(セシル=スコット=フォレスター・高橋泰邦:訳・ハヤカワ文庫)
ねるまえに『決戦!バルト海』をすこしずつよむ。
ベッドで寝酒をのみながら、ほんの数ページずつ
いちにちをおえる儀式としてよみすすめる。
この本は、宮ア駿さんが「ホーンブロワーシリーズ」のおもしろさを、
どこかではなしていたのがきっかけとなり よみはじめた。
18世紀のイギリス海軍を舞台に、
平民出身のホーンブロワーが海軍元帥までのぼりつめていく。
『決戦!バルト海』はシリーズの8冊目で、
ホーンブロワーは、海軍司令官として登場する。
30年まえにシリーズをよみおえてから、
老後のたのしみとして本棚にねむらせていた。
むかしの文庫本は、いまの本とくらべて
どれくらい文字がちいさかったかを確認するために
ひさしぶりに『決戦!バルト海』をひっぱりだす。
ほんのすこしよみはじめたら、
ねるまえの読書としてかかせなくなった。
文字がちいさいので、ふだんつかっているリーディンググラスよりも
度のつよいメガネにかえないとよめない。
わざわざメガネをつけかえるというのも、
ねるまえの儀式として気にいっている。
本書でのホーンブロワーは、
ナポレオンが勢力をのばしているフランスがあいてだ。
バルト海を舞台に 艦隊をひきいてたたかいをいどむ。
司令官だからといって、ホーンブロワーは
むやみにいばったり、部下の感情をもてあそんだりしない。
自分のふるまいが、海軍の伝統からみて適切であるかどうか、
また、部下たちの士気をたかめるのに必要な配慮はなにかを、
ホーンブロワーはつねにこまかく計算する。
「もし異存がなければ」と、できるだけさりげない口調をこめて、一語一語を長く引っぱりながら「いつでも信号旗を揚げられるように用意させてもらいたい」
「ブッシュ艦長、ご苦労だが、追風をうけて帆走し、戦隊の後尾についてくれ」
「艦長に、わたしからの伝言ーデッキに来ていただければありがたいとな」
帆船をあやつるには、おおくの乗組員による
一糸みだれぬうごきがもとめられる。
ましてや軍艦は、スピードや火力において
敵をうわまわらなければ たたかえない。
緊急事態に迅速で調和のとれたうごきをとるためには、
ふだんから絶対的な規律が必要となる。
イギリス海軍が、提督を頂点にこまかな階級をもうけ、
一体となってたたかいにのぞむ(あるいはそなえる)伝統は
どのようにつちかわれていったのかが、
ホーンブロワーシリーズの背景にみえかくれする。
当時のイギリスにおいて、船にのる男たちが
どれだけ社会から尊敬をあつめたか。
そうした価値体系のすべてが
ホーンブロワーシリーズにおりこまれている。
『ツバメ号とアマゾン号』など、イギリスの児童文学には、
子どもたちが船をあやつりながら
忍耐力・責任感・勇気をはぐくんでいくようすが、
しばしばえがかれている。
イギリスにおいて、ふなのりであることは、
日本とはくらべものにならないほど 特別な意味をもつ。
それらの伝統が、ホーンブロワーの時代には
すでにできあがっているのが興味ぶかい。
日本の軍隊というと、理屈のつうじない
くらい世界を連想するけれど、
ホーンブロワーシリーズでのイギリス海軍は、
ほこりたかい乗組員たちのようすに胸があつくなる。