2020年06月23日

『サラバ!』(西加奈子)「ものがたり」を堪能する

『サラバ!』(西加奈子・小学館文庫)

上・中・下の3冊にわかれている。
単行本のときは、さぞあつい本だったのだろう。
父親の派遣さきである、イランのテヘランでうまれた「僕」が、
37歳になるまでのものがたりだ。
つよい個性をもつ母親と姉をみてそだった「僕」(歩)は、
つねにうけみで、波かぜをたたせないよう生きてきた。
イラン革命がおき、いったんは日本へもどった「僕」の家族は、
5年後にエジプトのカイロへむかう。
父親が海外勤務のおおい会社にいるためであり、
こうした外国での体験が、歩の家族におおきな影響をあたえた。
ものがたりが本格的にうごきはじめるのは、
一家がエジプトから日本にもどってからだ。
10歳になっていた「僕」は、これまでの経験をいかし、
ますますあたりさわりのない立場でいるよう配慮し、
中学・高校と、うまくきりぬけ、にげるように東京の大学へとすすむ。
自分とむきあわなかったツケは、30歳をすぎてからやってくる。

歩は、大学生活をたのしんだのち、フリーライターになる。
いちじは各方面から注目され、
確固たるポジションをきずいたようにみえたけど、
薄毛になったのをきっかけに、自信をうしない、
ゴロゴロと坂道をころがりおちていく。
ひっこみじあんになり、姿勢は猫背で、
恋人からみはなされ、家からでない生活からふとりはじめた。
なんとか歩くんをたすけてやってくれと、
作者におねがいしたくなるほどのおちぶれ方だ。
どん底をみた歩くんが、ラストでは自分でたちなおっていく。
かつて自分がすごしたカイロ、さらにテヘランをたずね、
自分をしんじるちからに気づいていく。

それにしても、家族のそれぞれに、
こんなにもいろんなことが人生でおきるものだろうか。
お姉さんは、幼稚園のころから問題児で、
ひきこもったり、教祖みたいな存在になったりと、
つねに「僕」の人生をおちつかなくしてしまう。
それが、ながい旅にでたのがきっかけで、
さまざまな体験から、ようやく自分がしんじるものにであえた。
お母さんは、日本にかえると
すぐにお父さんと離婚し、のちに再婚。
お父さんは、つねにやさしいひとで、
こまったひとには金銭的な援助をおしまない。
お母さんが再婚したのをみて、こころやすらかに出家する。
海外勤務とか、出家とかいうと、ハデな人生にみえるけど、
どの家にもおこりがちな山や谷のひとつでしかないともいえる。
歩は、お母さんの再婚や、お父さんの出家を、
おおげさにさわぎたてたけど、
わたしにはごく自然なながれにみえた。
どの家族にも、それぞれに栄枯盛衰があり、
どこに焦点をあて、どうかくかのちがいだけだ。

歩が高校生のとき、同級生が『ホテル・ニューハンプシャー』
をよんでいたのがきっかけで親友となった。
ジョン=アービングのこの小説は、
家族小説であること以外、まるでちがうはなしだけど、
「ものがたり」のちからをかんじさせる点では
『サラバ!』と にたところがある。

又吉直樹さんの解説がうまい。
ながい小説をよみおえた読者の興奮によりそい、
おおくのできごとをじょうずに整理してみせる。
『サラバ!』はちからにあふれた小説であり、
本をよむたのしさをぞんぶんにあじわった。

posted by カルピス at 22:09 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする