食事をつくる感覚がくるった。
何日かまえには、ハンバーグのつもりでかいものにいき、
きゅうに明太子スパゲッティもいいなーと気がかわり、
なにを血まよったか、いっしょにタジンも、とひらめく。
タジンは45分くらいかかるので、無理なメニューなのに。
タジンといっしょにつくったのが、
きんぴらごぼうにモヤシと高菜づけのいためもの、と
わけがわからない。
これもみんなむすこがいなくなったせいだ。
いなくなれば メニューがきまりやすくなるかとおもったら、
メインがさだまらないまま 混乱してスーパーをうろつく結果、
いつもにまして脈絡のない献立になる。
むすこは部活をしなかったし、塾にもいかなかったので、
夕ごはんの時間になると、家族がいっしょにテーブルについた。
家族の中心は、家長ではなく子どもなのだ。
なにをはなすわけではなくても、
とにかく家族いっしょの食事をつづけてこれたのは
むすこのおかげだ。
むすこがいなければ、きょくたんにいうと
わたしと配偶者、それにわたしの母親が、
のこりものをそれぞれべつべつにたべても(いわゆる個食・孤食)
問題はない。
そうなれば、楽でいいかとおもっていたけど、
いまだにピントのずれたメニューがつづいている。
今夜は小アジのフライをつくる。
町をぶらついていたとき、
居酒屋のメニューがおもてにはってあり、
「いわしフライ」にわたしのなにかが反応した。
いわしフライとフライドポテトにレモンをギュッとしぼり、
パンと白ワインでガツガツたべたくなる。
『異邦人』でムルソーがマソンの別荘でたべた昼食みたいに。
海岸でおよいだムルソーが
マソンの別荘にもどると、ちょうどおひるの準備ができていた。
大へんおなかがすいたと私がいうと、マソンはすぐ女房に、このひとが気に入ったといった。パンがうまかったし、私は自分の分の魚をがつがつたべた。それから肉や揚げたじゃがいももあった。誰もかも、ものもいわずにたべた。マソンはよく酒をのみ、いくらでも私についだ。
きょうのスーパーには、いわしがなくて、
下処理をした小アジが200円ほどでおいたあった。
ゼイゴだけとりのぞき、小麦粉をまぶしてあげる。
じゃがいも4つをフライドポテトにする。
レモンをしぼり、やすい白ワインもテーブルにならべた。
ムルソーがたべた昼ごはんのなかで、
意外と手にはいらないのが
ふつうにうまいフランスパンだ。
きょうはソースとチーズだけのピザをやいて、
フランスパンのかわりにした。
ところどころ『異邦人』とはちがう献立だけど、
イメージのいわしフライが、
現実の夕ごはんになったのに満足する。
今夜のメニューで問題だったのは、
小アジのフライがメインなのに、あわせて
・小松菜とうすあげの煮物、
・白菜の卵とじ
をつくったことだ。
このおかずで 茶わん1杯のごはんをたべてしまい、
魚のフライをガツガツたべるイメージどおりにいかなくなった。
むすこがいない混乱は、まだつづいている。