2015年04月28日

ネパール大地震 すこしでもはやい救助活動をねがう

今月25日にネパールでおきた大地震により、
おおくの方がなくなったりケガをされている。
行方不明の方についても、状況がまだ正確に把握されていない。
できるだけはやく、救助活動が必要なひとにとどくようねがっている。

ネパールについて、おもいでがふたつある。
ひとつは自分がネパールを旅行したときのことで、
もうひとつは、日本でであったネパール人のサジャンさんだ。

わたしがネパールをおとずれたのは1987年だから、
もうずいぶんむかしのことになってしまった。
そのときからすでに旅行者がおおくなり、
むかしながらの素朴さがうしなわれた、といわれていたものの、
わたしにはじゅうぶんふるめかしい国におもえた。
カトマンズの旧市街はいつもゴチャゴチャひとがいっぱいで、
お寺もたくさんあるけど、タイとはぜんぜんちがう雰囲気だ。
わたしはおもにカトマンズの西200キロにあるポカラという町で、
2ヶ月くらいぐずぐずすごした。
居心地のいい場所から旅行者がうごけなくなるのを「沈没」というそうで、
たしかにあれは旅行というにはあまりにも怠惰な毎日で、
なにをするわけでもないのに いちにちがちゃんとすぎていく。
ビザがきれてしまうので、事務所に延長の手つづきにいき、
それもまたきれるので、しかたなくつぎの国にうごくか、
みたいなことをおおくの旅行者がやっていた。
わたしはダルバートというネパール料理がすきになり、
ひるごはんと晩ごはんに
おかわり自由なこの定食をたべるのがたのしみだった。
国べつではタイ料理がいちばんとして、
どれかひとつ、といわれれば
わたしにとってダルバートがいちばんすきな外国料理だ。
ヒマラヤのうつくしいけしきもいいけれど、
ネパールというと、つぎにたべるダルバートをたのしみに、
ゲストハウスでゴロゴロした日々をおもいだす。

サジャンさんとは22年まえ、成田空港から東京へむかう電車のなかで であった。
彼はニューギニアでヘリコプターのパイロットとしてはたらいており、
ビザの申請で日本をたずねていた。
ニューギニアにはネパール大使館がないので、
日本のネパール大使館がその機能を代行しているという。
わたしはタイの旅行からかえったところで、
サジャンさんは「Can you help me?」と
電車のなかで乗客にきいてまわっていた。

はなしをきくと、日本にきたのがはじめてで、
とまるところのあてがなく、ネパール大使館の場所もわからず、
こまっているようだ。
アジアを旅行していると、旅行者をたすけるのは
おたがいさま、みたいな感覚になるので、
わたしはためらわずサジャンさんを姉の家につれていった。
さいわい姉もそのダンナも、サジャンさんを歓迎してくれて、
わたしはしばらくサジャンさんといっしょに 姉の家でやっかいになった。

つぎの日からわたしはサジャンさんにつきあって、
ネパール大使館とエア=インディアのオフィスをさがして東京の町をあるく。
用事はすぐにすみ、そのあとはなんとなく東京観光みたいになった。
サジャンさんはカンのするどいひとで、
わたしのつたない英語にも、すぐにさっしをつけ 理解してくれる。
歌舞伎町も案内した。
わたしだってよくしらないし、おっかないので はやあしに案内すると、
サジャンはものたりなかったのか、
つぎの日は自分ひとりで もういちどたずねていった。

サジャンさんはとても紳士的なひとで、
姉の家族に気をつかい、おみやげのおかしをかってくれた。
はなしていても外国のひとだというかんじがしない。
相手やまわりのひとを、なんとなくリラックスさせるところがある。
夕ごはんに手まきずしパーティーみたいなことをしたら、
サシミでも納豆でもなんでもたべてくれた。
そのとき5歳だったわたしの甥は、
サジャンさんとのであいがすごく印象にのこったようで、
おとなになってからも、そのときのことをはなしてくれる。
5歳だから、そんなにこまかいところまでおぼえていないはずなのに、
彼にいわせると、家にかえったらしらない外国のひとがいて、
すごくおどろいたのだそうだ。
甥は、姉の家族としてはめずらしく海外志向で、
ワーキングホリデーでオーストラリアへいったり、
商社につとめたたりしたので、
あんがいほんとうにつよい影響をうけたのかもしれない。

サジャンも日本を気にいってくれた。
町がとてもきれいだし、こんなにだれもが親切にしてくれる国はほかにない、といっていた。
サジャンさんはカトマンズに奥さんと子ども2人をのこし、
ニューギニアにある会社ではたらいており、
こんどカトマンズにかえったら家をたてるつもりだ、といっていた。
そのころ漠然と結婚をかんがえていたわたしは、
サジャンさんに「結婚をどうおもうか?」とたずねてみる。
サジャンさんはすこしかんがえてから、
「いろいろあるけど、結婚は いいとおもうよ」とこたえてくれる。
そのひとことを、わたしがどうおもったかわすれたけど、
1年後にわたしは結婚することになる。

サジャンさんがニューギニアへかえってからも、
なんとなくわたしの意識のなかにサジャンさんとネパールがあり、
いつかカトマンズをたずねてヘリコプターにのせてもらおうとおもっていた。
ネパールはそのあと王制から民主制へとかわり、
政治的に混乱した時期がながくつづいた。
今回の大地震は、観光がおもな産業のネパールにとって、
はかりしれないダメージをおよぼすだろう。
援助活動と復興に、協力できることをさぐっていきたい。

posted by カルピス at 22:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする