2020年04月11日

「いま目の前にあることを本気で」おこなえるかどうか

佐々木正悟さんがシゴタノ!にかかれた
「すべての割り込みタスクに対して優先度を『最高』にする」
をよむ。
https://cyblog.jp/39788
「シゴタノ!」の記事を書いている最中に、新座に住む父親から電話がかかってきました。
A:「いま目の前にあることを本気で行う」

B:「他の人から依頼されたことは、原則として即座に本気で行う」(中略)
シゴタノ!を目の前において本気で書いていました。
電話が鳴りました。原則として即座に本気で電話に対応します。
ここで感情的になったり、シゴタノ!のことを心配したりしてはいけないのです。
以前の私は心配していました。心配しなくなったのは「グッドバイブス」の影響を受けています。

「グッドバイブス」をわたしはよくしらないけど、
「本気を発揮して『与えるすごさ』を実感する」
をよむとすごく奥ぶかいとらえ方だ。
https://goodvibes.work/2019/12/17/vibes270/
仕事を効率的にすすめるのが目的ではなく、
即座に本気で役割を果たすのは、私たちに普遍の役割として「目の前の人の恐れと不安を取り除くこと」

というから、なんだかすごい。

Aの、「いま目の前にあることを本気で行う」
だけでもなかなかできない。できないけどすてきだ。
わたしだったら、どうしてもかきかけの原稿に気をむけたまま、
電話の対応をしてしまう。
もしいつも目の前にあることを本気でできたら、
ただそれだけで、ていねいに生きる、
ひとあじちがった人間になれそうだ。
たとえば だれかとはなしをするとき、
あたりさわりのない話題をさがし、
その場をのがれようとしがちだけど、
本気でそのひととむきあえば、またちがう会話ができるだろう。
「目の前のことを本気で」は、あらゆる場面にいかされる。

まえによんだカニグズバーグさんの『13歳の沈黙』に、
いちどにひとつのことしかしない家政婦さんがでてきた。
そこからにじみでるおちつきが、依頼主にこのまれている人物だ。
このひとも、目の前のことを本気でしている。
かんたんなこと、なんどもやってきて、なれてることは、
本気でむかわず、いいかげんになりやすい。
そんなときにも「目の前のことを本気で」とりくめるかどうか。

posted by カルピス at 21:12 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする