『100円の恋』(2014年・武正晴監督)
32歳の一子は、ダメをこじらた典型のように
自堕落なくらしをおくっている。
仕事にはつかず、なんとなくテレビゲームをするだけ。
ジャンクフードをたべ、タバコをひっきりなしにふかし、
ボーっとした顔つきでテレビ画面にむかう。
脂肪のついた背中を、ボリボリひっかく。
わたしのトホホ的な心情にぴったりだ。
妹とケンカしたのがきっかけで家をでた一子は、
アパートでのひとりぐらしをはじめる。
よくかよっていたコンビニで仕事もえた。
しょぼいながら、あたらしい生活がスタートする。
たまたましりあったボクサー(狩野)にひかれ、
いっしょにくらしたりもする(すぐすてられる)。
カゼでねこんだ一子に、狩野が肉をやいてたべさせてくれた。
といっても、病人がたべられるようなやさしい料理ではなく、
ごつい肉のかたまりだ。
歯がたたない肉にかじりつきながら、
一子はなきだしてしまう。
たべられないなさけなさと、
やさしくされたうれしさと。
狩野の試合をみにいった一子は、
自分でもボクシングをやってみたくなる。
運動と縁どおい、ボテボテのからだが、
トレーニングをつむうちに
だんだんとシェイプアップされていく。
プロテストに合格し、
念願の試合もくんでもらえた。
仕事さきのコンビニや 路上でも、
シャドーボクシングをかかさない。
キレのあるパンチをだせるようになり、
からだのうごきも別人みたいにシャープだ。
迫力のある練習風景がかっこいい。
自分に自信をもてるようになった一子は、
まわりのひとに こころをひらけるようになる。
食堂で父親とテーブルにむかい
「わかくもないんだけどね」と、
にやっとわらう一子がかわいかった。
このままちからをつけ、ボクサーとして
いいところまでかちすすむのでは、とおもわせて、
でも、試合になるとほとんどなにもできない。
相手のパンチを何発ももらい、ボコボコにされた。
じっさいのボクシングは、
こんなふうにあまくないのだろう。
それでも一子は相手にむかっていく。
混乱し、わけがわからなくなっても、
わめきながら ただまえにでる。
顔ははれあがり、目がふさがってきた。
いちどだけ一子の右フックがきまり、
劇的な逆転勝利か、とおもわせるけど、
そうはうまくいかない。
そのあとつづけざまに逆襲をうけ、
あえなくノックアウト。
なんとかおきあがり、よろけながら相手選手にちかづいて
肩をたたき「ありがとう」をつたえる。
そうやっておたがいの健闘をたたえるのが、
ボクシングをはじめたときから 一子のあこがれだった。
試合のあとひとりで体育館をでると、
階段のしたで 狩野がまっていた。
一子はおもわずなきだしてしまう。
「かちたかった。かちたかった」と、なんどもくりかえす。
「いちどでいいから かってみたいんだよ」。
うだつのあがらない人間が、
ボクシングをとおして目ざめていくという
よくありがちなストーリーかもしれない。
でも、女の一子がすべてをさらけだし、
ゼロからここまでこぎつけた姿に
わたしは胸があつくなった。
一子の、安藤サクラの健闘に拍手をおくる。