2015年10月07日

『恋するソマリア』(高野秀行)

『恋するソマリア』(高野秀行・集英社)

『謎の秘密国家ソマリランド』につづく高野さんのソマリ本。
1冊目では、無法地帯とばかりおもっていたソマリアに、
平和で民主的な国があるとしりおどろいた。
2冊目であるこの本は、もはやソマリアを
世間のひとにしってほしくてかかれたものではない。
ソマリずきがこうじた高野さんのねがいは
なんとかソマリのひとに自分をみとめてもらいたいと
反対方向へかわってきた。

しかし、そのおもいは一方的であり、
かたおもいがむくわれるのは かんたんではない。
ソマリはふつうでないから高野さんのこころをとらえた。
非情にアグレッシブで、自分に関係ないことにたいしては
まったく関心をしめさず、ひとなつっこいところもない。
そのソマリ人の特徴が、こんどはブレーキとなって
高野さんのねがいをじゃましてしまう。
かくして『恋するソマリア』は、
高野さんのかたおもいをつづるレポートとなった。

かたおもいはたいへんだ。
ソマリのひとに自分の存在をわすれてほしくないから
高野さんはソマリ関係の仕事をさがし、ソマリをたずねる。
3回目と4回目のソマリ訪問である本書は、
これまでにかなえられなかったソマリランドの日常生活と、
モガディショ以外の南部ソマリアの取材を目的にしていた。
イスラム社会のおおくは、
男性が訪問さきの家で女性としたしくはなしたり、
家の男ぬきでは その家にあがれない。
ソマリランドはそれに輪をかけて
「ふつうの生活」をみるのがむつかしいのだという。
世界の秘境であるソマリの、そのまたいちばんの秘境は
ふつうのくらしだった。
はじめはお茶や食事にさえ まねいてもらえなかったところを、
高野さんはだんだんと料理をおしえてもらえるようになる。
やっと体験できたソマリの家庭料理は、ものすごくテキトーだ。
てきとうな量の油や具材をざざっと入れ、てきとうに鍋に火をかける。なかなか煮えず、汁気が足りなくなると水をつぎ足すだけ。途中で電話がかかってくると、野菜を切る手を止めてしゃべっているし、何かを忘れて家の中に取りに行き、5分ほど帰ってこなかったりもする。(中略)
いつ完成したのかもよくわからない。

南部ソマリアの取材では、念願だった「ふつうのくらし」を
訪問さきの村で体験する。
そこは電気もなく、井戸でもバケツから水をくみあげている。
絵にかいたように素朴な村のくらし。
そんな風景を目にした高野さんは、
アル・シャバーブなど、イスラムの厳格な過激派勢力は
「マオイズム」(農村主義)ではないかと分析する。
誰かに命令されることを何よりも嫌うソマリ人がなぜアル・シャバーブのいうことを聞いているのか。支持する人が多いのか。
それは田舎では別に「過激」でもなんでもないからだ。電気がないのだから、音楽や映画などあるわけがない。酒やタバコなどといった贅沢な商品など買える人はそうそういないだろう。(中略)
ーーこちらの生活のほうが正しいのではないか・・・。(中略)先進国の巨大資本が牛耳り、彼らの価値観がどこまでも押しつけられる世界。そんなゆがんだ世界よりも、伝統にのっとり自然環境に合わせたここの人たちの暮らしのほうがよほどまっとうではないのか、と。

だからといって高野さんが
アル・シャバーブを支持するわけではないけれど、
彼らがうけいれられる環境があり、
かんたんに異質な集団ときめつけられない状況を わたしはしる。

モガディショの治安がよくなったとはいえ、
すこし町をはなれると、
そこにはアル・シャバーブの勢力がおよんでいる。
高野さんたちは、コンボイをくんでの移動中に
アル・シャバーブの攻撃をうけた。
そうした襲撃からまもってくれるウガンダ軍の兵士にたいし、
あろうことか ソマリ人のジャーナリストたちは平気で暴言をはく。
悪気はない。ただおもったことを口にしただけだ。
ソマリ人に入れ込んでも、報われることはないのだろうなとしみじみ思った。
ソマリ人は誰にも助けを求めない。一方的な同情や愛情を必要としてもいない。言ってみれば、彼らは野性のライオンみたいなものだ。野性のライオンを愛するのは勝手だが、ライオンからも愛情を返してもらおうというのは間違っている。彼らの土地で、彼らの素の姿を眺め、一緒に生活をする。
それだけで幸せと思わなければとても一緒にやっていくことはできないのだ。

日本にもどった高野さんは、
ソマリ人の海賊にからんだ事件で
通訳として裁判所にむかう。
ほんのひとこと高野さんとソマリ語をかわしただけで、
そのソマリ人はかたかった表情をくずし、笑顔をみせた。
高野さんは、彼と交流したいとおもいはじめる。
「まだまだソマリへの恋は終わりそうにないのである」
と本書はむすばれている。

posted by カルピス at 15:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 高野秀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする