2020年04月15日

『ポースケ』(津村記久子)

『ポースケ』(津村記久子・中公文庫)

カフェ「ハタナカ」を舞台にした連作短編集。
連作短編集にみせた長編ともいえる。
店主・店員・客など7名が、章ごとにいれかわり主人公になる。
ハタナカには、だれもが本をもちよれる棚があり、
「売ったりあげたりはしたくないけど
 手元に置いておくほどよくは読まない本」
がおかれている。
そのなかに『ニューエクスプレス ノルウェー語』がある。
パート店員の竹井さんがおいていった本で、
彼女はいまエスペラントを勉強ちゅうだ。
以前つとめていた会社で、ろくでもない役員に目をつけられ、
竹井さんはこころをやんでしまった。
母親の紹介で、いまは家から2分の「ハタナカ」ではたらいている。
午後になると、つよいねむけにあたまがボーッとしてくる。
仕事がおわり家にむかうと、2分しかない距離なのに、
我慢できずとちゅうでねむりこむことがある。

彼女は外国語の入門編の勉強を 日課にとりいれている。
ノルウェー語のテキストも、竹井さんが勉強した本だ。
午後はうごけなくなるし、いまは電車にものれない。
でも、ノルウェーにいきたくて、エスペラントを勉強し、
おなじくエスペラントをはなすひとの家に
ホームステイできたらと、うっすら ねがっている。
タイトルの「ポースケ」とは、
ノルウェーでおこなわれているお祭りのことらしい。

むすこのために、英語の問題集をひらいているお客さんが
こまっているようすだったので、竹井さんは声をかける。
「何かお困りですか?」(中略)
「意味わかる?とらい・ざっと・おん・ふぉー・さいず。辞書にでてこなくて」
「はあ。『それをやってみなさい』じゃないですか」(中略)
「try じゃなくて size のほうで辞書を引いたら出てくるかもしれません・・・」

ひいてみた。
「Don't forget to try it on for size」
(サイズが合うかどうか、かならず試着しなさい)
でのっていた。
なかの会話をたしかめたくて、辞書をひくのはひさしぶりだ。
そうしたくなる魅力が津村さんの小説にはある。
そのすこしあと、おなじ女性が竹井さんにアドバイスをもとめる。
「あの問題集の最後の長文解読が、NASAの研究員の男女の会話で、男のほうが、この研究が成功したらディナーに行こう、って女の子を口説くんやけど、女の子は、それはない、って言うのよ。その理由が、あなたは研究の結果よりも、プレデターの結果と結婚しているから、ちなみにわたしはペンギンのちょっとしたファンなの、みたいなことを言うのね」(中略)
「その男子は、仕事の結果よりナッシュビル・プレデターズのリザルトに執着してるから、女子は、ないわ、って言うんだと思います。それで女子は、ピッツバーグ・ペンギンズの軽いファンです。アイスホッケーの話をしてるんですよ」
「何それ、中学生にわかるわけないやろ!」
「同感です・・・」

こういう、ものすごく具体的で、
でもなんでもない会話が津村さんはうまい。

わたしは、「ニューエクスプレス」シリーズの、
ノルウェー語とエスペラント語をもっている。
その両方がでてくる小説なんてそうないだろう。
「ハタナカ」では、コーヒーもあつかっているけど、
はなしのなかに紅茶の描写がよくでてくる。
これもまたわたしのこのみとあっており、
自分にちかいはなしだと興味をもちやすい。
それに、登場人物が特別な人間ではなく、
どこにでもいそうなかんじがすること。
それぞれが、自分のスタイルにあわせ、
ていねいに生きているのがいいかんじだ。
斜めがけにしたショルダーバッグから黄色の財布を出す。風水にあやかっている。(中略)デザインを犠牲にしてでも黄色い財布を持っている女は意外と多い。

津村さんの小説は、こんな情報や、女性の心理もおしえてくれる。
タグ:津村記久子

posted by カルピス at 21:09 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする