先週の週末、大阪にすむ配偶者の妹さんが、
半年ぶりの帰省として、島根の実家にかえってきた。
いちねんになんどかは かえってこられるので、
いつもならふつうの帰省だけど、
いまは県をまたいでの移動があまり歓迎されるときではない。
Go To なんとか など、おでかけをおあっておきながら、
感染がひろがると、自粛しながらのおでかけを おねがいしたい、
なんていいだしている。
大阪は、いま感染がとまらなくなっており、やばい雰囲気な一方、
島根は人口のすくなさをいかして、まだ感染者が29人という状況だ。
まいにち100人以上の感染者がでている大阪のひとが、
まだ29人しか感染者のでていない島根ですごすのは、
島根県民の感覚からいえば、リスクのたかい行為となる。
とはいえ、ふるさとにかえりたいという、
妹さんの気もちもまたよくわかる。
お盆には、自粛といいながらも、
かなりのひとが、ふるさとをめざてうごくだろう。
これまでながいこと我慢してきたのだから、
もういいかげん気をゆるめたくもなる。
妹さんのまわりには感染したひとがおらず、
さほどリアルな脅威はかんじないという。
大阪には、大阪のひとの日常があるわけで、
はなしをきいていると、島根とあまりかわらない気がした。
妹さんと実家で2日すごし、配偶者がもどってきた。
ここでわたしがマスクをつけてむかえたり、
やたらと消毒に気をつかったりしたら、
配偶者としてはいい気分はしないだろう。
わたしはもちろん、いつもとかわらぬせっしかたで
「おかえりなさい」をいう。
夫婦といえども、新型コロナウイルスについての
ふたりのかんがえ方にちがいがおおきければ、
家じゅうに地雷がしかけられているようなものだ。
あまり感染予防に注意をはらわない夫にたいし、
子どもや老人への配慮から、こまかく気をつかう妻、
みたいなふたりの場合、衝突の機会はいくらでもある。
わたしの家では、さいわいおおきな断絶はうまれなかった。
配偶者がリスクをおかしてから3日たったころ、
しりあいからわたしに、のみ会のさそいがはいった。
レース仲間との会で、会場は焼肉屋。
かるい気もちで了解し、配偶者につたえると、
この時期に大人数で外食するなんて、と
わたしの無神経がしんじられないみたいにいう。
こんどは、わたしのほうが感染リスクをたかめる側へと
あっというまに立場が逆転した。
もしわたしが感染したら、感染にいたる数日について、
また、発症してからどうすごしたか、
だれとあい、どこへいったのか、
こまかくたずねられるにちがいない。
わたしの病歴にも質問がおよぶだろう。
健康状態や、どこでだれとなにをしたかという、
究極のプライベートな情報を、
しらないひとにあらいざらいはなすのは、
いくらやましいことのないわたしとしても、抵抗がある。
ましてや、あってはならないひととすごし、
してはならないことをしたひとにとって、
新型コロナウイルスの感染は、
非常にややこしい状況をまねく。
だれだって、ひとにいいたくない秘密はある。
それを、コロナにかかったからといって、
ぜんぶあきらかにしなければならなとなると、
だれだって、感染をかくしたいだろう。
感染者の数が、まいにち報告されるけど、
そこからかくれた感染者が、まだたくさんいるのではないか。
新型コロナウイルスへの対応をめぐり、
おおくの家庭が、シビアな状況にならざるをえない。
本質的な愛があるかどうか、ためされるよい機会だ。