2024年03月24日

『パーフェクト デイズ』

『パーフェクト デイズ』
(ビム=ベンダース:監督・2023年・日本)

毎日おなじ時間におき、歯をみがき、木に水をやる。
アパートの玄関をでると缶コーヒーをかう。
カセットテープをききながら車をスタートさせる。
仕事がおわれば銭湯へいき、湯船にふかくからだをうずめる。

毎日おなじような日のくりかえしにおもえるけど、
でもじっさいは、すこしずつちがう「事件」がおきている。
トイレ掃除にはいってるとき、子どもがとじこもってないていたり、
しらないだれかと 五目ならべみたいに
マルとバツでコミュニケーションをとったり、
同僚がきゅうに仕事をやめ、彼の穴をうめるため
いちにちじゅうはたらいたりでおなじ日はない。
そんな一日いちにちを、彼はたいせつに生きる。
サイテーな気がしていても、いちにちがおわれば
それはそれでその日もパーフェクトデイだ。

気にいった苗をみつけたり、なじみの店でひといきついたり、
うまくいく日ばかりではない。
なじみの店でおかみさんのしらなかった過去にふれ、
気もちがおおきくゆれても、それもまたパーフェクトデイ。
まいにちが、それぞれにパーフェクトデイであり、
そんないちにちいちにちをつみかさねていくしかない。
どれだけ自分でパーフェクトデイを演出するか。

だれともかかわらないで生きているようにおもえても、
じっさいはいろんな人とのコンタクトがある。
毎日のように顔をだす一杯のみやへいくと、
「おつかれさま」と声をかけられる。
古本屋で100円の本をかおうとすると、
その作家について、店主からひとことコメントがある。
写真店にフィルムをもっていくと、
前回の分をやいてまっていてくれるし、
なじみの小料理屋へゆけば、おかみさんや常連客と、
気のおけない時間をすごせる。
ただたんたんと、毎日を生きつづけるうつくしさ。

posted by カルピス at 17:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月20日

『成瀬は信じた道をいく』宮島未奈・新潮社

『成瀬は信じた道をいく』
宮島未奈・新潮社

成瀬あかりがかえってきた。
一冊目の『成瀬は天下を取りにいく』(新潮文庫)をよみ、
すっかりわたしは成瀬ファンになった。
http://parupisupipi.seesaa.net/article/502730811.html
「WEB本の雑誌」に「成瀬」の作者、
宮島未奈さんへのインタビューがのっている。
https://www.webdoku.jp/rensai/sakka/michi261_miyajima/
成瀬がかかれた背景がよくわかるけど、
成瀬の存在があまりにもリアリティがあったので、
わたしはほんとうに成瀬がいるような気がしていた。
このインタビューをよむと、あたりまえなこと、
つまり、宮島さんが成瀬をかいたんのであり、
成瀬あかりは実在しないという事実をつきつけられ、
かえってがっかりした。

2冊目の「成信」(「なるしん」と宮島さんがいっていた)も、
1冊目とおなじようにじゅうぶんおもしろい。
表紙をかざる ざしきわらし氏の絵が、
おとなへ成長しつつある成瀬あかりをよくあらわしている。
1冊目の絵だって、いかにも成瀬らしいけど、
狂信的にみえる目のちからがすこしおっかない。
『成瀬は天下を取りにいく』は、
本屋大賞にもノミネートされた。
成瀬の魅力にまいったひとはおおいだろうから、
大賞を受賞する可能性はじゅうぶんにある。

posted by カルピス at 20:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月10日

ザリガニの鳴くところ

『ザリガニの鳴くところ』
(ディーリア=オーエンズ・友廣純:訳・ハヤカワ文庫)

1950〜60年代の、ノース=カロライナ州にある湿地帯が舞台。
暴力をふるう父親が原因となり、母親・4人の兄弟、
そしてさいごには父親自身も家をでてゆく。
のこされた6歳の少女カイアは、ひとりで生きなければならなかった。
クツがないのではだしであるきまわり、家にはたべものもない。
唯一の理解者であるジャンピンに、湿地でとった貝を
彼のお店で食糧や必需品と交換してもらう。
給食につられ、学校へもいってみるが、ほかの子どもたちの
からかいに我慢できず、いちにちでやめてしまった。
そんなカイアが、どうやって生きのびるかにわたしは胸をあつくする。
湿地でのくらしはきびしく、孤独ではあるものの、
動植物のいきいきとしたようすが カイアのこころをささえる。
鳥や貝、虫や草花とともにカイアは生きて、
彼女はしだいにすぐれた自然観察者としての感性をそなえてゆく。

湿地でおきた殺人事件にカイアがまきこまれる。
カイアは湿地でくらす異端者として差別されており、
まわりからの偏見が彼女の立場をあやうくしていく。
ものがたりの後半は、法廷ものとしても興味ぶかい。
はたして彼女は事件にかかわりがあったのか。

この本をよみおえると、わたしはふかい満足感にひたった。
これだけの作品にであえたよろこび。
600ページを3日間でよみおえる。
わたしは本をよんでいるあいだ ずっとカイアによりそい、
彼女の目をとおして湿地のゆたかな自然をおもう。
動植物の生態には、かならずなんらかの理由があり、
人間のおこないもまた、種の保存という法則から説明がつく。
カイアはホタルのようにオスをさそいこみ、引導をわたす。

本があまりにもすばらしかったので、
ちょうどアマゾンプライムの対象だったこともあり、
映画化された作品もみた。
がんばって、なんとかまとめてはあるものの、
原作のよさをじゅうぶんに再現したとはいいにくい。
湿地のうつくしさ、カイアの孤独が、
あまりつたわってこなかった。

posted by カルピス at 14:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする