2015年03月06日

『黄金のブックガイド 私をつくった名著 人生を変えた1冊』

『黄金のブックガイド 私をつくった名著 人生を変えた1冊』(東洋経済新報社)

全部で11章からなるビジネス書中心のガイドブックで、
8章には久恒啓一氏の「読後のアウトプットに有効な”図読”のすすめ」がのっている。
久恒氏は、
日本全国どこの組織でも同じ問題を抱えていることに気づきました。相似形になっています。どこに行っても「うちには考える人間がいない」と嘆いているのです。
として、
自分でかんがえるための技術「図解コミュニケーション」を提唱されている。
本の内容を要約する習慣のない人には、知識はなかなか蓄積していかないと思います
というかんがえから、
読書においてはとくに
「A41枚の図に要約する”図読”」が読後のアウトプットとして有効だという。
とはいえ、ここでとりあげたいのは、その「図読」についてではない。
「うちには考える人間がいない」ことと読書、とりわけ精読とは、
どんな関係にあるのかが気になってきた。

久恒氏は、おなじ章におさめられているエッセイ「知的生産と読書」のなかで
寺島実郎氏・佐藤優氏・梅田望夫氏のノート術を例にあげている。
 要約文、一行のタイトル、キーワードと形は違っても知的生産者たちは、読書の面では精読の技術として自ら開発した情報の圧縮技術を駆使しています。深く処理した情報でなければ頭に残りません。彼らはその要約を材料として自らの頭で考え抜き、すぐれた知的生産を成し遂げているのです
さすがに達人たちはすごいものだと感心する。
すでにたかいレベルにたっしている方々なのに、
いまもなお地道な実践をつみかさねておられるのだ。
しかし、かんがえてみれば、これらは要するに本の内容をしっかり理解し、
本からえた情報を自分のものにするための技術であり、
そこからどう自分の発見につなげていくかのはなしではない。

梅棹忠夫さんは『知的生産の技術』のなかで、
読書のあと、なにをカードにかきこんでいるかを紹介している。
 よみおわって、読書ノートとして何をかくのか。わたしの場合をいうと、じつはカードにメモやらかきぬきやらをするのは、全部第二の文脈においてなのである。つまり、わたしにとって「おもしろい」ことがらだけであって、著者にとって「だいじな」ところは、いっさいかかない。(中略)著者の文脈をたどって、かきぬきやらメモやらをつくっていたのでは、けっきょくその本一冊をそっっくりカードにうつしとるようなことになってしまって、むだなことである。(中略)
 「わたしの文脈」のほうは、シリメツレツであって、しかも、瞬間的なひらめきである。これは、すかさずキャッチして、しっかり定着しておかなければならない
梅棹さんの読書カードは自分の気づきについてのもので、
作者のいいたいことではなかった。
本をよんだときに、なにをひらめくかは ひとそれぞれであるし、
蓄積したカードをくみかえて、あたらしい発見につなげる方法も、
ノウハウにたよるのではなく、自分でみつけるしかない。
「瞬間的なひらめき」は、まねるわけにはいかないのだ。
『知的生産の技術』では、さらっとかいてある読書カードだけど、
そうやって蓄積したカードを発見につなげるのは そうかんたんではない。
梅棹さんのすごさは、蓄積した膨大な情報を活用して、
あたらしいひらめきを生み出すちからにある。
そこの部分は、なかなか「技術」にならないのではないか。

posted by カルピス at 22:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする