力作とみとめるけれど、
『雪男は向こうからやって来た』となると、
さんざん読者をじらしながら、あの結末はないだろう、と
批判的にみていた。
正確にしるそうとする角幡さんの文体が
わたしにはあわないようにおもった。
でも、この本での角幡さん
いつも沈着・冷静でいる超人的な冒険家ではなく、
わたしとおなじよわさをかかえたひとりの青年だ。
角幡さんはツアンポー峡谷での冒険のために、
5年間つとめた新聞社での仕事をやめる。
「先が見えない人生を求めていたくせに、
本当に先が見えなくなった時、
私はビビったのだ」
「引っ越した日のことは今も忘れられない。
段ボールが積みあがった殺風景な部屋の中で、
私は布団にくるまりながら
不安と孤独に押しつぶされそうになっていた。(中略)
私には生きていける自信など微塵もなかった。
ただ、恐ろしくて、布団の中で
がたがたと震えていた」
と、ご自身の経歴を、カッコつけずにあかしている。
本書は角幡唯介の「旅立ちの記」でもある。
「実は冒険がノンフィクションに適さない理由」では
「あらゆるトラブルに対処できるように計画を作る。
そのために予想を裏切る体験というのはなかなか起きないし、
もし実際に起きたら、(中略)それはかなりの確率で
遭難と呼ばれるものを指しているのだ。(中略)
しかし遭難は狙ってできるものではないし、
狙ってしてはいけないものでもある」
と、現代における冒険で
ノンフェクションをかく矛盾についてあきらかにし、
「富士山登頂記」では
「私は自分がある種の病気であると思っている。
そして申し訳ないが、
あなたもある種の病気であると思っている」
「ここで言う病気とは、身体性が喪失してしまった現象を指している。
現代の日常生活では、身体を使って世の中を知覚する機会が激減したため、
私たちはそのことに苦しんでいる。
大勢が富士山に登りたがるのは、
無意識のどこかで身体性の回復を欲しているからなのではないだろうか」
と、現代日本の世相について分析する。
角幡さんはトレーニングで皇居のまわりをあるいているときに、
わかくてうつくしい女性がたくさんはしっていることにおどろく。
「一体何がそんなに不満なんですか?
と私は彼女たちに訊いてみたくなった。
世の中うまくいってるじゃないですか。
会社だってひとまず倒産の心配はないし、
そこそこイケメンの彼氏だっているんでしょ。
定期的に女子会を開いて人間関係の憂さもはらせるし、
化粧等の技術も発達したから
三十になっても四十になっても
肌はプリンプリンじゃないですか。(中略)
みんなぐるぐるぐるぐると無言で皇居の周りを
走っているのである。
明らかに変な光景だった」
「富士山の頂上に登った時、
私にはそこが現代人のサナトリウムのように見えた。(中略)
この人たちの病根は自分と同じである。治療の方法はない。
富士山に登っても、チベットを体験しても、
生感覚は完全に充足されない。
病巣を取り除くことができないまま、
私たちは生きていくのである」
「グッバイ・バルーン」では、
熱気球で太平洋横断をめざした
冒険家の神田道夫さんをとりあげている。
神田さんは、それまでに北アルプスごえ・
本州横断飛行・高度世界記録樹立・ナンガパルバットごえと、
しだいに難度をました冒険にとりくみ、
太平洋横断にたびだったままかえらぬひととなった。
「目標そのものが、目標というよりも、
達成しなければならないというふうに
自分を追い込む強迫観念になってしまい、
それを断念することが自分の弱さの露呈であるような気がして
永久に逃れられなくなってしまうのだ。
そして次から次へと目標が困難かつ巨大にエスカレートしていき、
必然的に死に近づいていく」
なぜ冒険をするのか、なぜ自分はこう生きるのか。
本書は、冒険をめぐるさまざまな現象について
分析をこころみたすぐれた冒険論だ。
よみはじめてしばらくは、かるいエッセイだったのに、
べつの章にはいると冒険論や雪崩にあった体験記となる。
「富士山登頂記」では、とくに登山をしそうにない若者が
なぜ富士山をのぼるようになっているのかという、
社会現象をとりあげる。
そのどれもがおもしろかった。
これまでよんだ角幡さんの本は、
『空白の5マイル』は力作とみとめるけれど、
『雪男は向こうからやって来た』となると、
さんざん読者をじらしながら、あの結末はないだろう、と
批判的にみていた。
正確にしるそうとする角幡さんの文体が
わたしにはあわないようにおもった。
でも、この本での角幡さん
いつも沈着・冷静でいる超人的な冒険家ではなく、
わたしとおなじよわさをかかえたひとりの青年だ。
角幡さんはツアンポー峡谷での冒険のために、
5年間つとめた新聞社での仕事をやめる。
「先が見えない人生を求めていたくせに、
本当に先が見えなくなった時、
私はビビったのだ」
「引っ越した日のことは今も忘れられない。
段ボールが積みあがった殺風景な部屋の中で、
私は布団にくるまりながら
不安と孤独に押しつぶされそうになっていた。(中略)
私には生きていける自信など微塵もなかった。
ただ、恐ろしくて、布団の中で
がたがたと震えていた」
と、ご自身の経歴を、カッコつけずにあかしている。
本書は角幡唯介の「旅立ちの記」でもある。
「実は冒険がノンフィクションに適さない理由」では
「あらゆるトラブルに対処できるように計画を作る。
そのために予想を裏切る体験というのはなかなか起きないし、
もし実際に起きたら、(中略)それはかなりの確率で
遭難と呼ばれるものを指しているのだ。(中略)
しかし遭難は狙ってできるものではないし、
狙ってしてはいけないものでもある」
と、現代における冒険で
ノンフェクションをかく矛盾についてあきらかにし、
「富士山登頂記」では
「私は自分がある種の病気であると思っている。
そして申し訳ないが、
あなたもある種の病気であると思っている」
「ここで言う病気とは、身体性が喪失してしまった現象を指している。
現代の日常生活では、身体を使って世の中を知覚する機会が激減したため、
私たちはそのことに苦しんでいる。
大勢が富士山に登りたがるのは、
無意識のどこかで身体性の回復を欲しているからなのではないだろうか」
と、現代日本の世相について分析する。
角幡さんはトレーニングで皇居のまわりをあるいているときに、
わかくてうつくしい女性がたくさんはしっていることにおどろく。
「一体何がそんなに不満なんですか?
と私は彼女たちに訊いてみたくなった。
世の中うまくいってるじゃないですか。
会社だってひとまず倒産の心配はないし、
そこそこイケメンの彼氏だっているんでしょ。
定期的に女子会を開いて人間関係の憂さもはらせるし、
化粧等の技術も発達したから
三十になっても四十になっても
肌はプリンプリンじゃないですか。(中略)
みんなぐるぐるぐるぐると無言で皇居の周りを
走っているのである。
明らかに変な光景だった」
「富士山の頂上に登った時、
私にはそこが現代人のサナトリウムのように見えた。(中略)
この人たちの病根は自分と同じである。治療の方法はない。
富士山に登っても、チベットを体験しても、
生感覚は完全に充足されない。
病巣を取り除くことができないまま、
私たちは生きていくのである」
「グッバイ・バルーン」では、
熱気球で太平洋横断をめざした
冒険家の神田道夫さんをとりあげている。
神田さんは、それまでに北アルプスごえ・
本州横断飛行・高度世界記録樹立・ナンガパルバットごえと、
しだいに難度をました冒険にとりくみ、
太平洋横断にたびだったままかえらぬひととなった。
「目標そのものが、目標というよりも、
達成しなければならないというふうに
自分を追い込む強迫観念になってしまい、
それを断念することが自分の弱さの露呈であるような気がして
永久に逃れられなくなってしまうのだ。
そして次から次へと目標が困難かつ巨大にエスカレートしていき、
必然的に死に近づいていく」
なぜ冒険をするのか、なぜ自分はこう生きるのか。
本書は、冒険をめぐるさまざまな現象について
分析をこころみたすぐれた冒険論だ。
2013年09月28日
『タスク管理超入門』(岡野純) タスク管理と構造化はよく似ている
『タスク管理超入門』(岡野純・インプレスコミュニケーションズ)
マンガでかかれたタスクの入門書だ。
これまで何冊もの仕事術の本をよみながら、
ぜんぜん実行できないので、こまりはててマンガ版にたすけをもとめた、
というほどではないけれど、
もしかしていかすことができたら、という期待があった。
よみおわってから、タスクシュートの体験版をダウンロードしたので
(まだつかいはじめてはいない)、
おかげでもうすこしで実行という段階まではたどりつくことができた。
よんでいると、タスクと構造化が似ていることに気づく。
・視覚的に把握できるようにする
・はじまりとおわりをきめる
・精神的な努力をもとめるのではなく、環境をととのえる
目でわかる形でチェックする様式をととのえたら、
幼稚園にかようような子でも、
もっているものを自分で確認できる。
環境については、たとえば、
テレビをみる時間をへらしたいのなら、
テレビのコンセントをぬいておくこと、
というコツがかかれている。
テレビのスイッチをつけると、たいしたみたい番組ではなくても
ダラダラとみつづけることになりやすい。
リモコンのスイッチをおしてもテレビがつかなければ、
「ま、いいか」とあきらめる程度の要求にすぎないのだ。
これと逆なことをわたしはやっている。
スキャナーを机の下にたてかけてあるので、
新聞記事をスキャンしたいときに、
すぐにとりだす気になれない。
・スキャナーをとりだし、
・パソコンにつなぐ、
という手間が、その場で仕事をかたずける気もちをうばっている。
仕事は自分で全部やろうとしないで、
まわりのひとにふればいい、という項目もある。
でも「まかせっぱなしにするのは危険」なので
「連絡まちリストなどを別途用意して、
定期的にウォッチ」するというコツがおさえてある。
わたしは仕事をひとりでかかえこまないで、
できるだけひとにふりわけてしまうので、
ここまではできている。
それを「まかせっぱなし」にするから
ながれがわるくなることに、最近ようやく気づいた。
おもちゃをかたづけるときに、
まず一ヶ所にあつめて作業にとりかかる、
というのは、きのうテレビでやっていた
『人生がときめく片付けの魔法』といっしょだ。
そうすれば、
「どこかにまだわすれているおもちゃがあるかも」
という心配がなく、とにかくそこにあつまったものを
かたづければいいという安心感がある。
「はじめから分類しない」も
「のりまきさん」がいっていたことだ。
基本的なおさえどころは、ものでも情報でも共通している。
この本は「シゴタノ!」の佐々木正悟さんが
ブログに紹介されていた。
「本書はまず「タスク管理」の入り口のところで
しっくりこない人にとって必読です。(中略)
本書は本当に楽にすぐ読めるので、読んで損はありません」
たしかにわかりやすかったし、
タスクにとりくむうえでのかんたんなコツは
よんでいておもしろかった。
「いつかやろうとおもっていた」という「いつか」は
永遠にやってきません、とも「のりまきさん」がいっていた。
わたしの問題は、このジャンルの本を
いつもよみものとしてたのしんでしまうことにある。
マンガでかかれたタスクの入門書だ。
これまで何冊もの仕事術の本をよみながら、
ぜんぜん実行できないので、こまりはててマンガ版にたすけをもとめた、
というほどではないけれど、
もしかしていかすことができたら、という期待があった。
よみおわってから、タスクシュートの体験版をダウンロードしたので
(まだつかいはじめてはいない)、
おかげでもうすこしで実行という段階まではたどりつくことができた。
よんでいると、タスクと構造化が似ていることに気づく。
・視覚的に把握できるようにする
・はじまりとおわりをきめる
・精神的な努力をもとめるのではなく、環境をととのえる
目でわかる形でチェックする様式をととのえたら、
幼稚園にかようような子でも、
もっているものを自分で確認できる。
環境については、たとえば、
テレビをみる時間をへらしたいのなら、
テレビのコンセントをぬいておくこと、
というコツがかかれている。
テレビのスイッチをつけると、たいしたみたい番組ではなくても
ダラダラとみつづけることになりやすい。
リモコンのスイッチをおしてもテレビがつかなければ、
「ま、いいか」とあきらめる程度の要求にすぎないのだ。
これと逆なことをわたしはやっている。
スキャナーを机の下にたてかけてあるので、
新聞記事をスキャンしたいときに、
すぐにとりだす気になれない。
・スキャナーをとりだし、
・パソコンにつなぐ、
という手間が、その場で仕事をかたずける気もちをうばっている。
仕事は自分で全部やろうとしないで、
まわりのひとにふればいい、という項目もある。
でも「まかせっぱなしにするのは危険」なので
「連絡まちリストなどを別途用意して、
定期的にウォッチ」するというコツがおさえてある。
わたしは仕事をひとりでかかえこまないで、
できるだけひとにふりわけてしまうので、
ここまではできている。
それを「まかせっぱなし」にするから
ながれがわるくなることに、最近ようやく気づいた。
おもちゃをかたづけるときに、
まず一ヶ所にあつめて作業にとりかかる、
というのは、きのうテレビでやっていた
『人生がときめく片付けの魔法』といっしょだ。
そうすれば、
「どこかにまだわすれているおもちゃがあるかも」
という心配がなく、とにかくそこにあつまったものを
かたづければいいという安心感がある。
「はじめから分類しない」も
「のりまきさん」がいっていたことだ。
基本的なおさえどころは、ものでも情報でも共通している。
この本は「シゴタノ!」の佐々木正悟さんが
ブログに紹介されていた。
「本書はまず「タスク管理」の入り口のところで
しっくりこない人にとって必読です。(中略)
本書は本当に楽にすぐ読めるので、読んで損はありません」
たしかにわかりやすかったし、
タスクにとりくむうえでのかんたんなコツは
よんでいておもしろかった。
「いつかやろうとおもっていた」という「いつか」は
永遠にやってきません、とも「のりまきさん」がいっていた。
わたしの問題は、このジャンルの本を
いつもよみものとしてたのしんでしまうことにある。
2013年09月27日
清水英斗「ザックジャパンから見える日本人の社会性」
「ザックジャパンから見える日本人の社会性」
として清水英斗氏が「sports navi」に記事をよせている。
以前から、日本人選手がここぞというところで
シュートをうたずにパスをしてしまう消極的な姿勢が
批判されてきた。
清水氏は、そうした日本人選手の特性は、
社会性があらわれたものであり、
わるい面ばかりではないことを指摘している。
「日本のスーパーマーケットに見られる
テキパキと手際の良いレジ打ち」
を例にあげ、
「日本社会における勤勉さと、
ザックジャパンの全員プレッシングには文化的な共通点が多い」
という。
たしかに、何代にもわたって日本社会でくらすうちに、
わたしたちの頭とからだには日本的な価値観がしみこんでおり、
「とにかくオレがシュートをうつ」というプレーが
そうかんたんに身につくとはおもえない。
よくもわるくも日本人気質が
日本人のサッカーにおおきな影響をあたえている。
「日本の社会が、果たしてシュートを
バンバン打ちたくなるような仕組みになっているのか」
「いきなり『積極的にシュートをしろ』と言われても、
体に刻み込まれた習慣は簡単には変わらない。
パスをしているほうが気持ち良かったのだから。
むしろ、シュートを打たない日本人の姿のほうが、
社会の現在地を正確に表しているようにさえ思える」
「オンとオフを切り替えられず、
ダラダラと長時間トレーニングしたり、
あるいは朝から深夜まで働き、能率の悪い状態で
いつまでも会社に残って残業をしてしまう毎日。
ついメリハリの利かない生活を送って疲弊してしまうわれわれと、
肝心なところで集中力を発揮し切れず、
ゲーム運びが拙くなる日本代表は、
決して無関係とは言えないのではないだろうか」
サッカーだけがつよくなることはありえず、
その社会を鏡としてうつしだすしているのがサッカーという
おもしろいとらえ方だ。
日本人の勤勉さをいかし、「協調性、持久力、
俊敏性に優れ」たサッカーをしても、
「オンとオフを切り替えられ」ないという
また別の日本人気質によって集中力を発揮できずに
失点してしまうのであればせつないはなしだ。
でも、それがいまの日本のちからであり
しょうがないとおもうしかない。
清水氏は、第2章の副題として「サッカーは人生の縮図」
とかかげている。
人生だけでなく、「社会の縮図」ともいえる。
それぞれの国のサッカーは、その国の美意識があらわれている。
おなじプレッシングサッカーをえらんだとしても、
スペインと日本のそれは微妙にちがってくる。
技術の差、歴史のちがいだけでなく、
社会が大切にしている価値観・美意識が
プレーにあらわれる。
日本人の美意識からはずれたプレー、
たとえばマリーシアとよばれるずるがしこいプレーでは、
たとえWカップのベスト4にのこっても、
おおくのサッカーファンにとって
「ほこらしい」プレーとはうつらないはずだ。
「ザックジャパンは、
ブラジルで新しい日本人像を見せてくれるのだろうか」
と清水氏は記事をむすんでいる。
国民性からはずれたプレーが
短期間につくりあげられることはない。
ブラジルで「新しい日本人像」がみられるとしたら、
その芽ばえは、すでにどこかで
形をあわらしていることになる。
レジをテキパキとこなせる能力や、
いちにちで宅急便がとどくしんじられない組織力がそだてる
あたらしい日本人像に期待したい。
として清水英斗氏が「sports navi」に記事をよせている。
以前から、日本人選手がここぞというところで
シュートをうたずにパスをしてしまう消極的な姿勢が
批判されてきた。
清水氏は、そうした日本人選手の特性は、
社会性があらわれたものであり、
わるい面ばかりではないことを指摘している。
「日本のスーパーマーケットに見られる
テキパキと手際の良いレジ打ち」
を例にあげ、
「日本社会における勤勉さと、
ザックジャパンの全員プレッシングには文化的な共通点が多い」
という。
たしかに、何代にもわたって日本社会でくらすうちに、
わたしたちの頭とからだには日本的な価値観がしみこんでおり、
「とにかくオレがシュートをうつ」というプレーが
そうかんたんに身につくとはおもえない。
よくもわるくも日本人気質が
日本人のサッカーにおおきな影響をあたえている。
「日本の社会が、果たしてシュートを
バンバン打ちたくなるような仕組みになっているのか」
「いきなり『積極的にシュートをしろ』と言われても、
体に刻み込まれた習慣は簡単には変わらない。
パスをしているほうが気持ち良かったのだから。
むしろ、シュートを打たない日本人の姿のほうが、
社会の現在地を正確に表しているようにさえ思える」
「オンとオフを切り替えられず、
ダラダラと長時間トレーニングしたり、
あるいは朝から深夜まで働き、能率の悪い状態で
いつまでも会社に残って残業をしてしまう毎日。
ついメリハリの利かない生活を送って疲弊してしまうわれわれと、
肝心なところで集中力を発揮し切れず、
ゲーム運びが拙くなる日本代表は、
決して無関係とは言えないのではないだろうか」
サッカーだけがつよくなることはありえず、
その社会を鏡としてうつしだすしているのがサッカーという
おもしろいとらえ方だ。
日本人の勤勉さをいかし、「協調性、持久力、
俊敏性に優れ」たサッカーをしても、
「オンとオフを切り替えられ」ないという
また別の日本人気質によって集中力を発揮できずに
失点してしまうのであればせつないはなしだ。
でも、それがいまの日本のちからであり
しょうがないとおもうしかない。
清水氏は、第2章の副題として「サッカーは人生の縮図」
とかかげている。
人生だけでなく、「社会の縮図」ともいえる。
それぞれの国のサッカーは、その国の美意識があらわれている。
おなじプレッシングサッカーをえらんだとしても、
スペインと日本のそれは微妙にちがってくる。
技術の差、歴史のちがいだけでなく、
社会が大切にしている価値観・美意識が
プレーにあらわれる。
日本人の美意識からはずれたプレー、
たとえばマリーシアとよばれるずるがしこいプレーでは、
たとえWカップのベスト4にのこっても、
おおくのサッカーファンにとって
「ほこらしい」プレーとはうつらないはずだ。
「ザックジャパンは、
ブラジルで新しい日本人像を見せてくれるのだろうか」
と清水氏は記事をむすんでいる。
国民性からはずれたプレーが
短期間につくりあげられることはない。
ブラジルで「新しい日本人像」がみられるとしたら、
その芽ばえは、すでにどこかで
形をあわらしていることになる。
レジをテキパキとこなせる能力や、
いちにちで宅急便がとどくしんじられない組織力がそだてる
あたらしい日本人像に期待したい。
2013年09月26日
音の環境調整にユニットハウスのはなれを
聴覚過敏のひとはあんがいおおく、養護学校へおむかえにいくと、
自分で耳をおさえて刺激をへらそうとしている子をよくみかける。
どれくらい音が気になるかはひとそれぞれで、
赤ちゃんの声がだめなひともいれば、
大人がつぶやくひとりごとでも我慢できないひともいる。
聴覚過敏は発達障害の障害特性のひとつであり、
我慢するうちになれるというものではない。
それなのに、たとえば卒業して地域にでたときに、
刺激が適切にコントロールされた空間があるかというと、
そんなところはなかなかないわけで、
とかく「なれる」ことを目ざした対応になりがちだ。
なかには音だけでなく、そのかんがえをさらにすすめて、
スケジュールや構造化なしでうごけるように、
という方針をきくこともあり、おどろかされる。
ピピにもちいさな子のかんだかい声が苦手な利用者がいて、
はじめはできるだけほかの子たちと
いっしょになる時間がかさならないようなうごきを工夫していた。
その子がおやつをおえるまで、
ほかの子たちはおでかけをする、という具合だ。
そのうち利用者がふえてくると、
なかなか活動を完全にずらすのがむつかしくなり、
ほかの事業所のあいた部屋をかしてもらったりもした。
ピピの敷地にあいたスペースがあるので、
そこにプレハブのはなれをおいたら、というのをおもいついた。
ネットで会社をさがして連絡してみると、
5.5帖の部屋が50万円といわれる。
どこかにあたらしく部屋をかりるよりもやすいし、
なにより「はなれ」なんておもしろそうなので、
この線ではなしをすすめることにした。
ちなみにプレハブとユニットハウスとはちがうのだそうで、
今回注文するのはくみたてられた部屋をトラックではこび、
クレーンでつるして設置するので、ユニットハウスというそうだ。
ひとりでゆっくりすごすことが、
いいことばかりではないかもしれないけど、
「なれる」「がまんする」を子どもたちにもとめるよりも、
環境をその子にあわせたいとおもった。
来週にはとりつけがおわりそうなので、
音の環境調整だけでなく、子どもたちから
おもいがけないつかい方が提案されないか
たのしみにしている。
自分で耳をおさえて刺激をへらそうとしている子をよくみかける。
どれくらい音が気になるかはひとそれぞれで、
赤ちゃんの声がだめなひともいれば、
大人がつぶやくひとりごとでも我慢できないひともいる。
聴覚過敏は発達障害の障害特性のひとつであり、
我慢するうちになれるというものではない。
それなのに、たとえば卒業して地域にでたときに、
刺激が適切にコントロールされた空間があるかというと、
そんなところはなかなかないわけで、
とかく「なれる」ことを目ざした対応になりがちだ。
なかには音だけでなく、そのかんがえをさらにすすめて、
スケジュールや構造化なしでうごけるように、
という方針をきくこともあり、おどろかされる。
ピピにもちいさな子のかんだかい声が苦手な利用者がいて、
はじめはできるだけほかの子たちと
いっしょになる時間がかさならないようなうごきを工夫していた。
その子がおやつをおえるまで、
ほかの子たちはおでかけをする、という具合だ。
そのうち利用者がふえてくると、
なかなか活動を完全にずらすのがむつかしくなり、
ほかの事業所のあいた部屋をかしてもらったりもした。
ピピの敷地にあいたスペースがあるので、
そこにプレハブのはなれをおいたら、というのをおもいついた。
ネットで会社をさがして連絡してみると、
5.5帖の部屋が50万円といわれる。
どこかにあたらしく部屋をかりるよりもやすいし、
なにより「はなれ」なんておもしろそうなので、
この線ではなしをすすめることにした。
ちなみにプレハブとユニットハウスとはちがうのだそうで、
今回注文するのはくみたてられた部屋をトラックではこび、
クレーンでつるして設置するので、ユニットハウスというそうだ。
ひとりでゆっくりすごすことが、
いいことばかりではないかもしれないけど、
「なれる」「がまんする」を子どもたちにもとめるよりも、
環境をその子にあわせたいとおもった。
来週にはとりつけがおわりそうなので、
音の環境調整だけでなく、子どもたちから
おもいがけないつかい方が提案されないか
たのしみにしている。
2013年09月25日
歳をとってからのパッキングは、なにを基準にしたらいいか
ひとはどれだけのものが手もとにあれば
満足してくらせるのか。
旅行のガイドブックに
「あったら便利はなくても平気」
とかいてあり、感心したことがある。
どうしてもふえてしまいがちな旅行の荷物をきめるときに、
このことばをとおしてふるいにかける。
かならずいるものはだれでもわかるので、
まよったら、それは余分な荷物ということになる。
たしかに、「あったら便利」程度のものは、
もっていかなくてもたいしてこまることはない。
旅行中、たしょう不便なことぐらい、なんだというのだ。
家にいるわけじゃないのだから、
すこしぐらいのことは我慢したらいい。
というのは原則であり、
わたしはどうしても荷物がおおくなりがちだ。
わかいころからそうだったし、
中年になってもその傾向はかわらない。
ドライヤーやお化粧をもつ必要はないし、
おしゃれもしないので、
最小限のきがえだけですみそうなものなのに、
いつもカバンがパンパンになる。
場所とおもさの両方で問題なのが
10冊ほどもっていく本の存在で、
2年前の旅行では、まよったあげく650グラムもある
『ジェノサイド』(高野和明)をカバンにいれた。
身がるさをえらぶか、快適さをえらぶかで、
そのひとの旅行のスタイルはある程度きまってくる。
歳をとると、ちいさなカバンひとつで、
というわけにはいかなくなり、
けっきょく家にいるときとおなじような
便利さをもとめてしまう。
わかいころネパールでトレッキングをしたときに、
デイパックにすべてをおさめてあるいたことがある。
寝袋をもっていたけど、カバンにはいらないので
ポカラのゲストハウスにのこしておいた。
なんでそういうことができたのか、
いまとなってはそのいさぎよさを不思議におもう。
欲がなく、ただあるけたらそれでいいとわりきれた
わかいころにしかできないパッキングだ。
大荷物を背をわなくてもこまらなかった教訓をいかして、
すくない荷物を自分のスタイルにすればよかったのに、
それ以降は、いごこちのよさをもとめるようになる。
たいしていらないものまでカバンにつめこんで、
自分の優柔不断さにうんざりするがおおい。
とはいえ、ちいさなカバンだけで
ながい旅行をしているひとのはなしをきいても、
たいしたものだとおもいつつ、
わたしにはできないことがよくわかってきた。
修行じゃないのだから、あったほうがたのしいものは、
すこしぐらいじゃまになってもカバンにいれている。
旅行の非日常性をたのしみながらも、
日常性をもちこむこともまた旅行をおもしろくしてくれるからだ。
「あったら便利はなくても平気だけど、
でもあったほうがたのしい」
というのが中年になってからの荷物をきめる方針になった。
満足してくらせるのか。
旅行のガイドブックに
「あったら便利はなくても平気」
とかいてあり、感心したことがある。
どうしてもふえてしまいがちな旅行の荷物をきめるときに、
このことばをとおしてふるいにかける。
かならずいるものはだれでもわかるので、
まよったら、それは余分な荷物ということになる。
たしかに、「あったら便利」程度のものは、
もっていかなくてもたいしてこまることはない。
旅行中、たしょう不便なことぐらい、なんだというのだ。
家にいるわけじゃないのだから、
すこしぐらいのことは我慢したらいい。
というのは原則であり、
わたしはどうしても荷物がおおくなりがちだ。
わかいころからそうだったし、
中年になってもその傾向はかわらない。
ドライヤーやお化粧をもつ必要はないし、
おしゃれもしないので、
最小限のきがえだけですみそうなものなのに、
いつもカバンがパンパンになる。
場所とおもさの両方で問題なのが
10冊ほどもっていく本の存在で、
2年前の旅行では、まよったあげく650グラムもある
『ジェノサイド』(高野和明)をカバンにいれた。
身がるさをえらぶか、快適さをえらぶかで、
そのひとの旅行のスタイルはある程度きまってくる。
歳をとると、ちいさなカバンひとつで、
というわけにはいかなくなり、
けっきょく家にいるときとおなじような
便利さをもとめてしまう。
わかいころネパールでトレッキングをしたときに、
デイパックにすべてをおさめてあるいたことがある。
寝袋をもっていたけど、カバンにはいらないので
ポカラのゲストハウスにのこしておいた。
なんでそういうことができたのか、
いまとなってはそのいさぎよさを不思議におもう。
欲がなく、ただあるけたらそれでいいとわりきれた
わかいころにしかできないパッキングだ。
大荷物を背をわなくてもこまらなかった教訓をいかして、
すくない荷物を自分のスタイルにすればよかったのに、
それ以降は、いごこちのよさをもとめるようになる。
たいしていらないものまでカバンにつめこんで、
自分の優柔不断さにうんざりするがおおい。
とはいえ、ちいさなカバンだけで
ながい旅行をしているひとのはなしをきいても、
たいしたものだとおもいつつ、
わたしにはできないことがよくわかってきた。
修行じゃないのだから、あったほうがたのしいものは、
すこしぐらいじゃまになってもカバンにいれている。
旅行の非日常性をたのしみながらも、
日常性をもちこむこともまた旅行をおもしろくしてくれるからだ。
「あったら便利はなくても平気だけど、
でもあったほうがたのしい」
というのが中年になってからの荷物をきめる方針になった。
2013年09月24日
『にっぽん全国百年食堂』(椎名誠)民俗学的な価値のあるすぐれたルポ、かもしれない
『にっぽん全国百年食堂』(椎名誠・講談社)
「百年食堂」とは、百年もつづいている食堂、という意味で、
全国のそうした食堂を、毎回2軒ずつ紹介している企画だ。
ながくつづいた店のことなんか、
たいしておもしろくなさそうにおもえるのに、
そこはさすがに椎名さんのうまいところで、
おもわずひきこまれてさいごまでよんでしまう。
日本一の麺の店をきめる『すすれ!麺の甲子園』など、
食に関する椎名さんの本はたくさんあるなかで、
この本がいちばんおもしろかった。
百年食堂というテーマが、意外と新鮮なことによんでいるうちに気づく。
どの店がうまいかはそれぞれの主観でしかないが、
なぜながくつづいてきたかは
客観的な分析が可能になる。
いっけん平凡なはなしからおもしろさをひきだせる、
椎名さんのもち味がいかされた企画だ。
本文のなかで、なんどもくりかえし強調されているのは、
「味は関係ない。とにかくつづいてきたことを評価する」という視点だ。
おいしい店を紹介するのではなく、
その店がどれだけその土地に根づいているか。
そうはいっても、きょくたんにまずければ
ながくはつづかないだろうから、
つづいてきたというだけで、あるレベルにはたっしている(はず)。
その店が、どうはじまり、どういうメニューに人気があって、
これからどうしようとしているのかを椎名さんがききだしていく。
後継者問題や経営的なみとおしなど、
全国にちらばるふるくからの店の現状が記録されるので、
あとがきにもあるように、すぐれた民俗学の資料ともいえるだろう。
スタッフのひとり、おおぐいのヒロシ氏の存在があって
はじめてなりたつ企画でもあった。
あたりまえに4〜5品をたべてしまう氏の胃袋がなければ、
いちにちに2軒をたずね、
その店の人気メニューを全部ためすことなどなかなかできない。
ただたくさんたべるだけでなく、
「後継者がいない店はスイーツがない」という法則も発見したりする。
これは、あまいメニューがなければ女性客がよりつかず、
よって店ではたらくひとのやる気がでない、というもので、
たしかにいいところをついている、ような気もする。
ヒロシ氏のコメントは、グルメ番組のタレントレポーターでは
まずいえない域にたっしている。
たべることがほんとうにすきだからだ。
焼肉定食をかきこみながら
「これはね、強い火で手早く炒めているから味がおさえこまれているんです!
ごはんがすすむ味の急所を押さえていながら全体はさりげない。
ごはんはやっぱり喉ごしなんですよ。
つまり弁証法的にいうとどんぶり飯を食べるときのポイントを
控えめながらも大胆にとらえてはなさない。
腰がすわっているという感じですな」
といわれてもよくわからないが。
おおもりで有名な「大室屋」は、
ご飯がみえないくらいたくさん具のもられた
天丼やカツカレーがでてくる。
部活のおわった高校生がよろこんでくるかとおもうと、
このごろはそうでもないそうで、
ケータイにおこづかいをとられてしまい
こういうお店にお金をかけられないのだそうだ。
こういうところに現代の世相があらわれるのが
「いってみなければわからない」ルポものの
おもしろいところだ。
ソースカツ丼についての記事もおもしろかった。
関東には、カツ丼といえばソースカツ丼という地域がおおく、
東京は長野・群馬・福島・山梨という
これらの地域に包囲されている状況なのだそうだ。
はじめてソースカツ丼をたべた椎名氏は
「カツが違う。薄いのは火をよく通すためか。
外側のパン粉がパリパリして噛みごたえがあり、
しっとりしたごはんのソースが色っぽい。
ごはんとカツは離反するでもなく同化するでもなく、
どちらもきっぱりと自分の道を歩みながらも
互いにさりげなく手と手を差し伸べにぎりあい、
たゆまない調和と、底力のある共存的繁栄のなかを
ゆるゆると前進しているようだ」
と、いかにもシーナ・マコト的文章で
そのおどろきをあらわしている。
岩手にはあんかけカツ丼というのもある。
地元で「すっぽこ」とよぶあんをかけるもので、
この「すっぽこ」の語源はながさきの卓袱(いっぽく)にあるそうだ。
「長崎ー京都ー山形ー岩手、という伝播ルートが考えられる」
なんていわれると、すごくアカデミックなかおりがする。
稲作はどのルートをたどってひろまったのか、みたいに
食のひろまりもロマンがあったのだ。
本のおしまいにある「あとがきみたいな座談会」がまとめにもなっている。
・土地に根ざした味がある
・家庭の事情(相続とか病気など)がない
・長くやってても特別うまいというワケではない
この「三つのファクターが百年食堂を作る」(椎名)
というのが結論だ。
「どこも印象として淡々としてましたね」
「どっちかというと、辞めても何もすることもないから
食堂をやっていつの間にか百年経ってたっていう店が
ほとんどだったんじゃないかなあ」
「あんまり美味しいと儲かって儲かって・・・」
「支店とかを出して・・・」
「失敗する・・・」
「そうやって淘汰されていくんでしょうね」(中略)
「やっぱり欲が最大の敵なんでしょう」
含蓄のあるはなしだ。
結果としての百年であり、めざせ百年ではなかったということ。
また、「名物を売りにしていたところは少なかった」
というのもかんがえさせられる。
三つのファクターのうちのひとつ、
「土地に根ざした」というのは
その土地の名物という意味ではなく、
土地のひとがふつうにたべるものを、ということだ。
とくにうまい品をださなくても、欲がなく、
地元のひとがきてくれる店であることが、
ながくつづけられる要因だった。
残念ながら島根県の店はひとつも紹介されなかった。
きっとわたしのすむ町にも、淡々とお店をつづける
いっけん地味な百年食堂があるのだろう。
「おもてなし」とか「お客さま第一」なんて
もっともらしいことをいわないで、
きょうもきのうも、そしてあすも、
おなじことをなんとなくくりかえしたら
百年たっていた、という向上心のないはなしが
わたしはだいすきだ。
やめなければいつかは百年たつ。
あんがいそれは、本人がきめるというよりも、
地域がもとめた結果かもしれないし、
ただ運がよかっただけかもしれない。
これまであまり光のあたらなかった、
ただつづけてきたという店に着目したおもしろい企画だ。
それらのながくつづいている店で、常連客やシーナさんたちが
カツ丼やラーメンやカレーライスをわしわしかきこんでいると、
食べることは生きることなんだと素直におもえてくる。
いわゆるグルメでも、かといってB級グルメでもない、
ごくあたりまえに食堂でたべることのできる
カレーライスやカツ丼にこそ
日本の食文化の真相がつまっている、ような気がする。
「百年食堂」とは、百年もつづいている食堂、という意味で、
全国のそうした食堂を、毎回2軒ずつ紹介している企画だ。
ながくつづいた店のことなんか、
たいしておもしろくなさそうにおもえるのに、
そこはさすがに椎名さんのうまいところで、
おもわずひきこまれてさいごまでよんでしまう。
日本一の麺の店をきめる『すすれ!麺の甲子園』など、
食に関する椎名さんの本はたくさんあるなかで、
この本がいちばんおもしろかった。
百年食堂というテーマが、意外と新鮮なことによんでいるうちに気づく。
どの店がうまいかはそれぞれの主観でしかないが、
なぜながくつづいてきたかは
客観的な分析が可能になる。
いっけん平凡なはなしからおもしろさをひきだせる、
椎名さんのもち味がいかされた企画だ。
本文のなかで、なんどもくりかえし強調されているのは、
「味は関係ない。とにかくつづいてきたことを評価する」という視点だ。
おいしい店を紹介するのではなく、
その店がどれだけその土地に根づいているか。
そうはいっても、きょくたんにまずければ
ながくはつづかないだろうから、
つづいてきたというだけで、あるレベルにはたっしている(はず)。
その店が、どうはじまり、どういうメニューに人気があって、
これからどうしようとしているのかを椎名さんがききだしていく。
後継者問題や経営的なみとおしなど、
全国にちらばるふるくからの店の現状が記録されるので、
あとがきにもあるように、すぐれた民俗学の資料ともいえるだろう。
スタッフのひとり、おおぐいのヒロシ氏の存在があって
はじめてなりたつ企画でもあった。
あたりまえに4〜5品をたべてしまう氏の胃袋がなければ、
いちにちに2軒をたずね、
その店の人気メニューを全部ためすことなどなかなかできない。
ただたくさんたべるだけでなく、
「後継者がいない店はスイーツがない」という法則も発見したりする。
これは、あまいメニューがなければ女性客がよりつかず、
よって店ではたらくひとのやる気がでない、というもので、
たしかにいいところをついている、ような気もする。
ヒロシ氏のコメントは、グルメ番組のタレントレポーターでは
まずいえない域にたっしている。
たべることがほんとうにすきだからだ。
焼肉定食をかきこみながら
「これはね、強い火で手早く炒めているから味がおさえこまれているんです!
ごはんがすすむ味の急所を押さえていながら全体はさりげない。
ごはんはやっぱり喉ごしなんですよ。
つまり弁証法的にいうとどんぶり飯を食べるときのポイントを
控えめながらも大胆にとらえてはなさない。
腰がすわっているという感じですな」
といわれてもよくわからないが。
おおもりで有名な「大室屋」は、
ご飯がみえないくらいたくさん具のもられた
天丼やカツカレーがでてくる。
部活のおわった高校生がよろこんでくるかとおもうと、
このごろはそうでもないそうで、
ケータイにおこづかいをとられてしまい
こういうお店にお金をかけられないのだそうだ。
こういうところに現代の世相があらわれるのが
「いってみなければわからない」ルポものの
おもしろいところだ。
ソースカツ丼についての記事もおもしろかった。
関東には、カツ丼といえばソースカツ丼という地域がおおく、
東京は長野・群馬・福島・山梨という
これらの地域に包囲されている状況なのだそうだ。
はじめてソースカツ丼をたべた椎名氏は
「カツが違う。薄いのは火をよく通すためか。
外側のパン粉がパリパリして噛みごたえがあり、
しっとりしたごはんのソースが色っぽい。
ごはんとカツは離反するでもなく同化するでもなく、
どちらもきっぱりと自分の道を歩みながらも
互いにさりげなく手と手を差し伸べにぎりあい、
たゆまない調和と、底力のある共存的繁栄のなかを
ゆるゆると前進しているようだ」
と、いかにもシーナ・マコト的文章で
そのおどろきをあらわしている。
岩手にはあんかけカツ丼というのもある。
地元で「すっぽこ」とよぶあんをかけるもので、
この「すっぽこ」の語源はながさきの卓袱(いっぽく)にあるそうだ。
「長崎ー京都ー山形ー岩手、という伝播ルートが考えられる」
なんていわれると、すごくアカデミックなかおりがする。
稲作はどのルートをたどってひろまったのか、みたいに
食のひろまりもロマンがあったのだ。
本のおしまいにある「あとがきみたいな座談会」がまとめにもなっている。
・土地に根ざした味がある
・家庭の事情(相続とか病気など)がない
・長くやってても特別うまいというワケではない
この「三つのファクターが百年食堂を作る」(椎名)
というのが結論だ。
「どこも印象として淡々としてましたね」
「どっちかというと、辞めても何もすることもないから
食堂をやっていつの間にか百年経ってたっていう店が
ほとんどだったんじゃないかなあ」
「あんまり美味しいと儲かって儲かって・・・」
「支店とかを出して・・・」
「失敗する・・・」
「そうやって淘汰されていくんでしょうね」(中略)
「やっぱり欲が最大の敵なんでしょう」
含蓄のあるはなしだ。
結果としての百年であり、めざせ百年ではなかったということ。
また、「名物を売りにしていたところは少なかった」
というのもかんがえさせられる。
三つのファクターのうちのひとつ、
「土地に根ざした」というのは
その土地の名物という意味ではなく、
土地のひとがふつうにたべるものを、ということだ。
とくにうまい品をださなくても、欲がなく、
地元のひとがきてくれる店であることが、
ながくつづけられる要因だった。
残念ながら島根県の店はひとつも紹介されなかった。
きっとわたしのすむ町にも、淡々とお店をつづける
いっけん地味な百年食堂があるのだろう。
「おもてなし」とか「お客さま第一」なんて
もっともらしいことをいわないで、
きょうもきのうも、そしてあすも、
おなじことをなんとなくくりかえしたら
百年たっていた、という向上心のないはなしが
わたしはだいすきだ。
やめなければいつかは百年たつ。
あんがいそれは、本人がきめるというよりも、
地域がもとめた結果かもしれないし、
ただ運がよかっただけかもしれない。
これまであまり光のあたらなかった、
ただつづけてきたという店に着目したおもしろい企画だ。
それらのながくつづいている店で、常連客やシーナさんたちが
カツ丼やラーメンやカレーライスをわしわしかきこんでいると、
食べることは生きることなんだと素直におもえてくる。
いわゆるグルメでも、かといってB級グルメでもない、
ごくあたりまえに食堂でたべることのできる
カレーライスやカツ丼にこそ
日本の食文化の真相がつまっている、ような気がする。
2013年09月23日
『エコノミカル・パレス』(角田光代)これがほんとうのフリーター文学
『エコノミカル・パレス』(角田光代・講談社文庫)
フリーター文学というのだそうだ。
お金がなく、さきもみえないトホホな生活は、
どのようにしてはじまり、どこにいこうとしているのか。
34歳の「私」は雑文をかいて得るたいしてあてにならないお金と、
ビストロでのアルバイトで糊口をしのいでいる。
いっしょにくらしている年下のヤスオは
「タマシイのない仕事はしたくない」と
はたらくのをやめてしまった。
すぐにもらえるとおもっていた失業保険は
なぜだかそう簡単には手にはいらない。
あついさなかエアコンがこわれ、修理してもあたらしくかっても
予定外の出費になりそうだ。
国民保険の滞納が毎月確実にふえていて、
29万3050円にもなったと督促状がしらせてくる。
家賃がはらえずに、サラ金でお金をかりるようにもなる。
「今レジで私が払おうとしているパンや発泡酒の代金は、
いったいどうなるのだろう。
考えているとじっとしているのが苦痛であるほどおそろしくなってきて、
私はレジの順番を抜け、冷蔵棚から自分のぶんの発泡酒を四本追加して
ふたたびレジに舞い戻る」
かきうつしているだけで、おしりがこそばゆくなってくるような
さきのみえない不安な状況だ。
こんな生活になってしまうまえに、
「私」とヤスオはアジアの国々を旅行したことがあった。
10年前、バブル時代の東京にはいくらでも仕事があり
バイトにこまることはなかった。
「労力が必要とされないのに給与だけはいいアルバイト」
ばかりだ。
しかし、そうしたうすっぺらな世の中と
そこにいすわっている自分たちの生活にたえがたくなり、
ふたりは貯金を全部トラベラーズチェックにかえて、
シンガポールへとびたった。
「ミャンマー、べトマムへと旅は続いた。
どこにでも私たちと同じ風体の日本人旅行者がいた。(中略)
そのように日本を飛び出し
アジアを放浪すること自体が日本の流行で、
私たちもその尻馬に乗っただけなのだが、
そのときはもちろんそんなことは思わず、
まともな神経を持っていればだれだって
東京ラーメン番外地化した国に疑問も持たず
居続けられるはずがないと、
至極まじめにその状況に納得した」
しかし、目的のないかれらの旅が状況を劇的にかえることはなく、
日本にもどってはじめたのが、冒頭にあげたトホホな生活だ。
お金を節約するために何軒ものスーパーをはしごしながら、
「あの日々を自由と呼ぶのなら、
今現在、お好み焼きの材料をそろえるのに
三軒ほどの商店をぐるぐるまわって
値段をたしかめているこの不自由な状況は、
その自由から派生したことになる」
という不条理がすごくおかしい。
雑文がきとビストロでのアルバイトにくわえて
カラオケスナックでもはたらくようになり、
さらにランジェリー・パブはどうかと検討する。
「ブラジャーとパンツだけ身につけて、
全身鏡の前に立つ。
ブラジャーはレースがほつれているし、
パンツは色あせているが、
それらのくたびれた下着は私の裸体によく似合っている。
胸の下からパンツのゴム部分にかけての
胴部分にくびれがまったくなく、
布地をまとったように肉がだぶつき、
長いこと陽の光にさらしていないために
不自然なくらい白い。
腕を広げてみると二の腕の肉が
重力の法則に従って床に垂直にたれる。(中略)
醜い」
34歳はもうわかくはない。
お母さんはあいかわらずわけのわからない電話をかけてくるし、
ヤスオのテキトーさもいまさらどうにかなるものではない。
さきのみえないのはあいかわらずで、かといって
また外国へにげだすわけにいかないのはよくわかっている。
「私」は二十歳の男に好意をよせ、彼のためにお金をためる。
でも、彼からはばかにするなとなじられてしまった。
いったいこれからどうなるのか。
トホホ感はどこまでもつづき、
すくいのないまま、どこにもたどりつかずに
ものがたりはおわっている。
めでたし、めでたしでおわるフリーター小説はないのだろう。
不安だからこそのフリーター小説であり、
あかるかったら逆にウソくさい。
コンビニで発泡酒をかうお金はあっても
来月の家賃がはらえないかもしれない。
仕事がまったくないわけではないけど、
「タマシイ」のある仕事はみつからない。
不安定でお金のない生活は自分があえてえらんだものだ。
ヤスオとちがい、「私」にははたらく意欲がある。
現実的に必要なお金をかせぎ、生きていくことができる。
自分のくいぶちは自分で確保していくたくましさを「私」はもっている。
それができればフリーターだろうがなんだろうが
けっきょくどの生きかたもおなじようなものなのだ。
「どのように割に合わなくても、
どのように仕事が減っても、
決して雑文書きの仕事はやめまい、とつよく決意する」
さえないことだらけで、いいことはほんのすこしだ。
だれもがそうやって生きていくしかない。
最初から最期までトホホだったけど、
生きようとする「私」の生活力が気もちよかった。
フリーター文学というのだそうだ。
お金がなく、さきもみえないトホホな生活は、
どのようにしてはじまり、どこにいこうとしているのか。
34歳の「私」は雑文をかいて得るたいしてあてにならないお金と、
ビストロでのアルバイトで糊口をしのいでいる。
いっしょにくらしている年下のヤスオは
「タマシイのない仕事はしたくない」と
はたらくのをやめてしまった。
すぐにもらえるとおもっていた失業保険は
なぜだかそう簡単には手にはいらない。
あついさなかエアコンがこわれ、修理してもあたらしくかっても
予定外の出費になりそうだ。
国民保険の滞納が毎月確実にふえていて、
29万3050円にもなったと督促状がしらせてくる。
家賃がはらえずに、サラ金でお金をかりるようにもなる。
「今レジで私が払おうとしているパンや発泡酒の代金は、
いったいどうなるのだろう。
考えているとじっとしているのが苦痛であるほどおそろしくなってきて、
私はレジの順番を抜け、冷蔵棚から自分のぶんの発泡酒を四本追加して
ふたたびレジに舞い戻る」
かきうつしているだけで、おしりがこそばゆくなってくるような
さきのみえない不安な状況だ。
こんな生活になってしまうまえに、
「私」とヤスオはアジアの国々を旅行したことがあった。
10年前、バブル時代の東京にはいくらでも仕事があり
バイトにこまることはなかった。
「労力が必要とされないのに給与だけはいいアルバイト」
ばかりだ。
しかし、そうしたうすっぺらな世の中と
そこにいすわっている自分たちの生活にたえがたくなり、
ふたりは貯金を全部トラベラーズチェックにかえて、
シンガポールへとびたった。
「ミャンマー、べトマムへと旅は続いた。
どこにでも私たちと同じ風体の日本人旅行者がいた。(中略)
そのように日本を飛び出し
アジアを放浪すること自体が日本の流行で、
私たちもその尻馬に乗っただけなのだが、
そのときはもちろんそんなことは思わず、
まともな神経を持っていればだれだって
東京ラーメン番外地化した国に疑問も持たず
居続けられるはずがないと、
至極まじめにその状況に納得した」
しかし、目的のないかれらの旅が状況を劇的にかえることはなく、
日本にもどってはじめたのが、冒頭にあげたトホホな生活だ。
お金を節約するために何軒ものスーパーをはしごしながら、
「あの日々を自由と呼ぶのなら、
今現在、お好み焼きの材料をそろえるのに
三軒ほどの商店をぐるぐるまわって
値段をたしかめているこの不自由な状況は、
その自由から派生したことになる」
という不条理がすごくおかしい。
雑文がきとビストロでのアルバイトにくわえて
カラオケスナックでもはたらくようになり、
さらにランジェリー・パブはどうかと検討する。
「ブラジャーとパンツだけ身につけて、
全身鏡の前に立つ。
ブラジャーはレースがほつれているし、
パンツは色あせているが、
それらのくたびれた下着は私の裸体によく似合っている。
胸の下からパンツのゴム部分にかけての
胴部分にくびれがまったくなく、
布地をまとったように肉がだぶつき、
長いこと陽の光にさらしていないために
不自然なくらい白い。
腕を広げてみると二の腕の肉が
重力の法則に従って床に垂直にたれる。(中略)
醜い」
34歳はもうわかくはない。
お母さんはあいかわらずわけのわからない電話をかけてくるし、
ヤスオのテキトーさもいまさらどうにかなるものではない。
さきのみえないのはあいかわらずで、かといって
また外国へにげだすわけにいかないのはよくわかっている。
「私」は二十歳の男に好意をよせ、彼のためにお金をためる。
でも、彼からはばかにするなとなじられてしまった。
いったいこれからどうなるのか。
トホホ感はどこまでもつづき、
すくいのないまま、どこにもたどりつかずに
ものがたりはおわっている。
めでたし、めでたしでおわるフリーター小説はないのだろう。
不安だからこそのフリーター小説であり、
あかるかったら逆にウソくさい。
コンビニで発泡酒をかうお金はあっても
来月の家賃がはらえないかもしれない。
仕事がまったくないわけではないけど、
「タマシイ」のある仕事はみつからない。
不安定でお金のない生活は自分があえてえらんだものだ。
ヤスオとちがい、「私」にははたらく意欲がある。
現実的に必要なお金をかせぎ、生きていくことができる。
自分のくいぶちは自分で確保していくたくましさを「私」はもっている。
それができればフリーターだろうがなんだろうが
けっきょくどの生きかたもおなじようなものなのだ。
「どのように割に合わなくても、
どのように仕事が減っても、
決して雑文書きの仕事はやめまい、とつよく決意する」
さえないことだらけで、いいことはほんのすこしだ。
だれもがそうやって生きていくしかない。
最初から最期までトホホだったけど、
生きようとする「私」の生活力が気もちよかった。
2013年09月22日
なぜ2ステージ制への変更が必要なのか
Jリーグの2ステージ制について
西部謙司さんが「2ステージ制への『改悪』について
」という記事をよせている。
・現在のJ1の競技レベルは悪くない。
・しかし、お客さんは増えていない。
・観客が増えないとお金が足りなくなるので、
新規のファンを作るために話題性の高いポストシーズンを導入する。
・それに大義名分を与えるために2ステージ制。
と、この議題の構図がわかりやすい。
お金がほしいから2ステージを導入するのであり、
それが「改悪」であることは、
Jリーグの関係者もわかっているのだそうだ。
それでもあえてとりいれるという判断がどうでるか。
2ステージ制への変更をきめた判断の裏には、
従来のファンへの期待とあまえがある。
熱心なファンは試合内容にかかわらず応援にきてくれるだろうから、
彼らを大切にするよりも、
ポストシーズンという話題をふりまいて、
あたらしいお客さんを獲得しようという意図だ。
西部さんは、
「日常性と相性のいい1ステージ制」
という視点から、
今回の「改悪」を「Jリーグがファンに『借り』を作った」
と指摘している。
コアなファンはすきなチームの応援にかけつける。
彼らにとってそれは、イベントではなく日常である。
そうやってJリーグをささえてきてくれたファンの方をみずに、
あらたなファンを獲得しようとするのだから、
Jリーグは丁寧な説明が必要だという。
おもしろいのは
「リーグ戦の8割はつまらないのが普通」
という西部さんの大胆な認識だ。
ひらきなおりではなく、
客観的にみるとそういうものなのだろう。
「リーグ戦の試合が全部好試合なんて
世界中探してもありはしないのだ。
それでも毎週のように観戦するファンは、
『つまらなくても見る』という人々である」
現在のJリーグは、世界的にもレベルのたかいリーグに成長しており、
「J1がつまらないとしたら『サッカーはつまらない』とほぼ同じだ」
という論法が小気味いい。
2ステージ制への「改悪」は、まったく突然の通達だった。
春秋制については慎重に議論しているのに、
2ステージ制があっさりきまったのは、
Jリーグ全体がよほどお金にこまっているからだろうか。
わたしは特定のチームのコアなサポーターではなく、
毎週土曜日に放映される試合をたのしみにしている
あまり熱心ではないサッカーファンだ。
その程度のファンには、いそがしい2ステージ制よりも、
これまでの1ステージ制のほうがおちついてつきあえる。
どこが優勝するかもおもしろいけれど、
毎年恒例の熾烈な残留あらそいもまた
1ステージ制ならではのスリルだとおもう。
もっとも、わたしのように試合会場にでかけないファンは
Jリーグのソロバンからはずれるわけで、
今回の決定にはまったく考慮されていない存在なのだろう。
以前2ステージ制をとっていた時期もあったのだし、
サッカーのおもしろみがまったくちがってしまう暴挙ではないにしても、
ファン不在の今回の「改悪」は残念なニュースだった。
西部謙司さんが「2ステージ制への『改悪』について
」という記事をよせている。
・現在のJ1の競技レベルは悪くない。
・しかし、お客さんは増えていない。
・観客が増えないとお金が足りなくなるので、
新規のファンを作るために話題性の高いポストシーズンを導入する。
・それに大義名分を与えるために2ステージ制。
と、この議題の構図がわかりやすい。
お金がほしいから2ステージを導入するのであり、
それが「改悪」であることは、
Jリーグの関係者もわかっているのだそうだ。
それでもあえてとりいれるという判断がどうでるか。
2ステージ制への変更をきめた判断の裏には、
従来のファンへの期待とあまえがある。
熱心なファンは試合内容にかかわらず応援にきてくれるだろうから、
彼らを大切にするよりも、
ポストシーズンという話題をふりまいて、
あたらしいお客さんを獲得しようという意図だ。
西部さんは、
「日常性と相性のいい1ステージ制」
という視点から、
今回の「改悪」を「Jリーグがファンに『借り』を作った」
と指摘している。
コアなファンはすきなチームの応援にかけつける。
彼らにとってそれは、イベントではなく日常である。
そうやってJリーグをささえてきてくれたファンの方をみずに、
あらたなファンを獲得しようとするのだから、
Jリーグは丁寧な説明が必要だという。
おもしろいのは
「リーグ戦の8割はつまらないのが普通」
という西部さんの大胆な認識だ。
ひらきなおりではなく、
客観的にみるとそういうものなのだろう。
「リーグ戦の試合が全部好試合なんて
世界中探してもありはしないのだ。
それでも毎週のように観戦するファンは、
『つまらなくても見る』という人々である」
現在のJリーグは、世界的にもレベルのたかいリーグに成長しており、
「J1がつまらないとしたら『サッカーはつまらない』とほぼ同じだ」
という論法が小気味いい。
2ステージ制への「改悪」は、まったく突然の通達だった。
春秋制については慎重に議論しているのに、
2ステージ制があっさりきまったのは、
Jリーグ全体がよほどお金にこまっているからだろうか。
わたしは特定のチームのコアなサポーターではなく、
毎週土曜日に放映される試合をたのしみにしている
あまり熱心ではないサッカーファンだ。
その程度のファンには、いそがしい2ステージ制よりも、
これまでの1ステージ制のほうがおちついてつきあえる。
どこが優勝するかもおもしろいけれど、
毎年恒例の熾烈な残留あらそいもまた
1ステージ制ならではのスリルだとおもう。
もっとも、わたしのように試合会場にでかけないファンは
Jリーグのソロバンからはずれるわけで、
今回の決定にはまったく考慮されていない存在なのだろう。
以前2ステージ制をとっていた時期もあったのだし、
サッカーのおもしろみがまったくちがってしまう暴挙ではないにしても、
ファン不在の今回の「改悪」は残念なニュースだった。
2013年09月21日
『モバイルハウス 三万円で家をつくる』(坂口恭平)生きるために必要なものはあんがいすくない
『モバイルハウス 三万円で家をつくる』(坂口恭平・集英社新書)
坂口さんの主張は、生活にかかせない家なのに、
その家を手にいれるのがものすごく困難なのはおかしくないか、
ということだ。
家をたてるために何千万円が必要なのは、
憲法第二十五条
「すべての国民は、健康で文化的な
最低限度の生活を営む権利を有する」
からみても憲法違反ではないか、という根源的な疑問だ。
路上生活者の家をみて、それこそが
自分がであいたいとおもっていた家であると坂口さんは直感する。
「それは、強く、居心地がよく、住む人にフィットした、
根源的な意味での『巣』だ」
おどろいたことに、その家のもちぬしの鈴木さんは、
まったくお金をかけずにその家をつくっている。
材料はゴミ置き場や工事現場からもらってくる。
クギはすべてひろったものだという。
しかし問題は、その家がたっているのが隅田川沿岸で、
東京都の所有地であり、不法占拠にあたることだ。
法的には河川法に違反していることになる。
鈴木さんは「追い出されたら、今度は
リアカーの上に家をつくろうと思っているよ」
という案をもっていた。
家と土地がくっついているから
土地の所有という問題がでてくるのであり、
移動できる家であれば不動産にならない。
坂口さんは『独立国家のつくりかた』(講談社現代新書)でも
・なぜ家はこんなに値段がたかいのか
・土地は所有できるものなのか
・そもそもお金がないと人間は生きていけないのか
という疑問から
「1人で、〇円で国をつく」ろうとこころみている。
モバイルハウスは、そのひとつの実践ともいえる。
坂口さんは、多摩川にすむべつの路上生活者の男性に
家のつくり方をならう。
すべてひろった材料でつくろうとすると、
寸法のちがう廃材ということになり
たくさん無駄がでる、というその師匠のアドバイスにしたがい、
材料はホームセンターでかうことにする。
2万6千円という材料代で3帖の家ができあがる。
電気はソーラーパネル、水道は公園の水、
ガスはカセットコンロ、トイレは公園と、
この家にすむかぎり、インフラにはほとんどお金がかからない。
坂口さんはこの家を吉祥寺の駐車場におき、
自分でもくらしてみるし、友だちにもつかってもらう。
大震災がおこったあとは、「モバイルハウス」のつよみをいかして
避難先の熊本に家をうつす。
モバイルハウスにくらす目的は、
これまで一般的にかんがえられてきた
「家」のかわりにつかうためではない。
「家の在り方をみつけること」
と坂口さんはとらえている。
モバイルハウスには3帖の空間に
ベッドと机があるだけだ。
これ以外になにが必要だろうか。
「実は何も(必要では)ないことに気付く」
「もちろん、ちょっと不便なことはたくさんある。
しかし、それは本当に不便なことなのか、
と考え直してみると、どれもそこまで
必要だというわけではないことばかりだった。
なぜなら、そのほとんどが都市にはすでに備わっているのだから」
公衆トイレ・公衆水場・図書館・コインランドリー
コンビニ・公園・ホテルのラウンジ・ファーストフード店、
これらとモバイルハウスをむすびつけた生活を坂口さんは
「一つ屋根の下の都市生活」ととらえている。
これまでそれぞれの家がはたしてきた機能を、
もっとひろく都市全体にひろげてかんがえている。
夏はあつく(エアコンも冷蔵庫もない)冬もさむいような家で、
いくらお金をかけずいにくらせるといっても、
たのしくつづける自信は、わたしにはない。
しかし、野宿にも通底する、
あるものですませようという精神が、
さまざまなしがらみからの自由を生みだすことを
すばらしいとおもう。
家や土地を所有するにはたくさんのお金が必要という、
これまでのおもいこみをとりはらい、
とにかくやってみようと行動にうつすことで
坂口さんは「生きる」ためには最低限なにが必要かをつかんでいく。
おおくのひとは、それがわからないから
いろんなことにまどわされるのだろう。
わたしが居心地よくくらすためにはなにが必要か。
数百冊の本とパソコンさえあれば、
あんがい機嫌よくくらせるような気がしてきた。
坂口さんの主張は、生活にかかせない家なのに、
その家を手にいれるのがものすごく困難なのはおかしくないか、
ということだ。
家をたてるために何千万円が必要なのは、
憲法第二十五条
「すべての国民は、健康で文化的な
最低限度の生活を営む権利を有する」
からみても憲法違反ではないか、という根源的な疑問だ。
路上生活者の家をみて、それこそが
自分がであいたいとおもっていた家であると坂口さんは直感する。
「それは、強く、居心地がよく、住む人にフィットした、
根源的な意味での『巣』だ」
おどろいたことに、その家のもちぬしの鈴木さんは、
まったくお金をかけずにその家をつくっている。
材料はゴミ置き場や工事現場からもらってくる。
クギはすべてひろったものだという。
しかし問題は、その家がたっているのが隅田川沿岸で、
東京都の所有地であり、不法占拠にあたることだ。
法的には河川法に違反していることになる。
鈴木さんは「追い出されたら、今度は
リアカーの上に家をつくろうと思っているよ」
という案をもっていた。
家と土地がくっついているから
土地の所有という問題がでてくるのであり、
移動できる家であれば不動産にならない。
坂口さんは『独立国家のつくりかた』(講談社現代新書)でも
・なぜ家はこんなに値段がたかいのか
・土地は所有できるものなのか
・そもそもお金がないと人間は生きていけないのか
という疑問から
「1人で、〇円で国をつく」ろうとこころみている。
モバイルハウスは、そのひとつの実践ともいえる。
坂口さんは、多摩川にすむべつの路上生活者の男性に
家のつくり方をならう。
すべてひろった材料でつくろうとすると、
寸法のちがう廃材ということになり
たくさん無駄がでる、というその師匠のアドバイスにしたがい、
材料はホームセンターでかうことにする。
2万6千円という材料代で3帖の家ができあがる。
電気はソーラーパネル、水道は公園の水、
ガスはカセットコンロ、トイレは公園と、
この家にすむかぎり、インフラにはほとんどお金がかからない。
坂口さんはこの家を吉祥寺の駐車場におき、
自分でもくらしてみるし、友だちにもつかってもらう。
大震災がおこったあとは、「モバイルハウス」のつよみをいかして
避難先の熊本に家をうつす。
モバイルハウスにくらす目的は、
これまで一般的にかんがえられてきた
「家」のかわりにつかうためではない。
「家の在り方をみつけること」
と坂口さんはとらえている。
モバイルハウスには3帖の空間に
ベッドと机があるだけだ。
これ以外になにが必要だろうか。
「実は何も(必要では)ないことに気付く」
「もちろん、ちょっと不便なことはたくさんある。
しかし、それは本当に不便なことなのか、
と考え直してみると、どれもそこまで
必要だというわけではないことばかりだった。
なぜなら、そのほとんどが都市にはすでに備わっているのだから」
公衆トイレ・公衆水場・図書館・コインランドリー
コンビニ・公園・ホテルのラウンジ・ファーストフード店、
これらとモバイルハウスをむすびつけた生活を坂口さんは
「一つ屋根の下の都市生活」ととらえている。
これまでそれぞれの家がはたしてきた機能を、
もっとひろく都市全体にひろげてかんがえている。
夏はあつく(エアコンも冷蔵庫もない)冬もさむいような家で、
いくらお金をかけずいにくらせるといっても、
たのしくつづける自信は、わたしにはない。
しかし、野宿にも通底する、
あるものですませようという精神が、
さまざまなしがらみからの自由を生みだすことを
すばらしいとおもう。
家や土地を所有するにはたくさんのお金が必要という、
これまでのおもいこみをとりはらい、
とにかくやってみようと行動にうつすことで
坂口さんは「生きる」ためには最低限なにが必要かをつかんでいく。
おおくのひとは、それがわからないから
いろんなことにまどわされるのだろう。
わたしが居心地よくくらすためにはなにが必要か。
数百冊の本とパソコンさえあれば、
あんがい機嫌よくくらせるような気がしてきた。
2013年09月20日
ジン・トニックがおしえてくれる夏のおわり
ジン・トニックがほしいうちはまだ夏、という
わたしにとって重要なことわざがある。
夏のおとずれとともに
ジン・トニックをからだがもとめるようになり、
この酒をのみながらねむりにつくのが夏の夜のお約束だ。
いちじはジンとライムをきらさないことが
かいものの目的にもなっている。
それが、秋のけはいがこゆくなると、
まるでつきものがおちたみたいに
みごとにジン・トニックへの欲求がきえる。
あんなにこの酒をほしがっていたは、
べつのひとみたいにおもえる。
別のいい方をすれば、
立秋だ、8月がおわった、なんていっても、
また、「朝晩のすずしさがちがってきましたね」なんていっても
ジン・トニックがおいしいうちは、
ほんとうの夏はまだおわっていない。
9月のあつさは「残暑」ではなく、まだ夏のうちなのであり、
台風がすぎ、虫の声がきこえるようになって、
ある日とつぜんに秋がやってくる。
秋はだんだんとはやってこない。
いちにちをさかいにして、空の雲やあたりの空気を
はっきりと「きのう」とはちがったものにかえて
季節が秋になってことをしらしめる。
そして、ほんとうに夏がおわったことを、
ジン・トニックによってわたしのからだにおしえてくれる。
その意味で、今年の夏のおわりは9月18日だった。
9月19日は30℃ちかくまで気温があがり、
まだまだひざしがつよかったけど、
この日が今年の秋のはじまりであり、
夏がまえの日の夜に、すでにおわっていたことが
わたしにはよくわかった。
おなじように、冬のおわりは
干し柿がほしくなくなったときといえる。
冬のあいだ、おやつやデザートとして
あんなにからだがもとめていた干し柿なのに、
ある日をさかいにプッツリとたべなくなる日がやってくる。
わたしにとっての冬は、
干し柿をたべたい時期と完全にイコールとなっている。
あるひとにとっての人生のおわりは
☓☓がほしくなくなったとき、
というのがあるだろうか。
それまでものすごく執着していたものに対し、
ある時期からさっぱりもとめなくなる。
きっとそれはおだやかな最期なのだろう。
それだけのエネルギーがなくなった、というよりも、
からだが自然に生物としての寿命を察知したのだ。
それが100歳や90歳という大往生でなくても、
そのひとにとって自然な最期といえるのではないか。
そのときをむかえるのが、こわいような、たのしみのような。
わたしにとって重要なことわざがある。
夏のおとずれとともに
ジン・トニックをからだがもとめるようになり、
この酒をのみながらねむりにつくのが夏の夜のお約束だ。
いちじはジンとライムをきらさないことが
かいものの目的にもなっている。
それが、秋のけはいがこゆくなると、
まるでつきものがおちたみたいに
みごとにジン・トニックへの欲求がきえる。
あんなにこの酒をほしがっていたは、
べつのひとみたいにおもえる。
別のいい方をすれば、
立秋だ、8月がおわった、なんていっても、
また、「朝晩のすずしさがちがってきましたね」なんていっても
ジン・トニックがおいしいうちは、
ほんとうの夏はまだおわっていない。
9月のあつさは「残暑」ではなく、まだ夏のうちなのであり、
台風がすぎ、虫の声がきこえるようになって、
ある日とつぜんに秋がやってくる。
秋はだんだんとはやってこない。
いちにちをさかいにして、空の雲やあたりの空気を
はっきりと「きのう」とはちがったものにかえて
季節が秋になってことをしらしめる。
そして、ほんとうに夏がおわったことを、
ジン・トニックによってわたしのからだにおしえてくれる。
その意味で、今年の夏のおわりは9月18日だった。
9月19日は30℃ちかくまで気温があがり、
まだまだひざしがつよかったけど、
この日が今年の秋のはじまりであり、
夏がまえの日の夜に、すでにおわっていたことが
わたしにはよくわかった。
おなじように、冬のおわりは
干し柿がほしくなくなったときといえる。
冬のあいだ、おやつやデザートとして
あんなにからだがもとめていた干し柿なのに、
ある日をさかいにプッツリとたべなくなる日がやってくる。
わたしにとっての冬は、
干し柿をたべたい時期と完全にイコールとなっている。
あるひとにとっての人生のおわりは
☓☓がほしくなくなったとき、
というのがあるだろうか。
それまでものすごく執着していたものに対し、
ある時期からさっぱりもとめなくなる。
きっとそれはおだやかな最期なのだろう。
それだけのエネルギーがなくなった、というよりも、
からだが自然に生物としての寿命を察知したのだ。
それが100歳や90歳という大往生でなくても、
そのひとにとって自然な最期といえるのではないか。
そのときをむかえるのが、こわいような、たのしみのような。
2013年09月19日
にぎり寿司のたべ方
いそがしい夏やすみをぶじおえることができ、
そのおいわいとして、スタッフでうちあげの会をもつ。
お寿司屋さんがやっている居酒屋みたいなお店にでかけ、
ヤキトリやサラダのほかに、並のにぎり寿司も注文した。
にぎり寿司のたべ方が、ひとによっていろいろなのにおどろいてしまった。
ネタをシャリからはがして醤油につけ、
それをまたシャリのうえにもどしてたべているひとがいる。
「かわったたべ方ですね」とひかえめに感想をいうと、
「これがただしいとテレビでいっていた」のだそうだ。
子どもっぽいたべかたでもうしわけない、
という反応を予想してたので、
彼女の強気な返答が意外だった。
決定的に「ただしい」たべ方がきまっていない以上、
どんなたべ方でもいいわけだから、その意味において
彼女はただしい。しかし・・・。
にぎり寿司のただしいたべ方が気になって
ネットをさがしてみた。
ただしいたべ方はなく、気らくにたべればよい、といいながら
かならずただしいたべ方がつづいてかいてあるところは、
まるでグルメの世界みたいだ。
「わたしはグルメではない。しかし・・・」
自分がいかにグルメではないかを力説しておいて、
でも、そのあとにかならずおすすめする店や料理が紹介される。
にぎり寿司もいっしょで、こうでなくてはならない、
というきまったたべ方はない、
としながらも、それぞれが自説をのべている。
そもそも、はしをつかうか、手でたべるかから
たべ方がわかれていて、醤油のつけ方になると
ショウガをつかえだの、うえから醤油をかける手もある、だの
さまざまな「ただしいたべ方」がのっている
(ピピのスタッフには醤油をつけないひともいた)。
すしをひっくりかえしてネタの部分を醤油につける、
というものがよく紹介されており、
ネタだけをはがして醤油をつける、というのは、
さすがに否定した論調のものがおおかった。
国民食とも、世界じゅうにひろがった
日本食の代表ともいえるにぎり寿司について、
こんなにたべ方がきまってないとはおもわなかった。
たとえば外国の回転すしで、日本人客のたべ方は
ただしいお手本として期待されているはずで、
日本人客はどんなたべ方を披露しているのだろうか。
あるいは、なんでもありだから
これほどまでにうけいれられた、ともいえるかもしれない。
ネタをはがして醤油につけようが、寿司のうえから醤油をかけようが、
完全にたべるひとの自由です、というのはたしかに楽だ。
わたしのたべ方は、高校のときの国語の教科書にのっていたものだ。
国語でにぎり寿司のたべ方をならった、というわけではなく、
だれかの随筆にかいてあったのが記憶にのこっていた。
文章のかき方としてはなにも身につかなかったのに、
寿司をたべるときの実用書として国語の教科書が役にたったのは
おもしろい経験だった。
その随筆にあったのは、
手で寿司をつまんだら、それを横にたおして
(90度ひっくりかえして)小皿の醤油につける。
というもので、
こうすると、醤油の小皿にシャリがのこらないので
きれいにたべられる、という。
たしかにこれで不自由したことはなく、
いちどだけほめられた経験がある。
ネタとシャリの両方に醤油がなじむし、
ネタがはがれることもない。
わたしとしてはおすすめするけれど、
もちろんにぎり寿司のたべ方は自由でいいとおもう。
目のまえのひとをギョッとさせるものでなければ。
そのおいわいとして、スタッフでうちあげの会をもつ。
お寿司屋さんがやっている居酒屋みたいなお店にでかけ、
ヤキトリやサラダのほかに、並のにぎり寿司も注文した。
にぎり寿司のたべ方が、ひとによっていろいろなのにおどろいてしまった。
ネタをシャリからはがして醤油につけ、
それをまたシャリのうえにもどしてたべているひとがいる。
「かわったたべ方ですね」とひかえめに感想をいうと、
「これがただしいとテレビでいっていた」のだそうだ。
子どもっぽいたべかたでもうしわけない、
という反応を予想してたので、
彼女の強気な返答が意外だった。
決定的に「ただしい」たべ方がきまっていない以上、
どんなたべ方でもいいわけだから、その意味において
彼女はただしい。しかし・・・。
にぎり寿司のただしいたべ方が気になって
ネットをさがしてみた。
ただしいたべ方はなく、気らくにたべればよい、といいながら
かならずただしいたべ方がつづいてかいてあるところは、
まるでグルメの世界みたいだ。
「わたしはグルメではない。しかし・・・」
自分がいかにグルメではないかを力説しておいて、
でも、そのあとにかならずおすすめする店や料理が紹介される。
にぎり寿司もいっしょで、こうでなくてはならない、
というきまったたべ方はない、
としながらも、それぞれが自説をのべている。
そもそも、はしをつかうか、手でたべるかから
たべ方がわかれていて、醤油のつけ方になると
ショウガをつかえだの、うえから醤油をかける手もある、だの
さまざまな「ただしいたべ方」がのっている
(ピピのスタッフには醤油をつけないひともいた)。
すしをひっくりかえしてネタの部分を醤油につける、
というものがよく紹介されており、
ネタだけをはがして醤油をつける、というのは、
さすがに否定した論調のものがおおかった。
国民食とも、世界じゅうにひろがった
日本食の代表ともいえるにぎり寿司について、
こんなにたべ方がきまってないとはおもわなかった。
たとえば外国の回転すしで、日本人客のたべ方は
ただしいお手本として期待されているはずで、
日本人客はどんなたべ方を披露しているのだろうか。
あるいは、なんでもありだから
これほどまでにうけいれられた、ともいえるかもしれない。
ネタをはがして醤油につけようが、寿司のうえから醤油をかけようが、
完全にたべるひとの自由です、というのはたしかに楽だ。
わたしのたべ方は、高校のときの国語の教科書にのっていたものだ。
国語でにぎり寿司のたべ方をならった、というわけではなく、
だれかの随筆にかいてあったのが記憶にのこっていた。
文章のかき方としてはなにも身につかなかったのに、
寿司をたべるときの実用書として国語の教科書が役にたったのは
おもしろい経験だった。
その随筆にあったのは、
手で寿司をつまんだら、それを横にたおして
(90度ひっくりかえして)小皿の醤油につける。
というもので、
こうすると、醤油の小皿にシャリがのこらないので
きれいにたべられる、という。
たしかにこれで不自由したことはなく、
いちどだけほめられた経験がある。
ネタとシャリの両方に醤油がなじむし、
ネタがはがれることもない。
わたしとしてはおすすめするけれど、
もちろんにぎり寿司のたべ方は自由でいいとおもう。
目のまえのひとをギョッとさせるものでなければ。
2013年09月18日
2どめの『風立ちぬ』
ずいぶんまえのブログに、
2どめからがほんとうの理解かも、
というようなことをかいたことがある。
2どめに体験する映画や読書が、
最初の印象とまるでちがうことがおおく、
1どめはいったいどこをみていたのかと
唖然としてしまうことがあるからだ。
10日という間隔で2どめの『風立ちぬ』をみた。
今回は、配偶者をさそい、日曜日の朝いちばんの上映をえらぶ。
30人ほどのお客さんで、親につれられた子どもが2人いた。
2人とも通路をはしることなく、さいごまでおとなしくみていた。
結論からいえば、2どめの『風立ちぬ』は、
さいしょにみた感想と、
そうおおきくかわるものではなかった。
ながい間隔をおくから2どめのときに
記憶とまったくちがう印象をもつのであり、
たった10日という間隔では
感想がかわらなくてあたりまえだろう。
2どめの今回のほうが、おちついて映画をみることができた。
前回は、『風立ちぬ』をようやくみるということで、
ちょっとした興奮状態にあり、
すべてを目にやきつけ、それを理解しようとした。
そのせいか、作品全体をみとおす余裕がなく、
気づいたらラストだった、というかんじだ。
おおざっぱにいってしまうと、
前回は飛行機をつくるという二郎の夢として、
今回は二郎と菜穂子の恋愛を中心に作品をみていた。
「あれがきみのゼロかね」と、カプローニ伯爵が
二郎の設計したゼロ戦をほめる。
ゼロ戦は、うつくしいラインをえがき、すべるようにとんでいく。
ひとが操縦しているというより、
まるで空を自由にとぶ鳥みたいだ。
二郎は効率のいい殺戮兵器をうみだす仕事がしたかったのではない。
うつくしい飛行機をつくるという夢にむかいつづけた10年だった。
二郎は菜穂子につきそわず、仕事をつづけようときめる。
そのことが、どれだけ二郎をくるしめていたか
今回はよくわかった。
妹に「菜穂子さんをどうするつもり!」と非難されても
二郎は飛行機づくりからはなれない。
これはふたりできめたことなのだ。
のこされたすくない時間を、
覚悟しながら大切に生きるしかなかった。
こまかいところでは、あまりおおくをかたらない
二郎のはなしかたをこのましくおもった。
菜穂子のお父さんに二郎が、ふきとばされたパラソルをわたす。
「ではこれで」
ほんのみじかいあいさつだけだ。
だらだらおしゃべりをつづけるのではなく、
愛想がないくらいすぐにきりあげるのが、
むかしふうでいいかんじだ。
二郎も、菜穂子のお父さんも、淡々としている。
ほかの場面でも、二郎は相手が歳うえだからといって
とくべつかまえることはないし、
職場の上司にたいしても卑屈な態度はとらない。
自分のやることに自信をもち、
ものごとに執着しないひとのふるまいとは
こういうものなのか。
とはいえ、駄菓子屋さんで、
「シベリアを2つおくれ」
「おくれ」ということばづかいにひっかかる。
「ください」のほうがわたしには丁寧におもえる。
むかしの関東地方では、こういういい方が
ふつうにされていたのだろうか。
配偶者に映画の感想をたずねると、
「実写にすればよかったのに」
といっていた。
たしかに実写のようなリアルな画面がそうおもわせる。
しかし、大正・昭和のひとたちの表情やたちふるまいを、
いまの役者さんが再現できるだろうか。
ちょうど予告のCMとして『永遠の0』が上映のまえにうつされた。
ゼロ戦がとび、戦艦がしずんでいく。
この作品は、時代の空気をどれだけ再現できたのだろう。
CGを駆使しても、すべてが可能になるわけではない。
宮崎駿さんが、いまのわかいアニメーターには
日本の自然がかけない、といっていた。
みたことがなければ、体験したことがなければ、
説得力のある絵はかけないそうだ。
えんじることも、かくこともできなくなったいまの人間にとって、
『風立ちぬ』は日本の近代をリアルにえがき、
当時の空気はつたえるさいごの作品なのかもしれない。
2どめからがほんとうの理解かも、
というようなことをかいたことがある。
2どめに体験する映画や読書が、
最初の印象とまるでちがうことがおおく、
1どめはいったいどこをみていたのかと
唖然としてしまうことがあるからだ。
10日という間隔で2どめの『風立ちぬ』をみた。
今回は、配偶者をさそい、日曜日の朝いちばんの上映をえらぶ。
30人ほどのお客さんで、親につれられた子どもが2人いた。
2人とも通路をはしることなく、さいごまでおとなしくみていた。
結論からいえば、2どめの『風立ちぬ』は、
さいしょにみた感想と、
そうおおきくかわるものではなかった。
ながい間隔をおくから2どめのときに
記憶とまったくちがう印象をもつのであり、
たった10日という間隔では
感想がかわらなくてあたりまえだろう。
2どめの今回のほうが、おちついて映画をみることができた。
前回は、『風立ちぬ』をようやくみるということで、
ちょっとした興奮状態にあり、
すべてを目にやきつけ、それを理解しようとした。
そのせいか、作品全体をみとおす余裕がなく、
気づいたらラストだった、というかんじだ。
おおざっぱにいってしまうと、
前回は飛行機をつくるという二郎の夢として、
今回は二郎と菜穂子の恋愛を中心に作品をみていた。
「あれがきみのゼロかね」と、カプローニ伯爵が
二郎の設計したゼロ戦をほめる。
ゼロ戦は、うつくしいラインをえがき、すべるようにとんでいく。
ひとが操縦しているというより、
まるで空を自由にとぶ鳥みたいだ。
二郎は効率のいい殺戮兵器をうみだす仕事がしたかったのではない。
うつくしい飛行機をつくるという夢にむかいつづけた10年だった。
二郎は菜穂子につきそわず、仕事をつづけようときめる。
そのことが、どれだけ二郎をくるしめていたか
今回はよくわかった。
妹に「菜穂子さんをどうするつもり!」と非難されても
二郎は飛行機づくりからはなれない。
これはふたりできめたことなのだ。
のこされたすくない時間を、
覚悟しながら大切に生きるしかなかった。
こまかいところでは、あまりおおくをかたらない
二郎のはなしかたをこのましくおもった。
菜穂子のお父さんに二郎が、ふきとばされたパラソルをわたす。
「ではこれで」
ほんのみじかいあいさつだけだ。
だらだらおしゃべりをつづけるのではなく、
愛想がないくらいすぐにきりあげるのが、
むかしふうでいいかんじだ。
二郎も、菜穂子のお父さんも、淡々としている。
ほかの場面でも、二郎は相手が歳うえだからといって
とくべつかまえることはないし、
職場の上司にたいしても卑屈な態度はとらない。
自分のやることに自信をもち、
ものごとに執着しないひとのふるまいとは
こういうものなのか。
とはいえ、駄菓子屋さんで、
「シベリアを2つおくれ」
「おくれ」ということばづかいにひっかかる。
「ください」のほうがわたしには丁寧におもえる。
むかしの関東地方では、こういういい方が
ふつうにされていたのだろうか。
配偶者に映画の感想をたずねると、
「実写にすればよかったのに」
といっていた。
たしかに実写のようなリアルな画面がそうおもわせる。
しかし、大正・昭和のひとたちの表情やたちふるまいを、
いまの役者さんが再現できるだろうか。
ちょうど予告のCMとして『永遠の0』が上映のまえにうつされた。
ゼロ戦がとび、戦艦がしずんでいく。
この作品は、時代の空気をどれだけ再現できたのだろう。
CGを駆使しても、すべてが可能になるわけではない。
宮崎駿さんが、いまのわかいアニメーターには
日本の自然がかけない、といっていた。
みたことがなければ、体験したことがなければ、
説得力のある絵はかけないそうだ。
えんじることも、かくこともできなくなったいまの人間にとって、
『風立ちぬ』は日本の近代をリアルにえがき、
当時の空気はつたえるさいごの作品なのかもしれない。
2013年09月17日
『鷹の爪Go〜美しきエリエール消臭プラス』
『鷹の爪Go〜美しきエリエール消臭プラス』
率直にいって、3作目のやきなおしみたいなかんじで新鮮味がない。
劇場版でおなじみの「バジェットゲージ」と
「プロダクト・プレイスメント」もいまさらというかんじで
ちょっとくるしい。
とくに「プロダクト・プレイスメント」は
映画のながれをかんぜんにきってしまうので、
とうとつに甲府市や松江市の宣伝がはいっても
そうはたのしめない。
ここらへんは「鷹の爪」のむつかしいところだ。
フラッシュアニメのチープさをそのままにして、
マイナー路線をまもりつつ大衆うけをねらい、
これまでの設定をいかしながら、
「あたらしい」作品をつくるという、
相反する条件をクリアーしなければ
自分たちの首をしめることになる。
きゅうに絵がうまくなったり、
うごきがなめらかになったりしては、
「鷹の爪」でなくなってしまうのだ。
オープニングはよかった。
「安全にみていただくためのビデオ」で、
アテンダント姿の吉田くんが劇場版のルールについて
テキトーな説明をする。
ところどころに機内っぽい「注意」がまじり、
つい素直にききながしてると、
「だれですか?本気でさがしたのは」とつっこまれる。
本編でも、ちりばめられているギャグ
(おもに吉田くんのボケ)にはわらえるが、
(「島根をバカにしていいのは鳥取だけだぞ!」とか)
ストーリーが関係してくると、とたんにギクシャクしてしまう。
とりわけ、オキテマス=スマイルとヨルニーがでてくるとリズムがわるくなる。
ゴゴゴ星の元総司令官だけど、いまはおちぶれた氷管理責任者、と
いうくらいの設定ではそんなにひっぱれない。
今回は、フィリップにセリフがおおかったのも
リズムをくずした原因かもしれない。
彼がはなすと、どうしても「なめらかに」、というわけにはいかない。
フィリップファンにはおすすめの作品だけど。
好感がもてたのは、ゴゴゴ星をかくときの手ぬき画像だ。
ゴゴゴ星はネマール人に征服されてしまい、
いいかげんなキャラクターデザインと背景の星になってしまった。
侵略された民族のかなしさがにじみでる。
射殺されるために中庭にあつめられると、
そこはなんだかほんとうに中学校の中庭みたいで、
バスケットのゴールまでおいたあった。
この精神こそが「鷹の爪」が「鷹の爪」であるための
よりどころだろう。
わたしが劇場にいったのは平日の夜レイトショーで
50名ほどのお客さんがはいっていた。
お客さんの反応はそんなに敏感だったわけではなく、
ところどころでわらいがおこる程度だ。
3年前に3作目をみたときには、お客さんが3人と、
そのときはさすがにさみしかった。
9月20日までに劇場におとずれたお客には
DVDがプレゼントされる。
これが劇場版の6をかねているというからややこしい。
島根以外のファンはちょっとひいてしまいそうな内容だ。
かきわすれていたけど、エンディングはとてもよかった。
ラストの意外性もわるくなかったので、
花火大会みたいに最初と最後の5分ずつをもりあげて、
つじつまをあわせた作品とまとめることができる。
とはいえ、すごくたのしみにしていたので、
もうひとつのりきれなかったというのが本音だ。
率直にいって、3作目のやきなおしみたいなかんじで新鮮味がない。
劇場版でおなじみの「バジェットゲージ」と
「プロダクト・プレイスメント」もいまさらというかんじで
ちょっとくるしい。
とくに「プロダクト・プレイスメント」は
映画のながれをかんぜんにきってしまうので、
とうとつに甲府市や松江市の宣伝がはいっても
そうはたのしめない。
ここらへんは「鷹の爪」のむつかしいところだ。
フラッシュアニメのチープさをそのままにして、
マイナー路線をまもりつつ大衆うけをねらい、
これまでの設定をいかしながら、
「あたらしい」作品をつくるという、
相反する条件をクリアーしなければ
自分たちの首をしめることになる。
きゅうに絵がうまくなったり、
うごきがなめらかになったりしては、
「鷹の爪」でなくなってしまうのだ。
オープニングはよかった。
「安全にみていただくためのビデオ」で、
アテンダント姿の吉田くんが劇場版のルールについて
テキトーな説明をする。
ところどころに機内っぽい「注意」がまじり、
つい素直にききながしてると、
「だれですか?本気でさがしたのは」とつっこまれる。
本編でも、ちりばめられているギャグ
(おもに吉田くんのボケ)にはわらえるが、
(「島根をバカにしていいのは鳥取だけだぞ!」とか)
ストーリーが関係してくると、とたんにギクシャクしてしまう。
とりわけ、オキテマス=スマイルとヨルニーがでてくるとリズムがわるくなる。
ゴゴゴ星の元総司令官だけど、いまはおちぶれた氷管理責任者、と
いうくらいの設定ではそんなにひっぱれない。
今回は、フィリップにセリフがおおかったのも
リズムをくずした原因かもしれない。
彼がはなすと、どうしても「なめらかに」、というわけにはいかない。
フィリップファンにはおすすめの作品だけど。
好感がもてたのは、ゴゴゴ星をかくときの手ぬき画像だ。
ゴゴゴ星はネマール人に征服されてしまい、
いいかげんなキャラクターデザインと背景の星になってしまった。
侵略された民族のかなしさがにじみでる。
射殺されるために中庭にあつめられると、
そこはなんだかほんとうに中学校の中庭みたいで、
バスケットのゴールまでおいたあった。
この精神こそが「鷹の爪」が「鷹の爪」であるための
よりどころだろう。
わたしが劇場にいったのは平日の夜レイトショーで
50名ほどのお客さんがはいっていた。
お客さんの反応はそんなに敏感だったわけではなく、
ところどころでわらいがおこる程度だ。
3年前に3作目をみたときには、お客さんが3人と、
そのときはさすがにさみしかった。
9月20日までに劇場におとずれたお客には
DVDがプレゼントされる。
これが劇場版の6をかねているというからややこしい。
島根以外のファンはちょっとひいてしまいそうな内容だ。
かきわすれていたけど、エンディングはとてもよかった。
ラストの意外性もわるくなかったので、
花火大会みたいに最初と最後の5分ずつをもりあげて、
つじつまをあわせた作品とまとめることができる。
とはいえ、すごくたのしみにしていたので、
もうひとつのりきれなかったというのが本音だ。
2013年09月16日
『歩く旅の本』(福元ひろこ) すべての出来事はつながっている
『歩く旅の本』(福元ひろこ・東洋出版)
タイトルと表紙にひかれて注文する。
熊野古道を12日かけてあるいた記録で、
「熊野古道」はひとつのコースではなく、
5つの道の総称なのだそうだ。
福元さんはそのうちの「伊勢路」をあるくことにきめる。
伊勢神宮から熊野大社をつなぐ道だ。
あるく旅、というから野宿をするのかとおもっていたら、
熊野古道をめぐる旅行者むけの宿をつかうのだった。
別冊として「伊勢路」と「中辺路」のイラストマップがついているし、
本のおわりには神社や宿の連絡先までのっているので、
じっさいに自分でも熊野古道をあるいてみたいひとには
実用書としての価値もたかい。
はじめてよむ作者の本は、自分にあう価値観と文章かどうかを
心配しながらよみすすめる。
内容がよければ、たしょうへんな文章でも我慢できるけど、
それにしても限界はある。
女性のかく旅行記のなかには、
たいしたことをしてるわけでもないのに
自意識過剰ではなもちならない本がときどきある。
この本はどうだろうか。
福元さんは2年まえに、スペインのサンティアゴ巡礼路をあるいている。
そのときの体験からあるく旅のたのしさをつたえたくなったのだそうだ。
そのわりには、さみしそうな道や難所にさしかかると
びびりまくり、しりあいに電話をいれている。
グチをきいてもらったり、なぐさめてもらったり、
iPhoneのグーグルマップで情報を得たりと、
よんでいるかぎりでは、けっこう軟弱な旅行者だ。
そんなひとでもあるく旅はできる、と
自分のよわさもすべてさらけだしているともいえる。
福元さんのひとがら、そして女性ということがあるのだろう、
いくさきざきで、であうひとたちからすごく親切にされている。
それまでにあったこともない
友だちの友だちにたすけられることもおおい。
それがまたつぎのであいをはこんでくれる。
福元さんがくりかえし強調しているのは、
「すべての出逢いはつながっている」ということだ。
「2年前あの道を歩かなかったら
いま私は熊野古道を歩いていないわけで。
私の中では確実にこのふたつはつながっている。
でもそれを言ったら、カミーノに行こうと思ったのは、
3年前のアレがきっかけなわけで、そんなアレは・・・、
と要するに、子どもの頃からいまに至るまで、
すべての出来事、すべての出逢いは
全部つながっているってことか」
そして、そのであいはだれかが(たぶん神さま)
アレンジしてくれているので、
わたしたちはなにも心配しなくていい。
「ご縁がある場所には無理しなくても
自然と行けるようになっている。
行けないときはそのときは行くときじゃないということ。
だから執着する必要はない」
スペインを巡礼しているとき、
ある修道士さんにいわれたそうだ。
「あなたたちは何も準備をする必要はありません。
神様がすべて用意してくださるから、
何も心配はいりません」
本の構成は、いちにちごとに章がたてられ、
「今日のひとこと」がさいごにかたられている。
・「いつでもやめていい」と思うと
逆にもう少しがんばろう、と思える。
・恐れに支配されると道を間違える。
・皆ほんとはいい人。
だから人のいい部分だけを見てればいい。
・替えのズボンはやっぱり必要。
といった、その日にえた教訓やかんじたことがおおく、
ささいなこともあれば、
・決められないときは決めなくていい。
なんてすばらしい発見のときもある。
あるいているときに、福元さんはなにをかんがえているか。
「たいしたことはほとんど考えなかった」
というのがじっさいらしい。
「最初の頃は歩くのに必死であまり複雑なことを考えられないし、
慣れてきてからは自分のリズムで歩くのが心地よく、
歩いているその瞬間に一体化してしまう。(中略)
そんな中、しいて考えることといったら
『今日のお昼ご飯は何食べようかな』とか
『今日の宿は綺麗かな。綺麗だといいな』とかそのくらい」(中略)
でも、この『考えない』とか『どうでもよいこと
(軽いこと)しか考えない』というのは、
実は偉大なことだと思う。(中略)
未来のことや過去のことなんてどうでもよくて、
『いま』だけに意識が集中する。
そして、思考よりも『感覚』が敏感になる」
あるくのがすごくたのしそうなので、
自分でもながい距離をあるく旅がしてみたくなってきた。
自転車もいいけど、コースさえよければ
(ヒマラヤのトレッキングみたいなものか)
あるく旅も魅力的な旅行スタイルだ。
いくかいかないかは、さすがに神さまがきめてはくれないので、
わたしののこり時間と相談しながら計画してみたい。
タイトルと表紙にひかれて注文する。
熊野古道を12日かけてあるいた記録で、
「熊野古道」はひとつのコースではなく、
5つの道の総称なのだそうだ。
福元さんはそのうちの「伊勢路」をあるくことにきめる。
伊勢神宮から熊野大社をつなぐ道だ。
あるく旅、というから野宿をするのかとおもっていたら、
熊野古道をめぐる旅行者むけの宿をつかうのだった。
別冊として「伊勢路」と「中辺路」のイラストマップがついているし、
本のおわりには神社や宿の連絡先までのっているので、
じっさいに自分でも熊野古道をあるいてみたいひとには
実用書としての価値もたかい。
はじめてよむ作者の本は、自分にあう価値観と文章かどうかを
心配しながらよみすすめる。
内容がよければ、たしょうへんな文章でも我慢できるけど、
それにしても限界はある。
女性のかく旅行記のなかには、
たいしたことをしてるわけでもないのに
自意識過剰ではなもちならない本がときどきある。
この本はどうだろうか。
福元さんは2年まえに、スペインのサンティアゴ巡礼路をあるいている。
そのときの体験からあるく旅のたのしさをつたえたくなったのだそうだ。
そのわりには、さみしそうな道や難所にさしかかると
びびりまくり、しりあいに電話をいれている。
グチをきいてもらったり、なぐさめてもらったり、
iPhoneのグーグルマップで情報を得たりと、
よんでいるかぎりでは、けっこう軟弱な旅行者だ。
そんなひとでもあるく旅はできる、と
自分のよわさもすべてさらけだしているともいえる。
福元さんのひとがら、そして女性ということがあるのだろう、
いくさきざきで、であうひとたちからすごく親切にされている。
それまでにあったこともない
友だちの友だちにたすけられることもおおい。
それがまたつぎのであいをはこんでくれる。
福元さんがくりかえし強調しているのは、
「すべての出逢いはつながっている」ということだ。
「2年前あの道を歩かなかったら
いま私は熊野古道を歩いていないわけで。
私の中では確実にこのふたつはつながっている。
でもそれを言ったら、カミーノに行こうと思ったのは、
3年前のアレがきっかけなわけで、そんなアレは・・・、
と要するに、子どもの頃からいまに至るまで、
すべての出来事、すべての出逢いは
全部つながっているってことか」
そして、そのであいはだれかが(たぶん神さま)
アレンジしてくれているので、
わたしたちはなにも心配しなくていい。
「ご縁がある場所には無理しなくても
自然と行けるようになっている。
行けないときはそのときは行くときじゃないということ。
だから執着する必要はない」
スペインを巡礼しているとき、
ある修道士さんにいわれたそうだ。
「あなたたちは何も準備をする必要はありません。
神様がすべて用意してくださるから、
何も心配はいりません」
本の構成は、いちにちごとに章がたてられ、
「今日のひとこと」がさいごにかたられている。
・「いつでもやめていい」と思うと
逆にもう少しがんばろう、と思える。
・恐れに支配されると道を間違える。
・皆ほんとはいい人。
だから人のいい部分だけを見てればいい。
・替えのズボンはやっぱり必要。
といった、その日にえた教訓やかんじたことがおおく、
ささいなこともあれば、
・決められないときは決めなくていい。
なんてすばらしい発見のときもある。
あるいているときに、福元さんはなにをかんがえているか。
「たいしたことはほとんど考えなかった」
というのがじっさいらしい。
「最初の頃は歩くのに必死であまり複雑なことを考えられないし、
慣れてきてからは自分のリズムで歩くのが心地よく、
歩いているその瞬間に一体化してしまう。(中略)
そんな中、しいて考えることといったら
『今日のお昼ご飯は何食べようかな』とか
『今日の宿は綺麗かな。綺麗だといいな』とかそのくらい」(中略)
でも、この『考えない』とか『どうでもよいこと
(軽いこと)しか考えない』というのは、
実は偉大なことだと思う。(中略)
未来のことや過去のことなんてどうでもよくて、
『いま』だけに意識が集中する。
そして、思考よりも『感覚』が敏感になる」
あるくのがすごくたのしそうなので、
自分でもながい距離をあるく旅がしてみたくなってきた。
自転車もいいけど、コースさえよければ
(ヒマラヤのトレッキングみたいなものか)
あるく旅も魅力的な旅行スタイルだ。
いくかいかないかは、さすがに神さまがきめてはくれないので、
わたしののこり時間と相談しながら計画してみたい。
2013年09月15日
オリンピックの準備を7年前からはじめる日本の独自性
ラジオのニュースで2020年開催がきまった東京オリンピックについて、
7年後にむけて競技会場の整備がはじまったことをつたえていた。
テニスコートを整備して、客席をふやすこと。
夏のあつさにもまけない芝生を数年かけてそだてること。
晴美埠頭で爆発物がみつかったという想定での訓練。
開催がきまったばかりで、
まだ7年もあるのにもう準備をはじめるなんて、
日本人はなんて勤勉なんだろう。
こんなにはやくテロ対策をされると、
テロ組織だってさすがにこころがおれるだろう。
なにかの冗談だとおもったかもしれない。
むかしから、前回大会の1964年大会のときから
日本はこうだったのだろうか。
オリンピック委員会が日本をえらぶわけだ。
まだ7年もさき、という発想がよくないのだろう。
7年後なんてあっという間にやってくる。
夏やすみの宿題とおんなじだ。
ブラジルのひとたちも、きっとそうおもったのだとおもう。
きっとあの国では開催がきまったときに
ものすごくもりあがっておいて、
じっさいの準備にはなかなかとりかからなかったのではないか。
わたしはどっちかというと
ブラジル型の「テキトー」にひかれるけど、
じっさいにそののんびりさの被害にあえば
日本的な勤勉さがなつかしくなるのだろう。
間にあわなければ恥だ、
選手にはずかしいおもいはさせられない、
という日本的な価値観は、
わたしにも骨の髄までしみついているとおもう。
奥田英朗の『オリンピックの身代金』には、
東京オリンピックの開催にむけ、地方からでてきた労働者が
過酷な突貫工事にかりだされるようすがえがかれている。
ブラジルのひとがこの本をよんだら、
どんな感想がでてくるだろう。
こんなにもちがった反応がでるのは
日本人のオリンピックずきとも関係がありそうだ。
べつのニュースとして、国土交通省が道路案内標識について
ローマ字表記をとりやめ、英語に統一すると発表した。
これもきっとオリンピックの準備に関係するうごきだろう。
この変更で、「Eki」は「Sta.」に、
「Dori(通り)」は「Ave.」へと、
かえられることになる。
「☓☓通り」を「☓☓Dori」なんてかかれたら、
だれだってわからない。
そもそもこの案内標識は、
だれの便利をかんがえてしめされていたのだろう。
標識は、日本語とアルファベットの両方で表記することが
省令できまっており、
現在はローマ字と英語がいりまじっている。
どちらにするかは自治体にゆだねられているのだそうだ。
「外国人から『ローマ字表記はわかりづらい』と苦情がでていた」
というけれど、「外国人」って、だれのことなのだろう。
ローマ字は、アルファベットをつかって日本語をかくしくみだ。
ある特定の外国人にわかりにくいからといって、
ひとつの言語に統一してしまうのはずいぶん乱暴な判断である。
英語だけを特別あつかいする、なにか理由があるのだろうか。
こういうときにこそ、右翼の方々にがんばって
日本語をまもってもらいたい。
民族学博物館の館長として、梅棹忠夫氏は、
館内の標識に英語をとりいれようとするひとたちにたいし、
「アメリカの博物館が標識として日本語をとりいれますか?」
とはねのけたという。当然の判断である。
オリンピックの準備をつたえるニュースに
外国のひとびとはおどろいたにちがいない。
7年前から準備をすすめようとする国が、
世界のなかにはあったのだ。
この日本の独自性が、欧米だけの顔色をうかがうのではなく、
いいかたちで発揮されることをねがっている。
7年後にむけて競技会場の整備がはじまったことをつたえていた。
テニスコートを整備して、客席をふやすこと。
夏のあつさにもまけない芝生を数年かけてそだてること。
晴美埠頭で爆発物がみつかったという想定での訓練。
開催がきまったばかりで、
まだ7年もあるのにもう準備をはじめるなんて、
日本人はなんて勤勉なんだろう。
こんなにはやくテロ対策をされると、
テロ組織だってさすがにこころがおれるだろう。
なにかの冗談だとおもったかもしれない。
むかしから、前回大会の1964年大会のときから
日本はこうだったのだろうか。
オリンピック委員会が日本をえらぶわけだ。
まだ7年もさき、という発想がよくないのだろう。
7年後なんてあっという間にやってくる。
夏やすみの宿題とおんなじだ。
ブラジルのひとたちも、きっとそうおもったのだとおもう。
きっとあの国では開催がきまったときに
ものすごくもりあがっておいて、
じっさいの準備にはなかなかとりかからなかったのではないか。
わたしはどっちかというと
ブラジル型の「テキトー」にひかれるけど、
じっさいにそののんびりさの被害にあえば
日本的な勤勉さがなつかしくなるのだろう。
間にあわなければ恥だ、
選手にはずかしいおもいはさせられない、
という日本的な価値観は、
わたしにも骨の髄までしみついているとおもう。
奥田英朗の『オリンピックの身代金』には、
東京オリンピックの開催にむけ、地方からでてきた労働者が
過酷な突貫工事にかりだされるようすがえがかれている。
ブラジルのひとがこの本をよんだら、
どんな感想がでてくるだろう。
こんなにもちがった反応がでるのは
日本人のオリンピックずきとも関係がありそうだ。
べつのニュースとして、国土交通省が道路案内標識について
ローマ字表記をとりやめ、英語に統一すると発表した。
これもきっとオリンピックの準備に関係するうごきだろう。
この変更で、「Eki」は「Sta.」に、
「Dori(通り)」は「Ave.」へと、
かえられることになる。
「☓☓通り」を「☓☓Dori」なんてかかれたら、
だれだってわからない。
そもそもこの案内標識は、
だれの便利をかんがえてしめされていたのだろう。
標識は、日本語とアルファベットの両方で表記することが
省令できまっており、
現在はローマ字と英語がいりまじっている。
どちらにするかは自治体にゆだねられているのだそうだ。
「外国人から『ローマ字表記はわかりづらい』と苦情がでていた」
というけれど、「外国人」って、だれのことなのだろう。
ローマ字は、アルファベットをつかって日本語をかくしくみだ。
ある特定の外国人にわかりにくいからといって、
ひとつの言語に統一してしまうのはずいぶん乱暴な判断である。
英語だけを特別あつかいする、なにか理由があるのだろうか。
こういうときにこそ、右翼の方々にがんばって
日本語をまもってもらいたい。
民族学博物館の館長として、梅棹忠夫氏は、
館内の標識に英語をとりいれようとするひとたちにたいし、
「アメリカの博物館が標識として日本語をとりいれますか?」
とはねのけたという。当然の判断である。
オリンピックの準備をつたえるニュースに
外国のひとびとはおどろいたにちがいない。
7年前から準備をすすめようとする国が、
世界のなかにはあったのだ。
この日本の独自性が、欧米だけの顔色をうかがうのではなく、
いいかたちで発揮されることをねがっている。
2013年09月14日
『醤油と薔薇の日々』(小倉千加子)夫に媚びる妻のさきがけ
『醤油と薔薇の日々』(小倉千加子・いそっぷ社)
若妻の安田成美が、帰宅した夫に
「薔薇っていう字、書ける?」とたずねる
キッコウーマンのCMがあったそうだ。
おおくの女性がこのCMに嫌悪感をもった、
というところから本書ははじまっている。
なかでも姫野カオルコさんがこのCMについて
『ダ・カーポ』271号によせた文がすごい。
「『なんか(顔に)ついてる?』と無垢な(無垢を装った)表情で尋ね、
『へんなの・・・』とクスッとはにかむCMを見たとき、
私は全身に鳥肌がたち胃液が逆流してくるのを感じた」
というからかなりの拒否反応だ。
小倉さんは女性たちの嫌悪感について、その理由をこう分析している。
「妻の夫に対する媚を描いた」から。
未婚の女が未婚の男に媚をうるCMに、
テレビをみている女性は反応しない。
「媚でも何でも使える武器は全部使って
経済的安定を手に入れるしかない」
とわかっているからだ。
しかし安田成美のCMは、
「結婚してもまだ媚びようとしている妻」をみせるものだった。
「結婚してもなお、夫への媚というサービスが控えているなんてうんざり」
というのがこの嫌悪感というから
女性たちが結婚と男にむける絶望はふかい。
「夫と対等っぽいポーズをとりながら
全面的に夫に依存し、甘え、ゲーム性を演出する」
というめんどくさいサービスなんてまっぴらなのだ。
小倉さんはここでもういちどCMをおさらいする。
「亭主が帰宅すると、女房は料理をしている。
振り向きざま、『ねえ、薔薇っていう字、書ける?
私、書けるんだよ』と指で宙に漢字を書く。
続けて曰く
「醤油っていう字、書ける?」
と口をとがらせて自慢する女房」
わたしはこのCMをみていないが、
わたしにとってこの演技(むかしなら「ぶりっ子」といった)は
ストレスであり、イライラさせられる。
こんな「ゴッコ」をみせられたら、にげだしたくなるだろう。
男は、こういう妻をかわいいとおもうのか。
そうおもえないからわたしはどういう男なのか。
もっとも、もともと安田成美にたいして
いいイメージをもっていないのも原因かもしれない。
そのむかし、安田成美は「風の谷のナウシカ」のイメージガールとして、
作品とはなんの関係もないのに映画公開のときにしゃしゃりでてきた。
そのちゃっかりしたところがハナにつき、
(安田成美がわるいのではなく、起用したほうがわるいのだけど)
生理的にうけつけなくなった。
このキッコーマンのCMをはじまりとして
おなじようなメッセージをのせたCMが
いくつもつくられたという。
理想とされる妻が、結婚してまで
夫に媚びなければならないのであれば、
女性にとって家でも仕事がつづくことを意味する。
「良識はあっても常識のない人には住む場所がない」(小倉)
このようなCMが支持される価値観は
非婚・晩婚化のながれを加速させた要因ともいえる。
結婚をえらばない生き方の芽が
こんなところにもかくされていたことにおどろかされた。
「夫が会社から帰ると、そこには一個の花園がある。
結婚生活の薔薇化が進行している」
と小倉さんはむすんでいる。
良識のある女性には、たまらない花園だろう。
若妻の安田成美が、帰宅した夫に
「薔薇っていう字、書ける?」とたずねる
キッコウーマンのCMがあったそうだ。
おおくの女性がこのCMに嫌悪感をもった、
というところから本書ははじまっている。
なかでも姫野カオルコさんがこのCMについて
『ダ・カーポ』271号によせた文がすごい。
「『なんか(顔に)ついてる?』と無垢な(無垢を装った)表情で尋ね、
『へんなの・・・』とクスッとはにかむCMを見たとき、
私は全身に鳥肌がたち胃液が逆流してくるのを感じた」
というからかなりの拒否反応だ。
小倉さんは女性たちの嫌悪感について、その理由をこう分析している。
「妻の夫に対する媚を描いた」から。
未婚の女が未婚の男に媚をうるCMに、
テレビをみている女性は反応しない。
「媚でも何でも使える武器は全部使って
経済的安定を手に入れるしかない」
とわかっているからだ。
しかし安田成美のCMは、
「結婚してもまだ媚びようとしている妻」をみせるものだった。
「結婚してもなお、夫への媚というサービスが控えているなんてうんざり」
というのがこの嫌悪感というから
女性たちが結婚と男にむける絶望はふかい。
「夫と対等っぽいポーズをとりながら
全面的に夫に依存し、甘え、ゲーム性を演出する」
というめんどくさいサービスなんてまっぴらなのだ。
小倉さんはここでもういちどCMをおさらいする。
「亭主が帰宅すると、女房は料理をしている。
振り向きざま、『ねえ、薔薇っていう字、書ける?
私、書けるんだよ』と指で宙に漢字を書く。
続けて曰く
「醤油っていう字、書ける?」
と口をとがらせて自慢する女房」
わたしはこのCMをみていないが、
わたしにとってこの演技(むかしなら「ぶりっ子」といった)は
ストレスであり、イライラさせられる。
こんな「ゴッコ」をみせられたら、にげだしたくなるだろう。
男は、こういう妻をかわいいとおもうのか。
そうおもえないからわたしはどういう男なのか。
もっとも、もともと安田成美にたいして
いいイメージをもっていないのも原因かもしれない。
そのむかし、安田成美は「風の谷のナウシカ」のイメージガールとして、
作品とはなんの関係もないのに映画公開のときにしゃしゃりでてきた。
そのちゃっかりしたところがハナにつき、
(安田成美がわるいのではなく、起用したほうがわるいのだけど)
生理的にうけつけなくなった。
このキッコーマンのCMをはじまりとして
おなじようなメッセージをのせたCMが
いくつもつくられたという。
理想とされる妻が、結婚してまで
夫に媚びなければならないのであれば、
女性にとって家でも仕事がつづくことを意味する。
「良識はあっても常識のない人には住む場所がない」(小倉)
このようなCMが支持される価値観は
非婚・晩婚化のながれを加速させた要因ともいえる。
結婚をえらばない生き方の芽が
こんなところにもかくされていたことにおどろかされた。
「夫が会社から帰ると、そこには一個の花園がある。
結婚生活の薔薇化が進行している」
と小倉さんはむすんでいる。
良識のある女性には、たまらない花園だろう。
2013年09月13日
2014年鷹の爪カレンダーを手にいれる
勉強会の講師にまねいた沖村さんを駅におくるまえに物産館へ。
ゆっくりおみやげをえらんでもらおうとおもった。
わたしは島根の名物に関心はないので、
なんとなく吉田くんを表紙にのせている商品をながめる。
「吉田くんの鼻くそ」とか「吉田くんアラレ」「吉田くんクランチ」など
いろいろある。
充実ぶりをファンとしておろこばしくおもう。
2階へいくと、吉田くんのマグカップが目についた。
コーヒー用のコップはもうもっているけど、
なにしろ吉田くん商品だから、かわないわけにいかない。
840円のカップをレジにもっていくと、
まさかの「鷹の爪2014年カレンダー」がならべられていた。
壁かけカレンダーと、卓上型カレンダーが
箱に無造作につめこまれている。
きょねんはたしか11月4日が発売日だった。
当日に物産館をたずねても、目のまえにカレンダーがあるのに、
予約用紙に名前をかくだけで品物をわたしてもらえなかった。
そのレアなカレンダーが、ことしはかんたんにかえるのか。
これも島根はおくれてやってきた、アベノミクス効果なのだろうか。
おもわぬできごとにうろたえていると、
レジ係の女性がはなしかけてきた。
「きょうから発売で、もうのこりがそれだけなんですよ」
「映画の上映もきょうからなんです」
「テレビ局の取材が朝からありました」と、
熱をおびた説明をしてくれる。
うれるからちからがはいるというだけでなく、
その女性も相当な鷹の爪ファンみたいだ。
彼女の熱気におされ、マグカップにくわえて、
壁かけと卓上型の、両方のカレンダーをついかってしまう。
そのままレジのちかくをうろついていると、
「東京ではもううれきれたらしいよ」
と男性客がその女性にはなしかけている。
友だちにたのまれてかいにこられたそうで、
壁かけカレンダーを2本かってかえられた。
「県外からのお客さんがかわれるのですか?」
とわたしがまたレジの女性にたずねると、
「県内も、県外も両方です。とにかくすごいです」
と、まるで自分が鷹の爪の団員みたいな返答だ。
わたしはきょねんも壁かけ型と卓上型の2つのカレンダーをかった。
しかし、根がケチなものだから、
月がかわっても壁かけカレンダーをめくることができず、
けっきょくカレンダーとしての機能をはたさないまま
棚にたたまれている。
だから、ことしは壁かけ型をかうのはやめようとおもっていたのに。
鷹の爪のキャラをみると、正常な思考をうしなってしまいがちだ。
こういうのをむかしのひとは愛とよんだ。
いまは、もうすこしへんなよび方をするかもしれない。
吉田くんについておもわず沖村さんに解説し、
ちょっとひかれてしまった。
それでもやさしい沖村さんは、わたしの顔をたてて、
吉田くんのキャラクター商品(くつした)をえらんでおられた。
それにしても、計算してきょう物産館をおとずれたわけではないのに、
発売日にたまたま2階の吉田くんコーナーにきてしまうなんて、
わたしはたしかに「もって」いる。
「いやー、☓☓選手はやはりもってますねー」
なんてスポーツの解説なんかをきくと、
なにが「もってますね」、だ、と
悪態をついていたのに、自分がその奇遇にであうと
もっているとしかおもえない。
それとも、もっていたのは沖村さんなのだろうか。
肝心の自虐コメントは
島根県民にもよくわからないものがあり、
ますます混迷をきわめている。
卓上型の9月にある「隠岐のネタ、見つかりませんでした」
って、なんのことだろう。
でもいい。
まったくの偶然から、まるで計画的にかいにいったかのように、
かんたんに鷹の爪カレンダーを手にいれたわたしは
ささやかなしあわせにひたっている。
ゆっくりおみやげをえらんでもらおうとおもった。
わたしは島根の名物に関心はないので、
なんとなく吉田くんを表紙にのせている商品をながめる。
「吉田くんの鼻くそ」とか「吉田くんアラレ」「吉田くんクランチ」など
いろいろある。
充実ぶりをファンとしておろこばしくおもう。
2階へいくと、吉田くんのマグカップが目についた。
コーヒー用のコップはもうもっているけど、
なにしろ吉田くん商品だから、かわないわけにいかない。
840円のカップをレジにもっていくと、
まさかの「鷹の爪2014年カレンダー」がならべられていた。
壁かけカレンダーと、卓上型カレンダーが
箱に無造作につめこまれている。
きょねんはたしか11月4日が発売日だった。
当日に物産館をたずねても、目のまえにカレンダーがあるのに、
予約用紙に名前をかくだけで品物をわたしてもらえなかった。
そのレアなカレンダーが、ことしはかんたんにかえるのか。
これも島根はおくれてやってきた、アベノミクス効果なのだろうか。
おもわぬできごとにうろたえていると、
レジ係の女性がはなしかけてきた。
「きょうから発売で、もうのこりがそれだけなんですよ」
「映画の上映もきょうからなんです」
「テレビ局の取材が朝からありました」と、
熱をおびた説明をしてくれる。
うれるからちからがはいるというだけでなく、
その女性も相当な鷹の爪ファンみたいだ。
彼女の熱気におされ、マグカップにくわえて、
壁かけと卓上型の、両方のカレンダーをついかってしまう。
そのままレジのちかくをうろついていると、
「東京ではもううれきれたらしいよ」
と男性客がその女性にはなしかけている。
友だちにたのまれてかいにこられたそうで、
壁かけカレンダーを2本かってかえられた。
「県外からのお客さんがかわれるのですか?」
とわたしがまたレジの女性にたずねると、
「県内も、県外も両方です。とにかくすごいです」
と、まるで自分が鷹の爪の団員みたいな返答だ。
わたしはきょねんも壁かけ型と卓上型の2つのカレンダーをかった。
しかし、根がケチなものだから、
月がかわっても壁かけカレンダーをめくることができず、
けっきょくカレンダーとしての機能をはたさないまま
棚にたたまれている。
だから、ことしは壁かけ型をかうのはやめようとおもっていたのに。
鷹の爪のキャラをみると、正常な思考をうしなってしまいがちだ。
こういうのをむかしのひとは愛とよんだ。
いまは、もうすこしへんなよび方をするかもしれない。
吉田くんについておもわず沖村さんに解説し、
ちょっとひかれてしまった。
それでもやさしい沖村さんは、わたしの顔をたてて、
吉田くんのキャラクター商品(くつした)をえらんでおられた。
それにしても、計算してきょう物産館をおとずれたわけではないのに、
発売日にたまたま2階の吉田くんコーナーにきてしまうなんて、
わたしはたしかに「もって」いる。
「いやー、☓☓選手はやはりもってますねー」
なんてスポーツの解説なんかをきくと、
なにが「もってますね」、だ、と
悪態をついていたのに、自分がその奇遇にであうと
もっているとしかおもえない。
それとも、もっていたのは沖村さんなのだろうか。
肝心の自虐コメントは
島根県民にもよくわからないものがあり、
ますます混迷をきわめている。
卓上型の9月にある「隠岐のネタ、見つかりませんでした」
って、なんのことだろう。
でもいい。
まったくの偶然から、まるで計画的にかいにいったかのように、
かんたんに鷹の爪カレンダーを手にいれたわたしは
ささやかなしあわせにひたっている。
2013年09月12日
沖村文子さんをまねいてのサポートブックづくり
下関の「ぽけっと」「ぱれっと」から
沖村文子さんをまねいての保護者勉強会をひらく。
沖村さんにはきょう・あすの2日間にわたって、
ピピと、わたしが以前つとめていた事業所の2カ所について
職員むけに研修をしていただいたり、
事業所のとりくみについてのアドバイス(構造化など)
をおねがいしている。
きょうの午前は、一番目の企画として
ピピの保護者とスタッフむけに、
サポートブックづくりについての学習会をひらいた。
保護者5名とスタッフ7名が参加する。
12名の参加者が、おたがいに握手して、
簡単に自己紹介するところからはじめる。
保護者のなかには、はじめてであう方もおられたので、
スキンシップからいっきに和気あいあいとした
なごやかな雰囲気にかわる。
12名という、この規模ならではのたのしい挨拶だった。
たまたまプロジェクターの設定にきてくれた
べつの事業所の職員さんをつかまえて、
「こういう機会に顔みしりになってたら
あとでたのみやすいでしょ」
とさっとつなげたのはさすが沖村さんだ。
サポートブックについては、きいたこともない、
という保護者の方もおられたし、
特別支援学級にはない、と保護者の方がいわれると、
ふつうそうかもしれないけど、特別支援学級は
ほかのクラスにいったり、支援員さんがかかわったりするので
サポートブックがほんとは必要かも、と沖村さんが指摘される。
自分の子について「よいとこさがし」をかきだしたあと、
それをとなりの席のひとにつたえてみる。
なれないとなかなか肯定的に表現しにくいので、
沖村さんがはなしをききだしていくと、
おしゃべりしているうちにいくつも
「よいとこ」がみつかっていく。
サポートブックはひとりでやろうとすると大変なので、
ネットでひながたをさがしたり、
事業所のだしている様式をつかわせてもらったり
したほうがとりかかりやすいですよ、
というのが沖村さんのアドバイスだ。
じっさい、2時間だけではしあがらなかったので、
これをもとにすこしずつつけくわえていきましょう、
という段階できょうのところはおえる。
はなしているうちに、保護者の方のはなしがもりあがってきて、
勉強会というより座談会みたいになってくる。
でも、これはこれでいいかんじだった。
おもっていることをほかのひとにきいてもらえたら
気もちがずいぶんちがってくるのではないか。
これだけ気やすくて、敷居のひくい勉強会は
沖村さんならではのものだ。
その場の雰囲気から状況を判断して
自由にやり方をかえていかれる。
おかげで、1回目の勉強会として、
とてもいいスタートをきることができた。
沖村文子さんをまねいての保護者勉強会をひらく。
沖村さんにはきょう・あすの2日間にわたって、
ピピと、わたしが以前つとめていた事業所の2カ所について
職員むけに研修をしていただいたり、
事業所のとりくみについてのアドバイス(構造化など)
をおねがいしている。
きょうの午前は、一番目の企画として
ピピの保護者とスタッフむけに、
サポートブックづくりについての学習会をひらいた。
保護者5名とスタッフ7名が参加する。
12名の参加者が、おたがいに握手して、
簡単に自己紹介するところからはじめる。
保護者のなかには、はじめてであう方もおられたので、
スキンシップからいっきに和気あいあいとした
なごやかな雰囲気にかわる。
12名という、この規模ならではのたのしい挨拶だった。
たまたまプロジェクターの設定にきてくれた
べつの事業所の職員さんをつかまえて、
「こういう機会に顔みしりになってたら
あとでたのみやすいでしょ」
とさっとつなげたのはさすが沖村さんだ。
サポートブックについては、きいたこともない、
という保護者の方もおられたし、
特別支援学級にはない、と保護者の方がいわれると、
ふつうそうかもしれないけど、特別支援学級は
ほかのクラスにいったり、支援員さんがかかわったりするので
サポートブックがほんとは必要かも、と沖村さんが指摘される。
自分の子について「よいとこさがし」をかきだしたあと、
それをとなりの席のひとにつたえてみる。
なれないとなかなか肯定的に表現しにくいので、
沖村さんがはなしをききだしていくと、
おしゃべりしているうちにいくつも
「よいとこ」がみつかっていく。
サポートブックはひとりでやろうとすると大変なので、
ネットでひながたをさがしたり、
事業所のだしている様式をつかわせてもらったり
したほうがとりかかりやすいですよ、
というのが沖村さんのアドバイスだ。
じっさい、2時間だけではしあがらなかったので、
これをもとにすこしずつつけくわえていきましょう、
という段階できょうのところはおえる。
はなしているうちに、保護者の方のはなしがもりあがってきて、
勉強会というより座談会みたいになってくる。
でも、これはこれでいいかんじだった。
おもっていることをほかのひとにきいてもらえたら
気もちがずいぶんちがってくるのではないか。
これだけ気やすくて、敷居のひくい勉強会は
沖村さんならではのものだ。
その場の雰囲気から状況を判断して
自由にやり方をかえていかれる。
おかげで、1回目の勉強会として、
とてもいいスタートをきることができた。
2013年09月11日
公共施設の老朽化と、2040年の島根
体育館のジムへトレーニングにでかける。
わたしとほぼおなじ時間にチケットをかった男性がいて、
トレーニングルームとシャワーについてうけつけでたずねている。
香川ナンバーのオートバイでこられていたので
シャワーをあびられる施設をさがしておられたのだろう。
わたしも、その男性も、おなじころに練習をおえた。
更衣室でいっしょになったので、
「ツーリングちゅうですか?」とわたしからはなしかけた。
きょうみたいに、公共施設でトレーニングしながら
ツーリングをしているのだそうだ。
「利用者がすくなくてびっくりしたでしょう?」
とたずねると、
県や市の体育館はたいていこんなかんじなのだそうだ。
器具がふるいから、あまりひとがこないのだという。
県庁所在地で、これぐらいゆったりとトレーニングができるのは
松江ぐらいなものだろうと、得意がっていたのに、
閑古鳥のなく、典型的な公共の体育施設だったのだ。
インフラはどんどん老朽化し、
それにともなってますますつかわれなくなっていく。
こうやって、地方はどんどんさびれていくのかと、
これからさきの島根や松江のことが頭をかすめる。
2040年には、島根県の人口がいまより30%へって
52万人になると、すこしまえの新聞にのっていた(現在は70万人)。
少子化は、ジワジワと実態をともなってせまってくる。
30%もへれば、いまとおなじインフラは整備できない。
行政としては、体育館なんかに
できればお金をかけたくないだろう。
運営民営化で経費をけずったつぎは、
施設じたいの存続があやうくなるかもしれない。
障害者福祉の研修では、2025年問題がよく話題になる。
あと10数年さきの2025年に、
団塊の世代が75歳をこえるというものだ。
いまでさえ介護保険料の値あがりと、
対応するサービスのすくなさが問題になっているのに、
これが倍以上の規模で確実にせまってくる。
障害者介護と介護保険は関係なさそうにみえるが、
障害者介護だけにお金がかけられることは絶対にないので、
介護保険がずっこけてしまえば一蓮托生の運命なのだ。
在宅で老後の人生をすごすといっても、
入所型の施設がいらなくなるわけではないし、
医療費・介護費はまだまだふえつづけるだろう。
いまはまだ、それほど問題になってはいない。
しかし、まちがいなくやってくる未来だ。
おおくの自治体が貧乏で、
そしてこれからもっときびしい予算になる将来をどうのりきるか。
こたえは、公共施設・サービスにたよらない、となる。
老人介護や障害者介護に必要なサービスとお金を、
ぜんぶ行政をあてにしていては予算が破綻するのが目にみえている。
これまでにないしくみをととのえて、
自分たちでやりくりをするしかない。
トレーニングでいえば、お金をだして民間のジムへいくか、
仲間うちで器具をそろえるか、
自分なりの工夫で環境をととのえるか。
松江には島根原発があり、ほかの市町村にくらべて
まだお金に余裕があるほうかもしれない。
あと何年かしたら、あのときは施設の老朽化に文句をいってたけど、
あるだけまだましだった、となつかしむようになるだろう。
人口の減少は、地方だけの問題ではなく、
都市でもおなじように人口がへり、高齢化率がたかまっていく。
2040年にどんな社会がやってくるか。
大変動のなかでのあぶなっかしい着陸ではなく、
おだやかな軟着陸をめざして、
いまのうちに想像力をたかめておいたほうがいい。
わたしとほぼおなじ時間にチケットをかった男性がいて、
トレーニングルームとシャワーについてうけつけでたずねている。
香川ナンバーのオートバイでこられていたので
シャワーをあびられる施設をさがしておられたのだろう。
わたしも、その男性も、おなじころに練習をおえた。
更衣室でいっしょになったので、
「ツーリングちゅうですか?」とわたしからはなしかけた。
きょうみたいに、公共施設でトレーニングしながら
ツーリングをしているのだそうだ。
「利用者がすくなくてびっくりしたでしょう?」
とたずねると、
県や市の体育館はたいていこんなかんじなのだそうだ。
器具がふるいから、あまりひとがこないのだという。
県庁所在地で、これぐらいゆったりとトレーニングができるのは
松江ぐらいなものだろうと、得意がっていたのに、
閑古鳥のなく、典型的な公共の体育施設だったのだ。
インフラはどんどん老朽化し、
それにともなってますますつかわれなくなっていく。
こうやって、地方はどんどんさびれていくのかと、
これからさきの島根や松江のことが頭をかすめる。
2040年には、島根県の人口がいまより30%へって
52万人になると、すこしまえの新聞にのっていた(現在は70万人)。
少子化は、ジワジワと実態をともなってせまってくる。
30%もへれば、いまとおなじインフラは整備できない。
行政としては、体育館なんかに
できればお金をかけたくないだろう。
運営民営化で経費をけずったつぎは、
施設じたいの存続があやうくなるかもしれない。
障害者福祉の研修では、2025年問題がよく話題になる。
あと10数年さきの2025年に、
団塊の世代が75歳をこえるというものだ。
いまでさえ介護保険料の値あがりと、
対応するサービスのすくなさが問題になっているのに、
これが倍以上の規模で確実にせまってくる。
障害者介護と介護保険は関係なさそうにみえるが、
障害者介護だけにお金がかけられることは絶対にないので、
介護保険がずっこけてしまえば一蓮托生の運命なのだ。
在宅で老後の人生をすごすといっても、
入所型の施設がいらなくなるわけではないし、
医療費・介護費はまだまだふえつづけるだろう。
いまはまだ、それほど問題になってはいない。
しかし、まちがいなくやってくる未来だ。
おおくの自治体が貧乏で、
そしてこれからもっときびしい予算になる将来をどうのりきるか。
こたえは、公共施設・サービスにたよらない、となる。
老人介護や障害者介護に必要なサービスとお金を、
ぜんぶ行政をあてにしていては予算が破綻するのが目にみえている。
これまでにないしくみをととのえて、
自分たちでやりくりをするしかない。
トレーニングでいえば、お金をだして民間のジムへいくか、
仲間うちで器具をそろえるか、
自分なりの工夫で環境をととのえるか。
松江には島根原発があり、ほかの市町村にくらべて
まだお金に余裕があるほうかもしれない。
あと何年かしたら、あのときは施設の老朽化に文句をいってたけど、
あるだけまだましだった、となつかしむようになるだろう。
人口の減少は、地方だけの問題ではなく、
都市でもおなじように人口がへり、高齢化率がたかまっていく。
2040年にどんな社会がやってくるか。
大変動のなかでのあぶなっかしい着陸ではなく、
おだやかな軟着陸をめざして、
いまのうちに想像力をたかめておいたほうがいい。