『あん』(河瀬直美:監督・2015年・日本)
さえない中年おとこ(千太郎)が、しかたなさそうに、
でも基本的には誠実な仕事ぶりで
どらやきをつくっている。
(以下、ネタばれあり)
あんなふうに、まいにち皮をやきつづけるのも
それはそれで わるくない人生かも、なんて
ついおもってしまうくらい
コツコツと 仕事にとりくむようすがいいかんじだ。
千太郎は、どらやきの皮は自分でやくけど、
つぶあんは 一斗缶にはいった業務用をつかっている。
そんな店に、かわった雰囲気の老女・徳江(樹木希林)が
やとってもらえないかと たずねてきた。
彼女は、あんづくりの名人だった・・・。
率直にいって、樹木希林さんでなりたっている作品であり、
あずきの声に耳をかたむけながら あんをつくっていくのも、
樹木希林さんでなければ あれほどの説得力はうまれないだろう。
はなし方、しぐさ、表情のすべてがふかい。
お店ではじめてはたらく朝、しろい帽子をかぶるときに
徳江さんがうれしそうにほほえむ。
「わたしほんとにここではたらけるのねー」
彼女はこれまでのつらい経験から、
そとの社会にでて、はたらけるしあわせを
しみじみとかみしめる。
ハンセン病というカードをはさまなくても、
この作品は成立したのではないか。
徳江さんの「あん」へのおもいが この作品のすべてだ。
ちいさなどらやき屋を淡々とつづけ、
そこにしあわせをみいだすことだって、
じゅうぶんうつくしい生きかたではないか。
せっかくおいしいどらやきがつくれるようになったのに、
おこのみやきとどらやきの両方をだすお店に
改装するようオーナーがつげにくる。
おこのみやきは、オーナーのおいだという
チャラ男にまかせるつもりだ。
このあんちゃんがすごかった。
いくらオーナーの指示だとしても、
こんなやつとはぜったいに仕事はできないとおもわせる。
なにをやっても無責任になげだしそうな雰囲気で、
とても地道にたべもの屋をやれるタイプではない。
千太郎が屋台でのどらやき屋さんに商売がえしようと
ふんぎりをつけられたのは、あのチャラ男の功績である。
あんなのといっしょにやるくらいなら、店をやめるしかない。
おりにふれ、徳江さんのつぶやきを千太郎はおもいだすだろう。
なにかをなしとげる人生でなくても、
ただ生きてるだけで じゅうぶんに意味がある。
徳江さんは どくとくなはなし方で
ことばにだけたよるあやうさに 気づかせてくれる。
徳江さんのような やわらかなこころで
世界とせっすることができたら、
どれだけゆたかにいきられるだろう。
この作品は、徳江さんの世界観によってなりたっており、
みているわたしは、徳江さんを
どうしても樹木希林さんにかさねてしまう。