2016年05月16日

『決戦!バルト海』(セシル=スコット=フォレスター)

『決戦!バルト海』
(セシル=スコット=フォレスター・高橋泰邦:訳・ハヤカワ文庫)

ねるまえに『決戦!バルト海』をすこしずつよむ。
ベッドで寝酒をのみながら、ほんの数ページずつ
いちにちをおえる儀式としてよみすすめる。
この本は、宮ア駿さんが「ホーンブロワーシリーズ」のおもしろさを、
どこかではなしていたのがきっかけとなり よみはじめた。
18世紀のイギリス海軍を舞台に、
平民出身のホーンブロワーが海軍元帥までのぼりつめていく。
『決戦!バルト海』はシリーズの8冊目で、
ホーンブロワーは、海軍司令官として登場する。

30年まえにシリーズをよみおえてから、
老後のたのしみとして本棚にねむらせていた。
むかしの文庫本は、いまの本とくらべて
どれくらい文字がちいさかったかを確認するために
ひさしぶりに『決戦!バルト海』をひっぱりだす。
ほんのすこしよみはじめたら、
ねるまえの読書としてかかせなくなった。
文字がちいさいので、ふだんつかっているリーディンググラスよりも
度のつよいメガネにかえないとよめない。
わざわざメガネをつけかえるというのも、
ねるまえの儀式として気にいっている。

本書でのホーンブロワーは、
ナポレオンが勢力をのばしているフランスがあいてだ。
バルト海を舞台に 艦隊をひきいてたたかいをいどむ。
司令官だからといって、ホーンブロワーは
むやみにいばったり、部下の感情をもてあそんだりしない。
自分のふるまいが、海軍の伝統からみて適切であるかどうか、
また、部下たちの士気をたかめるのに必要な配慮はなにかを、
ホーンブロワーはつねにこまかく計算する。
「もし異存がなければ」と、できるだけさりげない口調をこめて、一語一語を長く引っぱりながら「いつでも信号旗を揚げられるように用意させてもらいたい」
「ブッシュ艦長、ご苦労だが、追風をうけて帆走し、戦隊の後尾についてくれ」
「艦長に、わたしからの伝言ーデッキに来ていただければありがたいとな」

帆船をあやつるには、おおくの乗組員による
一糸みだれぬうごきがもとめられる。
ましてや軍艦は、スピードや火力において
敵をうわまわらなければ たたかえない。
緊急事態に迅速で調和のとれたうごきをとるためには、
ふだんから絶対的な規律が必要となる。
イギリス海軍が、提督を頂点にこまかな階級をもうけ、
一体となってたたかいにのぞむ(あるいはそなえる)伝統は
どのようにつちかわれていったのかが、
ホーンブロワーシリーズの背景にみえかくれする。
当時のイギリスにおいて、船にのる男たちが
どれだけ社会から尊敬をあつめたか。
そうした価値体系のすべてが
ホーンブロワーシリーズにおりこまれている。

『ツバメ号とアマゾン号』など、イギリスの児童文学には、
子どもたちが船をあやつりながら
忍耐力・責任感・勇気をはぐくんでいくようすが、
しばしばえがかれている。
イギリスにおいて、ふなのりであることは、
日本とはくらべものにならないほど 特別な意味をもつ。
それらの伝統が、ホーンブロワーの時代には
すでにできあがっているのが興味ぶかい。
日本の軍隊というと、理屈のつうじない
くらい世界を連想するけれど、
ホーンブロワーシリーズでのイギリス海軍は、
ほこりたかい乗組員たちのようすに胸があつくなる。

posted by カルピス at 23:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする