(ピエール=ルメートル・文春文庫)
カミーユ警部の三部作
『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』『傷だらけのカミーユ』
はどれも第1級の作品だった。
『わが母なるロージー』は、
作者がいちどだけカミーユを復活させた番外編だ。
カミーユ警部シリーズを4冊にするつもりはなく、
3冊半、とルメートル自身が序文にかいている。
本文は212ページとうすく、
ミステリーの世界にどっぷりつかるたのしみはないものの、
ルメートルのうまさに 気もちよくのせられる。
ルメートルには、よみ手をおもうままにあやつるちからがある。
細部までコントロールのきいたストーリーを堪能した。
ものがたりは、時間の経過をおって、一直線にすすんでいく。
シンプルでわかりやすく、それなのに、
よみおえたときのおどろきは格別だ。
パリで爆破事件がおこる。さいわい死者はでなかった。
犯人とおもわれる男を目撃した女性がいて、
彼女はありえないほどひとの特徴を記憶する能力がたかかった。
ひとめみただけの男を、このひとにまちがいないと証言し、
警察が確認したところ、本当に犯人を識別していた。
ものごとがこれほどスムーズに進むことはめったにない。
えらくかんたんに犯人がみつかり、なんだか拍子ぬけだ。
でも、もちろんそんなにうまくいくわけがない。
警察に、爆弾をしかけたのは自分だと、男がたずねてくる。
こういう場合、たいていはでたらめで、
ひとさわがせがめあてにきまっている。
でも、この男の場合はほんとうに犯人だった。
彼はジャンとなのる。
さきほどのべた女性が「あの人です!」といった男だった。
ジャンは、カミーユとしかはなさない、といい、
交渉の相手にカミーユを指名する。
彼は、爆弾を7つしかけたという。
そして、これからまいにちひとつずつ爆破する。
彼の要求は、刑務所にはいっている母親、ロージーの釈放と、
ふたりのあたらしいID、そして500万ユーロだ。
爆破とひきかえに大金を要求する。
よくあるはなしであり、もちろん国も警察も同意しない。
男をなんとかおもいとどまらせるしかない。
しかし、カミーユが理屈でおしても、テロ対策班がしめあげても、
ジャンは爆弾をしかけた場所をあかさない。
部屋に不気味な緊迫感が漂いはじめた。
ジョゼフ=メルラン通りについての供述が真実だとれば、それ以外の話も真実味を帯びてくる。つまりこれからまだ六つの爆破事件が起こりうる。
それまでにおきた爆発をしらべるうちに、
ジャンは被害者がでない時間をねらったか、
爆発するまえに発見されるよう、計算しているのにカミーユは気づく。
カミーユは、ジャンがみずしらずの人間を
金のためにころすとはおもえなくなる。
ジャンと母親の関係に、なにかがまだかくされている。
カミーユは、なにかがおかしいと、とまどっている。
自分たちは、なにかをみおとしている。
カミーユは、ジャンとロージーの釈放を提案し、
ふたりが空港へむかえるよう手配しながら、
まだなにか予想外のことがおきると予感している。
そうしてむかえたラストには、まったくおどろかされた。
ジョンは、金めあてとおもわすことで、
犯行の目的をさいごまでかくしとおしていた。
気がよわく、頭もにぶいときめつけていたジャンなのに、
けっきょくは さいごまでカミーユのうごきをよんでいた。
みじかめの本なので、これまでのシリーズでいい味をだしていた
ケチなアルマン刑事はでてこないのがすこし残念だ。
本書では、できすぎな部下ルイだけがカミーユをささえる。
ネコのドゥドゥーシュは、いつものように気むずかしい性格だ。
夜おそくカミーユが家にもどると、
自分をほったらかしたカミーユに腹をたて、しばらく無視する。
「まあいい、好きにしろ」
カミーユもようやくひと息つき、自分のためにウイスキーを注いだ。
なじみのメンバーが、それっぽいうごきをとるのが、
ファンはすごくうれしい。
みじかいながらも、洗練されたミステリーを堪能した。
みごとな傑作として、おおくのひとにすすめたい。