『日本全国津々うりゃうりゃ』(宮田珠己・廣済堂出版)
すこしまえにこの本をブログで紹介した。
自分の家の庭を一周する「旅」がおもしろかったからで、
しかし、そのあと宮田さんの本をあたらしく数冊よみ、
そしてふるい本をよみかえしていたら、
わたしは宮田さんのことをよく理解していなかったことがわかった。
つまり、これまでは 身のまわりでおきたことを、
おもしろおかしくかくのがじょうずな作家、
くらいのおさむい評価でしかなかった。
もちろんおもしろさは大切だけど、
そればかりに目をむけていると、
宮田さんのべつの資質をみすごすことになる。
たとえば。
(石ひろいについて)
「といっても石を拾って、これが火山石で、
これがチャートでなんて分類したってつまらない。
宝石のような金になりそうな石を拾いたいわけでもない。
ただ海岸や河原にゴロゴロしているなかから、いい感じの石を拾いたいだけなのだ。
何でもそうなのだが、私が書きたいのは、
何かに関する知識や情報でなくて、その感じである」
(『スットコランド日記』より)
石とか便所サンダルとか、あつめても意味がなさそうだし
役にもたたないとおもえるものに
つよくひかれるひとがいるのはしっていたけれど、
そういうひとはふつう本なんかかない。
そのひとにとって、ほかのひとがどうおもうかは関係ないからで、
でも宮田さんは その魅力を どうにかしてつたえようとする。
宮田さんにとって大切なのは「感じ」なのだ。
高野秀行さんも宮田さんのおもしろさをたかく評価しており、
出版社のひとに宮田さんの本をだすようすすめるそうだ。
高野さんの担当者は宮田さんの本をみとめてくれるけれど、
問題は、宮田さんのおもしろさが説明しにくいことで、
出版社の会議でたとえ宮田さんの本をとりあげてみても、
「で、どこがおもしろいの?」と
あまりあたたかい反応が期待できそうにない。
いわゆるエッセイ集でもないし、ふつうに紀行本とはいいたくないし。
起伏にとむストーリーでよませるタイプともちがう。
おそらくこれからも宮田さんの本が大ベストセラーになることはないだろう。
しかし、そのショボさやうしろむきの姿勢にすくわれるひとは
けしてすくなくないはずだ。
この本では、アンボイナガイという貝のおそろしさを紹介しながら、
まったく関係ないようにみえる
合コンでの注意点をおしえてくれている。
「海にはさまざまな危ない生物がいるが、
なかでも最も気をつけなければならないのが
アンボイナという巻貝である。
アンボイナガイの恐ろしいのは、その見た目だ」
しかし、本文のよこにある絵からは
まったくその危険性がつたわってこない。
「え、何?身の毛がよだたない?
いや、そうなのである。
これが困ったぐらいふつうの見た目なのだ。
玄人にはわかるのかもしれないが、
素人にはまるで判別がつかない」
アンボイナガイが危険な貝であるのは ほんとうらしく、
さされると治療法がなく、死ぬこともおおいという。
「だが、ここで冷静に考えてみてほしい。
見た目もさほどの派手さはなく、
大人しそうで、動きもゆっくり。
むこうから積極的に攻めてくる気配もない。
これがもし合コンだったらどうか」
「ふふふ。じわじわとアンボイナガイの恐ろしさがわかってきたであろう。
つまり、うっかり手をつけてしまったが最後、
生きて帰ることはほぼ不可能。
むしろそれこそが相手の思う壺だということである」
アンボイナガイのおそろしさから、きゅうに合コンにはなしをふられると、
一瞬とまどってしまうけれど、
かんがえてみれば、たしかにこのふたつはふかい関係でむすばれている。
そうなのだ。みるからにおそろしくて、ほんとうにおそろしい毒がある
動物や植物のほうが、どれだけありがたいか。
わたしたちはみかけにビビり、そうしたあぶなそうな相手にはちかづかないようにする。
みかけがおとなしそうなアンボイナガイのような生物からは、
どこからもあぶないサインをよみとれないので ほんとうにおそろしい。
アンボイナガイや合コンでしずかにすごす相手に、
わたしたちはどう対応したらいいのだろう。
しかし、もうすこしかんがえてみると、
わたしたちはほんとうの複雑さに気づくことになる。
みかけからすでにおそろしい女性と、
アンボイナガイのように いっけんおとなしそうだけど、
じつはおそろしい女性がいる場合、
わたしたちにはどんな選択があるというのだ。
可能性としてかんがえられるのは、
・いっけんハデで、みかけどおりおっかない女性
・アンボイナガイみたいに地味にみえて、じつはこわいひと
というふたつにくわえて、
・いっけんハデだけど、じつは性格のいい女性
・アンボイナガイみたいに地味にみえ、そのみかけどおり 危険のないひと
というくみあわせも ありえるわけで、
合コンでどうふるまったらいいのか ますますわからなくなってくる。
けっきょくわたしたちには確実に安全な方法などないわけで、
ハデなお姉さんにちかづいて失敗するのもよし、
地味なアンボイナガイタイプの女性で墓穴をほるのもまた人生だと、
すべてをうけいれる覚悟がもとめられることになる。
肝心の宮田さんは、本文のなかで
そこまで親切にアンボイナガイ問題のこわさをおしえてはくれない。
むすこさんに海であそんだ感想を宮田さんがたずねたら
「ウルトラマンもウニ踏んだら痛い?」
ときかれたそうだ。
「痛いかどうか知らんが、だいぶ踏んでるやろうなあ実際」
というのが宮田のこたえというか 感想だ。
役にはたたないけど、ウソではないところが
宮田さんの奥ぶかさにつながっているのかもしれない。