2021年05月11日

『ふたりみち』山本幸久さんのもち味全開

『ふたりみち』(山本幸久・角川文庫)

67歳の野原ゆかりは、わかいころプロの歌手としてうたっていた。
数枚のレコードをだしながらも、ヒット曲にめぐまれず、
かろうじてうれたといえるのは「無愛想ブルース」という曲のみ。
ただ、シャンソン歌手としての実力はたかく、
なかでも「愛の讃歌」はフランスで勉強してきたとおもわれるほど
おおくのひとのこころをとらえる。
10年で歌手を引退してからのゆかりは、
函館でちいさなスナックをかまえ なんとかくらしている。
ある事情からお金が必要となり、期間限定の復活コンサートと称して
全国にちらばる5つの会場をゆかりはまわりはじめる。

67歳が主人公、というのはめずらしいけど、
そこに家出してきた12歳の少女、縁(ゆかり)がからんでくる。
ゆかりとしても、縁といっしょに旅をするのはたのしいし、
じっさいにたすけてもくれるので、アシスタントとして
いっしょにドサまわりの旅をつづけることになった。
縁の存在は、この小説にどうしても必要、というわけではないけど、
ひとりわかい子がでてくることで、ずいぶんはなしがいまふうに、
そしてあかるくなってくる。縁がいなければ、
ずいぶんちがった雰囲気の小説になっていただろう。

しかし、縁とまわる復活コンサートが なかなかうまくいかない。
たずねる先々で、それぞれの理由から
うたえないアクシデントがおきる。
主催者が認知症で、もともとコンサートなど計画されてなかったり、
とおくの国でおきた地震により津波警報がでて、
コンサートをひらけなくなったり。
ドサまわり旅は、東京の東久留米が最後のコンサート会場となる。

コンサート会場の病院には、これまでにまわった町や、
ゆかりがわかいころにかかわったひとたちが
せいぞろいするかのようにあつまってくる。
ものがたりじゅうにはりめぐらせた伏線を、
さいごでいっきに回収する大サービスだ。
ラストをもりあげるための、露骨な伏線だといやらしいけど、
そこは山本幸久さんなので、さわやかにしあげた。
67年を誠実に生きてきたゆかりは、
ゆたかな人間関係と、大切にしてきた歌へのおもいから、
さいごでいっきに大団円をむかえる。
もっとも、さいごのコンサートでもハプニングがおきて
ゆかりがうたう予定だった「愛の讃歌」はまぼろしとなった。
それでも結果的にはうまくいき、SNSもいかして
いくつものオファーをうけ、めでたしめでたしでおわっている。

はじめにかいたとおり、ゆかりの「愛の讃歌」は
おおくのひとのこころをとらえる。
まるで水戸黄門の印籠みたいに、
ゆかりが「愛の讃歌」をうたうたびに、
その場にいるだれもが感動し、その感動が
あらたな人間関係を生みだしていく。
この曲が、このものがたりの全体にかかわる重要な存在であり、
この曲をうたってきたことで、ゆかりはしらないうちに
おおくのであいをえたし、ちからをみとめられてもきた。
さいごの感動は、やはり「愛の讃歌」を
ふるいカセットテープできいたときにおこる。
一曲に、よくこれだけ意味をつめこんだものだ。
いくつもの伏線が、山本幸久さんの小説らしく きれいにきまる。

posted by カルピス at 22:16 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする