2020年09月30日

ベテランたちの活躍がうれしいJリーグ

先週おこなわれたJ1リーグ第18節、
川崎フロンターレ対横浜FCの試合で、
三浦カズ選手が先発して話題になった。
53歳でのJ1リーグ出場は、これまで中山ゴン選手がもっていた
最年長記録(45歳)を大幅に更新している。
試合は3-2で川崎がかったのに、そちらはほとんど注目をあつめず、
三浦選手ほぼ一色の報道となっていた。

この試合には、三浦選手だけでなく、
ほかにもなんにんかのベテランが出場している。
横浜FCでは中村俊輔選手(42歳)と松井大輔選手(39歳)。
川崎フロンターレでは、中村憲剛選手(38歳)だ。
今シーズンのJリーグは、わかい選手の活躍がめだつなか、
こうしたベテランの存在は サッカーファンとしてうれしい。
8月には、鹿島アントラーズの内田篤人選手が引退を発表した。
まだ32歳と、はやすぎる決断におどろいたけど、
自分のイメージどおりにからだがうごかなくなったのだろう。
J2やJ3にクラスをおとしてつづけるひともいれば、
内田選手のような身のほどこし方もある。
32歳の引退は残念だけど、本人の決心を尊重するしかない。

三浦カズ選手は、Jリーグのベテランとくらべても、
さらに10歳以上年長なわけで、そのすごさはけたはずれだ。
カズ選手の存在は、年配者の希望、というよりも神話みたいだ。
本人のプレーが期待されているだけでなく、
チームの選手たちへの影響もはかりしれないというから、
これからもながく現役をつづけられることをねがう。

わたしはよくからだをうごかすほうだとおもうけど、
やってることはゆっくりはしったりおよいだりで、
はげしいうごきはまったくしていない。
うごきにも、スピードがなく、全力ではしろうとおもったら、
そのまえに1時間ぐらい入念なウォーミングアップが必要だろう。
そうやって準備しても、スピードはたかがしれている。
ジャンプしてもからだが宙にうかない。
イメージだけで、じっさいのからだはジャンプしてない。
バッティングセンターでバットをふっても、
いちばんおそいスピード(90キロ)でも
まったくボールにあてられなかった。
小学生のときは、野球少年として、
まいにちのように草野球であそんだものなのに、
いまではボールのうごきに目がついていかない。
老化は、こうした現実を、
ひとつひとつうけいれつつすすんでいく。
きざしは30代の前半におとずれていた。
ふわりとあがったかんたんな打球にたいし、
目測をあやまりへんなところにグローブをだしていた。
このときは、ひさしぶりのソフトボールだからと、
さほど気にしなかったけど、
おそらくあれは、老化のはじまりをつげるエラーだった。
そうしたいっぽうで、53歳ながらJ1リーグに出場するひとがいる。
三浦カズ選手のすごさは圧倒的だ。

三浦カズ選手の活躍をたたえながらも、
上をみればきりがないし、下をみてもしょうがない。
あいてにするのはいつも自分自身だ。
スピードや順位にこだわる気はすでにないので、
はしったり、およいだりをつづけながら、
いつまでもうごくからだをたもちたい。

posted by カルピス at 21:59 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月29日

くるしまぎれのごま豆乳鍋

すずしくなったから、というわけではなく、
スーパーへかいものにいったとき、
食材がかぎられていたので、しかたなく鍋にする。
ちかく改装工事が予定されているようで、
お店としては できるだけ在庫をおきたいくないのだろう。
いくつかの棚はからっぽで、旧ソビエトの食品うりばみたいだ。
商品がかぎられているうえに、いまは野菜がたかい。
1/4のはくさい、1/2のキャベツが150円もするし、
ネギは250円なので はじめからあきらめている。
しいたけもほんのすこしで200円するのでとりやめ。
けっきょく、肉は手羽元(160円)と豚モモきりおとし(285円)、
はくさいとキャベツが1/4と1/2ずつではたりないので、
大根とニンジン、それにごぼうをゆでて量をふやした。
それに糸こんにゃくと、家にあったシメジ、絹豆腐一丁と、
これまた量をふやすためのもやしもかった。
鍋にあう魚はなかったので、肉だけの鍋。
量はなんとかなったものの、全体的にみると、
非常にケチケチした内容となった。
食材のとぼしいスーパーが、
こんなにたよりないところだとはおもわなかった。

スープは市販のごま豆乳鍋用をえらんだ。
豆乳をかい、ダシやらなんやらたして
自分流のごま豆乳鍋にしてもいいけど、
豆乳だけでもけっこうするので、
はじめから市販のもの(300円弱)にする。
この手のスープは、塩気がつよいので、2倍にうすめてつかう。
デイリーポータルZには、もともとあったものに
水をたしてうすめる記事がたびたびでてくる。
ワインにしてもカスピ海ハーゲンダッツにしても、
半分くらいにうすめたほうがおいしいらしい。
ビールさえ、水とこうごにのんだほうがうまい、
という記事があった。
わたしも、自分の経験から、
ポカリスエットはもとのままではあますぎるので、
半分にうすめたものがちょうどいいとおもう。
というわけで、ごま豆乳鍋のスープも半分にうすめる。
味見してみると、ちょっとうすいかな、くらいで、
もしうすめずにつかってたら、こゆすぎてたべられなかっただろう。

できあがったごま豆乳鍋は、それなりにおいしかったものの、
野菜ばかりで量をごまかしてあるため、
いくらたべてもお腹がみたされない。
テレビには、録画しておいた「ヒロシの迷宮グルメ」がうつっており、
おいしそうな料理が画面につぎつぎとでてくるのがうらやましかった。
北マケドニアのあついピタがたった400円なのにおどろき、
これまでノーマークだったマケドニアへ いきたくなった。
マレーシアでは、インド風の定食が200円で、
これまたやすくておいしそうだ。
現地へいくことをおもえば、日本のマレーシア料理店で、
という手もあるけど、やはりその土地でたべてみたい。
夕ごはんのときによく料理の番組をみるけど、
いつもは番組の料理とテーブルの上の料理とは、わけてかんがえる。
今夜のごま豆乳鍋は、なぜだかさえない料理におもえた。
魚としいたけ、それにネギがないと、
鍋はこんなにトホホなできばえになってしまうのか。

posted by カルピス at 21:45 | Comment(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月28日

お墓も仏壇もいらない。葬式もしない。

いつ死んでもいい、といいながら、
あるいは、だからこそなのか、
88歳になる母親が、自分がはいる墓を心配している。
20年ほどまえに両親は離婚しており、父親はすでに亡くなった。
わたしの家には、だからお墓も仏壇もなく、
おかげで ものすごくらくにすごせている。
お盆にもお彼岸にも、墓そうじもおまいりもしなくていい。
いちどこの気らくさを味わうと、もうもとにはもどれない。
わたしはもう墓なんてもちたくなくなった。
墓だけでなく、葬式も、する気がない。
この10年ほどで、仏教にたいしての不信感がまし、
葬式だけのために お坊さんを家にいれたいとはおもわない。

母親が、しりあいにすすめられたといって、
共同墓地みたいなものの契約をむすんできた。
はじめはわたしにはなしをきいてほしがっていたけど、
かってにしたら、とつれない返事をしたら、
ほんとうに、自分だけではなしをまとめてきた。
10万円はらえば、骨をずっとあずかってくれるしくみだという。
そのまえには、樹木葬がいい、といっていたし、
そのまえは、墓をたてる土地を自分でかっている。
よほど自分の骨がどこにおかれるのか、安心できないようだ。

散骨がらくそうだけど、骨をまく場所があんがいむつかしい。
鳥葬というわけにもいかないし。
斎藤美奈子さんの『冠婚葬祭のひみつ』(岩波新書)には、
究極の選択として「収骨をやめる」があげられている。
骨なんかを 手もとにのこすから、やっかいになるのであり、
火葬場に全部の骨をおいてくれば、
それっきり遺骨のあつかいに なやまされずにすむ。
仏教や僧侶がきらいだからと、葬式さえあげないのは、
死んだものにたいして礼儀しらずかもしれないけど、
でも、死んでいるのだから、もういいではないか。
だいじなのは のこされたものの感情だ。
成仏してほしいとねがえば お坊さんにおがんでもらえばいいけど、
わたしは仏教をしんじてないので、そんなことをしても
なんの意味もないとおもっている。
母親が死ねば、医師の診断書をもらい、火葬場へ連絡する。
それだけ。お線香ぐらいはあげるから、心配しないで。
うるさいのは母親の姉妹である2つの親戚だけど、
もう両方ともいい歳なので、苦情はうけつけないことにする。
生前葬がたのしそう、とおもったこともあったけど、
コロナの時代にひとをあつめるのは やめたほうがいいだろう。
共同墓地にはいる気になり、やっと安心したとよろこんでいる母親に、
葬式はしない、というのはいじわるだから、いまはそっとしておこう。
ひどいむすこなのかもしれないけど、お墓とはかかわりたくない。
時代によって、葬式やお墓がもつ意味はかわってきた。
これからは、ますますお墓がやっかいな荷物になるだろう。

posted by カルピス at 21:16 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月27日

『ダークナイト』ジョーカー的な悪をゆるしたくない

『ダークナイト』
(クリストファー=ノーラン:監督・2008年・アメリカ)

『ダークナイト』をみる。
いわゆるバッドマンもので、なんていうと、
わたしがバッドマンにくわしそうだけど、
『ダークナイト』は、はじめてみるバッドマン作品だ
(『ジョーカー』をのぞく)。
バッドマン、ジョーカー、それにゴッサムシティはよく耳にする。
でも、耳にするだけで、なんのことかはわかってない。
せんじつ『ジョーカー』をみた。
興味をひかれながらも、よくわからない。
『ダークナイト』をさきにみてから『ジョーカー』にすればよかった。

『ダークナイト』をみていて不思議におもったのは、
アメリカ人は「バッドマン」における正義と悪をしりながら、
なんでドナルド=トランプ氏みたいなひとを
大統領にえらんでしまうのだろう。
『ダークナイト』でのジョーカーを、
現実にやっているのがトランプ大統領ではないのか。
アメリカじゅう、世界じゅうが、ゴッサムシティになってしまうぞ。

2隻のフェリーが避難したひとたちをのせ、岸をはなれた。
いっぽうには一般人が、もういっぽうには囚人たちがのっている。
どちらの船にも爆弾がしかけられており、
乗組員に起爆装置がわたされている。
さきに相手の船をしずめたほうがいきのびられるぞ、と
ジョーカーがそそのかす。
一般人がのった船では、もう一隻にのっているのは囚人なのだから、
こちらがさきにスイッチをおそう、という意見が主流となる。
囚人たちがのったフェリーは、乗組員が起爆装置をまもっている。
爆発が予告された時間になっても、
どちらのフェリーも爆発はしなかった。
両方のフェリーにのっているひとたち(囚人も)は、
自分たちだけが生きのびようとはしなかった。
人間のよわさにつけこもうとするジョーカーがやぶれた場面だ。

もうひとつ不思議だったのは、検事のハービー=デントが、
たとえ恋人がころされたにせよ、いかりにわれをわすれ、
凶悪な復習犯になってしまうところ。
ジョーカーが彼のこころをじょうずにあやつった、
というみかたもできるけど、
それにしても、マフィアを撲滅するためにつくしてきたデントが、
恋人をまもれなかったと市警のゴードンに罪をなすりつけ、
彼の家族をころそうとするのはひどい。
バッドマンは、デントの罪をぜんぶかぶり、
警察と市民からおわれる立場になる。

ひとのこころのよわい部分につけこむジョーカーのいやらしさが、
はじめからおわりまでわたしの感情をゆすりつづけた。
こうなったら、ほかのバッドマン作品もみるしかないな。

posted by カルピス at 22:03 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月26日

いまこんな本をよもうとしている

このごろおもしろそうな本にであえた(まだよんでない)。
本屋さんでかったり、アマゾンからとどいた数冊が、
机のうえで出番をまっている。

『老人と海』
(ヘミングウェイ・高見浩:訳・新潮文庫)
いまさらながらの『老人と海』。
朝日新聞に、1966年以来の新訳としてとりあげられていた。
高見浩さんの訳がわたしはすきなので、
『老人と海』デビューをする気になった。
脱マッチョ路線なのだという。
福田恆存さんによる旧訳もよんだことがない。
すこしよみはじめてみる。
たしかに、いかにもタフガイ、という男性ではなく、
少年にいろいろ気をつかってもらう、
ひとりの老人としてはなしがスタートしている。
少年にビールをおごってもらったり、
なじみの店から夕ごはんをさしいれしてもらったり。
それをすんなりうけいれられるのが 新訳の「老人」なのだろうか。

『幻のアフリカ納豆を追え!』
(高野秀行・新潮社)
『謎のアジア納豆』につづく納豆本。
前作では、アジアにも納豆があることをおしえてくれた高野さんが、
こんどはアフリカにも調査の足をのばす。
まだ53ページなのだけど、アフリカにも納豆があった!
ナイジェリアのひとたちに、
「日本にもダワダワ(むこうの納豆)がある」
と高野さんがはなすと、
「ナイジェリアから輸入してるの?」とたずねられる。
納豆は、世界じゅうで、
自分たちだけがたべていると おもわれているのがおかしい。

『国対委員長』
(辻元清美・集英社新書)
政治にはほとんど関心がないけど、
ピースボートをはじめたときの行動力をしってから、
辻元さんのうごきに注目してきたので。

『忖度しません』
(斎藤美奈子・筑摩書房)
斎藤美奈子さんの本は、
デビュー作の『妊娠小説』以来、ほとんどよんでいる。
ひとつのテーマにそって3冊をとりあげる連載の3冊め。

『「その日暮らし」の人類学』
(小川さやか・光文社新書)
朝日新聞土曜日版beに小川さんの仕事がとりあげられていた。
おもしろそうだけど、どこがおもしろそうなのか
いまひとつわかりにくい仕事をされている。
これはよんでみるしかない。けど、
『チョンチンマンションのボスは知っている』は、
2050円とたかいので、まずは新書からはいってみる。

『還暦からの底力』
(出口治明・講談社現代新書)
きょうの朝日新聞の書評でとりあげられていた。
「若い人が高齢者を支えることは自然の摂理に反すると、
 高齢者をぽんと突き放す。」
というからおもしろそうだ。
らいねんに還暦をむかえるものとして、よみたくなった。

『ユーラシア大陸自転車横断一万五千キロ』
(山尾一郎・山陰中央新報社)
アルバイトさきのハービショップへいくと、
お店のカウンターにこの本がおいてあった。
著者の奥さんがもってこられたもので、
山尾さんご本人は、6月になくなられたという。
本をめくってみると、シベリア鉄道でフランスにでて、
アジアをめざすむかしながらのスタイルだ。
1980年におこなわれた自転車旅行なので
いまの旅行記とはずいぶんちがうのだろう。
ほとんど写真はなく、びっしりと文字がうまっている。
著者の情熱がつまった本という印象をうける。

『福島のことなんて、誰もしらねぇじゃねえかよ!』
(カンニング竹山・KKベストセラーズ)
図書館でみつけた。
いまもちゃんと福島のことをつたえるなんて、
カンニング竹山さん、えらい。
どんな内容なのかたのしみ。

posted by カルピス at 16:15 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月25日

『うつくしい人』(西加奈子)みごとな再生のものがたり

『うつくしい人』(西加奈子・幻冬舎文庫)

32歳になる蒔田百合は、とくにやりたいことがあるわけでもなく、
なんとなく会社での仕事についていた。
ある日、女性の上司からミスをとがめられた百合は、
これまでたまっていたモヤモヤがふきだして、
コピーをとっているときになきだしてしまう。
「疲れてるのね。」となぐさめられても、
そのひとことで決定的にうちのめされる。
そのまま会社をやめ、家にこもってぐずぐずすごす。
 私はだめだ。何も出来ない。親の金でマンションに住んで会社にも行けなくなって、疲れていて、でも、何に疲れているのか、分からない。

このままずっと自分の部屋にいたいけど、
そんなことをつづけられないのはわかっている。
なんとかたちなおろうと、百合は旅行にいくことをおもいつく。
瀬戸内海の島に最近できたリゾートホテルをえらび、
5日の滞在ときめた。どうせ親の金なのだ。
飛行機にのって島へ移動しながら、
高校生のころ、百合がいじめる側にたっていたこと、
自分には薬をのんでいる姉がいると すこしずつおいたちをかたる。
百合の気もちがおちつかないのは、
これまでにためこんできたいろいろなものに、
むきあう時期がきたからかもしれない。

ホテルは、おもっていた以上にすばらしかった。
うれしくなった百合は、旅行をたのしめそうにおもえてきたけど、
彼女のこころはそうかんたんにおちつかない。
港にでてうどんをたべ、ホテルにかえるころは、
もう不安定な気もちになり、なきだしそうになる。
百合がかかえている「重さ」は、なかなかにやっかいだ。

百合は、ホテルのなかにあるバーでたびたびビールをのむ。
カウンターにすわり、40代のさえないバーテンとはなす。
坂崎というこのバーテンは、
いつまでたってもカクテルのつくり方をおぼえられないので、
本格的な営業がはじまるまでの準備だけにたずさわっている。
記憶に障害があるのか、なんどつくり方をきいても
すぐにぬけていってしまうそうだ。
百合との会話も、あまりうまくかみあわない。
7時までの仕事がおわると、坂崎はまいばん図書室へいって本をよむ。
本をよむと、それまでによんだすべての本をあわせ、
ひとつのストーリーとして記憶するのが坂崎の読書だ。

はやい時間のバーには、もうひとり、
24歳のドイツ人男性、マティアスがよく顔をみせる。
彼は日本語を勉強しており、じょうずに日本語をあやつる。
でも、お金がたくさんありながら、
自分がなにをしたいのか、彼にはわからない。
ずっと母親のいいなりに生きてきたマティアスは、
人格的には問題がないけれど、「ふつう」がはわからない。
いまもまだ母親の影が彼につきまとっている。
マティアスが、百合を自分の部屋にさそったことがあった。
マティアスは、百合とむきあいながら、
セックスしたいということが、どういうことかわからない。
したくないのなら、しなくてもいいの、
と百合はマティアスにおしえる。
この夜をきっかけに、百合は自分をとりもどしはじめる。

百合たち3人は、坂崎が図書室でみたという写真をさがす。
本のあいだにはさんであった写真で、
どの本だったか、坂崎はおぼえていない。
マティアスはなぜかその写真にこだわって、
図書室の本を一冊ずつとりだして写真をさがす。
百合と坂崎もいっしょになって本をめるくけど、
けっきょく写真はみつからない。
写真がもしみつかっても、それでどうなるわけではない。
無意味な時間をすごすことが、百合には必要だった。

5日の滞在で、百合はたちなおった。
坂崎とマティアスにであい、3人ですごした時間がよかったのだろう。
ふたりは、いっしょにすごしていても、
百合にとくべつ気をつかうわけではない。
ホテルの従業員と客という関係で、5日たてばわかれるとわかっている。
浮世ばなれした3人は おたがいの存在がそれぞれにピッタリだった。
百合は、3人でいると気もちがらくになり、
自分のいいたいことを、そのままことばにだせる。
百合はビールをのんでよっぱらってばかりいたのに、
3人ですごしているうちに、いつのまにか自分の気もちをとりもどす。
百合はマティアスにも、いまのままでいいと、おしえてあげる。
かえりのフェリーで、これまできらってきた姉に百合は電話をかける。
5日というみじかい日数での、みごとな再生のものがたりだ。

posted by カルピス at 21:54 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月24日

映画『イエスタデイ』ビートルズの曲がない世界は、こんなにも退屈

『イエスタデイ』(ダニー=ボイル:監督・2019年・イギリス)

ネタバレあり。

ジャックはうれないシンガーソングライターで、
ちいさな会場でうたいながら、ヒットをねらってきた。
でも、いつまでたっても彼のうたは評価されない。
自分の才能のなさに みきりをつけたジャックは、
もう歌手をやめると友だちや家族に宣言する。
そんなときに、世界じゅうが12秒のあいだ停電し、
ジャックはバスとの事故にまきこまれる。
世界がふたたびあかりをとりもどすと、
ジョンのまわりで いくつかの存在がすっぽりぬけていた。
コカ=コーラ、ハリー=ポッター、シガレットのない世界。
そしてビートルズも。
ひとびとの記憶からきえた、というよりも、
ビートルズのいないパラレルワールドにジョンは はいりこんだ。

ジョンがビートルズの曲をうたうと、
それまではしょぼいシンガソングライターだったのに、
すぐにきくもののこころをとらえる。
ビートルズの曲なのだから、人気がでてあたりまえで、
ジョンはあっという間に世界的な歌手になっていく。

ある日、黄色の潜水艦のおもちゃにメッセージをたくし、
ふたりの男女がジャックにあいたいとたずねてきた。
このふたりは、ジャックとおなじように、
ビートルズがいた世界をしっていた。
ふたりは、ジャックを告発するためにたずねてきたのではない。
ビートルズの存在をとりもどしてくれたと感謝しにきたのだ。
ビートルズがいない世界、彼らの曲をきけない世界は、
どんなに退屈かをえがいたのがこの作品だ。
ビートルズの曲なしで わたしたちの生活はなりたつだろうか。
もちろん、ごはんをたべて、仕事をして、家にかえってねるぶんには、
ビートルズの曲はさほど必要ない。
でも、さみしいとき、うれしいとき、かなしいとき、
なにかにつけ、あたりまえにきこえてくるのがビートルズの曲だ。
「Let It Be」・「In My Life」・「Help!」。
わたしはさほど熱心なファンではないけれど、
それでもビートルズの曲がない世界は退屈、というのはよくわかる。

うまかったのが、エド=シーラン。
ジャックの歌をいちばんはやく評価して、世界へとつなげた。
ジャックのつきびととなるロッキーも いい味をだしている。
調子がよくて、いいかげんで、スケベそうな下品な目つき。
でも、悪質な腹ぐろさはなく、
はなしがややこしくなるのを おもしろがっているだけだ。
主人公のジャックも、いかにもさえないわかものぶりがリアルだ。
あのままうたいつづけても、ヒット曲はうまれそうにないのがわかる。
ビートルズの曲をうたって人気がでても、
ファッションや髪型はもとのままだ。
ラストでは、自分がうたってきたのは
ビートルズというグループの曲であることをステージであかし、
すべての権利をなげだして、愛するエリーへ告白する。
ビートルズがいない世界では、有名にならなかった
ジョン=レノンがころされず生きている。
愛するもののために生きるよう、
ジョン=レノンはジャックにアドバイスしてくれた。
そのおしえにそって、ジャックはエリーとの
ささやかで平凡な人生をえらんだ。
あたたかなものに こころがみたされていく作品だ。

posted by カルピス at 22:29 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月23日

林雄司さんの「ホットスナックを食べるためだけにホテルに泊まる」がうまい

いまさらいうのもなんだけど、
デイリーポータルZのwebマスターをつとめる林雄司さんがうまい。
「自動販売機のホットスナックを食べるためだけにホテルに泊まる」
がすばらしかった。
https://dailyportalz.jp/kiji/hotsnacks-trip
どんな内容かというと、
出張などでビジネスホテルにとまるとき、
林さんは自動販売機のホットスナックをつまみに
部屋でお酒をのむのがすきなのだという。
ホットスナックの自動販売機とは、
冷凍食品のハンバーガーやたこやきが、
あつあつに調理された状態で でてくる、あの機械だ。
そして、こんかいは、ホットスナックをたべるためだけに
林さんはホテルにとまった(たいして要約になってない)。
しょぼそうにみえるこんな素材でも、
もっともらしくかけるのだから、なんだって記事の対象となる。
自由自在だ、とおもっていたら、
ほんとうに「それだけで1記事書ける」がでてきた。
ハンバーガーセット、そういうのもあるのか…。これだけ強力なラインナップのなか、どこに焼きおにぎりを投入するかセットリストを考えるのも楽しい。それだけで1記事書ける。

「それだけで1記事書ける」という自信がすごい。
うめぼしの絵だけでごはんがたべられるひとみたいだ。
詩心もある。
旅の醍醐味はビジネスホテルの部屋で缶チューハイでつまみを食べることである。(中略)
そのときのつまみはなんといっても自動販売機のホットスナックだろう。
旅は距離ではなく、狭い部屋で食べる焼きおにぎりだ。

熱々の箱(ハンバーガー)を時速80キロ(体感)で取り出す

お惣菜っぽいというか、手作りのハンバーグだ。これは熱帯でも西洋でもなく和風だ。給食の気配もある。もっと言えば練馬風だ。(実家)

楽しさに肌もツヤツヤになる(つやつやの顔になった林さんの写真)。本当は美肌モードをオンにしたからです。

ふたりで眺めているのはホテルの向かいの知らない道路だ。(中略)
この景色だけで飲める。そして飲んでいる!

チキンと一緒に入ってたポテトは、冷めてからが本番という力強さだった。

第2ラウンドの第1段はたこ焼き。これがトンチがきいていた。
ケースの底にプリンのカラメルソースのようにソースがあり
付属の青のりをかければ完全にたこ焼きだ
ほぼ宇宙食である

わたしはホットスナックのようなおつまみがすきではなく、
これまでほとんどこの自販機をつかったことがない。
そんな態度では、林さんのように「それだけで1記事書け」ない。
林さんは、いい・わるいをきめつけないで、
とりあえずぜんぶうけいれてためしてみる。
うまくいっても、しょぼくてもおもしろがる。
すんなり成功するより、トホホな結果がこのみのようだ。
すこしはずすのがコツかもしれない。

posted by カルピス at 21:48 | Comment(0) | デイリーポータルZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月22日

「畜生」の意味は 学校では身につかない

「畜生!」って、どういう意味ですか?
クッキー班でおしゃべりしているとき、
利用者の方からたずねられた。
畜生、といえば動物のことだけど、
それだけでは説明にならない。

「トーキング ウィズ松尾堂」をきいていたら、
ちょうどこの「畜生」がでてきた。
ゲストの厚切りジェイソンさんが影響をうけた芸人に、
「畜生!」とおおきな声でさけぶひとがいたそうだ。
その芸により、きいているひとは「畜生」が
どんな意味かをおぼえる、という。
ただ動物をあらわすのではない なにか。
学校の授業でまなぶのではなく、
社会での体験から身につくこともある。

ジェイソンさんのはなしをきいている松尾貴史さんは、
もちろんその芸人さんのことをしっていて、
「おおきな声なのもジェイソンさんとにてますね」
とうけこたえしている。
芸能の世界でながく仕事をしている松尾さんは、
むかしからいまにいたるまで、芸能全般にひろい知識があり、
どんなはなしも きれいにひろいあげる。
おなじ業界でながくやってるひとのつよみだ。
ひろく・ふかくいろんなひととつきあってきたからこその
経験のあつみというべきだろう。
ながく仕事をつづけた結果として、ゆたかな経験がつみあがっている。

こんかいの「松尾堂」は「日本語の不思議に迫る」。
このごろ気になることばが話題になった。
2人目のゲストとして紹介されたのは、
国語辞書編集者の飯間浩明さん。
このひとは、知識をひけらかすけど、どこかずれており、
ジェイソンのいうことのほうが、ずっと的をいている。
専門家としての知識をひけらかしてるだけだ。
しろうとにおしえてやろうという上から目線にいらだつ。
飯間さんの説明に、ジェイソンはひとつひとつ反論する。
ふたりのあいだをとりもとうと 松尾さんは気をつかっていた。
専門家のひとたちって、めんどくさいなーとおもった。
新型コロナウイルスでよくわかったことのひとつは、
専門家というひとたちの、あつかいにくさだ。

飯間さんは、つたわる文章をかくコツとして、
クイズ文形式がいいとはなしだす。
問題をだし、こたえ、理由を説明する、
という3点をおさえればいいというやり方だ。
ほんとうだろうか。これもまたふにおちない。
まず問題をだす、というのが不自然にきこえる。
そんなところから文章のかき方をまなばなければならないのか。

厚切りジェイソンさんと飯間浩明さん。
芸人と研究者と、まったくちがうタイプだけど、
日本語の不思議を説明するのは
ジェイソンさんのほうがうまかった。
「畜生」は、学校ではまなべない。
社会にでて、さまざまな日本語をあびることで身につくことばだ。

posted by カルピス at 19:50 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月21日

20キロの「あるき」とサンドイッチには、ひえた白ワインがぴったり

あるきの師匠をさそって20キロの「あるき」にでかける。
師匠は高校生のときにあるくたのしさをしり、
それ以来ずっとあるくことだけをだいじにしてきたひとだ。
サンチャゴ巡礼にも、ル=ピュイを起点にしたコースと、
ポルトガルからのコースの2つを体験している。

いっしょにあるくのは1年ぶりなので、
たまっていたはなしをやりとりしながら
時速5キロのペースでひたすらあるく。
23℃とすずしくて、風もさわやかだ。
あるくには絶好の日となった。

師匠とあるくときは、いつもスーパーでバゲットをかい、
それにハムとチーズをどっさりいれたサンドイッチをつくる。
きょうはハムのかわりにベーコンの燻製にした。
こじゃれたスーパーなので、3つの食材だけで1000円したけど、
できあがったサンドイッチのボリュームは迫力がある。
もうひとつちからをいれたのが白ワインだ。
すずしいとはいえ、まだ赤ワインよりもつめたい白ワインがのみたい。
スーパーにはひやしたワインがおいてなかったのでコンビニにより、
いつものんでいるアルパカの白ワインと、ブロック氷をかう。
氷の袋にワインのビンを直接いれてひやした。
200円の氷をひやすだけにつかうのはもったいないけど、
ほかに方法をおもいつかない。
o5_zBG6ORVEOwmpllqv5mfQ6hBxBNa8VrjhkrOD4EJGkgCMLgIvv5f41pL6TlHFedvuh2qCWasnBSSEpoM7JTigwMUt1ZXnG0YvvgGoSlwSvppp03ubimHHpkEV7naC1H6poeT__3TFDUEVoQpNNGvTOcj58Q3BhFGmwS6ukiWuqYTbVfi5dPccxTnvbry_bm0uEXWDZiusu1nyAOubyWugA.jpg
映画『愛と哀しみの果て』をわたしはおもいだす。
第一次世界大戦ごろのケニア、
しかもサファリでのキャンプにもかかわらず、
ディナーのテーブルにはワインだかシャンパンが
バケツにいれてひやされていた。
なんて自分たちのスタイルをくずさないひとたちだと、
映画をみたわたしはあきれたものだけど、
きょうの白ワインは、わたしなりの『愛と哀しみの果て』である。
ビニール袋につっこまれたワインのビンは、
ぜんぜんおしゃれじゃないけど、目的はじゅうぶんにはたし、
サンドイッチをたべるころにはしっかりひえていた。

ふたりでワインを1本あけると けっこうよいがまわってきた。
目のまえの宍道湖はおだやかで、
なんとぜいたくな時間かとしみじみうれしい。
ようやく秋がきたこと、いい「あるき」だったことをおいわいする。
LUQyj0x-ICtGSMoS_BoMzGbOuqceDKqgSGvK8fW6deN-HHnlx77z3gtoSm_e5-MTaYuDJ3HLnIkzkey4wIuk0rn94b1zoWUBQw4YPElMXq7EwdGuEWpWKO4fKA2vuoUPT38XmyIacD9ajEG6UPahU_gs6lPCrwq9i8xOFVTDcpEvxRo_aavwz4JTSngctmfScfbRmL0P1OxH4YhJfWlsF6AE.jpg

posted by カルピス at 20:52 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月20日

とにかくかっこいい『キングスマン』

『キングスマン』
(マシュー=ヴォーン:監督・2014年・イギリス)

しりあいがおしえてくれた作品。
「スパイ映画?」ときくと、
「んー、でもとにかくかっこいい」という。
たしかに、スパイ映画とはいえないけど、
「とにかくかっこいい」のはたしかだ。

キングスマンとは、どこの国にもぞくさない諜報機関であり、
紳士の国、イギリスはロンドンに本拠地がある。
「キングスマン」は、なんにんかいるようで、
そのだれもがスーツをきめている。紳士なのだ。
冒頭で、「マナーが人間をつくる」というセリフがでてきた。
階級で人間の質がきまるのではないとキングスマンはいう。
他人より優れていることは気高さではない。真の気高さとは以前の自分自身よりも優れていることだ。

紳士であることがキングスマンだ。
紳士だからかっこいいのだ。

悪の秘密結社、といっても、
鷹の爪団よりもはるかに規模がおおきな組織
(トップのバレンタイン役はサミュエル=L=ジャクソン)が、
世界征服をたくらんでおり、その計画を阻止しようとするのが
キングスマンの使命だ。
下品な悪役をやらせると、サミュエル=L=ジャクソンはうまい。

父親が元キングスマンだったエグジーは、
キングスマンになるための候補生にえらばれ
6人のメンバーといっしょに訓練をつむ。
ものがたりは、訓練のようすと並行して、
キングスマンとバレンタインたちのたたかいがえがかれる。

バレンタインの組織は、世界じゅうに無料のSIMカードをくばる。
そのスマホをつかうひとは、バレンタインから合図をおくられると、
まわりの人間をころそうと、凶暴化してしまう 。
また、えらばれたエリートたちの首にチップをうめこみ、
おもいどおりにあやつれる状態にしている。
バレンタインは、人口がふえすぎたのが
いろいろな問題の根源にあるとかんがえており、
ひとの数をへらすのが彼の計画の最終目的だ。

人間を凶暴化させるという手段に問題があるとしても、
ひとの数がふえすぎた、といのはわたしもまったく同感で、
おおすぎる人口をなんとかしなければ、
あらゆる問題の解決はむつかしいのではないか。
水も食料も燃料も、70億人、
そしてこれからさらにふえつづける人口を、
まかなうだけの量はない。
世界をすくうには、ふえすぎた人口を
なんとかしなければ、というのはほんとうだ。

キングスマンたちのはたらきで、
なんとかバレンタインたちの計画はふせがれた。
といっても、チップを首すじにうめこまれたひとたちは、
チップが爆発する信号をおくられて、
つぎつぎと頭がふっとんでいく。
本来なら残虐なシーンとなるわけだけど、
ポップな音楽をバックにながし、まるでうちあげ花火大会だ。
めでたしめでたしの、はなやかなおまつりとなる。

エンディングがはじまり、あーおもしろかった、と、
いったん席をはなれたら、まだつづきをやっていた。
オープニングにちかいシーンで、キングスマンのひとりが
かっこよくチンピラをたたきのめす場面があり、
それがさいごにまた再現されていた。
えんじるのは、もちろんキングスマンとなったエグジーで、
セリフまでいっしょだ。「一日中たってるつもりか?」。
マシュー監督はチャーミングに映画をつくるコツをしっている。
わたしのこのみにピッタリで、さいごまでたのしませてくれた。
改良したこうもり傘を武器にたたかうとか、
靴には毒をぬったナイフがかくされており、
ライターは手榴弾とか、スパイグッズが満載でわらえる。
ここらへんはジョニー=イングリッシュとかわりがない。
007とジョニー=イングリッシュとキングスマンと。
3者を頂点とした正三角形が、イギリスでかたちづくられた。

posted by カルピス at 22:22 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月19日

ヨーロッパにおけるサッカーとは「リモート対話ドキュメント 今こそ サッカーの力を」

NHK-BSでスポーツ×ヒューマン
「リモート対話ドキュメント 今こそ サッカーの力を」
をみる(録画)。
日本にいる牧野選手、スペインの乾選手、
フランスの酒井選手、セルビアの浅野選手がリモートでつながり、
サッカーをめぐる各地の状況と本人の心境、
そして自分たちにできることはなにか、をはなしている。
新型コロナウイルスの感染拡大により、
いったんサッカーリーグが中断したのち 再開した。
そのあいだにそれぞれの選手がかんがえてきたことは、
サッカーができるよろこびであり、使命だった。
6月下旬に放送された番組なので、いまさら、なのだけど、
感染を警戒しながらの開催という状況にかわりはなく、
3ヶ月ちかくたったいまみても 興味ぶかい。

ドイツがブンデスリーガをいちはやくはじめたのは、
サッカーがドイツ人には必要、という国の判断があり、
再開するために必要な対策がとられた。
浅野選手が所属するセルビアリーグは、
世界でいちばんはやく、観客をいれての試合にふみきっている。
再開後のスタジアムは、発煙筒により紫の煙がたちこめていた。
サポーターの迫力ある声援が異次元の空間をつくり、
みるからに あぶなっかしい雰囲気だ。
浅野選手が負担にかんじるくらい、
サポーターはチームの活躍をのぞんでいるし、
それにあたいしないチームはゆるされない。
酒井選手のいるマルセイユも状況はおなじで、
まけたりひきわけたつぎの日のSNSは「やばい」のだそうだ。
「スシでていけ!」みたいなことをかきこまれる。
そのかわり、かてば神さまだ。

スペインの乾選手は感染のこわさを率直にかたっている。
こんな状況でサッカーをする意味があるのかと、
チームではなしあい、その結果は再開反対だった。
それでもリーグは6月9日から試合をはじめている。
乾選手が所属するエイバルは、
人口2万7000のちいさな町にもかかわらず、
市民はサッカーリーグの再開をつよくもとめていた。
サッカーのない日常はかんがえられないという。

はなしをきいていると、日本のJリーグに人気があるとはいえ、
外国とはまるで状況がちがうようすだ。
サッカーがなければ生きていけないひとたちが外国にはいる。
サッカーは血といっしょであり、
サッカーのない日常はかんがえられない。
スタジアムにかけつけるコアなサポーターだけでなく、
テレビ観戦でもいいからサッカーがみたいと、
年配の女性がかたっていた。
ヨーロッパにすむおおくのひとたちにとってのサッカーは、
日本では想像できないくらいふかく生活に根づいている。
サッカーとは、ひとつのスポーツにとどまらず、
いのち そのものともいえる存在におもえた。

posted by カルピス at 15:54 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月18日

犬童一心さんがネコとすごすステイホーム

すこしまえの朝日新聞に、映画監督の犬童一心さんが
ネコとのステイホームについてかいていた。
 朝、私が起きてリビングに行くと必ずやってきて、いつもの位置に座ってこちらを見上げる。少し温めた、新しい水がほしいのだ。朝食のおこぼれのヨーグルトをもらえるまで更に待つ。食べるとトイレ。終わるとソファに行ってゆっくりと毛づくろい。その隣にすわってコーヒーを飲むと、頭を私の足に乗せ背中を向ける。撫でてほしいのだ。

おたがいが、おたがいをよくわかっていて、
無言の会話が成立しているのがすてきだ。
いまという特別な時期に、あせって仕事するよりも、
チャッピーとの時間をえらんだ犬童さん。
「いっぱい一緒に居られるなんて幸せじゃないですか。」
 友人の監督が、リモートで映像作品を撮り始めネットで公開するようになった時、私はそっちへは行かなかった。チャッピーと今ここにしかない時間を大事にして、思う存分味わおうと思った。

子ネコは子ネコですごくかわいいけど、
歳をとったネコは、気もちのつながりをかんじさせてくれ、
2人だけの特別な関係をきずける(ような気がする)。

いっしょにくらす母が、ネコの写真を孫と友だちにみせたいから、
何枚かプリントしてほしい、といってきた。
わたしがとる写真のほとんどはネコがあいてなので、
ものすごくたくさんの写真がグーグルフォトにはいっている。
そのなかから10枚をえらび、お店でプリントした。
A6サイズの写真を10枚✕3セットで810円。
いまはネットでつくるフォトブックの時代とはいえ、
30枚で810円なんてすごくやすい。
これでじゅうぶんだとおもった。

写真をえらびながら、3年分の写真をざっとみた。
ほとんどの写真はネコだけがうつっているけど、
ときどき家族もはいってる写真があり、
そんなときの母や配偶者は とてもいい表情をしている。
我が家のしあわせは、まちがいなくネコたちと ともにある。

posted by カルピス at 20:39 | Comment(0) | ネコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月17日

松江市民はドレッシング購入量が日本一らしい

朝日新聞の島根版に、
「松江市、ドレッシング購入量日本一」という
かこみ記事がのった。
総務省の家計調査による結果だそうで、
となりの県の県庁所在地である鳥取市は、
マヨネーズの購入量が全国一という(松江は40位)。
鳥取市は、カレールウの購入量が全国一なのは、
山陰地方で有名なはなしだけど、
マヨネーズも一位とはしらなかった(松江は18位)。
記事では
鳥取市民は、昭和的でスタンダードな味を好む一方、松江市民は新しいもの好きのようです。

という植田さん(鳥取情報文化研究所長)
のコメントを紹介している。

「松江市民が新しいもの好き」というのは
にわかにはしんじがたい。
城下町であり、市民の意識は保守的で、
ふるいものをこのむような気がする。
まえにスイミングスクールではたらいていたとき、
プールができるまえから会員を募集するのだけど、
松江はなかなか会員があつまらなかったのにくらべ、
となりの米子市は、入会者が順調にのびていった。
商業の町である米子市と、お殿様がいた松江市とでは、
市民の意識がずいぶんちがうのにおどろいたものだ。
松江市民が「新しいもの好き」とはおもわないけど、
市によってこのみに差があることは理解できる。

きのうの記事には、人口10万人あたりでみたときに、
島根県は100歳以上の高齢者が8年連続で全国一とのっていた。
8年連続というのはすごい。
島根県高齢福祉課の担当者は、
「豊かな自然があるし、畑仕事や地域のボランティア活動、
 公民館活動などに精力的に取り組んでいる。
 それが元気な高齢者が多い要因ではないか」
とはなしている。
でも、ゆたかな自然は日本じゅうにあるし、
ボランティア活動や公民館活動も、
島根県だけがさかんだとはかんがえにくい。
調査をおこない 数字に差がでると、
なんらかの理由をこじつけたくなるだろうけど、
納得のいく分析はきいたことがない。
島根でしかくらしたことのないわたしには、
島根県が長寿な理由をおもいつかない。

わたしは88歳になる母といっしょにくらしており、
ちょっとうごくだけで息ぐるしくてフーフーいっている。
それでも 身のまわりのことはぜんぶ自分でできるし、
バスやタクシーをつかい、ひとりで病院へもいける。
わたしの本棚から おもしろそうな本をひっぱりだしてよんだり、
新聞にのっているクロスワードにいどんだりもする。
100歳はむりとしても、げんきな老人のうちにはいるだろう。
むすこであるわたしがいうのもなんだけど、
なにごとも ありがたがるのには感心している。
そうしたこころもちが、こころとからだに
いい影響をあたえているかもしれない。

posted by カルピス at 21:21 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月16日

ハチをおっぱらうのではなく、砂糖水で我慢してもらうというタイのやり方

「ヒロシの迷宮グルメ」でタイの町がとりあげられたとき、
お店の食材うりばに、おおきなハチがたくさんとんでいた。
これだけハチがいたら、商売にならないのでは、
とおもうぐらいの数がとびまわっている。
ハチは、食料品をねらっているのではなく、 ちかくにおいてある、
プラスチック容器にむらがっているのだった。
その容器には、砂糖水がはいっている。
お店のひとの説明では、食材にハチがたかるとたいへんだから、
かわりに砂糖水でハチが満足するようにしているらしい。
ハチを殺虫剤でころしたり、 おっぱらったりするのではなく、
砂糖水で我慢してもらうおうという発想がすばらしい。
共存とは、こういう姿勢をいうのだろう。

ひるがえって、日本では、アリを退治する方法として、
なんらかの毒物にアリがこのむ蜜を配合した薬がよくつかわれている。
その粒をアリが巣にもってかえると、仲間たちもその粒をたべ、
やがて巣のなかのアリが全滅するしくみらしい。
タイの砂糖水にくらべると、悪魔のようなひどい薬だ。
アリに殺虫剤を直接かけるのもひどいけど、
巣にもってかえらせて、全滅をねらうなんてどうかしている。
残酷だとおもわず、便利だと とらえるひとがおおいのもさみしい。
シロアリをみかけると、すぐに業者にきてもらうわたしなので、
あまりひとのことはいえないけど、
このアリ退治の薬は発想からしてひどい。
すべからく、タイの砂糖水みたいに対応したいけど、
そもそも、すこしぐらいアリが部屋にはいったからといって
おおさわぎするほうがどうかしているのだ。
蚊取線香が鉄砲とすれば、
アリ退治の薬は核兵器くらい危険でいまわしい。
動物への虐待が罪になるのなら、
アリの巣をまるごと全滅だってじゅうぶんに虐待だ。
戦争をしてるのではないのだから、
もっとおだやかな方法でアリとつきあえないものか。

posted by カルピス at 21:17 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月15日

長谷川義史さんのカップケーキづくりがトホホでよかった

朝日新聞土曜日版beに「作家の口福」というコラムが連載されている。
4回ごとに担当者がかわるリレー方式だ。
先週は、長谷川義史さんがカップケーキづくりをとりあげていた。
ものがない時代につくるカップケーキなので、
ないものをいろいろ工夫してしのがなければならない。
 生地作り。砂糖とバターがないのでマーガリンをコネコネしましてそこに牛乳と卵を加えます。 
 加えますとか今でこそ気軽に書いていますが今から半世紀前の小学二年生がお母ちゃんに内緒で卵一つこそっと割るんですよ勇気要りまっせ。(中略)
 生地を流し込むあの周りがギザギザになった銀紙のカップが悲しいかな昭和の我が家には無いんですね。
 仕方が無いのでアルミのべんと箱に流し込んでこれまた悲しいかな肝心要のオーブンが無いので当時流行ったロースターのいう魚焼き機で焼く。
 わーい!出来上がりいい匂い。焼きたてにスプーン入れたら・・・。
 あれ?中がグチャグチャやん焼けてない。嗚呼・・・・。「オーブン買える大人になるんや!」誓ったあの日。

これだけ材料や道具がそろわないと、
めざす料理はなかなかつくれないだろうけど、
そのトホホぶりがたのしい。
わかいころの料理なんて、それでじゅうぶんだ。

わたしがつくる料理も かなりいいかげんなしろもので、
材料がなければはぶくし、めんどくさい下準備が必要なら
レシピもテキトーにかえる。
なんねんかまえに、きゅうにビーフシチューをつくる気になった。
とはいえ、まともにつくると、ずいぶんめんどうだし、
材料にもお金がかかる。
おもいきって簡略化し、本来は牛の肩ロース500グラムのところ、
肉を豚のももきりおとしで代用したら、
トマト味のシチューとしかよべないものができあがった。

車を運転していたら、まえにみかけない型の車がとまっていた。
アルファベットをよむと、プリウスだ。
すごくふるいのか、すごくあたらしいのか、みなれない型で、
わたしはガンダムとジムをおもった。
連邦がつくったはじめてのモビルスーツがガンダムで、
すばらしい性能ではあるものの、
ややこしいデザインのため、量産にはむかない。
そこで、うんと簡素化し、量産型ガンダムとしてのジムがつくられた。
性能はおなじながら、デザインは没個性で、かなりさえない。
わたしのまえにとまっていた車は、
おなじプリウスでもパッとしないデザインで、
性能がどうあれ、のりたい気もちになる車ではなかった。
ガンダムはかっこいいけどジムはしょぼい。
ガンプラをかうとき、ガンダムやシャーザクではなく、
あえてジムをえらぶひとは、かなりかわっている。

ガンダムとジムのはなしを、ビーフシチューと、
わたしがつくったトマト味のシチューにつなげようとおもったけど、
どうにもうまくいかない。あきらめてここでなげだし、
とうとつにきょうの記事はこれでおしまいとなる。
無理やり教訓をあげるなら、
ビーフシチューもどきのトマト味のシチューは、
ガンダムにおけるジムの存在である、となる。

posted by カルピス at 22:02 | Comment(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月14日

つい日本の勝利をねがってしまう「ミッドウェイ海戦」

まいにちチェックしているブログに、
ミッドウェイ海戦についての映画、
『ミッドウェイ』がのっていた。
https://globalhead.hatenadiary.com/entry/2020/09/14/115437
さいきん再映画化され、評判になっているようだ。

わたしは、軍隊や戦争に つよく反対するものだけど、
正直いって、このミッドウェイ海戦だけは、
「たられば」をおもわずにおれない。
日本はこの海戦で虎の子の主力空母4隻をうしない、
それ以降のたたかいが決定的にくるしくなってしまう。
もし空母の甲板に飛行機をならべ、
爆弾をとりかえたりしなかったら。
日本の作戦が成功し、もしアメリカの空母を
壊滅的にしずめていたら。

そんな「たられば」を、小説にした作品があり、
わくわくしてよんだことをおもいだした。
ネットをみると、高木彬光さんの
『連合艦隊ついに勝つ』をよんで
ミッドウェイ敗戦の溜飲をさげたようだ。
戦争で「たられば」をいいだしても しょうがないのに、
そうおもわずをえないほど、このミッドウェイ海戦は
きわどいところで悪夢のような結果におわっている。
もちろん、日本の作戦が成功していたとしても、
中国では補給線がのびきった泥沼のたたかいがつづき、
やがては日本が戦争にまけるのはわかっている。
日本の軍隊がもつ、本質的な問題点は、
ひとつの作戦がかりに成功したとしても、
全体としての方向性はかわらない。
それなのになお、ミッドウェイ海戦だけは、
あともうすこしで成功したというおもいがきえない。

小学5年生のころにタミヤのプラモデルで、
ドイツ軍の戦車をつくり、兵器に関心をもつようになる。
中学生になると、松本零士さんの
「戦場マンガシリーズ」にしびれたものだ。
たたかう男の美学をかんじとり、
戦争にうつくしさをもみいだしていた。
わたしがもし第二次世界大戦の時代に生きていたら、
バリバリの軍国少年になっていたとおもう。
大学にはいると、本多勝一さんの本に影響をうけた
(『中国の旅』『殺される側の論理』『戦場の村』など)。
戦争がわるい、とよくいわれがちだけど、
戦争がわるいというよりも、問題は侵略する側にある、
という視点をもつようになる。

反戦主義者のつもりでいるのに、ミッドウェイ海戦では
なぜ日本の成功をねがってしまうのか。
わたしのこころの奥ふかくに、
力へのつよい関心がかくされているのかもしれない。
再映画化された『ミッドウェイ』をみたら、
どんな感想をもつだろう。

posted by カルピス at 21:57 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月13日

トホホな記事をひらくのはもうやめた

なんとなくサイトをみていたら、
「怒って噛み付いてくる犬に絶対やってはいけないNG行為5つ」
というのがのっていた。
日本ではあまりないけど、外国を旅行してると、
はなしがいの犬がおいかけてきて、
こわいおもいをしたことがなんどかある。
どういう対応がのぞましいのか、ぜひしりたい。
NG行為って、なにがよくないのだろう。

あげてある5つは、
・大きな声を出す
・犬を叩く
・放そうとする
・(ケージに)閉じ込める
・食べ物を与える

ついやってしまう反応ばかりだ。
というか、かまれたら、だれだってそうするだろう。
いたいからおおきな声をだすし、
そのままではいたいから、はなそうとする。
とっさの反応で、たたきたくもなるだろう。

やったらいけないことは、
ついしてしまうことばかりだった。
それでは、どんな対応が正解なのか。
おどろいたことに、おわりまでよんでも、
けっきょくただしい対応についてはふれてない。
犬は、噛みつく前に、唸り声をあげるなどし、必ず知らせてくれています。そのサインを見逃してしまうと、人も犬も危険に晒されてしまうかもしれません。

としめくくられているだけだ。
いったい、こういう記事をもっともらしくのせるのは、
なにか意味があるのだろうか。
この記事にかぎらず、「なんとかの5つ」をかかげるものは、
目をひきやすいけど、ほとんど中身がない。
よめばかならず文句をいいたくなるのだから、
もうひらくのはやめよう。
かくほうもかくほうだけど、のせるほうもひどい。

posted by カルピス at 20:46 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月12日

「みんなで筋肉体操」スペシャルの日

天気予報どおり、朝から雨がふっている。
小雨ならはしりにでるけど、しっかりふってるので、
このなかをはしるのは ひととしてどうか?
というくらいの雨だ。
で、ジョギングはあきらめ、かわりに
「みんなで筋肉体操」スペシャルの日とする。
これまでやったことのないメニューからいくつかえらび、
それをもってほんじつのトレーニングとする。
いつもは1種目5分を2種目だけど、きょうは「スペシャル」なので、
なんだかんだと6種目にとりくんだ。

あたらしいシリーズとして
「パラアスリートと一緒に鍛えよう!」
が8月下旬に放送されている。
このなかから やりがいがありそうな種目もためしてみる。
うでたてふせは、超フルレンジ・プッシュアップ。
ふかく胸をおろせるよう、あつい雑誌をてのひらの下におく。
2秒でおろして1秒であげる。10回→5秒休憩→5回。
雑誌をおくことで、胸への刺激が かなりたかまる。

つぎは、おなじように雑誌をおいたまま、
10秒で10回→5秒休憩、これを4セット。
これがめちゃくちゃきつい。
3セット目からは10回できなかった。
雑誌でたかさをつくらなくても、
4セット目はきびしいのだから、
たかさがあるぶんとても負荷がかかる。

「がんばれなくなったら、超がんばればいいじゃない!」と、
講師の谷本さんがはげましの声をかける。
谷本さんの応援があると、つらい種目でも
なんとかむかおうという気になってくる。

脚の種目はスプリット・スクワット。
両足をおおきく前後にひらき、ジャンプして足をいれかえる。
左前、右前を1セットとして、これを12回→10秒休憩→12回。
やってみると、からだがふらついて、まともにできない。
あきらかにわたしのにが手な動作で、このままではくやしい。
これからも定期的にとりくんでいきたい。

30分の「筋肉体操」でいいかんじに筋肉をおいこめた。
汗をながし、本をよみだしていたら、雨が小雨になっている。
すこしまよったけど、30分でもいいからと はしりにでる。
雨は、さほどつよくふらない。
往復1時間のコースをいつものようにはしりおえた。
筋肉体操のあとのジョギングということもあり、
いつもながらへろへろのはしりだけど、この天気でもあきらめず、
やみまをみつけてはしれたことにふかく満足する。
おもいがけず筋肉体操とジョギングの両方をこなせて、
すごくとくをした気分だ。

posted by カルピス at 17:32 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月11日

MacBook Pro15インチの故障

15インチのMacBook Proが起動しなくなった。
画面がうすい赤色になり、リンゴマークはでるけど、
そのさきへとすすまない。
SSDが原因だろうと、パソコンの師匠のところへもっていく。
ネットでしらべてくたところによると、
ロジックボードの不具合らしい。
無理やり直すことはできますが、根本的解決ではありません。どうしても使いたいということでなければ、あまりお勧めできないです。

とメッセージがおくられてきた。
残念ではあるけど、2011年の製品なので、
年数をおもうとあきらめがつく。
データーは、Dropboxにいれてあるので問題ない。
いまはMacBook Proのかわりに 11インチのMacBook Airを
22インチのモニターにつないでつかっている。
そのほかにも、13インチのMacBook Airがあるので、
MacBook Proがないと、どうにもならない、
というわけではない。
いちばんこまるのは、これまでDVDをみるのに
MacBook Proをつかっていたけど、
MacBook Airにはドライブがついてないことだ。
外づけDVDをかうのがいちばんてっとりばやい。
MacBook Proがこわれたのはしょうがないとうけいれ、
いまあるパソコンでなんとかしのいでいきたい。
22インチのモニターをつかわないのはもったいないので、
しばらく8インチのMacBook Airをメインにやっていこう。

パソコンだけでなく、なにかときょうは調子のわるい日だった。
いつものようにプールへいくと、
プール掃除のためにおよげなかった。
プール掃除のことはしっていた。 でもそれは先週だったはず。
じっさいは、今週がプール掃除で、
わたしのたんなるかんちがいだった。
いつも9月の第1週がプール掃除なので、
月間予定表をみていながらまちがえてしまった。
予定がくるい、呆然とプールをあとにする。
かってなかんちがいは、老化現象みたいでしゃくにさわる。
こういうときは、無理してトレーニングをねじこむより、
まったく予定になかったうごきにしたほうがいいと、
長年の経験からわかってきた。
ジタバタすると、さらに傷口がひろがりやすい。
イオンでお酒をかっておとなしく家にかえる。

きのうは、はしれる日なのに、 きがえようとしていると、
ずるずると用事がはいり、 けっきょくはしれなかった。
あすもジョギングを予定しているけど、
天気予報では雨がふる確率100%となっている。
6日連続でからだをうごかせるはずだったのに、
このままでは そのうちの3日がつぶれてしまう。
うまくいかないときは、
いつもこんなかんじでチャンスがながれる。
はしれるとき、およげるときに、
確実にこなしていかないと、つみあげがすすまない。
いつでもはしれるような気でいると、
さみしい結果におわるのがトレーニングの法則だ。

posted by カルピス at 20:42 | Comment(0) | パソコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする