(プライベートでいったことはない)、
いまさならながら、歌のほとんとが
「愛」についてのものであることに気づく。
ラブソングとわざわざジャンルわけをしなくても、
だれもかれも、男も女も、演歌もポップスも、
手をかえ品をかえ、
みんな「あなたがすき」とうたっているのだ。
わたしが同行したときにうたわれたものが
たまたま愛の歌だったわけではないはずだ。
ヒット曲はラブソングだらけなのにはじめてしり、
愛をうたわないアニメソングにリクエストされるとホッとした。
ほかにうたうことはないのか、
愛以外のことについて歌をつくれ、
というのは無理ないいがかりだろう。
もともとの歌のなりたちは、
歌垣(うたがき)でしられるように
愛をつたえるためのものだったかもしれない。
そういう意味では、現代の歌謡曲も
みごとに歌の本質的な機能を継承している。
人類にとって、さらにいえば生物にとって、
求愛こそが繁殖のための最重要課題であり、
その目的を追求すれば「歌=ラブソング」となる。
その、基本的な前提条件のはずの
繁殖への欲求がたかくないといわれる現代において、
うたわれている曲の内容に変化はあるのだろうか。
「ヒット曲におけるラブソングのしめる割合」とか、
「紅白歌合戦でうたわれたラブソング」
なんて調査があれば(きっとあるはず)、
そのこんにち的傾向をしりたい。
草食系とか晩婚化の当事者であるわかものたちは、
どういう歌をこのむのだろうか。
歌と心理的な傾向がべつのはずはない。
恋愛に関心のないひとが
愛の歌をこのんではうたわないだろう。
個人的なことをかくと、
わたしはラブソングにまったく関心がない。
よくきく「RCサクセション」ですきな曲は
「あきれてものもいえない」
「ボスしけてるぜ」
「いい事ばかりはありゃしない」
「誰かがBedで眠ってる」
「うんざり」
であり、恋愛とはぜんぜん関係ない。
ラブソングらしいのは
「スローバラード」と
「君が僕を知ってる」
くらいだ。
どちらもストレートに愛をうたったものではない。
なぜこんなにラブソングがこのまれるのか、
わたしにはほんとうに理解できない。
これは世界的な傾向なのだろうか。
じっさいに求愛の意味をこめて歌をうたうひとはいないのに、
それでもこれだけ愛の歌がうたわれている不思議。
人類のもつ本能がそうさせるのだろうか。
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