2021年12月31日

『おすすめ文庫王国』を参考に海外ミステリーをさがす

『おすすめ文庫王国』(本の雑誌社)を参考に
おもしろそうな海外ミステリーをさがす。
わたしがよくいく本屋さんには、
『おすすめ文庫王国』がえらんだベストテンのうち、
2、3冊しかおいてないことがおおいのに、
今年は6冊を手にいれることができた。

『ブラックサマーの殺人』
(M=W=クレイヴン・東野さやか:訳・ハヤカワミステリ文庫)
『スリープウォーカー』
(ジョセフ=ノックス・池田真紀子:訳・新潮文庫)
『狩られるものたち』
(アルネ=ダール・田口俊樹・矢島真里:訳・小学館文庫)
『オクトーバー・リスト』
(ジェフリー=ディーヴァー・土屋晃:訳・文春文庫)
『彼と彼女の衝撃の瞬間』
(アリス=フィーニー・越智睦:訳・創元推理文庫)
『夜と少女』
(ギヨーム=ミュッソ・吉田恒雄:訳・集英社文庫)

それともう一冊。
北上次郎さんが絶賛している
『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬・早川書房)もえらぶ。
2021年はこの小説を読むためにあった、と言っても過言ではない。

といわれれば、かわないわけにいかない。
60ページまでよんだ時点では、この小説が
それほどすぐれているようにはおもえない。
なんだか少女マンガをよんでるみたい。
これからどれだけばけてくれるか、期待したい。

また、お店においてある『熱風 12月号』もいただいた。
スタジオジブリがつくっている小冊子で、
川内有緒さんの連載「丘の上に小屋を作る」が最終回をむかえた。
仲間たちと小屋をつくるようすが、いかにもたのしそうだ。
こんなふうに、自由に生きているひとをしると、
わたしもなにかしなくては、なんておもう。

posted by カルピス at 21:39 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月25日

2021年の10冊

2021年の10冊

『ブルックリン・フォリーズ』 
(ポール=オースター・柴田元幸:訳・新潮文庫)
http://parupisupipi.seesaa.net/article/479495530.html

『黙約』  
(ドナ=タート・吉浦澄子:訳・新潮文庫)
ストーリーをかたるうまさがばつぐん。
http://parupisupipi.seesaa.net/article/480294993.html

『人新世の「資本論」』 
(斎藤幸平・集英社新書)
この本をよんでしまったからには、
なんらかのアクションをおこさないと。
http://parupisupipi.seesaa.net/article/480577149.html

『平凡すぎる犠牲者』  
(レイフ=GW=ペーション・久山葉子:訳・創元推理文庫)
なまけもので酒ずきで、ろくでもない警部が主人公の異色ミステリー。
http://parupisupipi.seesaa.net/article/482375808.html

『わたしたちに手を出すな』  
(ウィリアム=ボイル・鈴木美朋:訳・文春文庫)
女性たちの活躍がいいかんじ。

『天国でまた会おう』  
(ピエール=ルメートル・平岡敦:訳・ハヤカワ文庫)
ルメートル作品はカミーユ警部シリーズ以外もすばらしい。
http://parupisupipi.seesaa.net/article/484223798.html

『湖の男』  
(アーナルデュル=インドリダソン・柳沢由美子:訳・創元推理文庫)
北欧ミステリー独特のしずけさが圧倒的。

『チョンキンマンションのボスは知っている』  
(小川さやか・春秋社)
小倉千加子さんの本みたいに、よくわかるようで、わからない、
けどとにかくおもしろい。
http://parupisupipi.seesaa.net/article/483081348.html

『心はどこへ消えた?』  
(東畑開人・文藝春秋)

『子の無い人生』  
(酒井順子・角川文庫)
酒井さんは、『負け犬の遠吠え』以来、
ずっと「負け犬」の生態を報告しつづけている。
http://parupisupipi.seesaa.net/article/483249146.html

posted by カルピス at 20:58 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月24日

M-1グランプリのわらいについていけなかった

M-1グランプリが話題になっていたので、録画してみた。
ほとんどのコンビが、わたしには さわがしいだけで、
どこがおもしろいのかさっぱりわからない。
おちついてはなしをきけたのは、一組だけだった。
ついていけないので、ほとんど「はやおくり」してしまった。
決勝にのこった実力のあるコンビが、この程度なのか。
優勝した錦鯉の漫才もみたけど、
これもまたわたしには うけいれられないわらいだ。
彼らの芸がひくいレベルにあるのではなく、
わたしにはいまの漫才を評価するちからがないのだろう。
意外なところで自分の老化をかんじることになった。
こんなことでは、お正月のおわらい番組をみても、
イライラするだけになりそうだ。
とりのこされたようで、すこし残念なM-1グランプリだった。

posted by カルピス at 20:48 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月18日

おめでとう大分トリニータ。天皇杯決勝戦へ

サッカー天皇杯準決勝、川崎対大分は、
圧倒的に川崎がおしこみながらも、
PK戦のすえ、大分の勝利におわる。
大分は、J2への降格がきまっており、
片野坂監督が指揮をとるのは、この天皇杯までとなる。
選手も監督も、なんとか天皇杯を手にして
サポーターをよろこばせたいという意気ごみが
試合開始とともに、つたわってくる。

試合は、すべての時間帯において、川崎がまさっていた。
ただ、大分のゴールキーパー 高木が、
スーパーセーブを連発し、川崎はどうしてもゴールをわれない。
高木はいったい 川崎のシュートを、何点とめたのだろう。
それでも川崎は、延長後半に小林がゴールをこじあけ、
これで試合はきまったかにおもえた。
しかしその2分後に、大分のエンリケが
きれいにヘディングをきめ、ギリギリの時間帯で同点においつく。
試合はそのまま決着がつかず、PK戦へ。
おしこんでいたチームがPK戦でまけるのはよくあることで、
川崎7人目の山根を高木がとめ、4対5で大分の勝利におわる。
川崎としては、延長戦にはいるまでに きめておきたかった。
大分の勝利がきまった瞬間、片野坂監督は
両手で顔をおさえたまま ピッチにたおれこむ。
大分で5年間指揮をとり、J3からJ1まで昇格させた片野坂監督。
決勝での浦和戦が、片野坂体制さいごの試合となる。
このままのいきおいを決勝にももちこみ、
なんとか浦和をやぶって天皇杯を手にしてもらいたくなった。

posted by カルピス at 20:56 | Comment(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月16日

「適当な洗濯機」がなければくらせないけど、「適当な相手」はいなくてもどうにかなる

家の洗濯機がこわれた。
へんな音がしたり、まったくうごかなかったり。
洗濯ができないとこまるので、
すぐにその洗濯機をかったお店に連絡する。
修理にこられたひとのはなしでは、
なおすのに1週間ほどかかるそうだ。
ちゃんとかわりの洗濯機も もってこられており、
修理するあいだはそれをつかわせてくれる。
おかげで、洗濯機がつかえない1週間を、
なんなくのりきることができる。

洗濯機というと、小倉千加子さんの『結婚の条件』をおもいだす。
 未婚女性が、まだ結婚しない理由の第一に挙げるのは「適当な相手にめぐり会えない」というものだ。この「適当な相手」という言葉は、晩婚化の深層に迫る重要な言葉である。(中略)人は「適当な洗濯機」に出会えないから洗濯ができなと言って、洗濯を先延ばしにすることはしない。
 問題は、洗濯機と結婚相手はどう違うかということなのである。人はなぜ、「適当な洗濯機」は探せるのに、「適当な結婚相手」を探せないのか。

洗濯機がつかえないと、ほんとうにこまる。
「洗濯を先延ばし」など、とてもできない。
コインランドリーへいけばいいとはいえ、
1週間となると かなり不都合だ。
ずっと洗濯機なし、なんていまのわたしにはたえられない。
「洗濯機と結婚相手はどう違うか」とは、
わかりきった設問ではないだろうか。
「適当な結婚相手」がいなくても 生活にこまらないけど、
「適当な洗濯機」がなければ いちにちでも不自由する。

posted by カルピス at 21:01 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月14日

息子が2年ぶりにかえってきた

東京ではたらいている息子が、2年ぶりにかえってきた。
4日間すごしたのち、けさまた東京へむかう。
息子がいない2年間は、なんともおもわなかったのに、
玄関でわかれたあと、きゅうにさみしさが胸をかすめる。
こんどあうのは、いつになるだろう。
2年ぶりの帰省だったのは、もちろんコロナのためだ。
そのあいだに息子は大学を卒業し、仕事をきめ、
ことしの4月から東京でのひとりぐらしをはじめている。
かえってきたら、いろいろきこうとおもっていたのに、
いざ顔をあわすと、いまさらなような気がして
あまりはなしをしなかった。
家族でいっしょに食事をしたのは、4日間で2回だけだ。
わたしがつくったおでんと餃子を たべさせてやれてよかった。
家族4人ででかけた焼肉屋では、
はじめウーロン茶をのんでおきながら、
息子がそのあとビールも注文したのにおどろいた。
ウーロン茶のあとのビールって、おいしいのだろうか。
おもわぬところで 意外な息子の一面をしる。

台所にある時計は、朝のいそがしいときなど、
すこしすすんでいるくらいがたすかるものだ。
はじめは5分ほどはやかった時計だけど、
ほっておくうちに、「くるい」はすこしずつすすんでゆき、
とうとう18分もはやい時刻をさすようになっていた。
その時計を、息子が正確な時間になおしてしまった。
18分もすすんでいる時計をなおすのは
彼にしてみれば、当然のことだったろう。
4日間とみじかかった息子の帰省だけど、
正確になった時計は、おもわぬおきみやげとなった。
息子の不在をさみしがりながら、
しばらくは時計をみるたびに息子をおもいだしそうだ。

なれてくると、あたりまえながら
正確な時をおしえてくれる時計のほうが 便利だとわかった。

posted by カルピス at 21:40 | Comment(0) | むすこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月11日

「ラジオマンジャック」は5時10分からがおすすめです

このごろは、夕方の5時をすぎてから「ラジオマンジャック」
(NHK-FM)をききはじめるようになっている。
「あみはじジャック」のコーナーが、
5時をすこしすぎたぐらいにはじまるからで、
それまでは たいしておもしろくない(わたしにとって)
コントがおおく、それほどききたい内容ではない。
「あみはじジャック」では、チコちゃんの声になった門司さんが、
音楽の歴史をもりこんだ、興味ぶかいはなしをきかせてくれる。
時東ぁみさんがえらぶ曲もわたしごのみのものがおおく、
いまではいちばんまちどおしいコーナーとなり、
じゅうじつした15分を堪能している。
あみはじジャックのあとは、赤坂さんが
テーマにそった裏話を披露し、これまたたのしい時間だ。
「ラジオマンジャック」にいまひとつのれないひとは、
5時10分からききはじめることをおすすめしたい。

ラジオマンジャックがおわってから、ききのがし配信で
「ウィークエンド・サンシャイン」をきいていたら、
ピーター=バラカンさんが
「ひさしぶりにサム=クックの曲をかけたので、
せっかくなので、もう1曲ききましょう」といって
「ミーン・オールド・ワールド」をかけてくれた。
サム=クックの曲をひさしぶりにきくと、
「せっかくなので」という気分になって、
もう一曲ききたくなる気もちがよくわかる。

posted by カルピス at 20:52 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月05日

『ゴリラの森、言葉の海』心は身体の中ではなく外にある

『ゴリラの森、言葉の海』(山極寿一/小川洋子・新潮文庫)

まだよんでいるとちゅうなのだけど、
この本には、人間とゴリラの「こころ」のはなしがよくでてくる。
いろんな分野の人たちがお酒を飲みながら、「心っていったいなんや?」っていう話をしたんです。そのときひらめいたのは、心というのは人間の身体の中に宿っているんじゃなくて、外にあるんじゃないかということです。(山極)

 一方僕は、ゴリラは人間の鏡だとずっと思ってきました。鏡というのは二つ理由があります。人間の模範であるということ、それから人間の本当の姿を映し出すものであるということ。(山極)

きっと人間の「心」は、10万年まえのアフリカ、
それも森林ではなくサバンナのどこかで
人類の祖先がうみだしたのだろう。

posted by カルピス at 21:12 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月02日

雨を心配しない服装でおでかけするとたのしい

つめたい雨がふる時期にはいった。
からだがぬれないよう、しっかりふせがないと、
すぐに体調をくずしてしまう。
冬の雨には、どんな雨具をつかえばいいだろうか。
雨がふれば、たいていのひとはカサをさすけど、
カサがふせぐのは、いいとこ上半身だけで、
くつやズボンはけっこうぬれてしまう。
風がふいたり、雨がつよくふれば、上半身だってまもってくれない。
なので、わたしはカサをさすとともに、防水のくつをはき
(できれば長ぐつ)、雨具のズボンもはくようにしている。
上下ともカッパをきて、カサはささない、
という手もあるけど、散歩や山あるきならまだしも、
通勤・通学という場面では ちょっと猛々しい。

デイリーポータルZにのった、
「ドイツ人が傘をささない理由を探ったら、ことわざにたどり着いた」
https://dailyportalz.jp/kiji/germans-proverbial-rain
が興味ぶかかった。
欧米人はすこしぐらいぬれたもカサをささないというけど、
その理由をさぐっていくと、2つのことわざにたどりついたという。

・天気が悪いわけじゃない、服装が不適切なだけだ
・別に(からだが)砂糖でできてるわけじゃないし

うえのことわざは、カサよりも適切な道具として
レインジャケットをつかうひとたちのことで、
たしかに ぬれても平気な服装にすれば、雨なんてこわくない。
したのことわざは、すこしぐらいぬれてもたいしたことない、
というひとたちのかんがえかただ。
それも一理あるけど、冬の雨にぬれるのはさけたいし、
そもそも わたしはぬれるのがきらいなので、
うえのことわざのほうに一票をとうじたい。
雨がふってもこまらない服装にするだけで、
気分は旅行者で、通勤もお手軽なアウトドアとなる。
天候に行動を左右されない服装でいると、
ただそれだけで すごく自由をかんじさせてくれる。

posted by カルピス at 21:31 | Comment(0) | デイリーポータルZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする