2015年04月03日

「世界で最も寒く過酷なレース カナダ・ユーコン700km」選手たちの健闘がすばらしい

「世界で最も寒く過酷なレース カナダ・ユーコン700km」(NHK-BS)をみる。
700キロの雪みちを、13日以内にはしるレースだ。
はしっても、スキーをはいても、
マウンテンバイクをえらんでもいい。
いつやすんでも、反対にどれだけさきをいそいでもかまわない。
すべての判断は、体調と環境条件を材料に、
選手たちが自分でくだしていく。
さむさはきびしく、気温はマイナス40℃までさがる。
汗がさむさでこおると体力をうばうので、
どうやってさむさから身をまもりつつ、
汗に対応するかに おおくの選手があたまをなやませる。
チェックポイントにつくと、
すぐに汗をかいた下着をかえるひとがいたし、
湯たんぽをせおってはしるひともいた。
2年に1どおこなわれるこのレースにむけて、
選手たちは工夫をこらしてくる。
前回はリタイアしたので、こんどこそ、というひともおおい。

番組の前半は、きびしいさむさを
どうのりこえるかに焦点があてられていた。
判断をあやまれば、いのちの危険にさらされる。
さむさでくつしたがくつにこおりついたり、
体温がさがりたべものをうけつけなくなったり。
いずれもほおっておけばレースをつづけられない。
なによりも、まだこのさきにまっている とほうもない距離と困難に
自分の存在のちいささをおもいしらされ、無力感をおぼえるようだ。
どこで、どれだけやすんでもいいルールだから、
やすみなしでいけるところまではしりつづけるか、
計画的に休憩をとり、自分のペースをまもるのかは
それぞれにまかされている。
さきをゆくほかの選手たちをみれば、あせりもでてくるし、
さむさとつかれは正常な判断力をうばってゆく。
野営してもいいけれど、制限時間以内に
チェックポイントをまわらなければ、
そこでレースはうちきりとなる。

番組の後半は、環境のきびしさよりも、
むしろ、このとほうもないレースに参加しなければえられない、
すばらしい体験がかたられる。
さむさのなかを10時間以上はしりつづけることを、
あたりまえのようにくりかえす選手たち。
レースがすすむにつれ、ものすごい距離をはしりつづけながら
あんがい平気そうな表情の選手がいるのでおどろいてしまった。
番組をみているうちに、選手たちは
レースに参加しているというよりも、
そうやって雪みちのなかをすすむのが、
ごくあたりまえな日常となっているようにおもえてくる。
700キロを13日と、あまりにもスケールがおおきいので、
どこかでとばしたり、
すこしぐらいチェックポイントでいそいだところで
決定的なアドバンテージにできるようなレースではない。
目のまえにひろがるのこされた空間を、
黙々とすすみつづけるしかない。
あまりにも機械的に距離をかさねていくので、
700キロにいどんでいるすごさがかんじられないくらいだ。
はしっていると、森の木々や動物がはなしかけてくる、
といっていた選手がいた。
100キロ・150キロのウルトラマンでも
意識がどこかへとんでいくというから、
700キロもはしれば正気がたもてなくてあたりまえだ。
オーロラにであえた選手もいた。
もうろうとした意識のなかでみるオーロラは、
とても現実の風景におもえなかったのではないか。

なんどもくりかえすけど、
なにしろ700キロというめちゃくちゃな距離だ。
フルマラソンの42.195キロでさえじゅうぶんくるしいのに、
700キロはその16倍以上になる。
マラソンをはしりおえたあと、
「はい、あと15回です」といわれたら、
ふつうのひとは気がへんになるのではないか。
アスファルト道路とはちがい、
雪みちはたとえ2キロでもあるくのはたいへんだ。
それが延々と700キロもつづくのだから、
レースのくるしさは、じっさいにはしったひとでないとわからない。
そして、レースの手ごたえもまた、参加したひとだけがしっている。

夜になれば自分のヘッドライトのあかりだけがたよりだ。
自分のちからをしんじてもなお、
ひとりですすむ原野はどれだけこころぼそいことだろう。
からだや精神に、なにがおこっても不思議はない。
生きてたどりついただけでもしんじられないような快挙だ。
そんななかゴールをむかえた選手たちは、よろこびだけでなく、
なにか不思議な感覚をおぼえているようにみえる。
その格別なおもいは、完走した選手だけのものだ。

優勝したのは61歳のイタリア人、エンリコさんだ。
「自分の限界をためしたい。
 極限のレースだけがその限界をこえる機会をあたえてくれる」
とレースをふりかえってはなしていた。
今回のレースでは、700キロ部門に30名が参加して、
そのうち完走したのは12名だった。
ゴールにちかづいてくると、
かちまけやタイムあらそいだけでなく、
レースに参加していること自体に
選手が価値をおいているのがつたわってきた。
あまりにもきびしいレースに、
わたしにはただ選手たちの健闘をたたえるしかできない。
このレースを完走したことは、
なにごとにもかえられない宝物になるだろう。

posted by カルピス at 20:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする