障害のあるかたの余暇支援でバスにのったら、
黒のスーツできめたおにいさんがはなしかけてきた。
髪は茶色にそめてパンチパーマ、そして黒のサングラスをかけている。
ときどきおなじバスにのられるので、
これまでも、みじかいあいさつをかわすくらいはしていた。
きょうは、「おでかけですか?」のあと、世間話になる。
このズボンはアジャスターがついているので、
すこしぐらいふとっても対応できる、と
いきなりわたしのふところにスルッとはいってこられた。
ヤクザ屋さんではないとふんでいたとおり、
スーツできめてるだけのおにいさんだ。
こういうひとはえてして はなしだすと とまらなくなるけど、
この方は、おおむねしずかにすごしながら、
ときどきズバッと自分のかんがえをかたられる。
はなすうちに、だんだんと ひととなりがわかってきた。
とくにかくすようすもなく、はなしのついでというかんじで、
養護学校をでているといわれた。
同期の子たちは、みすぼらしいかっこでくらしています、
わたしがいちばんかせいでいるとおもいます、と
自信ありげにはなされた。
そういわれても、いやなかんじをうけない。
わたしのしらないファッションとあそびのはなしをきかせてもらえ、
たのしいおしゃべりとなった。
黒のスーツと、それ以外の色のスーツをそれぞれ8着ずつもっておられ、
黒のスーツはよそいきというよりカジュアルな位置づけらしい。
黒だとよごれがめだたないので、というのが理由だ。
(4万円のやすいスーツ、というからすごい)。
わたしがみかけるときはいつも黒のスーツで、
この方にとってはカジュアルかもしれないけど、
ここまできめたひとは、わたしの町ではまずみかけない。
ほんとうにきめるときは、黒ではなく
11〜12万円もするド派手なスーツで気合をいれる。
こうしたはなしは たいがいハッタリがおおいけど、
このひとの場合はきっとほんとうだ。
確固たる信念にもとずいて、大切にされているスタイルなのだろう。
はなしをするうちに、居酒屋ではたらいていて、
きょうは月に2日しかない やすみの日というのがわかった。
月に2どのイベントとして、
町でお酒をのむのがたのしみなのだそうだ。
いちどの外出で3万円分あそぶらしい。
1500円のタクシー代をのこして きっちりつかってしまう。
かっこいい。
お酒をのむといっても、すきのないスーツできめるぐらいだから、
この方の場合は居酒屋ではなく、
「スナック・ラウンジ・キャバクラですね」ということだ。
わたしにはできないあそび方なので、
どんなおはなしをされるのですかとたずねると、
服やシモのはなしですと、てれや自慢ではなく、
事実を事実としてすんなりおしえてくれる。
わたしとまったくちがうお金のつかい方だけど、
かっこいいスーツと金銭感覚にすっかり感心してしまった。
かるい知的障害をもつひとのおおくは、
全面的に親の支配下にあったり、
施設や介護事業所に身もこころもあずけておられるなか、
この方は、はたらいて得たお金を自分のたのしみにつかっている。
キャバクラや高級スーツ、たとえ風俗だとしても、
どうどうと自分のスタイルを確立し、
生活をたのしみ、生きかたに自信をもっておられる。
結婚されてますか、ときかれたので、
「はい」とこたえる。
「あなたは結婚したくないですか」と、こちらからもたずねると、
あまり結婚に魅力をかんじておられないようすだ。
いまの生活をこれだけたのしんでおられのだから、
あえて結婚したいとはおもわないだろう。
「そうですね、いいことばかりじゃないですもんね」。
わたしは自分にいいわけするように あいづちをうった。