2015年09月20日

西村まさゆきさんの「用はないけど行ってみる」(「デイリーポータルZ」)をたかく評価する

「デイリーポータルZ」に西村まさゆきさんの
「用はないけど行ってみる」がのった。
http://portal.nifty.com/kiji/150907194499_1.htm
用があるところに行く、というのは普通だが、用がないところにわざわざ行くことはそうない。
しかし、用がないところに用がないまま行くといったいどうなるのか?
別に用はないけれど、用のない場所に行ってみたい。

たのまれもしないのに、かってにやってしまうのは
デイリーポータルZの基本的な精神だ。
しかし、「用はないけど行ってみる」を
どうやって目にみえるようにするかは 意外とむつかしい。
企画会議で「用はないけど行ってみる」といわれたとき、
きいているひとは あまりにもふつうでないかんがえ方に
のけぞったのではないか。
この記事は、形のないものを具体化した画期的な企画として、
記念的な作品になるだろう。
デイリーポータルZは、あたらしいステージに到達したのだ。

記事のなかで西村さんは
用もないのに目黒区役所へまずでかけ、
和室を見学し、食堂でひるごはんもたべ、
区議会を傍聴しする。
そのあとも、住宅展示場・動物病院
・同僚の実家をたずねている。
もちろん用はない。

基本的に、たいていのところは
用もないのにいっても大丈夫のようだ。
あやしげな人相だったり服装だと警戒されるだろうが、
ふつうにみえるひとがふらっとたずねるかぎり、
相手側はあたまからはねつけたりしない。
もちろん相手側も、ただ訪問をうけるだけでなく、
自分たちのセールスであったり都合もつたえてくる。
住宅展示場ではローンをくんで家の購入をすすめられるし、
動物病院では くるまえに電話をしたほうがいいかも、と
かるくジャブをうける。
さいごにたずねた同僚の実家へは、
ちゃんとくだものの もりあわせをおみやげにする。
同僚といっても、これまでに4回しかあったことはない。
ほんとうに用はないので恐縮しながらの訪問だ。
突然の訪問をうけたお母さんは、きっとおどろかれたことだろう。

と、ここまでかいていて、
じつは「用もないのにこられた」側は、
そんなにとまどわないのでは、とおもった。
ちからが必要なのは むしろたずねる側だ。
うけるほうにとって、目的がはっきりしない例はめずらしくない。
たとえば住宅展示場にくるひとのなかで、
家をかう意欲満々のひとが どれだけいるだろうか。
市役所にしても、同僚の家にしても、
なんとなくの訪問はむしろ自然であり、
たずねるほうがかってに遠慮しているだけかもしれない。

会社人間によくある例として、
自宅と職場の往復だけになってしまうひとがおおい。
よくてもそこに1ヶ所の趣味的なおでかけさきをくわえた3点が
せいぜいではないか。
世界はこんなにひろいのに、
自分から行動範囲をせまくかぎってしまい、
グルグル三角形をまわる日常からぬけだせない。
「用はないけど行ってみる」は、
ただの散歩ではないし、もちろん徘徊ともちがう。
用はないけど、ちゃんと目的の場所にいっているところが
「用はないけど行ってみる」の大切なところだ。
目的とする場所へいくのに、目的がとくに必要ないなんて、
これまでだれがおもいついただろうか。
用があってもなくても、関心があってもなくても
わたしたちはどこへでもいける。
人生の幅をひろげる異次元の発想として、
西村さんの記事をたかく評価する。

posted by カルピス at 09:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | デイリーポータルZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする