『マジェスティック』
(リチャード=フライシャー:監督・1974年・アメリカ)
このふるい作品が、最近になってBSで放映された。
チャールズ=ブロンソンが主演で、
わたしはこの作品を なぜか中学1年生のときに映画館でみている。
なつかしさから 録画してみなおした。
映画館へでかけるのは、中学生のわたしがおもいついた
精一杯のせのびだったのだろう。
ブロンソンは当時、
しぶくて男くさい俳優の代表的な存在だった。
ブロンソンは過去にいろいろあったにせよ(ベトナム戦争など)、
いまはスイカ畑を経営する あまりぱっとしないおやじだ。
題名の「マジェスティック」は、
ブロンソン演じるビンセント=マジェスティックの名が
そのままつかわれている。
あらすじはシンプルだ。
いやがらせをする悪党たちに、
ビンセントがどうたちむかうか。
コーパスというチンピラが、ビンセントの農場でさわぎをおこす。
ビンセントがスイカの収穫にメキシコ人をやとったところ、
コーパスは自分がつれてきた男たちをつかえと いいがかりをつける。
ビンセントはコーパスをかんたんにひねってしまうのだけど、
コーパスはさかうらみして訴訟をおこし、
ビンセントは警察につれていかれる。
なぜいまごろこの作品が放映されたのかを不思議におもう。
とくにすぐれた作品ではないし、
だいいち1974年とすごくふるい。
メキシコ人の労働者がでてくるので、
共和党の大統領選候補トランプ氏が
メキシコとの国境に壁をつくるといった
過激な発言となにか関係があるのだろうか。
あえていまこの作品をひっぱりだすのは、
トランプ氏にむけた なんらかのアピールかもしれない。
でもちがった。
映画をみているうちに、
ビンセントはスイカの収穫しか頭にない
なんだかへんなやつなのが わかってくる。
自分の命がおびやかされても、
口をついてでるのはスイカのことばかり。
金がほしいからではない。
スイカの収穫は一事が万事で、
なにごとにおいても自分のやり方をとおすのが
彼にとって大切であり、いまはそれがスイカなのだ。
スイカの収穫を邪魔しようとするものは、
札つきの悪党であろうと関係ない。
メキシコ人を農場でやとうのも、
メキシコ人にたいして偏見がないからではなく、
ただスイカを収穫してくれるからにすぎない。
ビンセントにつきまとう悪党たちは、
彼がスイカのことしかかんがえないのにいらだってくる。
もっとまともに自分たちの相手をしてほしいのに、
ビンセントの頭のなかは スイカしかない。
そんなビンセントへのしかえしに、
スイカの山にむけ、マシンガンをうちつづける場面は、
ものすごくマヌケにみえた。
そんなので すごんでるつもりなのだから、なんだかかわいらしい。
なかなかビンセントにふりむいてもらえない悪党たちに
同情したくなってくる。
ビンセントにむけた 悪党たちの片おもいが この作品のテーマだ。
1974年というと、でてくる車もさすがにふるい。
ムダにおおきいだけのアメ車は
いかにもおもくてガソリンをくいそうだ。
キビキビとはしれず、みてるだけでストレスをかんじた。
あんな車にはぜったいにのりたくない。
ビンセントがやたらとつよいのがご愛嬌で、
でもそのちからをふるう理由がスイカなのだから
なんだかちからがぬけてくる。
傑作ではないけれど、よくできたB級というかんじで、
わたしのすきなタイプの作品だ。
脚本がエルモア=レナードとあり、
スイカへのこだわりは レナードらしいといえる。