2015年11月29日

『荒野へ』IT断食と読書

『荒野へ』(ジョン=クラカワー・集英社文庫)

臨時の仕事として利用者の方とおとまりする。
グループホームではなく、
おとまりの体験や、緊急時にとまるための家があり、
そこをつかっての1泊だ。
グループホームなら、5人以上が生活するので、
なにかと仕事がおおいだろうが、
きのうの場合は1対1でのつきそいなので
あまりすることがない。
夕食をおえ、お風呂にはいれば
あとはねる時間をまつだけだ。
夜9時にはすっかりしずかになり、
わたしのまえには膨大な時間が 手つかずでのこされた。

ふだん家にいるときは、9時になっても
なんだかんだすることがあり、
ズルズルと夜ふかししてしまうのに、
この日の夜は 完全にからっぽの時間だ。
ネットもなく、テレビもつけないし、お酒をのまなければ
夜はこんなにもながい。
なかでもネットがいちばん時間をうばう。
わたしはフェイスブックとツイッターをしていないのに
こんな感想をもつのだから、
スマホ依存症のひとが おもいがけず IT断食を体験したら
きっとあまりの空白におどろくだろう。

時間をもてあましたときのために、
数冊の本をもってきていた。
よみかけの『荒野へ』(ジョン=クラカワー)をとりだして
ふとんにねそべってよむ。
アレックスはなぜ 両親・お金・地位・名声を否定して
アラスカの荒野へはいったのか。
この本は、あっちこっちにはなしがとぶので集中しずらい。
著者は、アレックスがとったような無謀とおもえる行為を、
おおくの若者にみられる共通の熱狂として位置づけようと
このような構成にしたのだろう。
それにしても もうすこし彼のうごきに
焦点をしぼってくれたほうが
アレックス的な心理にせまれたのではないか。

アラスカは、アレックスにとっておおきな夢ではあったけど、
最終的な目的地というわけではなかった。
生きてアラスカからもどったとしたら、
彼はどんな生きかたをのこしただろう。
アレックスは、旅さきでであった80歳をこえた老人に、
保守的な価値観にとらわれない
つつましいくらしのすばらしさをとき、
ライフスタイルをかえるよう すすめている。
そして老人は実行にうつそうと旅にでた。
アレックスの言動は、
それだけひとをひきつけるちからがあったのだろう。
わたしの人生のおわりも、中古車に荷物をつんで、
移動しながらの生活になるような気がしてきた。
そとからみたら、それはホームレスのひとかもしれない。

posted by カルピス at 11:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする