外国を旅行していると、
結婚しているのなら、なんで奥さんをさそわないんだ、
とよくたずねられる。
おたがいのやすみがあわないので、
なかなかふたりいっしょの旅行ができないんだ、と
ある程度ほんとうの理由をはなす。
わたしとしても、できればつれがいたほうが旅行はたのしい。
でも、配偶者の都合でながくはやすめないのだから しかたがない。
けっきょくいつもひとりででかけることになる。
しかし、今回はたった5日間だ。
これぐらいなら、ゆるされる範囲内ではないか。
配偶者にたずねると、月をまたいだら
やすみをとりやすいというので、
来年の2月27日から3月3日までの日程を提案する。
はじめは配偶者もいきたそうにしていたけど、
なんどか決心をせまるうちに
「ひとりでいって」といわれてしまった。
実家のお父さんの調子がいまひとつなので、
旅行にでるのは気がひけるらしい。
ビーチリゾートのセブ島へ、ひとりでいっても
たのしくないだろう。
旅行にでるなら、目的地をかえたほうがいいかもしれない。
とくにセブ島へいきたくてたまらなかったわけでもないので、
どこでもいいのだけど、
そうなると、こんどはどこへいくのか なかなかきまらない。
たとえば 5日間の旅行にいってもいいですよ、と
まったく自由な提案をされたとき、
すぐにいきさきをきめられるひとが どれだけいるだろう。
どこでもいけるとなると、
台湾でもいいような気がしてくるし、
だったらまだいったことのない沖縄だろう、とか、
金沢の友だちをたずねる手もあるな、とか、
旅行にでかけたつもりで、貯金しておこうとか、
わけがわからなくなって
旅行さきがぜんぜんしぼれない。
旅行作家の宮田さんは、『だいたい四国八十八カ所』(本の雑誌社)に
なんのために、なんて考えていると、旅はいつまでたっても始まらない。意味を考える前に計画を立て、結論が出る前に出発してしまう。これが大切である。
とかいている。
ながい旅はもちろん、たった5日間でも
かんがえだすとわけがわからなくなる。
旅行にでたいのなら、かんがえてはだめだ。
わたしの配偶者は、かんがえたから でかけられなくなった。
わたしにだって、母親の通院やピピの病気など、
それどころの状況ではないような気もしてくる。
心配ごとはいくつもあるけれど、かんがえないことにして、
とにかくセブ島へでかける計画をたて、出発しよう。