2015年04月17日

『エージェント6』(トム=ロブ=スミス) レオ3部作の完結編に ふさわしいしあがり

『エージェント6』(トム=ロブ=スミス・田口俊樹:訳・新潮文庫)

レオ=デミドフ3部作の完結編だ。
1作目の『チャイルド44』をよんだのは5年まえで、
すごくおもしろかったことしかおぼえていない。
2作目の『グラーグ57』は、レオの忍耐力がだいぶつらかった。
3作目の『エージェント6』を、なかなかよむ気にならなかったのは、
『グラーグ57』がおもすぎたからだ。
しかし、『エージェント6』は
これまでのシリーズとはちがう構成が生きた作品となっている。
1作目・2作目がソビエト内だけのものがたりだったのに対し、
3作目はいっきに世界じゅうを舞台へとひろがった。
スケールがおおきく、ふかみもましている。
完結作としてふさわしいしあがりだ。

トム=ロブ=スミスは「つかみ」がばつぐんにうまい。
ものがたりは、アメリカ人の世界的なポップシンガー、
ジェシー=オースティンが、ソビエトにやってくる場面からはじまる。
オースティンはソビエトの共産主義体制をたかく評価しており、
ソビエトとしては、オースティンのモスクワ滞在ちゅうに、
市民がつくる行列や、商品のならんでいない棚といった
「事実」をみられるわけにいかない。
なんとかよそいきのすがた、つまり設備のととのったホテルや、
品物のあふれたスーパーなどをみせようとするけど、
オースティンはそんな見学さきに満足せず、
市民たちのいつもの生活をみたいと、案内する役人をこまらせる。
市民がくらすアパートや、行列ができたスーパーなど、
オースティンが気まぐでおもいつく見学さきを、
なんとかととのえようと右往左往する
ソビエトの役人たちがおかしい。
悲劇であるソビエトのまずしさと自由のなさが、
喜劇としておかしさをさそう。

しかし、かるいわらいは最初の場面だけで、
すぐに深刻でつらいものがたりがうごきはじめる。
家族にふりかかってきた悲劇にたいし、
レオは復讐をちかうのだけど、
ソビエトの体制でレオにできることはごくかぎられている。
いかりにもえながら、レオはどうにもならない現実に絶望する。

そのままずっと復讐ではなしをひっぱると、
たとえレオとしてはただしくても よんでる側はくるしかっただろう。
かなしみや絶望はもっともとしても、
個人的な復讐を1冊かけてやられるのはさすがにつらい。
トム=ロブ=スミスがうまいのは、
あいだにアフガニスタンをはさみ、
ものがたりのながれをいったんかえたことだ。
ソ連がアフガニスタンにのりこんだのは事実であり、
その歴史的な背景をいかして
国際社会の複雑なからみを作品にとりこむのに成功した。
アフガニスタンでのはなしがすすむにつれて、
もう復讐はないと読者はおもうし、
レオもまたほとんどあきらめていたのではないか。
アフガニスタンでのレオは、絶望のあまり正気をうしなっている。
なにしろあのレオが、ヒゲもそらず、ゴムぞうりがあたりまえの、
だらしのない男になっている。
いつもスキがなく、自分にきびしいレオをずっとみてきた読者にとって、
さすがのレオも策がつきたようにみえた。
ところがそうではなかったのだから、
おもいがけない展開がまったくうまい。

1作目の『チャイルド44』をよんだのは、
社員旅行でソウルへにいったときのことだ。
2泊3日とみじかい旅行だし、自由時間なんてあまりないだろうからと、
おろかなことに『チャイルド44』の上巻と、
あともう1冊しかカバンにいれなかった。
よみはじめるとすぐにひきこまれ、
かなりはやい段階で、よみおえたときのことを心配しはじめる。
下巻をつづけてよめないイライラに、わたしはたえられるだろうか。
『チャイルド44』というと、
ソウルのうすぐらいスターバックスで、
のこりのページ数を気にしながら
夢中によんだことをおもいだす。

『エージェント6』も、1作目におとらずおもしろい。
よみはじめるひとは、
ぜひ下巻もあわせて用意されることをおすすめしたい。

posted by カルピス at 21:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする