演出家の高畑勲さんが亡くなった。
高畑さんといえば、「アルプスの少女ハイジ」の
とろけるチーズが有名だ。
40年まえの日本では、ナチュラルチーズがまだ一般的でなく、
お店でかったプロセスチーズをいくらあぶっても、
おじいさんがつくってくれた おいしそうなパンとチーズにならない。
どこまでもアジアである日本と、おしゃれなヨーロッパとの、
根本的なちがいを意識させられる事件だった。
わたしがいちばんすきなのは、
ハイジがフランクフルトからかえってきて、
おじいさんと感動の再会をはたす場面だ。
家のまえにたつおじいさんにむかい、
ハイジは坂のしたからかけあがり、
何メートルもの大ジャンプをきめて胸にとびこむ。
高畑さんといえば、すぐれた演出とともに、
製作日数をいくらでものばしてしまうことでしられている。
もちろん、作品の質をたかめるのは大切なこととはいえ、
公開日をまもるのもまた、製作者にもとめられる基本的な条件だ。
それなのに高畑さんは、はじめて演出を担当した
「太陽の王子ホルスの大冒険」からすでに、
製作が3年以上と、予定をおおはばにこえている。
「かぐや姫の物語」にいたっては、最終的に、
8年もの歳月と、50億円の制作費がついやされた。
ジブリが「かぐや姫の物語」以降、
長編作品をつくらなくなったのは、もしかしたら、
「かぐや姫の物語」でお金をつかいはたしたせいではないか。
作品のためなら会社をつぶしてしまう
恐怖の人間が高畑勲さんなのだ。
「ホルス」の製作にあたる高畑さんに、
映画公開の期限をまもるようもとめた東映動画の経営陣は、
なにかと悪者あつかいされるけど、
会社として当然の要求だったにすぎない。
平気で予算と期日を無視してしまう、高畑さんのほうが
よっぽどとんでもないひとだった。
それでも、作品がすぐれていたら、かかりすぎた制作費と製作日数を、
必要なリスクとして第三者はとらえたがる。
わたしだったら、高畑さんに演出はたのまない。
予定どおりの公開は、ぜったい間にあわないのがわかっているから。
有名な「ハイジ」「火垂るの墓」のほかにも、
「となりの山田くん」「平成狸合戦ぽんぽこ」では、
高畑さんでなければ表現できなかった世界をみせてくれた。
恐怖の製作者であることをかんがえないようにすれば、
高畑さんはまちがいなく第一級の演出者である。