2019年02月28日

河合俊雄さんがよみとく村上春樹作品の垂直性

毎週木曜日の10時から、NHKカルチャーラジオで
「河合俊雄が読み解く村上春樹の“物語”」をきいている。
すこしはなれたお店にクッキーをとどけると、
ちょうどこの番組がまるまるおさまる。
なんてかくと、わたしが自分の趣味にあわせて
配達場所をえらんだみたいだけど、
もちろん たまたまの偶然でしかない。

はじめのころの放送は、きいていて
あまりおもしろくなかったけど、前回の「垂直性」から、
わたしにもはなしの内容が いくらかわかるようになってきた。
垂直性は、「パン屋再襲撃」にでてきた
「特殊な飢餓」を説明するとき、
洋上にうかぶボートというかたちで顔をだしている。
1 僕は小さなボートに乗って静かな洋上に浮かんでいる。
2 下を見下ろすと、水の中に海底火山の頂上が見える。
3 海面とその頂上のあいだにはそれほどの距離はないように見えるが、しかし、正確なところはわからない。
4 何故なら水が透明すぎて距離感がつかめないからだ。

河合さんによると、これが「垂直性」だという。
水平ではなく、垂直な構造をとりいれることによって、
ものがたりのふかみがますらしい。
ただ、垂直性をだそうとしながら、
「パン屋再襲撃」ではマニュアルにたよった
ハンバーガーショップの対応をうけ、
水平な関係にとどまっているらしい。
うまいことをいうものだと感心した。
わたしは、洋上にうかぶボートの描写をよんでも、
かかれたとおりにうけとめるだけだ。
それが垂直性だなんて、まるで気づかないし、
パン屋をふたたびおそうことと、
なにか関係があるとも もちろんかんがえなかった。
でも、河合さんによって 構造がときあかされると、
この短編にひかれるのは、垂直性と水平性の
おもしろさにあると気づかされる。

「パン屋再襲撃」は、短編集『パン屋再襲撃』におさめられている。
突然おとずれた理不尽なほどの空腹は、
むかしパン屋をおそいそこねた
のろいにちがいないと 奥さんがいいだし、
もういちどパン屋をおそいなおすはなしだ。
深夜にひらいているパン屋さんは、
すくなくとも当時はなかったので、
かわりにハンバーガーショップをおそうことになる。
わたしは、奥さんがきゅうに
機関銃のレミントンをとりだしたおかしさにつりだされ、
軽ハードボイルドとしてよんでいたぐらいだから、ひどい読者だ。

『パン屋再襲撃』のなかには、
いい歳になっても、あそびつづけるおにいさんのはなし、
「ファミリー・アフェア」もおさめられていて、
わたしはこのいいかげんそうなおにいさんがだいすきだ。
「でも本当の生活というのはそういうものじゃないわ。(中略)あなたはまるで自分のことしか考えてないし、真面目な話をしようとしても茶化すばかりだし」
「内気なだけなんだ」と僕は言った。
「傲慢なのよ」と妹は言った。
「内気で傲慢なんだ」と僕はワインをグラスに注ぎながら渡辺昇に向かって説明した。「内気と傲慢の折りかえし運転をしてるんだよ」

わたしはこのおにいさんから、
ささやかなおいわいにシャブリをおくること、
デートでは、ウィスキーのI・W・ハーバーをのむこと、
そして、
良い面だけを見て、良いことだけを考えるようにすれば、何も怖くないよ。悪いことが起きたら、その時点でまた考えればいいさ

をまなんだ。
文学的なふかみはないかもしれないけど、
人生における実用書として、「ファミリー・アフェア」は
「パン屋再襲撃」よりもやくにたつ。

posted by カルピス at 22:31 | Comment(0) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする