たてつづけに3つの作品をとちゅうでなげだした。
2冊の本と1本の映画。
『遭難信号』は、主人公のパートナー(女性)が
仕事でいったはずのスペインからかえってこない。
なぜ自分のまえからいなくなったのか、
主人公は延々と自問し、とまどいつづける。
500ページのうち、130ページまでよんでも、
ずっとその調子でひっぱられ、ついていけなくなった。
なんの説明もなしにものがたりがすすむのは きらいではない。
かきかたにもうすこし工夫がほしかった。
読者をイライラさせない気くばりがたりないのではないか。
『点のひらの音符』は、むかしをおもいだす描写がずっとつづく。
きっといいはなしなんだろうけど、わたしにはたいくつだった。
書評でとりあげられていたので、かってみたのだけど、
わたしのストライクゾーンとずいぶんずれがある。
映画の『バタフライ・エフェクト』は、
ショッキングな場面がおおく、なんどもドキッとさせられる。
犬がひどい虐待をうけたところで
それ以上みつづけられなくなった。
このごろ自分のやさしくない部分に気づくことがおおく、
しょんぼりというか、残念におもっていた。
こんなときにこそ、自分を肯定できるも作品にふれたいのに、
3つもとちゅうでなげだしては、
ますます自分のゴーマンさをかんじてしまう。
本や映画は、作品によってあう・あわないがあり、
作品の優劣ではなく相性の問題なのだから、
わりとあっさりとちゅうでなげだしてしまう。
とはいえ、こんかいのように、
3つ たてつづけになげだすのはめずらしい。
なんだかマージャンの役がそろったみたいなので、
これをきっかけに、いい作品とであいたい。
夜ねるまえに、子ネコのココとあそんでいる。
とぎれとぎれに『ソナチネ』(北野武:監督)をみていたら、
たけしが機関銃をもってホテルへ・・・という場面になった。
いつもは はげしくあそびまわるココが、
わたしのひざのうえで、じっと画面をみている。
うごきがあるからテレビに視線をうつすわけではないから、
ココなりになにかをかんじたのではないか。
ぼんやりみていた『ソナチネ』は、
テキトーな鑑賞態度にぴったりの作品だった。