一週間まえは あたまから否定していたけど、
どんどん社会的な圧力がましてきて、
マスクをつけてのランがもとめられるようになった。
いまは、みかけるランナーの半分ぐらいのが
マスク(でなければ、それっぽい布)をつけてはしっている。
ランナーにマスクをもとめる心理は、
じっさいの効果がどうこうよりも、気もちの問題だろう。
わたしはマスクをつけたくないけど、気になるひとの気もちはわかる。
コロナについてのいろんな情報がとびかい、
いろんなエチケットがだんだんきびしくなる。
まえは、マスクをつけてのジョギングなんて、
なにかの冗談かとおもってたのに、
いまはあたりまえのエチケットになってきた。
冗談というと、すべてが冗談みたいだ。
なんねんかあとに、いまのソーシャルディスタンスや、
飛沫感染をふせぐためのビニールなどをみたら、
注意がきがなければわからない風景だろう。
大都市で、ひとごみのなかをはしるわけではなく、
人口密度のひくい島根なのに、
マスクをつけてはしるのがエチケットとなるとつらい。
マスクをつけてのさんぽでも息ぐるしいのに、
はしったりできるものか。
なんとか抵抗しようと、3日まえから、はしるコースをかえた。
これまでは、市民ランナーや散歩ちゅうのひとがおおい
宍道湖ぞいが定番のコースだったけど、
マスクを気にしながらはしるのはいやなので、
ひととであいにくい道をつないではしっている。
宍道湖ぞいより風の影響をうけないし、
坂がおおく、足がきたえられそうだ。
とはいえ、なんだかんだいっても、外をはしれるのだから、
島根はまだのんびりしているのだろう。
ずっと家ですごすしているひとは、
なにに好奇心をむけるようになるのか。
いつもデイリーポータルZのことでもうしわけないけど、
大北栄人さんによる「家に眠る40年前のお酒を開ける」
がおもしろかった。
https://dailyportalz.jp/kiji/open-old-liquor
緊急事態宣言が明けない。これはもう家にあるお父さんの洋酒を飲んでいいというメッセージではないだろうか。トロフィーのとなりに置いてあるようなホコリのかぶったあの洋酒の瓶である。そりゃお父さんは大事にしているお酒かもしれない。しかし今や外に出られないのだ。私たちの好奇心は外ではなく内に向かう。
親戚や友だちの家にいくと、
応接間っぽい部屋に、洋酒のビンが何本もおいてあった。
わたしの父は、日本酒しかのまなかったので、
こうしたおしゃれなビンは家になかった。
でも、「お父さんの洋酒」という、権威的なイメージはよくわかる。
「こんなときだから」できるまえむきなこころみが
いろいろなところで紹介されているけど、
わたしはもっとためにならないことを
「こんなときだから」やってみたい。
いま、家をでられなくて、しかたなく家のなかでやっている
「こんなときだから」できたあれやこれやに
デイリーポータルZがちからをいれている。
1年寝かされた酒が入っている。それはすごい。参考価格は18900円だそう。これ持ってスラム街を歩きたくないレベルで高い。
しかもここから41年が経っていて合計62年! 赤ちゃんが年金もらえそうになるほどに熟成されている!
「スラム街を歩きたくないレベルで高い」
「赤ちゃんが年金もらえそうになるほどに熟成されている」
ゆたかな比喩の数々は、うちにこもったくらしの成果にちがいない。