2015年02月14日

『タイ国鉄4000キロの旅』(渡邉乙弘)ふかい鉄道愛と、ゆたかな経験がいかされた 精密な記録

『タイ国鉄4000キロの旅』(渡邉乙弘・文芸社)

すこしまえのブログに、この本を図書館でかり、
あまりのこまかさにおどろいたとかいた。
いちにち50ページを目標によみすすめ、
先日ようやく さいごの691ページ目をむかえることができた。
これはもう、カラマーゾフをよみおえるのに匹敵する偉業ではないか。
すべてに目をとおしたと、ぜひ記録しておきたいので、
もういちどこの本をとりあげる。

わたしは鉄道ファンではないけれど、
このぶあつい本を興味ぶかくよむことができた。
わたしがタイの列車にのった経験があるのも
いくらかは関係してるかもしれない。
しかし、この本のおおきな魅力は
渡邉氏が鉄道にむける どこまでもふかい愛であり、
ページのいたるところに そのこまやかな愛がちりばめられている。

本の構成にしても、たとえば観光地として有名なアユタヤーは、
いちばん最後の章でたずねている(「小旅行ぶらりアユタヤーへ」)。
タイの中央駅であるフアランポーン駅も、
この章ではじめてくわしく紹介されている。
なんという余裕だろうか。
ふつうだったら、だれもがしっている有名な町をはじめに紹介して
読者の関心をつかみたくなるところだ。

タイトルにあるとおり、この本は渡邉氏がタイ鉄道の全路線をのった精密な記録だ。
タイの国鉄は、おもだった路線が6本と、盲腸線など、
みじかい線がいくつもあるので、ぜんぶをおさえるのはそう簡単ではない。
かんたんではないが、のるだけならわたしにもできるだろう。
渡邉氏はしかし、この本をかくためにあわてて
まだのっていない線にのりこんだわけではない。
それまでにやしなってきた鉄道についての圧倒的な知識をもとに、
ゆたかな経験と充実した実力をもって、
いわば満をじして 渡邉氏はこの本をかきあげたのであり、
けしてだいそれた企画を 背のびしてとりくんだわけではない。
成熟した渡邉氏の視線は、
目にした情報をひとつものがさない。
気になる点は推理をはたらかせ、
タイ鉄道のすべてを 歴史的な経緯とともに、
つまびらかな記録とするのに成功している。

前回のブログがそうであったように、
またもやわたしは、渡邉氏の圧倒的な鉄ちゃんぶりを、
おどろきとともに紹介するしかない。

たとえば、盲腸線にのるだけのために、
渡邉氏は飛行機で朝はやくでかけ、
いきとかえりでちがう風景をみられるよう、席をかえる。

列車がすきでたまらない渡邉氏は、
目的地についてもまだホームにのこって列車をみている。

「乗客がいなくなった列車を見ながら一服し、
 再び動くまでホームのベンチに腰かけて見ていました」

さんざんのったあとでも、まだ列車にこころをひかれている。
いったいどれだけ列車がすきなのだ。
路線へのこまかな観察だけでなく、
鉄道にむけた渡邉氏のおもいが ページのあちこちから ふとつたわってくる。

「どれだけすきなんだ」と、つっこみたくなる場面はおおい。
「究極のローカル線」の章では

「沿線には観光地はなく遺跡も何もありませんし、
 終点のキリラッタニコムも
 意味があって終着駅になっているわけではありません。(中略)
 タイ人に聞いても知っている人はこの近辺の出身者だけです。(中略)
 この路線は特徴がないだけに攻め方が難しいと思いますし、
 それだけ遠い駅なのです。
 逆に住民以外を拒むように運行されている路線ともいえます」

「カビンブリーにはこれまでに五回ほど列車で訪れたことがあり、
 これといって何があるわけではありませんが、
 列車に乗りたいと思ったときに
 適度な時間に発車して帰ってこれる気楽さがあって
 これまでに何度も乗車してきました。
 この区間程度の距離と時間を乗車すると列車に乗った気がします」

「左手に建っているホテルは、ワラブリホテルですが、
 アユタヤーで宿泊する場合は、
 客室の一部から列車が見やすいのでお薦めです」
(ホテルにはいってまで列車がみたい渡邉氏!)

「ガイドブックにも載っていない小さな港町。
 そんな田舎町にも人々の生活はあり、
 この地に移り住み長い年月をここで暮らしてきた
 華人の息吹が今も確かに息づいていて、
 ガンタンは南部タイで最も印象に残る町のひとつです」

知識がなければなんということのない田舎町でも、
渡邉氏の手にかかると みどころ満載だ。
タイは観光だけでなりたっている国ではない。

列車での旅行ちゅう、うすぐらい朝まだき、渡邉氏は、
シルエットだけで日本からもちこまれた列車がとまっているのに気づく。

「明け方なぜか目覚め、時計を見ると四時を回っています。
 どこを走っているのか窓の外を見ていると、
 田舎の駅で臨時停車をしていました。(中略)
 その時にふと、側線に見たことがあるシルエットが浮かび上がってきました。
 『DD51だ!』一瞬で分かりました」

このあと渡邉氏は、タイでみかけるはずのない
謎の「DD51」をもとめて探索の旅にでる。

鉄道の、なにがこれほど渡邉氏のこころをとらえるのだろう。
わたしは、きらいなことに理由はないが、
すきには説明できるちゃんとした理由がある、とかんがえているけど、
これだけうちこまれると、
ことばでは説明できない「なにか」が
渡邉氏をとらえたのだ、とおもえてくる。

鉄ちゃんは世界じゅうにいる。
多崎つくる氏のように、駅のたてものを専門にするひともいるし、
車両研究・のり鉄・とり鉄と、このみでこまかくわかれているそうだ。
渡邉氏の専門がなにかしらないけれど、
タイの歴史にもくわしいことから、
鉄道にまつわることだけでなく、
社会のうごき全般について、はばひろい好奇心をもつ方とみた。
渡邉氏の案内により、タイの鉄道と
タイという国への関心をひらかれた読者はしあわせだ。
ちかい将来、わたしはこの本の影響から、
タイの列車にのる旅行にでかけるだろう。
ずっとそばにおいておきたくなり、
図書館でかりるだけでは満足できないので、
アマゾンに注文した。
鉄道ファンではないわたしにとっても、魅力にあふれた本だ。

posted by カルピス at 21:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする