2020年06月18日

あんまりつかわないのに、iPhoneがいいとおもえるのが iPhoneのよさ

iPhoneSEがとどいてから1ヶ月になる。
あまりスマホをつかわないわたしなので、
iPhoneだろうがアンドロイドだろうが、
たいしてちがいはないのでは、とおもっていた。
でも、さわってみると ぜんぜんちがう。
パソコンはずっとアップルをつかっているわたしにとって、
ものごとがあるべきところおちついたかんじだ。

iPhoneにしてよかったのは、あんまりつかわないので、
3日にいちどしか充電しなくてもいい。
わたしに用があるひとはきわめてすくないので、
こわれているのかとおもうぐらい、着信音がしない。
逆説的にいうと、こんなにつかわないのに、
それでもiPhoneがいいとおもえるのが
iPhoneのよさなのだろう。

高野秀行さんのブログをよんでいたら、
「電話不携帯のやめられない快適さ」
のはなしがおかしかった。
https://aisa.ne.jp/mbembe/archives/3508
携帯電話が壊れたままだ。でもあまり積極的に修理する気にならない。
というのは、二ヵ月のタイ旅行で、誰とも電話をしない生活に慣れきってしまい、必要性を感じなくなってしまったからだ。(中略)
 必要なことはメールで十分である。iPhoneがあるから、急ぎの話もメールでほぼ解決する。

(註:これを読んだ人はきっと「iPhoneで電話すりゃいいじゃん!」と突っ込むだろうが、私はいろいろな間違った事情からiPhone電話を使用していない。使い方もよくわからないし、友人知人の電話番号も登録されていない。名刺にもメールにもその番号は載せていないから(私自身、昨日まで自分の番号を知らなかった)、誰もかけてきようがない−-という体たらくなのです)

iPhoneをもっているのに、電話としてのつかい方がわからないし、
自分の番号もしらないという「間違い方」がさすがに高野さんだ。
たしかに、かかってきてうれしい電話なんて、まずない。
たいてい仕事がらみで、業務連絡にすぎない。
iPhoneにしただけでうかれてしまった自分がはずかしい。

posted by カルピス at 22:13 | Comment(0) | スマホ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする