『本の雑誌 12月号』の「◯◯の10冊」は、
山田詠美さんがとりあげられている。
「読み物作家ガイド」シリーズであり、いわゆる「山田詠美の10冊」だ。
詠美さんの本は、よんでいないものがいくつもあり、
わたしには「10冊」をあげる資格がない。
わたしとしては『学問』がはいっていないのが残念だった。
山田詠美さんでおもいだすのは、
『本の雑誌 8月号』にのった倉本さおりさんの記事だ。
倉本さんによると、詠美さんは
村上龍さんの『すべての男は消耗品である。』の解説で、
さんざんその本のことをけなしている。
「私は、この本が大嫌いである」
「いくつかある彼の素晴らしい小説までもを、
田舎臭いイメージの中におとしめる
最悪のエッセイ集だと私は思っている」
おもっていることを、これだけズバッとかけるひとはそういない。
『すべての男は消耗品である。』についてくわしくはおぼえていないけど、
たぶんわたしはよんでいて、
龍さんの「貧乏人は快楽をしらない」みたいなことばによろこんだとおもう。
20年ほどまえ、わたしは龍さんの本にいかれていたときがあり、
まだわかく、よわかったわたしは 大胆な発言におどろきながら おおくの影響をうけた。
貧乏やうつくしくない女性について、なんのいいわけもせずに
ただきりすてるその傲慢さは魅力があった。
その龍さんをバッサリきりつけるなんて、詠美さんでないとできない。
「弱い男は、どのように説明しても、ただ弱いだけ」
「村上龍は、本当に、意味のない言葉に、
あえて読み手を疲れさせる意味づけをするのが得意である」
かいた詠美さんもすごいけど、依頼して 採用した龍さんもいいかんじだ。
倉本さんの
「なんにせよ、この作品が幸運だったのは、
解説をエイミーこと山田詠美が担当していることだろう」
という指摘はするどく、おそらくただしい。
それはだれかがかくべきだったし、それには山田詠美がもっともふさわしい。
詠美さんでなければ、膨大なことばをついやしたとしても
真意はつたわらないだろう。
村上龍さんは、その本をよんでいないのに
ある本の解説をかいていたので おどろいたことがある。
龍さんのことだから、堂々と、わたしはよんでない、と
はじめにバラしている。
よんでない本の解説をかく龍さんもすごいけど、
依頼された本が大嫌いという内容で 解説をかく詠美さんもすごい。
詠美さんと龍さんの関係においてのみ可能だった解説であり、
そうやって筋をとおしていく詠美さんが(おそらく龍さんも)かっこいい。