津村記久子さんの『ボースケ』がおもしろかったので、
つづいて『とにかくうちに帰ります』をよみだす。
この本は、3つの短編からなり、
そのまたひとつは4作からなる連作短編で、と、
本の構成がややこしい。
『ポースケ』は、ひろい意味での「お仕事小説」だったけど、
こちらは会社での仕事をえがいた 筋金いりお仕事小説だ。
だいたいにおいて、津村さんという小説家は、
わかりやすさはよこにおいといて、
いきなりこまかなはなしを説明なしにはじめる。
つまらなければ、むりしてつきあわずに、
なげだせばいいのだけど、
津村さんは興味をひくわざにたけているで、
どうしてもそのままよみつづけることになる。
よみ手は、すこしずつ状況をつかんでいく。
一般的でない話題を、状況をしらせずにスタートさせ、
どんどんさきへいってしまうので、読者は気をぬけない。
「職場の作法」という短編におさめられている、
「ブラックボックス」という章は、
田上さんという女性の仕事ぶりからはじまる。
彼女がどんな仕事をしているかの説明はなく、
だんだんと、営業部の男性職員から
資料をまとめるよう、依頼される役、というのがわかってくる。
田上さんは、期限ギリギリに資料をとどけるか、
余裕をもってわたすかを、相手によってかえている。
田上さんはとてもよく仕事ができるに、
男性社員たちはそれをしらない。
ふだんはそこにいないひとのようにあつかうくせに、
たのみたい仕事があるときだけ、田上さんをあてにする。
しかも、雑に仕事をたのむ。
田上さんが、もちこまれた仕事をしあげるのはかんたんだ。
でも、彼女はすんなりとはそれをわたさない。
雑にたのんできたひとにたいしては、しめきりギリギリに、
ていねいにたのんできた相手には、余裕をもってとどける。
田上さんは、依頼のしめきりより、はるかまえに書類をしあげ、
もとはせんべいがはいっていた黒い箱に いったんいれる。
表題の「ブラックボックス」とは、この箱のことをいう。
田上さんがときどき、怖いほど生真面目な目付きで眺めている、何の変哲もないタイトルなしのノートには、社内の人間の成績表が書いてあるのではないか、と私は疑っている。業務に関する成績ではなく、人間的な部分での成績表である。その成績の如何によって、田上さんは仕事の仕上げ時刻を決めるのだ。ちゃんとした人にはできるだけ早めに、普通の人には妥当な時刻に、くそったれには冷や汗がにじむほどスリリングな時間に。
そのノートになにがかかれていたか、さいごにあかされる。
・どんな扱いを受けても自尊心は失わないこと。またそれを保ってると自分が納得できるように振舞うこと。
・不誠実さには適度な不誠実さで応えてもいいけれど、誠実さに対しては全力を尽くすこと。
社員としてのわたしの仕事ぶりは、
田上さんからみたらどううつるのか、気になってくる小説だ。