2014年04月04日

『東京ロンダリング』(原田ひ香)事故物件の浄化(ロンダリング)という設定がうまい

『東京ロンダリング』(原田ひ香・集英社文庫)

りさ子は事故物件の「ロンダリング」を仕事としている。
ロンダリングとは浄化すること。
賃貸住宅で、すんでいたひとが不信な死に方をした場合、
気もちわるがって だれもあとから部屋をかりようとしない。
不動産業者は不審死をつぎのたなこにつたえる義務があるけれど、
正直にはなせばだれもかりないし、家賃をさげると大家が損をする。
そんなとき、りさ子が1ヶ月すめば、
そのあとはなにごともなかったかのように、部屋をかしだすことができる。
いちどだれかがすめば、それ以降はたなこにつたえる義務がないのだそうだ。

『母親ウエスタン』にしてもこの本にしても、
原田ひ香さんはどうやってこんなかわったアイデアをおもいつくのか。
いわれてみれば、ロンダリングがどれだけ必要とされるかよくわかる。
自殺や変死など、東京ではいくらでもおこるだろうし、ぜったいになくならない。
いちまいロンダリングをはさむことで、
すべてがまるくおさまるのだ。

ただし、ロンダリングはだれにでもできる仕事ではない。
短期間ですまいをかえる生活を、何年もつづけるのは
おおくのひとにとってらくなことではない。
そもそも変死のあった部屋にすむのは、
精神的なつよさというか素質が必要だ。
りさ子にしても、それなりのわけがあり、
どうにもならないところまでおいつめられたからこそ、
このロンダリングという仕事にめぐりあった。
家賃をはらう必要はなく、ぎゃくに
いちにち5000円が不動産屋からしはらわれる。

ワケあり物件なので、深夜におもいがけない訪問をうけることもある。
幽霊ではない。
ほんとうにこわいのは、幽霊よりも人間なのだそうで、
りさ子の部屋をノックしたのは、
その部屋に以前すんでいた(そしてそこで死んだ)男性の恋人だった。
男性がなくなったことをしらせると、その女性はショックからえずきだし、
りさ子はしかたなく女性を部屋にあげてトイレに案内する。

「玄関のドアを閉めながら、
りさ子はどうしてこんなことになってしまったのだろうとため息をついた」

原田ひ香さんの文章は、ありえない状況をすごく自然にあらわすのがうまい。
りさ子にしても、すきでえらんだ仕事ではなく、
自分のあやまちからまねいた事態でもあり、
「どうしてこんなことになってしまったのだろうとため息をつ」くしかない場面なのだ。

りさ子は、なぜ自分がこの部屋にすんでいるのかわけをはなし、
それが読者へのロンダリングの説明にもなっているという
うまいオープニングだ。
つぎの日のあさ、りさ子はその女性を不動産屋へ案内し、
男性の死についてくわしい状況を説明してもらう。
ロンダリングはまっとうな仕事だし、
りさ子にそれを依頼する不動産屋も
いかがわしい人間ではない。

「あんたたちが入ってロンダリングしてくれれば、
俺も助かる、大家も助かる、次に入る人間も助かる。
事情を知らなければ、ほとんどの人間は気がつきゃしないんだ。
俺たちは法は犯してない。東京は狭く不動産は限られてる。
しかも、人がやたら死ぬ。変死した人間がいる部屋が
どんどん使えなくなったら、だれも住めなくなっちまう。
あんたたちがやってることは人助けなんだよ。いや、東京助けだな」

この本は、ロンダリングというアイデアが奇抜なだけでなく、
りさ子をとりまくものがたりが とても自然にながれている。
りさ子はどこかまわりの人間がほっておけない魅力をもっており、
「富士屋」という食堂の手つだいをつうじて
だんだんとロンダリング以外の世界にも目をむけていく。
やがておおきな事件にまきこまれ、
おもってもみなかったクライマックスをむかえる。

そこは、超豪華なレジデンスで、どうしても変死事件をかくし、
ひとしれずロンダリングをすすめる必要があった。
りさ子は洗練されたヤクザみたいなレジデンス側のスタッフにたいし、
1対1での交渉にのぞむ。

「りさ子は黙ったまま、ウェイターに目で合図した。
彼は性能の良い高級国産車のようになめらかに忠実に近寄ってきて、
ふたりにメニューとワインリストを差しだした」

なんだか村上春樹の小説をおもわせる比喩だ。
そこからの会話が絶妙で、
よくねられたセリフがクールにきまっている。

「今日はお願いがあって、席を設けました」(中略)

「脅していらっしゃる?」高橋はまた苦笑した。
「われわれを脅していらっしゃるのですか」
「いいえ、ただ、マンションの中に違法カジノがあって、
そこに誘われた一般の市民が無理やり借金を作らされて、
逃げ惑うはめになったなんて、
そんなイメージはまずいですよね、とお聞きしているんです」(中略)
「私たちがそう簡単に、あなたの要求を呑むと思いますか」
高橋は小声でささやくように言った。
「要求を呑んでいただけなければ、私もここを出て行くことになります。
どうします?ロンダリングは。
それともあなたがあの部屋に住みますか?
私たちの力を過小評価しない方がいいですよ。(中略)
私がお願いしたことを聞いていただくのが、
一番簡単なんですよ。あなたは話をつける。
私はあの部屋のロンダリングを行う」(中略)
高橋はしばらく考えて、うなずいた。
「わかりました」封筒をとって、背広の内ポケットにしまった。
「ご了承いただいて、ありがとうございます。
受領書をいただけますか」
高橋は名詞を出し裏になにかを書き付けると、りさ子に渡した。
「百万程度の金で、私がごまかしをするとは思わないで欲しい」
「もちろん、信用しています」りさ子は名詞を受け取った。

こわもてのレジデンス側スタッフに対し 堂々とわたりあい、
要求をとおしてしまうこの場面にわたしはしびれた。
なにがこれだけりさ子をつよくしたのか。
この事件をつうじて、りさ子は自分がするべきことに気づいたからだ。

「りさ子さんがすることってなんですか」
「ロンダリングして、お金をもらって、生活すること」
「ええ」
「あと、『富士屋』を手伝うこと」

りさ子は一時しのぎではなく、仕事としてロンダリングに目ざめながら、
自分をもとめてくれるひとたちと いっしょに生きることをえらぶ。
ロンダリングという奇抜な設定がとてもうまくいかされているし、
その仕事をつうじて、りさ子がふたたび生きるちからを得ていく過程がすばらしい。
これまでによんだ3冊の原田ひ香さんの小説は、
どれもよみおえたあとの気もちのよさが共通している。
これもまたロンダリング(浄化)といえるのだろう。
原田ひ香さんでなければできない仕事だ。

posted by カルピス at 23:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする