2015年01月29日

『木暮荘物語』(三浦しをん)わたしのすきなふるいアパートもの

『木暮荘物語』(三浦しをん・祥伝社文庫)

ふるい木造アパート「木暮荘物語」をめぐる連作短編集。
この本のよさは、小暮荘をとりまくおだやかな風景と、
それがもたらす目先30センチくらいの世界観だ。
そこそこひろい庭があり、雑種犬のジョンがいごこちよさそうにすんでいる。
小暮荘はふるいたてものなので、夏はあつく、冬は当然さむい。
せまいシャワーしかなく、となりの部屋から音がつつぬけで、
とても彼女をつれてこれるようなつくりではない。
でも、なぜだかこんなアパートにすんでみたくなる。

無名でビンボーなわかものをえがくとき、
その舞台のおおくは必然的にふるい木造アパートになってくる。
『男おいどん』(松本零士)・『ワセダ三畳青春記』(高野秀行)
・『めぞん一刻』(高橋留美子)・『哀愁の街に霧が降るのだ』(椎名誠)など、
こうしたふるいアパートものがたりは、ひとつのジャンルになっており、
そしてわたしはこの世界によわい。

わたしがまだわかかったころ、
世界は自分と、ほんのちょっとのまわりだけでなりたっていた。
小暮荘は、そんな時代をおもいださせてくれる。
世界情勢や日本経済のさきゆきなどしったことではなく、
たいした心配ごともないけど、
それなりにあわただしく毎日がすぎてゆく。
『木暮荘物語』は、大局からみるとたいしたことない、
でもくらしているものからすれば切実な生活がちゃんとある。
生きるというのは、こんなささいなことのつみかさねなのが、
歳をくってくるとわかる。

連作短編であり、中心となるのは小暮荘にすむひとたちだけど、
なかの1編は、小暮荘のまえを たまたまとおりかかる女性・美禰(みね)のはなしだ。
小暮荘の庭にかわれているジョンは、
げんきにくらしながらも、これまでいちどもシャンプーされたことがない。
美禰はトリマーで、うすぎたないジョンをあらいたくてたまらなかった。
そのねがいをかなえたのが、前田という、とてもカタギにはみえない男だ。
前田は自分も犬をかっていることから彼女としたしくなる。
とおりかかるひとまでも作品にとりこんでしまう 三浦さんのうまさというか、
そんなことをしたら、小暮荘に関係なく、
だれでも作品に登場させられる調子のよさというか。

ジョンをシャンプーをしたつぎの日から
前田は美禰のまえにあらわれなくなった。
子分らしい男に前田のことをたずねると、

「出張中です」
「いつごろお戻りですか?」
「三年ほどです。
 そのあいだは、私がミネさんのお世話を仰せつかっております」

「ミネさん」とは、前田がかっている犬の名前だ。
犬だけど、兄貴分がかっている犬をよぶときは「ミネさん」。
なかせるはなしだ。
ほかの6編も、それぞれふかいおくゆきをもっている。

posted by カルピス at 22:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする