2021年07月08日

『平凡すぎる犠牲者』(レイフ=GW=ペーション) ベックストレーム警部にうんざりしながらも かたりくちがうまい

『平凡すぎる犠牲者』
(レイフ=GW=ペーション・久山葉子:訳・創元推理文庫)

ペーションの作品は、『許されざる者』がすばらしかった。
引退した元犯罪捜査局長官、ヨハンソンが脳貧血をおこし、
車イスでの生活をおくることになる。
不自由なからだになりながらも捜査に協力し、
ゆるしがたい罪をおかした犯人を、じわじわとおいつめていく。
ラストでは、犯人がにげられない状況を みごとにおぜんだてして、
それまでにたまっていた溜飲をさげたものだ。

いっぽう、『平凡すぎる犠牲者』は、
ベックストレームという くちの達者な警部が主人公だ。
おいしい料理とつよい酒に目がなく、
自分にはきわめてあまく、だれもかれもをみくだし、
おもてだってわるぐちはいわないものの、
腹のなかではあいてのひとことひとことに
チャチャをいれるものすごくゴーマンでいやな男。
これまでによんだミステリーにはなかったタイプで、
ヨハンソンとは正反対の うすっぺらな人間性がひどい。
ベックストレームの本質をみやぶっているひとたちは、
彼が口さきだけというだけでなく、人間として信頼できず、
金のためならいくらでも犯罪者に協力するような、
とんでもない警部だと気づいている。
「象のようにのしのし歩き回って、周囲にあるものをすべて破壊するような男なんです。その埃が落ち着いた頃に同僚が価値のある証拠をいくらかみつけることもある。そんなやりかたでもいいなら、あなたのおっしゃるとおりです。ベックストレームの周りでは、必ず何かが起きる」

という元上司の評価が、
ベックストレームの仕事ぶりを過不足なくあらわしている。

ベックストレームは自信だけでいきているタイプだ。
問題ありありの性格が鼻につき、とちゅうまで、
なんどもよむのをやめたくなった。
ひとがいうことに、いちいちケチをつけるけど、
くちにはださず、おなかのなかでおもうだけ。
表情は、いかにももっともらしいので、
まわりは彼がまじめに仕事をこなしているとかんちがいする。
いっしょにいると、たまらないタイプなのに、
なぜかまわりのひとはベックストレームの本性に気づかず、
かんちがいをかさねるうちに、捜査がなんとなくすすんでいる。

でも、よくかんがえると、ベックストレームはわたしだ。
にこやかにおしゃべりしていても、
わたしはいつもお腹のなかでブツブツ悪態をついている。
むつかしそうなことをかんがえているふりをして、
楽をするチャンスをねらっているのもわたしといっしょだ。
ひとりゆっくりとひるごはんをたべ、
おひるねもしっかりというのは、まさにわたしではないか。
無能でゴーマンな男なら、だんだんまわりがあいてにしなくなるけど、
ベックストレームはただのバカではなく、
すこしは頭がまわるから、あつかいがむつかしい。
捜査がいきづまり、解決の糸ぐちがみつからないときでも、
ベックストレームは自信満々で、自分の能力をすこしもうたがわない。
ひとがやることは おもいっきりみくだし、
かといって、自分の捜査もひどい見当ちがいなのに、
マイナスとマイナスをかけるとプラス、みたいに、
まちがいをかさねながらも、犯人にちかづいているのが
ベックストレーム流の結果オーライスタイルだ。

タイトルに『平凡すぎる犠牲者』とあるのは、
アルコール依存症の男性がころされ、
いっけんしたところ、すぐに解決されそうな
簡単な事件におもえたからだ。
しかし、調査がすすむにつれ、謎がいくつもでてきて、
だんだんと犯人の特定がむつかしくなってくる。
これまでによんだことのないタイプのミステリーで、
内容がどうこうよりも、かたりくちのうまさでひっぱる。
ベックストレームものはシリーズになっており、
さんざん彼の人間性をわるくかいてきたけど、
不覚ながら、一作目の『見習い警官殺し』もよみたくなった。
自信満々のベックストレームがうらやましいのかもしれないし、
彼の本性が自分といっしょなのにひかれたのかもしれない。
本来なら、『許されざる者』のようなヨハンソンものがよみたいけど、
ヨハンソンはすでにしんでしまった。
ベックストレームも、生活習慣病に一直線の食生活なので、
これからのシリーズは、彼の健康から目がはなせない。

posted by カルピス at 21:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする