2021年01月18日

「考え方がボジティブ過ぎる」というすてきな中学生

朝日新聞の土曜日版beがわたしはすきで、
年末など、これがないと損をしたかんじだし、
いつもなら、土曜日ならではのお得感をもたらしてくれる。
先週は2つ気になった記事があった。

まず、「悩みのるつぼ」によせられた、
「考え方がボジティブ過ぎる」という
女子中学生からの相談がよかった。
この女性は、自分がボジティブすぎる、
というより、甘いのかも、とおもっており、
たとえば
勉強していて眠くなったら、「身体の寝た方がいい、というサインなんだ」と思って寝てしまい、テストでミスをしても、「入試本番に活かせる」と早々に切り替えてしまいます。(中略)勉強中にリビングからのテレビがうるさくて集中できなくても、「集中力を鍛えるトレーニングになる」と我慢し、学校の席替えで希望がかぶったときも、「こっちの席の方がいいことがあるかもしれない」とさっさと譲ってしまいます。

すごくいい子だ。もっと彼女のことがしりたくなってくる。
このひとは、自分がどれだけすばらしい資質をもっているのか
まだ気づいていないのだ。
へんにスタイルをかえないで、このままそだってほしい。
きっとこのひとは、すばらしい人生をおくるだろう。

回答者の清田隆之さんは、
相談者さんがやっていることは「発想の転換」とも言え、それは逆境を上手に乗り切るための武器になるはず。なので、その思考方法はぜひとも大事にしてもらいたいというのが私の思いです。(中略)
 無理をすることが努力ではないし、自分を甘やかすのはひとつの才能です。それを活かしつつ、納得のいく人生を送れることを祈っています。

と適切でやさしいことばをおくっている。

もうひとつ、かるくおどろいたのは、
「be between」で読者にむけてたずねている
「話し言葉で使うのは すみません?すいません?」。
どっちもおなじようなものだろうと わたしはおもっていたら、
おおくのひとは状況におうじて この2つをつかいわけている。
「すみません派」が51%で、「すいません派」が48%。
「すいません」はていねいで、「すいません」はすこしなれなれしい、
でも「柔らかい印象で話しかけるのに便利」なのだそうだ。
わたしは、お礼をいうときは「ありがとうございます」というし、
あやまるときは「もうしわけありません」という。
「すみ(い)ません」はつかわない派だ。
この2つに、まさかちがいがあったとは。
そこまで気をつかってつかいわけるのなら、
はじめからつかわないほうが いいようにおもえるけど。

世間には、いろいろなひとがいて、
わたしにはどうでもいいことだって
ひとによっては大切なよりどころかも。
そんなことを土曜日版Beはおしえてくれる。

posted by カルピス at 16:06 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする