2017年04月05日

むかしのわたしはえらかった

ラジオをきいていたら、英会話を身につけようとするとき、
教材による勉強がいいか、英会話スクールがいいかを
二択のアンケートでたずねていた。
わたしだったらまよわず英会話スクールをえらぶけど、
アンケートの結果は半々ぐらいだった。

わたしはむかし、フランス語の教室にかよったことがある。
生徒は10名ほどで、半分が日本人だった。
先生はフランス語だけをしゃべる。
その教室で、どれだけフランス語がはなせるようになったか
客観的な評価はできないけど、いい体験ではあった。
ときどきみんなのまえでなにかを発表する課題がだされる。
なんにちかの準備期間があるとはいえ、
かなりたいへんな宿題だった。
いまでもよくおぼえているスピーチは、
福岡正信さんについてと、
椎名誠さんの本にのっていた
馬のしょんべんビールの小話を紹介したときだ。

福岡さんは、無の思想といって、
すべては自然がやってくれる、
人間が作物をそだてているとおもうのは おこがましいと、
お米をつくるのに、田んぼをたがやさず、
肥料と農薬をつかわず、草もとらない
自然農法をあみだしたひとだ。
すべては無である、という思想であり、
ひじょうに魅力的なかんがえ方だけど、
説明するのは そうかんたんではない。

椎名誠さんの小話は、
旧ソ連がつくっていたビールが、
いかにひどかったかのはなしだ。
くもの巣のようないかにも邪悪なアワがたち、
のみこむたびに なんども首をかしげるようなひどいビールを、
ある研究所におくったら、
「おたくの馬は健康である」という返事がかえってきた。

わかかったわたしは、どのようにこのふたつのはなしを
みんなのまえで発表したのだろう。
おどろいたことに、福岡さんのはなしは、
あんがいみんなが興味をしめし、いくつもの質問をうけた。
先生がじょうずに わたしのはなしを おぎなってくれたのだろう。
それにしても、福岡さんの思想を、
いったいどんなふうにフランス語で説明したのか、
自分の発表をきいてみたい。

馬のしょんべんの小話は、まったくうけなかった。
わたしのまとめ方がまずく、
いつまでも状況説明がおわらないので、
「まだつづくの?」と先生があきれていた。
おもしろくない小話ほど 迷惑なものはない。
とはいえ、先生がいやがるくらい、
延々と説明をつづけたというのは われながらすごいとおもう。
わかいころのわたしは、いまよりもずっとおりこうだったみたいだ。

もうひとつ記憶にのこっているのは、
「わたしがわかかったころ」
というフレーズをいれて 作文をつくったときのこと。
まだ16歳ほどのアメリカ人の少年が、
「わたしがわかかったころ」といったので、
その瞬間、教室のみんながはげしくふきだした。
16歳がいう「わたしがわかかったころ」は、
いつのはなしだったかわすれた。

こんなおもいでがのこるのだから、
外国語の学習は、教材にひとりでとりくむより、
スクールにかよったほうがいいと わたしはおもう。
対象人数はすくなければ すくないほどいい。
いちばんいいのは マンツーマンでの勉強だ。

posted by カルピス at 21:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする