2014年04月06日

『人生オークション』(原田ひ香)47箱のひっこし荷物をどうかたづけたか

『人生オークション』(原田ひ香・講談社文庫)

ワケありで離婚し、それまでのマンションをでたりり子おばさんが、
4トントラック1台分の荷物とともに アパートでひとりぐらしをはじめた。
めいの瑞希(みずき)は荷物のかたづけを手つだうことになる。
瑞希は大学を卒業したものの、就職ができず、フリーターの身のうえなので、
親からたのまれるとことわりにくい。

瑞希がアパートをたずねると、りり子おばさんは台所に布団をしいてねていた。
8畳の部屋は、ダンボールや家具がぎっしりつまっていて、
とても布団をひろげる場所がないからだ。
この、47個もある、膨大なダンボールの山をほどいていかなければ、
ひとのすむ部屋にならない。
この荷物をかたづけるためにはじめたのが
タイトルにもあるオークション、ヤフオクだ。
りり子おばさんはブランド品をたくさんもっていて、
ヴィトンのバックなどが意外なほどいい値段でうれていく。
服も、マネキンにきせ、シワをのばして写真にとれば、
それなりの値段でかいてがついていく。
でも、このままヤフオクが軌道にのって、
仕事になっていくかというと、そうはうまくいかない。
ブランド品以外はたいした値段にならず、
かんたんにはネットでの仕事にならないという
現実的なところでおさえられている。

瑞希はりり子おばさんと距離をとりながらも、
ふたりはうまく世の中をわたっていけない にたものどうしだ。
本のこのみがおなじで、小道具としてちょこちょこ本が顔をだす。
台所に布団をしいてねているりり子おばさんに瑞希が、

「こういうの、なんか本で読んだことがある」思わずつぶやいた。
「『キッチン』でしょ」しゃがれた声と同時に布団のかたまりがもぐもぐ動いて、
叔母さんが顔を出した。

ほかにも、アガサ=クリスティのシリーズを一冊だけのこすとき、
その一冊が『春にして君を離れ』と瑞希がすきなものだったり、
「経済だわねぇ。瑞希ちゃん」というひとことから
りり子おばさんが永井荷風の本をよんできたことがわかったり。
うまいなー、とおもったのが、シャンパングラスを箱にしまうときで、
「『アフリカの日々』みたいだね、と言おうとして、やっぱりやめた」
というところ。

瑞希がいうのをやめたのは、
りり子おばさんとメリル=ストリーブとのギャップが
ばかばかしかったからではない。
シャンパングラスをつかうのは、
ほんとうにしあわせなときだけで、
おばさんの結婚生活にも、しあわせなときがあったのだ、とさっしたからだ。
ちょくせつ生活にはやくにたたなくても、
瑞希がこれまでに身につけてきたことは、
ひとのことをおもい、あいてからも必要にされるという、
生きるよろこびにむすびついていく。
たくさんの本をよんできて、いろんな場面に
その本たちが味つけをしてくれるのだから、
就職はできなかったにしても、
ひとりの人間として、瑞希には魅力がある。

解説は斎藤美奈子さんだ。
小説として『人生オークション』がどうつくられているのかを
簡潔にときあかしていく。
斎藤さんによると、りり子おばさんと瑞希は
「バブリーにはなりきれない『バブル世代』と、
さとりきれない『さとり世代』」なのだそうだ。
りり子おばさんは、バブル期に生きながら、そのながれにのりきれなかった。
瑞希はさとり世代のわかものとして「格差社会」に生きながら、
就活にすんなりちからをそそぐことができない。

斎藤さんは、オークションがりり子おばさんと瑞希にはたした役割を、
「就職できない二人にとって、人生をリセットする意味でも、
社会性を取り戻す意味でも、オークションは『リハビリ』だった」
とみている。
そして、この本は
「生きづらさを抱えた読者に『断捨離』をすすめるだけではなく、
『人生、リハビリからはじめればいいじゃん』というメッセージ」
をおくっているという。

人生は、死ぬまでとまらない。
どんなことがおきても、死ぬまでおわりにはならない。
どうにもならない気がしても、ちょっとやすんで、
またリハビリからはじめればいいし、そうするしかない。

4トントラックにいっぱいの荷物がかたづき、仕事にもなるオークション。
オークションを中心にものがたりがふくらんでいくのかとおもったのに、
そうはならなかった。
ぜんぶの箱がかたづいたころ、りり子おばさんは
ファミリーレストランでの仕事をみつけてくる。
りり子おばさんの「ワケあり」のすべてを了承したうえでの採用だ。
瑞希も就活のためにノートを一冊用意した。
ふたりのリハビリがうまくすすみ、
つぎの段階へと足をすすめるときがきたのだ。

りり子おばさんは、さいごにダンボールを1箱のこした。
瑞希がかたづけ終了のうちあげにアパートへいくと、
りり子おばさんはかいもにでかけており、だれも部屋にいない。
なかにはなにがはいっているのか、
みようとおもえばみれるけれど、瑞希はそのままにしておく。
うまいなー、原田ひ香。

余談ながら、瑞希の軽口をふたつ紹介する。

(両親について)
「二人ともまだ40代なのに、なんか、桃太郎が来る前の、
おじいさんとおばあさんみたいだ」

「これが小説の中のお話なら、そろそろ叔母さんに
なんか特技が見つかる頃なんだけどね」

原田ひ香がハードボイルドをかいたら、
軽口をたたきまくる探偵がきっとでてくる。

本書には、『あめよび』という中編も収録されている。
これもまたよませるはなしで、ほかのどの作品ともちがったあじわいがある。
よみおえたあと、つい乾杯をしてしまった。
ハッピーエンドにたいする乾杯ではなく、
いい本にであえたことへの祝杯だ。

posted by カルピス at 20:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする