2015年09月08日

『バーナード嬢曰く。』(施川ユウキ)

『バーナード嬢曰く。』(施川ユウキ・一迅社)

わたしは人気のあるマンガについて知識がなく、
だれかに案内してもらわないと
おもしろい作品にであえない。
この本は朝日新聞の書評でとりあげられていたし、
倉下忠憲さんもブログに紹介されていた。
http://rashita.net/blog/?p=16549
倉下さんはこのマンガをよむと、
「すさまじく本が読みたくなる」
のだそうだ。
どれどれ。

「読書」をネタにあそんでいるマンガで、
ありそうでなかったスタイルだ。
ある程度の読書歴がないとわらえない、
と本ずきの自尊心をくすぐるけど、
じつは本なんてぜんぜんしらなくてもおかしい。
ゆるくてテキトーで、わたしがすきな世界だ。
本をよまないひとは、
本ずきとは こんなにへんなひとたちなのかと あきれるだろうか。
それとも、ややこしそうだけど、
なんかおもしろそう、と興味をもってくれるだろうか。
『シャーロック・ホームズ』のDVD
かなり繰り返し見たから
そろそろ原作も読んだことにしちゃって
いいんじゃないかな・・・?

なんていいだすバーナード嬢にわたしは共感する。
バーナード嬢はわたしだ。
『舟を編む』への感想もいっしょなのでうれしくなった。

登場人物は(1巻では)たった4人しかいない。
主人公のバーナード嬢こと町田さわ子さんと、
なんとなく彼女が気になる遠藤くん、
図書係でシャーロキアンの長谷川さんに、
ガチガチのSFファンの神林さん。
本に関心があるのはリアル世界でもクラスに1、2人だろうから、
バーナード嬢たち4人のように
少人数のとざされた関係は 読書をめぐる状況そのものだ。
複雑な人間関係や、ややこしいキャラ設定もなく、
安心してゆるい世界にひたれる。
ずっとこのマンガをよんでいたくなった。

よんだらいっぱしの顔ができる本をとりあげてあり、
名前をおぼえれば 一般教養としてやくにたつかもしれない。
「みんな実は
 結構よくわからないまま読んでいる・・・」
「実は グレッグ・イーガン自身、
 結構よくわからないまま書いている・・・」

そうだから、内容がわかる・わからないは
ぜんぜん気にしなくてもいいみたいだ。

各回のおわりに 文章だけのエッセイがのっている。
1話目は【名言】として
「実際覚えている名言といえば(中略)マンガやアニメばかりだ」
とある。
そういえばわたしも、名言を引用できる本はあまりおもいつかない。
ムルソー(『異邦人』)がいった「ぼくのせいじゃない」は
トホホ感があってすきだけど、
日本でこれをいうと、なさけない いいわけにかんちがいされ、
状況をややこしくしそうだ。

著者の施川さんとおなじように、
わたしも アニメの名言ならおぼえている。
『ナウシカ』でクシャナがいった
「諫言(かんげん)耳がいたい」に
まだわかかったわたしはしびれた。
これは、ユパから忠告をうけたとき、
クシャナがひくい声でつぶやいたことばだ。
「耳がいたい」といいながら、
ぜんぜん反省しないクシャナがすごくかっこいい。
どこかでつかおうとおもい 胸のなかであたためてきたけど、
残念ながらそんな機会にめぐりあわなかった。
かんがえてみれば、「諫言耳がいたい」なんて、
よほどうえの地位にたたなければ つかえない。
もうひとつ、やはりクシャナのセリフに
「まちがえるな、わたしは相談しているのではない」がある。
これもまた、ものすごくうえから目線なので
すきだけど、わたしには縁のないことばだ。

3話目でバーナード嬢がいった
「・・・今は コレがせいいっぱい!!」は
『カリオストロ』でルパンがクラリスにいったことばだ。
お姫さまがしんじてくれたなら、
ドロボーは空をとぶことも、
湖の水を のみほすことだって できるのに

でもこのときは、ちいさなバラをひねりだすのが せいいっぱいだった。
名言として 本書に引用されている「◯◯曰く」は
どれもきいたことがなかったけど、
「今は コレがせいいっぱい」だけはわかった。
やはりわたしはバーナード嬢だ。

posted by カルピス at 20:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする